■数の子のタマゴ

 
 形や構造についての関心を掘り下げていき,形態と機能の関係について考察し,本質的な生成原理を見いだすことを課題にしている人を,フィロモルフ(愛形者)と呼びます.今回のコラムの発端は,つい最近,次のようなメールが届いたことに始まります.
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 拝啓 佐藤郁郎先生
 
 私は3年前▲▲大学(解剖学)を退官しまして,現在ミクロスコピアという雑誌に’かたちの記録’という雑文を連載しているものです.次回に生物がつくる多面体と充填についてまとめてみようと考えておりますが,先生のhome page ’多面体と空間充填’を興味深く拝読しました上で,一つお教え頂きたいことがございます.
 
 かずのこの卵を切り顕微鏡で見ますと,どのような切り口でも,充填の結果,個々の卵は幾分丸みを帯びた6角形の断面を示します. もともとは球体の卵が充填によってどのような三次元的なかたちに変化するのか,思い悩んでいるところでございます. 断面のかたちからは,正十二面体が考え易いとは思いますが,最密な充填のかたちとしては不向きでしょうし,ケプラーがザクロの種のかたちを推測した菱形十二面体も断面のかたちが当てはまりそうにもないようです.
 
 生物材料は幾何学的解析にはそぐわないのかも知れませんが,考えられる多面体にはどんなものがありますのか,お多忙とは存知ますが,お知恵を拝借致したくお願いいたします.
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 数の子のタマゴは,上から見ても,前から見ても,横から見ても,同じ6角形に見えるとのことですから,この奇妙な投影図形を示すもとの3次元図形は何でしょうか? 三次元の空間分割・パッキングは平面的に投射した形ばかりでなく,三次元配置にある物体の最密充填や立体幾何学のことを考えてみなければならないので,なかなか一筋縄ではいきません.また,小生,数の子の顕微鏡像を観察した経験がないうえに,その組織形成に関する知識も皆無ときています.そのため,正解かどうか自信はないのですが,以下のように考えてみました.
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 多面体による空間充填を考えると,正多面体の中では立方体だけ,準正多面体の中では切頂八面体(truncated octahedron)だけが空間を単独で埋めつくすことができます.切頂八面体は名前のとおり正八面体の各辺を三等分して頂点を切り取った後に残る多面体で,正6角形8枚と正方形6枚の2種類で作る14面体になっています.このように,2種類以上の正多角形から構成されている立体が準正多面体です.
 
 それ以外の単独空間充填形となる多面体としては,平行六面体と菱形十二面体(rhombic dodecahedoron )があげられます.菱形十二面体は対角線の長さの比が1:√2の合同な菱形を12枚張り合わせたものです.面が正多角形ではないので正多面体でも準正多面体でもありません.
 
 これらのことから,数の子のタマゴの形の第一候補としては,菱形十二面体が考えられます.ザクロの種であれば,もともと面心立方格子状(同じ大きさの球を,ひとつの球を囲んで6個が同一平面上に並び,その平面の上下に3個ずつが並び,中心の球は12個の球と接する)に配置されたものが,成長するにつれて,内部を埋めつくして菱形十二面体になるまで膨らむものと考えられます.したがって,数の子のタマゴも産み落とされたあとで押し合いへし合いが起こるような発生過程をたどるとすれば,菱形十二面体になるものと推測されます.
 
 菱形十二面体は,同じ大きさの球を面心立方格子状に積み重ねて一様な圧力を加えたときの多面体と考えられますが,第二候補として,球ではなく円柱を積み重ねて一様な圧力を加えた場合を考えてみましょう.
 
 このとき,第1層は正三角形配列,第2層は円柱の真上にのせるのではなく,円柱同士の隙間の上にのせて圧力を加えると,円柱は六角柱に,そして円柱の両端は三つの合同な菱形よりなるピラミッド型になります.このピラミッドの三つの稜線は平面に投影すれば120°で交わっていますが,実際の頂角は109°28′になり,菱形十二面体の構造と一致しています.すなわち,菱形十二面体が斜方十二面体であって,その側面も菱形であるのに対して,この立体は六つの側面が長方形で六角柱状となったいわば直方十二面体と考えることができます.
 
 このような6角形構造でよく知られている例はハチの巣ですが,なぜハチの巣が正6角形状の形であり,その一部に菱形十二面体の構造をもっているのかを考えてみましょう.可能性としては,表面張力(表面積)を最小とする物理的な作用とも,あるいは,円柱状の小室として形成されたものが,隣接する円柱どうしが膨らむ際に機械的圧力を受けて正6角柱状の格子が得られるとも考えられますが,現在は,ハチ自身が液状の密ロウを分泌しながら最初から6角形の部屋をひとつずつ作り上げていると考えられています.
 
 また,六角柱の端が3つの合同な菱形であるとき,その端の表面積を最小にする菱形の形は菱形十二面体となることがわかっています.すなわち,ハチは高度なインテリジェンスと技術をもった幾何学者であって,最小の手段で最大の効果を上げようとする偉大な経済原理を無意識に用いていることになります.
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 数の子のタマゴは,卵黄膜の弾力性によって,面と面の接触線に沿って小さな曲面ができ,隅の角が丸くなりますが,以上のことより,少なくとも一部には菱形十二面体の構造をもつだろうと考えられました.また,このような構造であれば,数の子のタマゴが層状に劈開する理由も説明がつくし,逆に,劈開面の形から,ザクロ型の菱形十二面体構造か,ハチの巣型のハニカム構造のどちらになるかを決定できるのではなかろうかと推察されました.
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 凸型正多面体は正4・6・8・12・20面体の5種類あって5種類しかないことはプラトンの時代にはすでに見つけられていて,それらがプラトンの自然哲学で重要な役割を演ずるところから,正多面体はプラトンの立体(Platonic solod)とも呼ばれています.正多面体はピタゴラス学派には神秘的完全性の象徴のように見え,ギリシャの自然哲学者はこれらを5元素と対応させています.
 
 ケプラーは惑星運動の法則を発見した天文学者として有名ですが,超がつくほどのピタゴラス・プラトン主義者であり,世界は数学的な調和,幾何学的秩序に従っていると確信していました.彼の初期の著作「宇宙の神秘」では,太陽系の惑星の軌道を無数にある立体の中で明確な法則性をもっている立体(5種類の凸型正多面体)で幾何学的に説明しようとしていたことはよく知られています.また,「宇宙の神秘」から23年後の「世界の調和」の中で速く回転する天体ほど高い音を発し,その結果,天球全体が一つの音楽を奏ででいると考え,ピタゴラス音階による天球の音楽について一層詳細な論を展開しています.ケプラーの考えを非科学的なこじつけということはやさしく,今日から見れば,真理・正論ではないにしろ,正多面体やピタゴラス音階を宇宙論に導入したケプラーの美しい考え方<宇宙の調和論>には驚かされます.
 
 さらに,ケプラーは「新年の贈り物・六角形の雪の結晶について」のなかで,雪の結晶が正六角形をしているのはなぜかと考え,史上初めて菱形十二面体をみつけました.菱形十二面体(超正六角形)は2次元における正六角形に相当しますから,4次元における雪の結晶の形だと考えることができます.
 アーサー・ケストナー(物理学者で小説家)によると,人類史上,全宇宙を総合的に企画構成し世界を統一原理で理解しようとしたのは,プラトンとケプラーだけとのことですが,ケプラーは無意識のうちに4次元に近づいていたことになります.
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 今回のコラムでは,雪の結晶,ザクロ,ハチの巣,数の子のタマゴなど非常に身近な存在を取り上げましたが,その中に小宇宙を発見することができましたでしょうか?