■奇数ゼータと杉岡の公式(その2)

 ζ(2n+1)は有理数と円周率から四則演算によって得られる数ではないだろう,またlog2を含むであろうと推測されていましたが,予想に反して,log2は相殺されて,杉岡の式
  ζ(3)=-2π^2/7logπ+3π^2/7+8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
  ζ(5)=2π^4/93logπ-25π^4/558+8π^2/31ζ(3)-32π^4/31・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
  ζ(7)=-4π^6/5715logπ+49π^6/28575-8π^4/381ζ(3)+32π^2/127ζ(5)+128π^6/127・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)(2n+5)(2n+6)2^2n
には出現しませんでした.
 
 その代わり,logπが含まれてしまったのですが,log2もlogπも現れない方が美しい・・・.そこで,今回のコラムではこれらの式からlogπを消去することを試みます.
 
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【1】杉岡の公式(その2)
 
 前回のコラムでは,杉岡の公式を導くにあたって,オイラーがつきとめた
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2  (n=1-∞)
を出発点にしました.今回は両辺にxをかけて,
  xlog(sinx)=-Σxcos(2nx)/n-xlog2  (n=1-∞)
からスタートすることにします.
 
 すなわち,
  xlogx-2πΣζ(2n)/2n・(x/π)^(2n+1)=-Σxcos(2nx)/n-xlog2
から始めるのですが,右辺を積分して,
  -Σxsin(2nx)/2n^2-Σ(cos(2nx)-1)/4n^3-x^2/2・log2
x=π/2とおくと
  (1-2^(-3))ζ(3)/2-π^2/8log2
が得られます.
 
 一方,左辺を積分すると
  (0,x)xlogxdx-2πΣ(0,x)ζ(2n)/2n・(x/π)^(2n+1)dx
 =x^2/2・logx-x^2/4-2π^2Σζ(2n)/2n(2n+2)・(x/π)^(2n+2)
x=π/2とおくと,
  π^2/8log(π/2)-π^2/16-π^2/2・Σζ(2n)/2n(2n+2)2^2n
これより,
  ζ(3)=2π^2/7logπ-π^2/7-8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+2)2^2n
 
 以下,同様に,
  ζ(5)=-2π^4/279logπ+13π^4/1674+8π^2/93ζ(3)+32π^4/93・Σζ(2n)/2n(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
  ζ(7)=8π^6/57150logπ-116π^6/571500-8π^4/1905ζ(3)+96π^2/635ζ(5)-128π^6/635・Σζ(2n)/2n(2n+2)(2n+3)(2n+4)(2n+5)(2n+6)2^2n
が得られます.出発点を変えることによって,もう一つの無限級数表示にたどりついたというわけです.
 
 さらに,
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2  (n=1-∞)
の両辺にx^2をかけたものから始めても別種の級数表示になり,x^3をかけてもまた別種が次々に生み出されるはずですが,これくらいにしておきましょう.
 
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 さて,ζ(3)については,これまで2種類の級数表示
  ζ(3)=-2π^2/7logπ+3π^2/7+8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
  ζ(3)=2π^2/7logπ-π^2/7-8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+2)2^2n
が得られたわけですから,これでlogπを消去することが可能となります.
 
 ζ(5),ζ(7)の場合も同様ですが,それに先だって
  ζ(0)=−1/2,
  ζ(−2n)=0,
  ζ(1−2n)=−B2n/2n
を説明なしに紹介しておきたいと思います.
 
  ζ(0)=1+1+1+1+・・・=−1/2
  ζ(−1)=1+2+3+4+・・・=−1/12
  ζ(−2)=1^2+2^2+3^2+4^2+・・・=0
  ζ(−3)=1^3+2^3+3^3+4^3+・・・=1/120
  ζ(−4)=1^4+2^4+3^4+4^4+・・・=0
 
 正数の無限級数の総和が負や零になって,一見して目がくらんでしまいます.これらは普通の意味では無限大になっているはずですが,一体何を意味しているのでしょうか?
 
 無限大になるところをうまく引き去って有限の値をだすことを物理学の用語で「繰り込み」といいますが,これらの式は現代数論では当然のことのように使われています.パラドックスを引き起こした謎は,複素関数論の解析接続にあって,sを複素変数とするとき,ζ(s)をすべての複素数に対して意味をもたせることができ,もっと詳しく述べるならば,複素平面上での特異点を避けながら,各経路で級数展開していくと上記の結果が得られます.
 
 そして,sを0とすると値が−1/2,sを−1とすると値が−1/12,−2,−4,・・・,−2nとすると値が0になるというわけですが,これらによって,負の整数に対するゼータ関数の値は有理数で与えられること,負の偶数での値が0であることが理解されます.
 
 正の偶数での値を調べることは,負の奇数での値を調べることと本質的に同じであるというわけですが,負の奇数での値を書き出してみると,
  ζ(−1)=−1/12
  ζ(−3)=1/120
  ζ(−5)=−1/252
  ζ(−7)=1/240
  ζ(−9)=−1/132
  ζ(−11)=691/32760
  ζ(−13)=−1/12
と続きます.天下り的ではどうしても我慢できないというひとのためには,
  コラム「プランク分布と量子化の概念」の[補]奇妙な計算
をお勧めします.
 
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 なお,数学の巨人と称されるヒルベルトは,ポアンカレを議長とする1900年の第2回国際数学者会議で「数学の諸問題」という講演を行っています.ヒルベルトのあげた23の問題は数学のほとんど全分野にわたっていて,彼自身の研究と密接に関連しています.
 
 そのなかで,数学の発展をもたらした問題の例として,最速降下線の問題,フェルマーの問題,三体問題,正多面体の問題,代数関数論におけるヤコビの逆問題などをあげていますが,フェルマーの問題がまったく純粋な思考の産物であるのに対して,三体問題は天文学上の必要性から生じたもので好対照をなしています.
 
 第7問題が2^(浮Q)やe^πの超越性を問うものです.その後,1919年に,ヒルベルトは数学の難問について講義し,2^(浮Q)やe^πの超越性の証明はリーマン予想やフェルマー予想を解くよりはるかに難しいと考えたのですが,e^πは1929年に,2^(浮Q)は1934年に超越数であることが証明されました.
 
 ζ(s)の零点がs=−2,−4,・・・,−2nとs=1/2+tiの線上にあるというのが有名なリーマン予想ですが,ヒルベルトは,「リーマン予想は私が生きているうちに解決され,フェルマー予想は長らく未解決のままであろう」と述べたといわれています.
 
 360年ものあいだ未解決の数学的難問であったフェルマー予想は,1994年,ワイルスによって証明されました.しかし,ヒルベルトの推測に反し,リーマン予想は依然としてデッドロック状態にあります.数学における未解決問題のうち最も難しいものと考える人も多いのです.
 
 現在のほとんどの数学者は,自分でも気がつかないうちにヒルベルトの影響を受けているともいわれているほどの数学の巨人ヒルベルトが,パリ問題において,リーマン予想と2^(浮Q)の超越性の証明の難しさを評価することに失敗したことは,たとえ数学の巨人と呼ばれる人であっても,将来を予言することがいかに難しいかを意味する有名な例として,しばしば引用されます.
 
 予想がどれほど的中しないかという例は,科学史上いくらでも求めることができます.予言が的中しないのは予言者の不明に帰すべきでなく,未来を占うことの困難さを教えてくれるのです.
 
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 長々と寄り道してしまいました.ここで本題に戻りますが,
  ζ(0)=−1/2
を使って,級数の総和をとる範囲を
  (n=1-∞) → (n=0-∞)
に変えることができます.
 
 そして,最終的には
  ζ(3)=-4π^2/7・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)2^2n
  ζ(5)=4π^2/31ζ(3)+8π^4/31・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
  ζ(7)=-8π^4/1143ζ(3)+64π^2/381ζ(5)-64π^6/381・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)(2n+5)(2n+6)2^2n
を得ることができます.
 
 実は,1997年に驚くべき論文
  http://www.ams.org/proc/1997-125-05/S0002-9939-97-03795-7/S0002-9939-97-03795-7.pdf
も既にでていたのですが,それによると一般項は
  ζ(2n+1)=(-1)^n(2π)^(2n)/n(2^(2n+1)-1)・[Σ(1~n-1)(-1)^k・kζ(2k+1)/π^2k(2n-2k)!+Σ(0~∞)ζ(2k)(2k)!/2^2k(2k+2n)]
と表されることがわかっています.
 
 ここで,n=1,2,3とおくと
  ζ(3)=-4π^2/7・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)2^2n
  ζ(5)=4π^2/31ζ(3)+8π^4/31・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
  ζ(7)=-8π^4/1143ζ(3)+64π^2/381ζ(5)-64π^6/381・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)(2n+5)(2n+6)2^2n
が得られますから,杉岡の公式
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page034.htm
を包含しているということになります.
 
  ζ(3)=-4π^2/7・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)2^2n
はlogπを含まず,美しい公式となっているのですが,だからといって,杉岡氏によって得られた面白い結果の価値が損なわれることはないでしょう.
 
 また,計算収束性に関しても,杉岡による第1のζ(3)
  ζ(3)=-2π^2/7logπ+3π^2/7+8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
の方が優れていますし,後述する理由から,杉岡の公式の方が発展性が望めるものと考えられます.
 
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【2】ζ(2n+1)の無理性と超越性
 
 ζ(2n)はπ^2nの有理関数になる,従って,超越数であることはオイラー以来知られていますが,奇数ベキ級数の和ζ(2n+1)についての類似の関係式は何にひとつわかっていませんでした.
 
 つい最近までζ(3)は有理数になるかもしれないと思われていたのですが,ところが,1978年にフランスの無名の数学者アペリによってζ(3)の無理数性が示されました.それを補ったのがポールテンです.ζ(3)=1.202056・・・に収束するものの,ごく最近までこの値が無理数であることすらわかっていなかったのです.
 →コラム「ゼータとポリログ関数」参照
 
 すべての奇数ゼータは無理数に違いないと思われるのですが,杉岡の公式や前述の論文の結果と合わせたりして,無理性を示せるのではないでしょうか? ζ(2n+1)の無理性と超越性を考える前に,オイラーの定数γについてみてみましょう.
 
  Hn =1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n
と定義します.(n>1ならばHn は整数にはなりません.)そして,nを無限大にしたとき,調和級数
  1/1+1/2+1/3+1/4+・・・
は発散しますが,そのn次部分和Hnは離散的な世界で連続関数lognに対応するものであり,自然対数は双曲線y=1/xの下の面積として定義できます.そして,双曲線y=1/xを上と下から棒グラフではさんで近似することにより,lognとlogn+1の間に押し込まれまれることがわかります([窒P/xdx=logx).したがって,Hn とlognの比{Hn /logn}は
  Hn /logn→1   (n→∞)
です.
 
 一方,Hn とlognの差{Hn −logn}は確定した極限値γに収束します.
  Hn −logn→γ
   (n→∞:Hn =logn+γ+O(1/n))
        Hn =logn+γ+o(1)
 
 この極限値はオイラーの定数として知られており,約0.57722になります.オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で,さらによい近似値は41/71で与えられます.
 
 Hn は上限と下限の間の約58%のところにあることがわかりましたが,今日に至るまで,オイラーの定数の値は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく,超越数なのでしょうが・・・
 
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 また,オイラーの定数γを極限値
  lim(Σ1/k−logn)
を直接計算するのは収束が遅くて非効率的です.そこで,
  log(1+x)=x−x^2/2+x^3/3−x^4/4+・・・
  log(1+1/x)=1/x−1/(2x^2)+1/(3x^3)−1/(4x^4)+・・・
より
  logΓ(1+s)=−γs+ζ(2)/2s^2−ζ(3)/3s^3+・・・
 
 この式は(その1)にでてきた杉岡の公式のカギとなる式なのですが,これを用いると
  γ=ζ(2)/2−ζ(3)/3+ζ(4)/4−ζ(5)/5+・・・
あるいは
  γ=1−1/2(ζ(2)−1)−1/3(ζ(3)−1)−1/4(ζ(4)−1)−・・・
などと書けることになります.これらの無限級数はかなり速く収束します.
 
 この式より,オイラーの定数γもζ(2n+1)同様,本質的には偶数ゼータだけで表すことのできる数であることがわかります.したがって,γの無理性・超越性が証明されない限り,ζ(2n+1)の無理性・超越性は不明であろうと予想されます.
 
 下の表に,無理性と超越性についてまとめておきます.
  →コラム「無理数・代数的数・超越数」参照
 
  数     無理数         超越数
  e      ○(オイラー,1737)   ○(エルミート,1873)
  π      ○(ランベルト,1761)  ○(リンデマン,1882)
  2^(2)   ○           ○(ゲルフォント・シュナイダー,1934)
  ζ(2n)    ○           ○(オイラー)
  ζ(3)     ○(アペリ,1979)    ?
  ζ(2n+1)   ?           ?
  γ      ?           ?
 
 ζ(3)は無理数であることしかわかっておらず,いまだζ(3)が超越数であるかどうかは知られていませんし,ζ(5),ζ(7),・・・が有理数なのか無理数なのかもわかっていません.アペリの方法はζ(5),ζ(7),・・・の場合の拡張されるに至っていないのです.
 
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【3】第4のζ(3),第5のζ(3),・・・
 
 これまで,ζ(3)については,3種類の級数表示
  ζ(3)=-2π^2/7logπ+3π^2/7+8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
  ζ(3)=2π^2/7logπ-π^2/7-8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+2)2^2n
  ζ(3)=-4π^2/7・Σζ(2n)/(2n+1)(2n+2)2^2n
が得られましたが,計算収束性のオーダーを比較してみると,第2,第3のζ(3)は第1のζ(3)よりも劣ることが窺えます.
 
 そんな中,杉岡氏によって第4,第5のζ(3)が見いだされました.
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page037.htm
 
  log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
にx=1/2を代入すると
  logπ=log2+2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
 
 この式により,logπとlog2は等価的に扱えることがわかりますが,これを第2のζ(3)
  ζ(3)=2π^2/7logπ-π^2/7-8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+2)2^2n
に代入して,整理すると
  ζ(3)=2π^2/7[log2+Σζ(2n)/(n+1)2^(2n)]  (n=0-∞)
 
 log2が現れる第4のζ(3)公式の収束は遅いのですが,実ににシンプルです.
 
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 次に,第1のζ(5):
  ζ(5)=2π^4/93logπ-25π^4/558+8π^2/31ζ(3)-32π^4/31・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
と第2のζ(5):
  ζ(5)=-2π^4/279logπ+13π^4/1674+8π^2/93ζ(3)+32π^4/93・Σζ(2n)/2n(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
から,(logπではなく)ζ(5)を消去してみましょう.
 
 すると,第5のζ(3)
  ζ(3)=-π^4/6logπ+11π^2/36+2π^2・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)2^2n
が得られます.
 
 この式の収束性はこれまで求められた5種類のζ(3)の中で最速です.杉岡の方法を利用すると,いくらでも新たな公式をデザインすることができるのですが,それと同時に高速から低速までの計算収束性を追求することも可能になることが窺えます.
 
 奇数ゼータはまだまだ未開の分野であって,それを切り拓いた杉岡の公式については,今後もこのコーナーにおいてフォローアップしていきたいと考えています.
 
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