■超幾何関数とフックスの問題

 オイラーは,ベキ級数
  y=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
が,今日では超幾何微分方程式と呼ばれている微分方程式
  x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)x}dy/dx-αβy=0
を満たすことを報告していますが,ガウスは,1812年に超幾何級数
  F(α,β,γ:x)=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
について非常に詳細な研究を行っていたことで知られています.
 
 例をあげると,
(1)F(α,β,γ:x)のパラメータを1だけ増加あるいは減少させた
  F(α±1,β±1,γ±1:x)
との間に3項漸化式,
  γ{γ-1-(2γ-α-β-1)x}F(α,β,γ,x)+(γ-α)(γ-β)xF(α,β,γ+1,x)-γ(γ-1)(1-x)F(α,β,γ-1,x)=0
など15個の関係式を確立させたこと
(2)  F(α,β+1,γ+1:x)/F(α,β,γ:x)
からいくつかの初等関数の連分数展開を得たこと
(3)  F(α,β,γ:x)=(1−x)^(γ-α-β)F(γ−α,γ−β,γ:x)
   F(α,β,γ:x)=(1−x)^(-α)F(α,γ−β,γ:x/(x−1))
のような同じ関数の異なる表現(関数等式)を与えたこと
等々.
 
 そのため,この形の超幾何関数はガウスの超幾何関数と呼ばれ,
  2F1(α,β;γ:x)
で表されます.関数の記号に大文字のFを用いている理由は,超幾何微分方程式はフックス型方程式の代表例といってもよいものであって,フックスにちなんでその頭文字Fを採用したためです.また,2と1はその解であるガウスの超幾何関数の上部パラメータ,下部パラメータの数を表しています.上部パラメータα,βの少なくとも一方の値が負の整数の場合には,ガウスの超幾何関数は有限級数になります.
 
 ガウスの超幾何関数は多くの特殊関数を含んでいるのですが,超幾何関数が重要なのは,多くの既知の関数がこの級数で表されるという事実で,たとえば,指数関数,対数関数,三角関数,ベッセル関数,直交多項式列,不完全ガンマ関数,指数積分,ガウスの誤差関数なども超幾何級数であって,超幾何関数は一般に収束半径1をもちます.
 
 それでは,超幾何関数が代数関数になったり,初等関数になったり,特殊関数になったりを決定する条件はどのように表されるのでしょうか? そこで,今回のコラムでは,フックスが提起した問題「どのようなときに線形微分方程式のすべての解が代数的になるか?」を取り上げることにします.
 
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【1】予備知識
 
 ここでは準備として,微分方程式の特異点について解説しておきます.多くの初等関数は簡単な2階微分方程式の解となっています.たとえば,
  y”=0  → y=ax+b
  y”=y  → y=exp(x)
  y”=−y → y=sinx,y=cosx
 
 数理物理学では,2階線形方程式
  y”+p(x)y’+q(x)y=0
がよく現れるのですが,p(x),q(x)の特異点がこの微分方程式の特異点となります.そして,解の特異性と係数(有理関数)の特異性との間の関係を明らかにするのがフックスの理論で,
  p(x)=g(x)/(x−c)
  q(x)=h(x)/(x−c)^2
のとき,x=cでp(x)が1位の極,q(x)が2位の極となりますが,p(x)が高々1位の極,q(x)が高々2位の極となるとき,x=cを確定特異点といいます.
 
 さらに,
  y”+p(x)y’+q(x)y=0
のxを実数に限らず複素数に拡張し,さらに無限遠点も導入します.このとき複素数平面は複素数球面と同一視することができます.x=∞における性質は,ξ=1/xを独立変数にとって
  y”+{2/ξ−1/ξ^2p(1/ξ)}y’+1/ξ^4q(1/ξ)y=0
のξ=0における性質に直して考えるのですが,これがξ=0を確定特異点とするとき,すなわち,
  2/ξ−1/ξ^2p(1/ξ)
または
  1/ξ^4q(1/ξ)
がξ=0を特異点にもつとき,x=∞を確定特異点にするといいます.
 
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 確定特異点数による分類をしてみましょう.この微分方程式が無限遠点まで含めてまったく確定特異点をもたない場合は存在しません.
 
 1個の場合は,
  y”+2y’/(x−c)=0 → a/(x−c)+b
無限遠点が特異点ならば
  y”=0 → y=ax+b
より,解は1次関数となります.
 
 2個の場合は,特異点を1次分数変換(メビウス変換)によって無限遠点と原点に移すと,オイラーの方程式
  y”+ay’/x+by/x^2=0
の形となり,累乗関数(多項式を含む),対数関数,指数関数,三角関数といった初等関数が現れます.すなわち,初等関数は確定特異点を2個もつ2階線形微分方程式の解として現れるのです.
 
 それでは,確定特異点を3個にしたらどうなるかですが,答を先にいうと,解は一般には初等関数では表されず,いわゆる特殊関数が勢揃いして現れます.
 
 確定特異点であるという条件は,p(x),q(x)の次数をそれぞれp,qとするとき,フックスの定理より
  p≦−1,q≦−2
ですから,
  p(x)=(ax+b)/x(1−x)
  q(x)=(cx^2+dx+e)/x^2(1−x)^2
が3個の確定特異点をもつ2階線形常微分方程式の一般形となります.
 
 ここで,
  a=-(α+β+1),b=γ,c=αβ,d=-αβ,e=0
とおくと,ガウスの超幾何方程式
  x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)x}dy/dx-αβy=0
が得られます.
 
 全平面で確定特異点だけを特異点とする方程式をフックス型というのですが,特異点の数が,∞を含めて3つの場合,その確定特異点を0,1,∞に移したときに得られるのが,ガウスの超幾何微分方程式であり,その解が超幾何関数であるというわけです.
 
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【2】シュワルツの代数関数解
 
 代数関数解とは2変数x,yの多項式f(x,y)=0で定義される関数のことをいいます.
 
 シュワルツは,微分方程式が導く保型関数から,
(1)円弧三角形を複素上半平面Hに写像する際の写像関数は,微分方程式の2つの解の比y1/y2で表されること.
(2)すべての解が代数関数←→写像関数が代数関数(α,β,γは有理数)
(3)円弧三角形の頂角λπ,μπ,νπは特性指数の差である.
(4)円弧三角形は,λ+μ+ν>1になること.
を利用して,解がすべて代数関数となる条件を示しました.
 
 それは15通りの場合からなっているのですが,リーマン指標(λ,μ,ν)を用いて,整数部分を除いて小数点以下の端数部分を記すと,以下のように表されます.ただし,λ,μ,νの順序を変えることによる重複は避けています.
 
  正2面体群:(1/2,1/2,ν)
  正4面体群:(1/2,1/3,1/3)
  正4面体群:(2/3,1/3,1/3)  (整数部分の和=偶数)
  正8面体群:(1/2,1/3,1/4)
  正8面体群:(2/3,1/4,1/4)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(1/2,1/3,1/5)
  正20面体群:(2/5,1/3,1/3)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(2/3,1/5,1/5)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(1/2,2/5,1/5)
  正20面体群:(3/5,1/3,1/5)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(2/5,2/5,2/5)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(2/3,1/3,1/5)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(4/5,1/5,1/5)  (整数部分の和=偶数)
  正20面体群:(1/2,2/5,1/3)
  正20面体群:(3/5,2/5,1/3)  (整数部分の和=偶数)
 
 このように,シュワルツの表では分母が2,3,4,5の有理数になります.1/2が含まれるものについては,整数部分の和=偶数という条件は不要となります.そしてλ+μ+ν≦1であるか,λ+μ+ν>1であってもシュワルツの表を満たさない場合は解が超越関数となるのです.
 
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 ところで,上の表に正2面体群,正4面体群,正8面体群,正20面体群という用語を挿入しました.1次分数変換は複素数球面上で考えると1つの回転に対応しますから,写像関数が1価となるためには,有限な回転群である場合を調べれはよいことになります.球面上の運動の有限群は5つの回転群(巡回群,正2面体群,正4面体群,正8面体群,正20面体群)=広義の正多面体群に限ることが知られていて,これがシュワルツの表に対応するのです.
 
 ここで,正多面体群について説明するために,三角形P(黒塗り)とそれを裏返した三角形Q(白塗り)の2つを交互に並べて,平面全体をタイル張りすることを考えます.たいていの場合は途中でタイル同士が重なってしまいますが,うまくいくと市松模様のタイル張りができあがります.
 
(問)Pがどのような形のとき,このようなタイル張り(平面の市松模様三角形タイル張り)が可能であろうか?
 
(答)これが可能なためには,1つの頂点で偶数個の3角形が交わらなければならないので,これを2aとおく.また,その頂点の角度をαとおくと,頂点を一回りしたので,2aα=2π.ゆえに,
  α=π/a   ただし,aは2以上の自然数.
 まったく,同様に残り2つの内角に対しても
  β=π/b,γ=π/c
 また,α+β+γ=πより
  1/a+1/b+1/c=1
 
 この等式を満たす(a,b,c)の組は非常に少ない.便宜上,a≧b≧cとすると
  (3,3,3) → 正三角形
  (4,4,2) → 直角二等辺三角形
  (6,3,2) → 30°,60°,90°の三角形
の3種類が得られる.
 
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 以上の解は平面を鏡映三角形で埋めることをユークリッド面(放物的)で考えたものですが,リーマン面(楕円的),ロバチェフスキー面(双曲的)を問題にするならば,解は非常に異なるものになります.
  α+β+γ>π,=π,<π
 すなわち
  1/a+1/b+1/c>1,=1,<1
に応じて楕円幾何学,ユークリッド幾何学,双曲幾何学の三角形が得られます.
 
 1/a+1/b+1/c>1を満たす正の整数の組(a,b,c)は高々有限個で,(n,2,2)は正2面体群,(3,3,2)は正4面体群,(4,3,2)が正8(6)面体群,(5,3,2)は正20(12)面体群に対応しています.
 
 一方,1/a+1/b+1/c<1の場合は(n≧7,3,2),(n≧5,4,2),(n≧4,3,3),(n≧3,4,3)など無限個あり,双曲幾何学における市松模様三角形タイル張りの可能性は無限にあることになります.
 
 すなわち,楕円的平面(球面)では基本領域は有限個しかなく,有限個の基本領域をならべることによって全平面を埋めつくすことができます.一方,双曲的平面(擬球面)の場合には,無限に多くの種類の基本領域があり,全平面を隙間なく埋めるには無限個必要となります.ユークリッド平面はその中間で,基本領域は有限種類しかないが,全平面を埋めつくすには無限個必要であるというわけです.
 
  幾何学       S^n       E^n     H^n
  α+β+γ     >π       =π     <π
 (a,b,c)  (n,2,2)  (∞,2,2)  その他
          (3,3,2)  (3,3,3)
          (4,3,2)  (4,4,2)
          (5,3,2)  (6,3,2)
 
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 平面充填ならば分母は2,3,4,6になるのですが,球面充填ですから分母は2,3,4,5となります.このように,シュワルツの方法は幾何的であって,
  λ+μ+ν>1
すなわち,球面を重なり合うことなく埋めつくす充填問題と深く関係していることが理解されます.
 
 実際,シュワルツが求めた解は正多面体が球面上に等角な図形を形作ることになるのですが,シュワルツの解において分子が1の場合は球面を単葉に,その他は複葉に覆う場合です.また,2個の円弧三角形を合わせたものを保型関数の基本領域,円弧三角形を上半平面に写像する1価関数をシュワルツ関数といいます.
 
 3個の確定特異点(動かない特異点)をもつ2階フックス型微分方程式の解構造はガウスの微分方程式の解構造に帰着することが知られているため,この問題は「超幾何微分方程式の24個の解すべてが代数関数となる条件を求めよ」と言い換えることもできます.そこでシュワルツはフックスの問題をまず超幾何方程式に対して解決し,引き続いて,一般の2階線形微分方程式に対しても解決しました.
 
 とはいっても,シュワルツの解答(1872)には不備があり不完全なものであったので,ブリオスキ(1876),クライン(1877),ケイリー(1880)らがシュワルツの誤りを訂正しました.
 
 なお,その方法には,幾何的(シュワルツとクライン),不変式論的(フックスとゴルダン),群論的(ジョルダン)なものがあったのですが,これらのうちで,群論的な方法(モノドロミー群は解がすべて代数的であるときに限って有限群となる)が際立った成功をもたらしました.こうして,フックスの問題は1870年代から1880年代にかけて解決されたことになります.
 
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【3】福原・大橋の初等関数解
 
 福原・大橋は初等関数で表される場合を解決しました(1949,1955).初等関数で表せるとは,ベキ関数・有理式とそれらの積分記号,微分記号で解が表せることをいいます.
 
 その条件とは,リーマン指標(λ,μ,ν)で,
  正2面体群:(1/2,1/2,ν)
  正4面体群:(1/2,1/3,1/3)
  正8面体群:(1/2,1/3,1/4)
  正4面体群:(1/3,1/3,1/3)  (整数部分の和=奇数)
  正8面体群:(1/3,1/4,1/4)  (整数部分の和=奇数)
とλ+μ+ν=奇数となる場合です.この表でも,λ,μ,νの順序を変えることによる重複は避けています.
 
 λ+μ+ν=奇数の場合を除いて,福原・大橋の表では分母が2,3,4,の有理数で,これらはシュワルツの正2面体群,正4面体群,正8面体群に対応しています.福原・大橋の表にはシュワルツの表の正20面体群(分母が5)は含まれません.また,1/2を含まない型では,整数部分の和は奇数に限られます.
 
 λ+μ+ν=奇数という条件は,シュワルツの表には含まれていません.すなわち,福原・大橋の表はシュワルツがやり残したλ,μ,νのうちいくつかが整数となる特殊な場合を含んでいることになります.また,シュワルツの表の正4面体群,正8面体群,正20面体群は福原・大橋の表に含まれるので,初等関数で表される場合になります.
 
 結局,代数関数,初等関数,その他で表されるかどうかを見るには,リーマン指標(λ,μ,ν)が,λ+μ+ν=奇数となるか,シュワルツの表の条件を満たす有理数になるかを見れば十分であることがわかります.
 
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 最後に,リーマンスキームとガウスの微分方程式の対応を与えておきます.整数部分を除いた小数点以下の端数部分に関して,
  λ=|1−γ|,μ=|γ−α−β|,ν=|β−α|
したがって,たとえば
  α=±(1−λ−μ−ν)/2,
  β=±(1−λ−μ+ν)/2,
  γ=±(1−λ)
このようにおくと,特異点ごとの指数がガウスの微分方程式と一致します.
 
 このことから
  λ+μ+ν=1−2α=奇数
したがって,パラメータα(あるいはβの少なくとも一方)の値が整数の場合には,ガウスの超幾何関数2F1(α,β;γ:x)は初等関数となることがわかります.負の整数の場合は有限級数になります.
 
 また,
  (λ,μ,ν)=(1/2,1/3,1/4)→(α,β,γ)=(23/24,5/24,1/2)
  (λ,μ,ν)=(1/2,1/4,1/5)→(α,β,γ)=(1/40,9/40,1/2)
となるのですが,たとえ2F1(23/24,5/24,1/2,x),2F1(1/40,9/40,1/2,x)がどのような関数になるか具体的にはわからないにしても,それぞれ初等関数,超越関数となることはわかるというわけです.
 
 2F1→3F2→4F3→・・・と進んで,現在,一般的な超幾何関数nFn-1が代数的になる条件はすでに決定されているようです.
 
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【4】補遺
 
 超幾何関数はオイラーによって発見されていて,ガウスはそれを元に研究を進め発展させました.そして,クンマーは6つの置換
  x→x,1−x,1/(1−x),1/x,x/(x−1),(x−1)/x
から,
  F(α,β,γ:x)
と線形独立な超幾何微分方程式の24個の解の集合をを与えています.
 
 たとえば,超幾何微分方程式
  x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)}dy/dx-αβy=0
において,1-u=xと置き換えると,微分方程式は
  u(1-u)d^2y/du^2+{α+β+1-γ-(α+β+1)u}dy/du-αβu=0
となりますから,最初の方程式でγをα+β+1-γで置き換えた
  F(α,β,α+β+1−γ:1−x)
も解になります.
 
 24個の解の中には同じ関数の異なる表現もあり,これがクンマーの関数等式です.関数等式はガウスの超幾何関数を他の超幾何関数に移す変換と考えることができます.クンマーの関数等式の一部は
  F(α,β,γ:x)=(1-x)^(γ-αーβ)F(γ−α,γ−β,γ:x)
  F(α,β,γ:x)=(1-x)^(-α)F(α,γ−β,γ:x/(1−x))
のようにガウスによってすでに得られていたのですが,これで解の完全系が全部揃ったことになります.
 
 また,リーマンによって今日の言葉でいう解析接続がなしとげられました.ガウスの時代すなわち複素関数論が未完成の時代にあっては解析接続の概念を完全に把握するには困難があったのですが,これらの基礎の上に立ってリーマンは代数関数論を完成させました.ガウスが果たし得なかったことをリーマンが成し遂げる結果となったのです.
 
 さらに,シュワルツは超幾何微分方程式の解が代数関数となる条件を求めたのですが,このようにして微分方程式論は数学の奥深い世界へとつながっていくことになりました.シュワルツやポアンカレは微分方程式が導く保型関数を考えたのですが,その原型はすでに超幾何関数の中にあったわけです.
 
 ガウスの超幾何関数は歴史的にも早く,そのため多くのことが知られていますが,特異点の数が少ないとつまらない解となる一方で,逆にこれ以上特異点の数が多くなると,まだ余りよく調べられていないということになります.
 
 たとえば,マチウ関数やラメ関数は,複素数球面上に4個または5個の特異点をもつ微分方程式の解ですし,近年,物理学(可積分系)に現れて脚光を浴びているパンルヴェの微分方程式PVIも0,1,∞の動かない特異点以外に動く特異点をもつ重要な方程式となっています.余談ながら,フランスのパンルヴェはのちに政界に入り,最後は首相にまでなった数学者です.
 
 以上のように,超幾何関数は数学的内容のみならず,歴史的経緯も学ぶに値すると思われるのですが,その参考書として
  グレイ「リーマンからポアンカレにいたる線形微分方程式と群論」シュプリンガー・フェアラーク東京
をあげておきます.
 
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[補]正多面体群
 
 正多面体の回転を考えると,正4面体(位数12)では4つの頂点の偶置換を引き起こすので4次交代群A4と同型,正8面体(位数24)では対面する面は4組あり,これらの組の置換を引き起こすので4次対称群S4と同型,正20面体(位数60)では30個の辺を5組に分ける偶置換として作用するので5次交代群A5と同型になります.正多面体の回転群は3次の特殊直交群SO(3)の有限部分群です.
 
 3次元空間の回転群には,この他に2種類の有限部分群,正n角錐のもつ巡回群Cnと正n角柱のもつ二面体群Dnがあります.クラインは,平面内での正n角形を,球の赤道に内接する正n角形の各頂点と北極・南極を結んでできる多面体を上下から赤道面に押しつぶしてできる体積が0の正凸面体と考え,この群を正2面体群と命名しました.2面体群とは,正n角形を回転してもとの正n角形に重ねる巡回群に対し,折り返しも用いてもとの正n角形に重ねる変換すべてを含む群となります.すなわち,桜の花はC5,雪の結晶はD6というわけです.
 
 以上をまとめると,SO(3)の有限回転群は,
  (1)巡回群(Cn:位数n)
  (2)正2面体群(Dn:位数2n)
  (3)4次交代群(A4:位数12)←→正4面体群と同型
  (4)4次対称群(S4:位数24)←→正6(8)面体群と同型
  (5)5次交代群(A5:位数60)←→正12(20)面体群と同型
のいずれかであることになります.
 
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[補]不変式
 
 変数x,yの3次曲線とは
  f(x,y)=a0+a1x+a2y+a3x^2+a4xy+a5y^2+a6x^3+a7x^2y+a8xy^2+a9y^3=0
を満足する点の全体を指します.
 
 項数10のこの方程式は定数倍で変わりませんから,10次元空間の元を定数倍で移り合うものを同一視した9次の射影空間P^9で考えることができます.したがって,一般的にはf(x,y)=0を満足する9個の点で定まります.また,射影空間では複比は一次分数変換で不変であり,直線上の4点の複比は射影によって不変となります.
 
 射影変換によって互いに写り合う3次曲線は同型とみなされます.そこで,3次曲線のj-不変量が定義されます.非特異3次曲線の標準型:
  y^2=x(x−1)(x−λ)
のj-不変量は
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
によって定義されます.λ=−1のときj=1728,λ=−ζ6(1の6乗根)のときj=0となります.
 
 jー不変量はモジュラー不変量とも呼ばれ,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
 =j(1−1/λ)=j(1/(1−λ))=j(λ/(1−λ))
ですから,4個の点{0,1,λ,∞}の入れ替えに依存しないinvariantで,最も単純で重要な保型関数と考えられます.
 
 複比を
  λ={(λ0−λ2)/(λ1−λ2)}/{(λ0−λ3)/(λ1−λ3)}
によって定義すると,λiの順序を変えるとλの値は変わります.すなわち,{λ0,λ1,λ2,λ3}からつくられる複比の値は,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
の6つのどれかに移ります.
 
 この順序による曖昧さを消すために,λの6つの分数変換の不変式をとって,
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
とおくのです.複比は一次分数変換で不変であり,jもまた射影変換で不変です.
 
 すなわち,複比
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
のどの値を代入してもjは不変なのです.シュワルツはこのことを6面をもつ2重ピラミッド的(=正2面体群)と表現しています.
 
 なお,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
が成り立てば,あとの等式はこの2つから導かれますから,有理関数
  (λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
が本質的であって,係数2^8には本質的な意味はありません.実際,
  (x^2−x+1)^3/x^2(x−1)^2=(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
と,変数xの方程式を考えると,
λ^2(λ−1)^2(x^2−x+1)^3−(λ^2−λ+1)^3x^2(x−1)^2=0
はλ≠0,1より,6次方程式となり,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
のどれを代入しても成り立ちます.重複が生ずるのは
  λ^2−λ+1=0,λ=1/2,λ=−1,λ=2
の場合に限ります.
 
 ワイエルシュトラスの標準形:
  y^2=x^3+ax+b   (2^2a^3+3^3b^2≠0)
のj-不変量を計算すると,
  j=2^8・3^3b^2/(2^2a^3+3^3b^2)
となります.jー不変量は,2つの楕円曲線が同じjー不変量をもつかどうかなど,3次曲線を分類する(見分ける)ための指標になっているのです.
 
 4次曲線(項数15)とか5次(項数21)以上の高次曲線に対しても射影変換を考えることができます.特異点をもつ3次曲線は適当にスケール変換(射影変換)すると
  (1)y^2=x^3
  (2)y^2=x^2(x−1)
のどちらかになるのですが,その後,4次曲線では20タイプ,5次曲線は230余りのタイプに分類されることが示されました.n≧6では複雑すぎてよくわからないようです.
 
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[補]等角変換
 
 アフィン変換や射影変換では直線が直線に移りますが,ここで述べる等角変換は円は円に移り,直線も円へ移るというものです.
 
 等角写像は大変多くありますが,すべてわかっていて,たとえば,球面上の定点Oから球面上の任意の点Pを,Oを一端とする直径に垂直な平面に移す極投影も等角変換のひとつとなっていますし,反転と呼ばれる操作も最も簡単な等角変換です.もちろん,複素数平面の図形を複素数球面に移す場合,図形は等角写像になります.
 
 等角変換を使うと,ユークリッド空間以外の空間,たとえば双曲幾何空間を考えることも可能です.ユークリッド幾何学に世界において,非ユークリッド幾何学のモデルを作るために,単位円の内部に,計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
で与えられる世界(ポアンカレ円板)を考えてみることにしましょう.
 
 ポアンカレ円板の座標を(x,y)とおくと,その計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
といっても決して難しいものを考えているわけではなく,ユークリッド平面との違いは分母に1−x^2−y^2があることです.そのため,境界である円周に近づくにつれて長さが長く評価され,思いのほか長い距離になるのです.そのため,ポアンカレ円板からみると,境界の円周は無限の彼方に存在していることになります.
 
 また,ユークリッド空間の中の長方形(直方体)のかわりに,2次元複素上半平面の中にポアンカレ計量
  ds^2=y^(-2)(dx^2+dy^2)
を備えた,あるコンパクトな領域を考えることもできます.この場合,yが十分大きいときには長さが短く評価され,逆に実軸に近いときは長い距離になります.
 
 実は,一次分数変換(メビウス変換)
  w=f(z)=(az+b)/(cz+d)
とその逆変換
  z=(dw−b)/(−cw+a)
は角度を変えないで(等角写像),円を円に写す変換なのですが,
  w=(i−z)/(i+z),z=i(1−w)/(1+w)
はポアンカレ円板を2次元複素上半平面に写す変換です.すなわち,ポアンカレ円板と複素上半平面は1対1に対応がつけられ,ポアンカレ円板の円周はx軸と無限遠点に対応します.
 
 また,ad−bc=1のとき,fは2次元複素上半平面をそれ自身に写す変換となるのですが,その際,ポアンカレ計量は不変:
  y^(-2)(dx^2+dy^2)=v^(-2)(du^2+dv^2)
が得られ,1次分数変換fは等長変換(計量を変えない変換)となることがわかります.
 
 ところで,2点間の最短距離を与える道のことを「測地線」といいます.球面での測地線は大円ですが,それでは,複素上半平面における測地線はどうでしょうか? (答)x軸上に中心をもつ半円か,x軸に直交する半直線です.後者は半円の中心が無限に遠くいった極限と考えられます.
 
 ポアンカレのモデルで「直線」というときには,「測地線」のことを指すのですが,そうすると「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」ことになります.「平行線は無数に引ける」を公理として作られた新しい幾何学が双曲幾何学であり,双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかも同じ時期に発見したものです.ポアンカレのモデル,すなわち,ポアンカレ円板や複素上半平面の双曲計量は,双曲平面(ロバチェフスキー平面)のモデルなのですが,非ユークリッド幾何を2次元ユークリッド平面内に実現させていると考えられるのです.
 
 また,ここでは2次元の場合だけを考えてきましたが,たとえば,擬球面は,非ユークリッド幾何を3次元ユークリッド空間内の曲面として実現させている曲面ですし,さらに,n次元の多様体上でのリーマン計量の幾何を考えることも可能です.ともあれ,ユークリッド空間とは異なるピタゴラスの定理が成り立つ世界が存在するのです.
 
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