■定数項予想入門

 オイラー数(オイラーの分割数)
  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)
    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・
すなわち,Π(1-x^n)^(-1)は分割数p(n)の母関数なのですが,それと同様にして,ラマヌジャン数を代数的に定義できます.
  f(x)=xΠ(1-x^n)^24=x{(1-x)(1-x^2)(1-x^3)・・・}^24
    =Στ(n)x^n=τ(1)x+τ(2)x^2+τ(3)x^3+・・・
 
 ラマヌジャンは,デデキントのイータ関数(重さ1/2をもつモジュラー関数),
  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
とおくと
  Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n
      zは虚部が正の複素数で,q=exp(2πiz)
を考え,そのフーリエ係数τ(n)を計算しました.
  τ(1)=1,τ(2)=-24,τ(3)=252,τ(4)=-1472,τ(5)=4830,τ(6)=-6048,
  τ(7)=-16744,τ(8)=84480,τ(9)=-113643,τ(10)=-115920,
  τ(11)=534612,τ(12)=-370944,・・・
 
 無限積をベキ級数に展開した式(フーリエ展開)が登場しましたが,このΔ(z)は,重さ12の保型形式
  Δ(az+b/cz+d)=(cz+d)^12Δ(z)
と呼ばれるものになっていて,オイラーの五角数公式を拡張した24乗版と考えられます.
 
 ラマヌジャンの考えた
  Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n
は保型形式論の端緒となったものですが,ラマヌジャン数τ(n)にはセルバーグの跡公式によるもの(1952年)など他にもさまざまな表示があります.
 
 たとえば,物理学者ダイソンによる表示は
  τ(n)=Σ(a-b)(a-c)(a-d)(a-e)(b-c)(b-d)(b-e)(c-d)(c-e)(d-e)/1!2!3!4!
    (a,b,c,d,e)=(1,2,3,4,5)mod5
    a+b+c+d+e=0,a^2+b^2+c^2+d^2+e^2=10n
というように組合せ的に表現されます(1968年).
 
 この和は有限和であり,n=1のときは(a,b,c,d,e)=(1,2,−2,−1,0)のみですから,τ(1)=1となることが確かめられます.この表示式は1970年代になってマクドナルドやカッツによって無限次元リー環の表現論(指標公式)から導かれることが判明しました.
 
 今回のコラムでは,このことと関連して,ダイソンやマクドナルドの定数項予想について紹介してみたいと思います.
 
  [参]三町勝久「ダイソンからマクドナルドまで」群論の進化・第4章,朝倉書店
 
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【1】ダイソンの定数項予想
 
 ヒルベルトは,リーマンのゼータ関数ζ(s)の零点がランダム・エルミート行列の固有値のように分布していると推測し,1915年頃,ポリアとともにゼータ関数の零点をスペクトルとして解釈できないだろうかと提案した.
 
 ヒルベルトの推測したランダム・エルミート行列と同種の行列は,後になって,その固有値が核子のエネルギーレベルに対応している原子核物理学の研究によく出てくることがわかった.このエネルギーレベルの差として得られる分布はウィグナー分布と呼ばれるものであるが,ウィグナー分布についてはコラム「ゼータ関数の零点分布と量子カオス」や[補]を参照されたい.
 
 このように「ランダム行列」はウランなどの巨大原子核の励起状態を調べるために考え出されたものであるが,1960年代初め,量子力学や宇宙論の研究で有名な物理学者ダイソンはランダム行列の研究を行い,分配関数
  Ψn(β)=(1/2π)^n∫(0-2π)・・・∫(0-2π)Π|exp(iθi)−exp(iθj)|^βdθ1・・・dθn
において
  β=1のとき→直交アンサンブル(GOE)
  β=2のとき→ユニタリーアンサンブル(GUE)
  β=4のとき→シンプレクティックアンサンブル(GSE)
と名づけた.βは結合定数で,自由電子の場合はβ=1で与えられる.
 
 このとき,ダイソンはβが整数の場合について
  Ψn(1)=Γ(1+n/2)/Γ^n(3/2)
  Ψn(2)=n!=Γ(1+n)/1^n
  Ψn(4)=2^(-n)・2n!=Γ(1+2n)/2^n
という結果を導き出し,
  Ψn(β)=Γ(1+nβ/2)/Γ^n(1+β/2)=(nβ/2)!/{(β/2)!}^n
なる予想をたてた.
 
 また,固有値exp(iθi)=xiと変数変換し,β=2kとすると
  |exp(iθi)−exp(iθj)|^β=(1−xj/xi)^k(1−xi/xj)^k
  dθi=1/idxi/xi
より
  Ψn(β)=(1/2πi)^n刀E・・塔ョ(1−xj/xi)^kdx1/x1・・・dxn/xn
 
 ここで,被積分関数はn変数のローラン多項式であること,また,留数定理によりΨn(β)の値はローラン多項式から定数項をとることで得られることから,Π(1−xj/xi)^kの定数項に等しくなることがわかる.
 
 すなわち,ダイソンの予想は
  Π(1−xj/xi)^kの定数項=(nk)!/(k!)^n
と同値である.
 
a)n=1の場合は明らか.
b)n=2の場合は
  (1−x1/x2)(1−x2/x1)=−x1/x2+2−x2/x1
  (1−x1/x2)^2(1−x2/x1)^2=(x1/x2)^2−4x1/x2+6−4x2/x1+(x2/x1)^2
  (1−x1/x2)^3(1−x2/x1)^3=・・・−15x1/x2+20−154x2/x1+・・・
となって,定数項は(2β-1,β-1)となることが予想されるが,kが任意の整数の場合は,2項定理
  Σ(k,i)^2=(2k,k)=(2k)!/(k!)^2
を用いて証明できる.
 
c)n=3の場合は
  Σ(-1)^j(2k,k+j)^3=(3k)!/(k!)^3   (ディクソン,1891年)
と同値である.
  Σ(k,i)^2=(2k,k)=(2k)!/(k!)^2
との類似性に注意されたい.
 
 ディクソンの恒等式の拡張が
  Σ(-1)^j(a+b,a+j)(b+c,b+j)(c+a,c+j)=(a+b+c)!/a!b!c!
であるが,さらにこのことからダイソンは
  Π(1−xk/xj)^aiの定数項=(a1+a2+・・・+an)!/a1!a2!・・・an!
なる予想にたどりついた.
 
 すなわち,右辺は多項定理
  (x+y+z+・・・)^n=Σkn・x^a・y^b・z^c・・・  (a+b+c+・・・=n)
の係数
  kn=(a+b+c+・・・+n)
    (a,b,c,・・・,n)
に等しいという美しい予想である.この予想の証明は見かけほど易しいものではないらしいのだが,ダイソンはこの予想の成立を強く確信していたに違いない.
 
d)n=4の場合の証明はそれほど易しいものではないが,ダイソンはn=4,5の場合をなんとか証明した.一般のnについてはうまく証明できなかったのだが,この予想はほどなくウィルソン,ガンソン,グッドにより独立に証明されることとなったのである.
 
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【2】マクドナルドの定数項予想
 
 定数項予想を1次元格子上の問題と理解すると,アフィン・リー環の指標公式を用いて,より一般の格子(リー環のウェイト格子)上の問題に構成するという道筋がみえてくる.そして実際にルート系との関係を見抜いたのがマクドナルドである.
 
 ワイル群の基本不変式の次数をd1,d2,・・・,dn-1,dnとすると
         d1,d2,・・・,dn-1,dn
  An 型    2,3,・・・・,n,n+1
  Bn,Cn型  2,4,,・・・,2(n−1),2n
  Dn 型    2,4,・・・・,2n−2,n
 
 マクドナルドによると,
  ルート系の定数項=Π(kdi,k)
であり,例えば,An-1型ワイル群の基本不変式の次数はd1=2,・・・dn-1=nより
  Π(kdi,k)=(2k,k)(3k,k)・・・(nk,k)=(nk)!/(k!)^n
この式はダイソンの定数項予想の式に一致する.
 
 同様に,
  Bn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-1)k)!(k!)^n}
  Cn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-1)k)!(k!)^n}
  Dn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-3)k)!((n-1)k)!((k!)^n}
となる.これらの統一的な表記法も知られているが,詳細については
  [参]三町勝久「ダイソンからマクドナルドまで」群論の進化・第4章,朝倉書店
を参照されたい.
 
 マクドナルドの定数項予想は,ダイソンの定数項予想はAk型離散系という特定のルート系の理論であって,それ以外の離散系に対応するのはBk,Ck,Dkの理論であることを主張している.マクドナルドはもっと美しい世界があることに気がついたのである.
 
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[補]ウィグナー分布(エネルギー準位の固有値分布)
 
 対称なランダム行列Hを,ユニタリー変換
  H’=WHW~
して,Hの固有値:E1,E2,・・・,Enを確率変数とする同時確率分布関数
  P{Ei}=Cexp{-(E1^2+・・・+En^2)/4a^2}Π(Ej−Ek)^β
を導出する.
 
 Π(Ej−Ek)は差積を表すのだが,簡単のため,n=2の場合を考えてみると,
  P{E1,E2}=Cexp{-(E1^2+E2^2)/4a^2}(E2−E1)^β
 
 2変数E1,E2(>E1)を
  E=E1+E2,S=E2−E1
で置き換えると,ヤコビアンは
  J=d(E1,E2)/d(E,S)=1/2
 
 したがって,
  P{E,S}=Cexp{-(E^2+S^2)/8a^2}S^βJ
  P{E,S}dEdS=CJexp{-(E^2)/8a^2}dE×S^βexp{-(S^2)/8a^2}dS
 
 よって,準位間隔がSとS+dSの間に落ちる確率は
  P{S}=(定数)S^βexp{-S^2)/8a^2}   (0<S<∞)
これがウィグナー分布と呼ばれる最隣接間隔分布であり,Sが0でないところにピークをもち,隣接する準位の反発を表す関数である.
 
 最隣接間隔分布は,尺度母数aや形状母数βの値によって,
  1次のウィグナー分布:p(s)=π/2sexp(-π/4s^2)
  2次のウィグナー分布:p(s)=32/π^2s^2exp(-4/πs^2)
などとなるが,指数関数の引き数は前者も後者も2乗の形s^2であることに注意されたい.
 
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[補]統計力学
 
 n個の箱にr個の玉を入れる問題を考えます.箱を空間の小領域,玉を気体の分子と見立てて,ボルツマンは統計力学(Maxwell-Boltzmann統計)を構成しました.MB統計では1つの玉の入れ方がn通りで,玉がr個ですから全部でn^r通りの入れ方があると考えます.しかし,このように考えると黒体輻射の実験がどうしてもうまく説明できませんでした.
 
 そこで,玉は区別がつかないと仮定すると,n個の箱に区別できないr個の玉を入れる入れ方は重複組合せnHr通り=n+r-1Cr通りあることになり,新たな統計力学が構成されます.この統計力学はBose-Einstein統計と呼ばれ,光子や中性子がうまく当てはまります.BE統計にしたがう素粒子はボゾン(boson)と呼ばれます.
 
 さらに,1つの箱には玉は1つしか入らないとするパウリの排他則を仮定すると重複のない組合せnCr通りとなり,Fermi-Diracの統計が得られます.FD統計にしたがう素粒子に電子や陽子があり,それらはフェルミオン(fermion)と総称されます.
 
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