■テータ関数の応用(その2)

 ヤコビの楕円関数θ1,θ2,θ3,θ4において,しばしば
  θ4=θ0
と書かれます.そのわけは,射影空間の点x=(x0,x1,x2,x3)の座標の添字0,1,2,3に対応させるためです.
 
 射影空間では,直線上の4点の複比
  {(x0−x2)/(x1−x2)}/{(x0−x3)/(x1−x3)}
は不変です.今回のコラムでは,拡張したフィボナッチの問題をテータ関数を用いて証明してみることにします.
 
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【1】フィボナッチの問題
 
 ピタゴラス方程式:x^2+y^2=z^2には無数の自然数解があるのですが,それでは連立2次のディオファントス方程式:
  x^2+y^2=z^2
  x^2−y^2=w^2
の自明でない自然数解を考えてみましょう(フィボナッチの問題).
 
 ただし,(1,0,±1,±1)などの自明な解は必ずあるわけですから,どのx,y,z,wも0でないものとします.
 
 実は,そのような答えをもたないことがフェルマーによって証明されていて,それがフィボナッチ・フェルマーの定理と呼ばれます.フィボナッチは西暦1200年頃,解は存在しないことを予想していたのですが,400年後にフェルマー得意の無限降下法によって証明が与えられました.すなわち(x,y,z,w)の最大公約数が1である任意の原始解を定めるとx’<xなる第2の原始解,x”<x’なる第3の原始解,・・・ができて矛盾を生じてしまうのです(要するに数学的帰納法).
 
 さらに,この定理を応用すると,
「3辺の長さが自然数であるような直角三角形と同じ面積をもつ,辺の長さが自然数の正方形は存在しない(x^2+y^2=z^2,xy=2t^2)」
「x^4−y^4=z^2の自然数解はない」
「x^4+y^4=z^4の自然数解はない(n=4の場合のフェルマー予想)」
などが証明できます.
 
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【2】3次曲線のj-不変量
 
 ところで,放物線,楕円,双曲線はまとめて円錐曲線とも呼ばれますが,2次式で定義されるので,2次曲線ともいいます.そして,無限遠点を導入して,考えている曲線を射影曲線として捉えると,2次曲線はひとつのものとして統一的に考えられるようになります(射影幾何).なぜなら,違いは無限遠直線の選び方(無限遠直線と交わらない,接する,交わる)にあるだけであって,どれも同種の曲線と考えることができるからです.
 
 一方,3次曲線は,射影変換を用いれば次のいずれかに変換されます.
  (1)y^2=x^3
  (2)y^2=x^2(x−1)
  (3)y^2=x(x−1)(x−λ)
 
 (1)は「く」の字型曲線で原点で尖点をもちます.(2)は「の」の字型曲線で原点を通ったところでループを描いて自分自身と交差しますから,原点が2重点となります.(3)はループと弓形曲線の2つに分離します.すなわち,(1)(2)は特異点をもち,(3)は非特異です.したがって,滑らかな非特異3次曲線は(3)の標準形に表せます.
 
 特異点を有する(1)(2)は
  y^2=x^3 → (t^3,t^2)
  y^2=x^2(x−1) → (t^2+1,t(t^2+1))
より,曲線上のすべての有理点をパラメトライズすることができます.すなわち有理曲線ですが,それに対して,(3)のように,3次曲線が異なる3根をもつ有理係数の多項式の場合は,楕円曲線と呼ばれる非有理曲線で,2次曲線とは本質的に異なってきます.
 
 これらは特異点による分類といってもよいのですが,射影変換によって互いに写り合う3次曲線は同型とみなされます.
 
 非特異3次曲線の標準型:
  y^2=x(x−1)(x−λ)
のj-不変量は
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
によって定義されます.λ=−1のときj=1728,λ=−ζ6(1の6乗根)のときj=0となります.
 
 jー不変量はモジュラー不変量とも呼ばれ,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
 =j(1−1/λ)=j(1/(1−λ))=j(λ/(1−λ))
ですから,4個の点{0,1,λ,∞}の入れ替えに依存しないinvariantで,最も単純で重要な保型関数と考えられます.
 
 複比を
  λ={(λ0−λ2)/(λ1−λ2)}/{(λ0−λ3)/(λ1−λ3)}
によって定義すると,λiの順序を変えるとλの値は変わります.すなわち,{λ0,λ1,λ2,λ3}からつくられる複比の値は,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
の6つのどれかに移ります.{λ0,λ1,λ2,λ3}の6つの対に対して計算すればこのことは容易に確かめられます.
 
 この順序による曖昧さを消すために,λの6つの分数変換の不変式をとって,
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
とおくのです.複比は一次分数変換で不変であり,jもまた射影変換で不変です.(直線上の4点の複比は射影によって不変である)
 
 なお,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
が成り立てば,あとの等式はこの2つから導かれますから,有理関数
  (λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
が本質的であって,係数2^8には本質的な意味はありません.実際,
  (x^2−x+1)^3/x^2(x−1)^2=(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
と,変数xの方程式を考えると,
λ^2(λ−1)^2(x^2−x+1)^3−(λ^2−λ+1)^3x^2(x−1)^2=0
はλ≠0,1より,6次方程式となり,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
のどれを代入しても成り立ちます.重複が生ずるのは
  λ^2−λ+1=0,λ=1/2,λ=−1,λ=2
の場合に限ります.
 
 y=ax^3+bx^2+cx+dという方程式で定まる曲線はおなじみの3次曲線ですが,yのところがy^2に変わるとワイエルシュトラスの楕円曲線:
  y^2=ax^3+bx^2+cx+d
になります.ただし,a,b,c,dは有理数で,右辺の3次式は重根をもたないものと仮定します.楕円曲線をワイエルシュトラス形式に制限しても一般性を失いません.実際,どのような楕円曲線もワイエルシュトラス形式の楕円曲線に双有理的に同値だからです.
 
 また,x^2の項の係数はx’=x+b/3aと変数変換(カルダノ変換)することによって簡単に消すことができますから,
  y^2=x^3+ax+b   (4a^3+27b^2≠0)
を楕円曲線と定義しても構いません.4a^3+27b^2≠0は重根をもたないための条件です(判別式:Δ=−(4a^3+27b^2)).
 
 ワイエルシュトラスの標準形:
  y^2=x^3+ax+b   (2^2a^3+3^3b^2≠0)
のj-不変量を計算すると,
  j=2^8・3^3b^2/(2^2a^3+3^3b^2)
となります.jー不変量は,2つの楕円曲線が同じjー不変量をもつかどうかなど,3次曲線を分類する(見分ける)ための指標になっているのです.
 
 なお,jは射影変換不変量であるばかりでなく,双有理変換不変量です(サーモンの定理).
 
[参]ヘッセの標準形
 
 非特異3次曲線は9個の変曲点をもつ.そのひとつを(0,1,0)とし,そこでの接線がz=0となるように射影座標をとると,ワイエルシュトラスの標準形:
  y^2z=4x^3−g2xz^2−g3z^3
の形にできる.
 
 さらに,9個の変曲点が
  (−1,ω^i,0),(−1,0,ω^i),(0,−1,ω^i)
    ωは1の虚数立方根,i=0,1,2
となるような射影座標をとると,ヘッセの標準形
  x^3+y^3+z^3−3λxyz=0
に正規化することができる.
 
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【3】フィボナッチの問題の拡張
 
 ここでフィボナッチ・フェルマーの方程式を拡張してみることにしましょう.
  x^2+my^2=z^2
  x^2+ny^2=w^2
の自然数解の有無を問うものですが,いってみれば連立の類体論のごとき問題です.
 
 その証明の筋道は
a)2つの2次曲面
  x^2+my^2=z^2
  x^2+ny^2=w^2
の交わりである射影空間P^3における曲線は,
  φ(x,y,z)=(y(z^2−mx^2)=x(z^2−ny^2),2xyz,y(z^2+mx^2),x(z^2−ny^2))
  ψ(x0,x1,x2,x3)=(1/m(x2−x0),1/n(x3−x0),x1)
とおいてみると,射影平面P^2における楕円曲線
  mx^2y−nyx2−(x−y)z^2=0
  y(z^2−mx^2)=x(z^2−ny^2)
と双正則同型になること(整数点は整数点に移る)
 
b)mx^2y−nyx2−(x−y)z^2=0において,x−y=1とおくと
  z^2=(n−m)x(x−1)(x−n/(n−m))
z=(n−m)^(1/2)yと変数変換すると
  y^2=x(x−1)(x−λ)   λ=n/(n−m)
さらに,λを(λ−1)/λに置き換えると,λ=m/n
  m=(λ1−λ3)/(λ0−λ3)
  n=(λ1−λ2)/(λ0−λ2)
 
 すなわち,この曲線は射影的に
  y^2=x(x−1)(x−λ),λ=n/(n−m)
と同値であること,したがって,j不変量は
  j=2^8(n^2−mn+m^2)^3/m^2n^2(n−m)^2
で表されること
 
c)楕円曲線には,楕円曲線と三点で交わる直線で,そのうちの二つの交点の座標がわかれば他の一点の座標も計算でき,二つの点の座標が有理数ならば,他の一点の座標も有理数であるなどの性質をもっている(群構造)ことから,P=(x),Q=(y),P+Q=(z)=(z0,z1,z2)とすると(かなりの努力の後),
  z0=(x1y0−x0y1)(x0y0−2nx2y2)+(x0y2−x2y0)(x0y0−2mx1y1)+m(x1^2y0y2−x0x2y1^2)+n(x0x1y2^2−x2^2y0y1)
  z1=(x1^2y0^2−x0^2y1^2)+(x0^2y1y2−x1x2y0^2)+(2x0y0−mx1y1)(x2y1−x1y2)+n(x2^2y1^2−x1^2y2^2)
  z2=(x1x2y0^2−x0^2y1y2)+(x0^2y2^2−x1^2y0^2)+2x0y0(x2y1−x1y2)+m(x2^2y1^2−x1^2y2^2)
 
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 たとえば,m=5,n=−5とすると
  F=mx^2y−nyx2−(x−y)z^2
   =5x1^2x2+5x1x2^2+x1x0^2−x2x0^2=0
この上の点P=(x)=(x0,x1,x2)=(30,4,5)とすると,
  2P=(62279,11532,28812)
 
 次に
  φ(x,y,z)=(y(z^2−mx^2)=x(z^2−ny^2),2xyz,y(z^2+mx^2),x(z^2−ny^2))
を用いて,整数点φ(P),φ(2P)を計算すると,
  φ(P)=(41,12,49,31)
   →41^2+5・12^2=49^2
    41^2−5・12^2=31^2
  φ(2P)=(3344161,1494696,4728001,−113279)
   →3344161^2+5・1494696^2=4728001^2
    3344161^2−5・1494696^2=(−113279)^2
 
 この節の最後に,オイラーによる楕円曲線:y^2=ax^3+bx^2+cx+dの解法を紹介しましょう.
 
 d=f^2とする.gを未知数として,ax^3+bx^2+cx+f^2=(gx+f)^2なる関係を考える.c=2fgになるようにgを定めれば,ax+b=g^2.したがって,
  x=(g^2−b)/a=(c^2−4bf^2)/4af^2
なる有理数解を得る.
 
 手品のようですが,幾何学的に考えると
  F(x,y)=y^2−ax^3−bx^2−cx−f^2
の点(0,f)における接線の方程式は−cx+2f(y−f)=0.ここで,c=2fgと定めるとy=gx+fになる.曲線は3次で,接点では2重に交わるから,第3の交点(有理点)が1つ決まるのです.
 
  y^2=ax^4+bx^3+cx^2+dx+e
では,e=f^2,d=2gf,c=g^2+2hfとおくと,ax^4+bx^3+cx^2+dx+f^2=(hx^2+gx+f)^2より,ax+b=h^2+2hg.したがって,
  x=(b−2hg)/(h^2−a)
なる解が得られます.
 
  y^3=ax^3+bx^2+cx+d
の場合も同様に解くことができますが,これらの方法は実質的にはディオファントスまでさかのぼることができます.
 
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【4】テータ関数の利用
 
 前節では平面楕円曲線の群構造を利用しましたが,この節ではヤコビの4つのテータ関数を利用して空間曲線:
  x^2+my^2=z^2
  x^2+ny^2=w^2
に直接群構造をいれてみることにします.以下,その解析的な証明の筋道だけを示します.
 
a)Θ(u)=(θ0(z),1/√kθ1(z),√k'/kθ2(z),√k'θ3(z))
      =(x0,x1,x2,x3)
  k=(θ2(0)/θ3(0))^2
  k’=(θ0(0)/θ3(0))^2
  √k’/k=θ0(0)/θ2(0)
と定義すると,テータ関数の加法公式より,
  x0^2−x1^2=x2^2
  x0^2−k^2x1^2=x3^2
なる写像を得る
 
 さらに,Θ(u)=x,Θ(u’)=y,Θ(u+u’)=zとおくと
  z=(x0^2y0^2−k^2x1^2y1^2,x0x1y2y3+x2x3y0y1,x0x2y0y2−x1x3y1y3,x0x3y0y3−k^2x1x2y1y2)
 
b)λ=n/mとおくと,k^2(τ)=λなるτが固定される.すなわち,m,nを固定することはτをひとつ適当に固定することに相当し,群構造が確定する
 
 たとえば,m=5,n=−5とすると,前節でみたようにx=(41,12,49,31)は空間曲線上の点であり,
 2x=(x0^4+25x1^4,2x0x1x2x3,x0^2x2^2+5x1^2x2^2,x0^2x3^2−5x1^2x2^2)=(3344161,1494696,4728001,−113279)についても同様.
 
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【5】可解性条件
 
 これまで(m,n)=(5,−5)には自然数解があることが得られましたが,
a)(m,n)=(1,−1)には自然数解は存在しないことの証明がフィボナッチ・フェルマーの定理であること
(y>0,x,z,wはすべて≧0としてよい.x^2+y^2=z^2よりz>0.またここでx>0.もしx=0ならばx^2−y^2=−y^2=w^2<0となり矛盾.またw>0.もしw=0ならばx^2−y^2=w^2=0より,x=y.これをx^2+y^2=z^2に代入すると2x^2=z^2となり矛盾.したがって,非自明解があるとすると自然数解ができてしまい,フィボナッチ・フェルマーの定理に矛盾する.)
 
b)自明な解を除いて(m,n)=(1,2)には自然数解がない,一方,(2,6)には自然数解,たとえば,(x,y)=(1,2),(191,60)などがあることが帰結として導かれます.
  1^2+2・2^2=3^2,1^2+6・2^2=5^2
  191^2+2・60^2=209^2,191^2+6・60^2=241^2
 
 拡張したフィボナッチ・フェルマーの方程式
  x^2+my^2=z^2
  x^2+ny^2=w^2
の自然数解の有無については部分的な解答が得られているだけで,完全な解決(一般的な可解性条件)はまだ得られていませんが,わかっていること,予想されていることについてまとめておきましょう.
 
a)(m,n)=(1,2n^2−1) (n≧2)には非自明解がある
b)(m,n)=(m,2−m) (m≠0,1,2)には非自明解がある
c)(m,n)=(k,−k) (kは分離的数)の場合,
   k=1,k=2→自明解のみ
   k=3(mod8)→自明解のみ
   k=5,6,7(mod8)7→非自明解がある
   k=1,2(mod8)→どちらの場合もある
 
 kが分離的とはp^2|kなる素数pがないこと,すなわち,k=±p1p2・・・pn,pi≠pjと因数分解されることである(k=±1は分離的,k=1は平方数であり分離的数である唯一の整数).
 
 k=5,6,7(mod8)7→非自明解がある
という予想は,BSD予想からも自然にでてくるものであるという.
 
d)(m,n)=(k,−k)に非自明解がある場合,
  kc^2=ab(a^2−b^2)  (a,b)=1,a≠b(mod2)
を満足するa,b,cに対して,
  x=(a^2+b^2,2c,a^2−b^2+2ab,a^2−b^2−2ab)
は非自明解を与える.
 
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[参]小野孝「オイラーの主題による変奏曲」実教出版
 
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[補]正の整数Aが3辺が有理数の直角三角形の面積になっているとき,すなわち,A=ab/2,a^2+b^2=h^2のとき,合同数と呼ばれる.6は直角三角形(3,4,5)の面積,30は直角三角形(5,12,13)の面積であるから合同数である.最小の合同数は直角三角形(3/2,30,3,41/6)の面積5である.1は合同数ではない.
 
 (平方因子をもたない)正の整数Aが合同数であるための必要十分条件は
  x^2+Ay^2=z^2
  x^2−Ay^2=w^2
が整数解でy≠0のものをもつことである.
 
 合同数問題における整数Aの性質と楕円曲線:y^2=x^3−A^2xとの関連については
  J.S.Chahal「数論入門講義」共立出版
を参照されたい.
 
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