■奇数ゼータと杉岡の公式(その1)

 先日,京都府亀岡市在住の数学愛好家・杉岡幹生氏より,ショッキングな内容のメールを頂戴した.これまで不明であった奇数ゼータζ(3),ζ(5),ζ(7),・・・の具体的表示を得ること成功したというものであった.
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page034.htm
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page035.htm
  http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page036.htm
 
 実はメールを頂いた際に思ったことは,怪しげな結果に違いないと半信半疑というよりも懐疑的だったのであるが,初めて見る式に驚かされたばかりでなく,ポリログ関数,多重三角関数などの特殊関数も必要とせず,高校生でも解けそうな初等的な方法で導出されていたことに驚愕を覚えた.
 
 杉岡氏の公式は奇数ゼータに関するかなり本質的な結果ではないかと思われ,すべての仕事を擲ってでも追試する価値はあろう.そこで,氏の許可を得て本コラムにも掲載させて頂くことにした.なお,杉岡氏は某メーカー勤務の分析技術者.小生もかつては微量元素の分析屋だった.そのこともあって余計に親近感が湧くのであろう.
 
===================================
 
【1】ζ(2n+1)の歴史的背景
 
 オイラーは,ベルヌーイ数とゼータ関数との間に次の公式が成り立つことを証明しています(1735年).
  ζ(2k)=(-1)^(k-1)2^(2k-1)B2k/(2k)!・π^2k
すなわち,引数sが偶数のときのオイラー級数は一般式で表すことができ,ζ(2n)はπ^2nの有理関数になる.そして,有理数部分にはベルヌーイ数Bnが重要な役割を果たしています.
  ζ(2)=π^2/6,
  ζ(4)=π^4/90,
  ζ(6)=π^6/945
 
 引数sが奇数の場合であっても,sが大きくなるにつれてオイラー級数は1に近づくことに違いはありませんが,偶数ベキにならって,定数(無理数?)×π^sの形で書くと,
  ζ(3)=π^3/25.79436・・・,
  ζ(5)=π^5/295.1215・・・,
  ζ(7)=π^7/2995.286・・・
となり,偶数のときのような簡明な表示は知られていません.何か隠された未発見の規則性があるに違いないと思われるのですが,・・・
 
 ところで,オイラーはいろいろな工夫をして,
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
であることをつきとめ,広義積分
  ∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2
の値を求めています.
 
 また,これを代入して計算すれば
  1/1^3+1/3^3+1/5^3+・・・=π^2/4log2+2∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
が得られます(1772年).
 
 このとき,
  1+1/3^3+1/5^3+1/7^3+・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(3)=Σ1/n^3 から次のようにして求まります.
  1+1/2^3+1/3^3+1/4^3+・・・
 =(1+1/2^3+1/4^3+・・・)(1+1/3^3+1/5^3+・・・)
 =1/(1−1/8)・(1+1/3^3+1/5^3+・・・)
より,分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
  {1-2^(-s)}ζ(s)
 
 さらに,
  1/1^s−1/2^s+1/3^s−1/4^s+・・・
 =2(1/1^s+1/3^s+1/5^s+1/7^s+・・・)−(1/1^s+1/2^s+1/3^s+1/4^s+・・・)
より,+,−が交互に出現すると一般式
  {1-2^(1-s)}ζ(s)
を得ることができます.
 
 オイラーによる
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
という結果(log2の有理式×π^2)から,ζ(2n+1)は有理数と円周率から四則演算によって得られる数ではないだろうと予想されていますが,証明されてはいません.また,log2を含むであろうと推測されています.
 
 sの奇数値に対する積分表示
  ζ(2n+1)=(-1)^(n+1)(2π)^(2n+1)/2(2n+1)!∫(0,1)B2n+1(x)cot(πx)dx
   Bn(x)はベルヌーイ多項式で,0での値Bn=Bn(0)はベルヌーイ数
の取り扱いは難しく,オイラーやほかの著名な数学者の努力にもかかわらず,ζ(2n)のような明示的な公式を得ることはできず,いまだ未解決です.
 
 なお,
  1/1−1/2+1/3−1/4+1/5−1/6+・・・
は調和級数の交代級数で,この値は対数関数のマクローリン展開
  log(1+x)=x−1/2x^2+1/3x^3−1/4x^4+・・・
によりlog2に収束することがわかります.
  Σ(-1)^(n-1)・1/n=log2
はメルカトールの定数とかグレゴリーの定数と呼ばれます.また,
  ζ(2)=1+1/2^2+1/3^2+1/4^2+1/5^2+・・・
      =(log2)^2+Σ1/2^(k-1)k^2
となることも示されています.
 
===================================
 
【2】杉岡の公式を解くカギ
 
 オイラーは,三角関数sinxの展開式が
  sinx=x−x^3/3!+x^5/5!−x^7/7!+・・・
のようになることを知っていました.また,sinxはx=kπ(k:整数)で0になります.すなわち,方程式sinx=0にはx=0,x=±π,x=±2π,・・・のように無限個の解が存在することになります.
 
 したがって,sinxを因数分解して無限積表示すると
  sinx=xΠ(1−x/kπ)
      =・・・(1+x/2π)(1+x/π)x(1−x/π)(1−x/2π)・・・
      =x(1−x^2/π^2)(1−x^2/2^2π^2)(1−x^2/3^2π^2)・・・
      =xΠ(1−x^2/k^2π^2)
となります.
 
 オイラーの戦略はサイン関数を∞次多項式ととらえ因数分解するというものですが,
 cosx=1−x^2/2!+x^4/4!−x^6/6!+・・・
についても同じような方法を適用し,
  cosx=Π(1−4x^2/(2k-1)^2π^2)
これより,
  1/1^2+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・=π^2/8
 
 オイラーが得た値:ζ(2)=Σ1/n^2=π^2/6はこの式から次のようにして求まります.
  1+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・
 =(1+1/2^2+1/4^2+・・・)(1+1/3^2+1/5^2+・・・) =1/(1−1/4)・π^2/8
 =π^2/6
さらに,
  2(1/1^2+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・)−(1/1^2+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・)
 =1/1^2−1/2^2+1/3^2−1/4^2+・・・=π^2/12
を得ることができます.
 
===================================
 
  sinπx/πx=Π(1-x^2/k^2)
は有名な無限積表示なのですが,以下に述べる杉岡の公式を導くためのカギとなるのが,
  log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
です.
 
 杉岡氏は
  log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
はサイト
  http://www.math.umd.edu/~asnowden/math/exp.pdf
に載っており,とくに新しい式ではないと教えてくれました.
 
 なるほど確かに載っていたのですが,オイラーの第2種積分とも呼ばれるガンマ関数Γ(x)には,
  Γ(x+1)=xΓ(x)
の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.
  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・
したがって,xが正の整数nのときには
  Γ(n+1)=n!
が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.階乗の解析的補間をしている関数がガンマ関数なのです.
 
 そして,対数ガンマ関数の公式
  logΓ(1+x)=−γx+ζ(2)/2x^2−ζ(3)/3x^3+ζ(4)/4x^4−・・・
より,
  logΓ(1-x)=+γx+ζ(2)/2x^2+ζ(3)/3x^3+ζ(4)/4x^4+・・・
辺々加えると
  2{ζ(2)/2x^2+ζ(4)/4x^4+ζ(6)/6x^6+・・・}
となります.
 
 一方,
  sinπx/πx=Π(1-x^2/k^2)
より,カギとなる式
  log(sinπx/πx)=Σlog(1-x^2/k^2)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
が得られます.
 
  -log(1-x)=x+x^2/2+・・・=Σx^n/n
より
  -∫(0,x)log(1-t)/tdt=Σx^n/n^2
となることはご存知と思われますが,
  log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
の公式の裏には,ガンマ関数が(対数関数を介して)ゼータ関数と相性よく結びついているというわけです.
 
===================================
 
【3】杉岡の公式(その1)
 
 杉岡の公式を導くにあたって,オイラーがつきとめた
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2  (n=1-∞)
を出発点にしてみましょう.
 
 前項より,
  log(sinx)=logx-2Σζ(2n)/2n・(x/π)^(2n)
となりますから,
  logx-2Σζ(2n)/2n・(x/π)^(2n)=-Σcos(2nx)/n-log2
の両辺を区間(0,x)で積分してみます.
 
 右辺は
  -∫(0,x)Σcos(2nx)/ndx-log2∫(0,x)dx
 =-Σ∫(0,x)cos(2nx)/ndx-xlog2  (ルベーグ積分)
 =-Σsin2nx/2n^2-xlog2
もう1回,区間(0,x)で積分してx=π/2と置いてみます.すると,
  Σ(cosnπ-1)/4n^3-π^2/8log2
 =-(1-2^(-3))ζ(3)/2-π^2/8log2
 
 左辺にも同じ演算を加えます.
  ∫(0,x)logxdx-2Σ∫(0,x)ζ(2n)/2n・(x/π)^(2n)dx
 =xlogx-x-2πΣζ(2n)/2n(2n+1)・(x/π)^(2n+1)dx
もう1回,区間(0,x)で積分してx=π/2と置いてみると,
  π^2/8log(π/2)-3π^2/16-π^2/2・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
 
  -(1-2^(-3))ζ(3)/2-π^2/8log2
 =π^2/8log(π/2)-3π^2/16-π^2/2・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
より,
  ζ(3)=-2π^2/7logπ+3π^2/7+8π^2/7・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)2^2n
 
 こうして,偶数ゼータ全体でもって奇数ゼータζ(3)を表すことができたことになります.もちろん,偶数ゼータの場合のように明示的な形ではないにせよ,このような形に表示できるメリットは大きいと思われます.
 
===================================
 
 このあとも積分操作を2回づつ反復するのですが,ζ(5),ζ(7)は何度も計算ミスを犯しながら(計算力が鈍っているので,本当に気が遠くなるような思いの末に),
  ζ(5)=2π^4/93logπ-25π^4/558+8π^2/31ζ(3)-32π^4/31・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)2^2n
  ζ(7)=-4π^6/5715logπ+49π^6/28575-8π^4/381ζ(3)+32π^2/127ζ(5)+128π^6/127・Σζ(2n)/2n(2n+1)(2n+2)(2n+3)(2n+4)(2n+5)(2n+6)2^2n
にたどりつき,杉岡氏の結果を追試することができました.これらの式は収束も非常に速いし,数値計算的にも合っているとのことです.
 
 ζ(3)は偶数ゼータだけで表すことができるわけですから,ζ(5),ζ(7)も同様です.このように奇数ゼータが偶数ゼータで次々に表されることは驚くべきことと思われ,とても感激しています.検算は大変でしたが,達成感を得ることができた1週間でした.
 
===================================