■続報・タンパク質の立体構造の解明

 前回のコラムでは,後藤邦彦博士のご好意によって,タンパク質の立体構造がもつ意味論について取り上げることができた.後藤博士の分子動力学的研究は,世の中全体がDNA配列を読みとることに躍起になっていた時代に,それに流されることなく一歩先を見据えて,立体構造のもつ意味を解読するというさらに高次の狙いがあって,形態のもつ機能を探る道に先鞭をつけた記念碑的な研究になりうるであろうと私は思う.
 
 その後,12月4日付けの毎日新聞・科学欄に「ゲノム解析の次はタンパク質の立体構造の解明」なる記事が目に留まった.ヒトゲノム計画(人間のDNA配列を全部読みとろうという世界規模で進められているプロジェクト)がほぼ終了したいま,次のステップとして,タンパク質の立体構造を解明しようとする国際共同研究が本格的にスタートするという内容である.
 
 前回のコラムで詳しく説明したことであるが,個々のタンパク質がどう働くかはどのような3次元の形になるかで決まってくるので,タンパク質の立体構造の解明によって,病気の原因究明や新薬の開発につなげるというのがこのプロジェクトの狙いである.たとえば,ウィルスに殻(カプシド)を正確に作らせない方法が確立されると「新薬の開発に直結」し,特許・商品化に結びつきやすいので,それはとてつもなく生産的な研究になりうるのである.
 
 ところで,この新聞記事のサブタイトルは「今度は乗り遅れるな!」になっている.ヒトゲノム計画における日本の貢献度がわずか数%にとどまったというのである.欧米の研究に少し遅れて参画し,金と人をつぎ込んで追走した結果,わずか数%では泣けてくる.せめて,ほとんど同時に研究を完成させ,引き分けにもち込んで欲しいというのがその意味するところだと思われるが,日本には世界トップクラスのタンパク質の立体構造解析施設が2カ所もあるから,今度は大丈夫だろうと記者諸氏は楽観視している. 本当にそうだろうか?
 
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 タンパク質の立体構造はX線回折と核磁気共鳴によって解析される.前者は真空中の,後者は水溶液中での立体構造を知るための方法であるが,後者には小さなタンパク質でないと解析できないというの欠点がある.したがって,主役はX線回折ということになる.X線回折では分子量の制約はないが,タンパク質を結晶化させなければならない.
 
 しかし,X線構造解析のための結晶化ほど困難な研究課題も他にないだろう.タンパク質の結晶化条件は極めて多様であって,早速明日にでも高分解能を示す結晶が得られるかもしれないし,10年間血のにじむような努力を重ねても何も得られないかもしれない.すなわち,タンパク質の結晶化では必要な労力を見積もることが困難であるという悩みがあり,結晶化に取り組む生化学者人口が増加しない最大の原因でもある.
 
 常に結果を求められる現在の研究環境下にあっては困難も多いと思われるが,タンパク質の結晶化に対しては,いまのところ,石の上にも10年の覚悟で地道な基礎研究を続けるしかなさそうである.「最先端の解析施設」をもってしても悩みはつきないのである.
 
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