■素数の間隔分布(Sugimoto氏の発見について)

 直線上,平面上あるいは空間上に無作為に配置(ポアソン配置)された点の集団があるとしましょう.すると点同士の最近接距離の分布はそれぞれ1次のワイブル分布(指数分布),2次のワイブル分布(レイリー分布),3次のワイブル分布になります.→コラム「ポアソン配置とワイブル分布(雑然か整然か)」参照
 
 また,エネルギー準位統計において正規分布を仮定したランダム行列の集団を扱う場合,GOEでは最近接間隔分布として1次のウィグナー分布(レイリー分布),GUEの場合は2次のウィグナー分布(マクスウェル分布)が得られます.→コラム「ゼータ関数の零点分布と量子カオス」
 
 これらは,完全なランダムネスであっても結果的にある法則性が現れてくることを示しています.その意味で完全なランダムネスはあり得ないのかもしれませんし,実際,コンピュータで扱う乱数も真の乱数ではありません(擬似乱数).
 
 これらから得られる教訓は,完全な「ランダムネス」は驚くほど整然とした振る舞いをすること,数学的にみて意外に扱いやすいと思われることです.今回のコラムでは不規則に分布する素数間の間隔分布を取り上げますが,つい最近,数学愛好家Sugimoto氏が面白い発見をされました.
 
 それはSugimoto氏のHP「数学研究ノート」
  http://homepage3.nifty.com/y_sugi/pr/pr3g.htm
  http://homepage3.nifty.com/y_sugi/pr/pr3h.htm
に既に掲載されています.マンデルブロー図については実際に「数学研究ノート」をご覧頂くことにして,本稿では簡単な補足説明を加えたいと思います.
 
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【1】素数の間隔分布
 
 素数定理により,x以下の素数はおよそ
  x/logx
ですから,x以下の素数間の間隔の平均はlogxとなるのですが,素数の間隔分布について知られていることは驚くほど少ないのが現状です.
 
 n番目の素数pnに対して,次の素数pn+1までの間にある合成数の個数を間隔と定義し,g(pn)とおきます.
  g(pn)=pn+1−pn−1
もし,素数間隔を差として定義するならば
  g(pn)=pn+1−pn
となり,1大きくなるだけのことにすぎません.
 
 nを任意の整数とするとn!は合成数で,連続したn−1個の整数
  n!+2,n!+3,・・・,n!+n
はすべて合成数となりますから,n!+2以下の最大の素数をpととすれば
  g(p)≧n−1
となって,g(p)はいくらでも大きくなりうることがわかります.
 
 素数定理より,g(p)/logpの平均値が1であることがわかりますが,リーマン予想を正しいものとして受け入れるならば,g(p)の上界が
  g(p)<kp^(1/2)logp
で押さえられることが示されています.
 
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【2】Sugimoto氏の発見
 
 前述したSugimoto氏のHPに面白いグラフが示されています.平面上に(pn+1,g(pn)+1)をプロットすると,その集合がマンデルブロー図を描くというものです.
 
 この境界図形はフラクタル構造をしていて,突き出たこぶのようなものがついており,入り組んだ岬と湾をもつ海岸線を連想させます.そして,一部分をズームアップすると再び凸凹具合のよく似た図形が現れます.マンデルブロー集合の図の驚くべき美しさと複雑さは最近のコンピュータ・グラフィックスの進歩に伴って詳しくわかってきたのですが,どんなスケールでみてもそれに対応する詳細な構造をもっているのです.
 
 Sugimoto氏の発見は素数分布のフラクタルな性質を物語っていると考えられるのですが,氏の素数の間隔分布は現在進行形の研究のようで,今後もフォローアップしていきたいと考えています.
 
 小生はゼータ関数の零点の間隔分布とは違って,素数の間隔分布についてはあまり議論されているものを見かけたことがないので,この結果にとくに興味を惹かれたのですが,氏の「数学研究ノート」を拝見すると
  「素数とゼータ零点」
  「ζ(k)と母関数」
  「級数と乗積」
  「連分数展開」
  「雑記帳」
などのコンテンツが掲載されていて,素数やゼータ関数についての豊富なアイディアが示されています.
 
 たとえば,ζ(s)の零点がs=-2,-4,・・・,-2n,・・・とs=1/2+itの線上にあるというのが有名なリーマン予想(1859年)ですが,氏はこれを宇宙創成の図という見方,すなわち,整然とした世界から,s=1/2の軸でビックバンが起こり,その後,多数の素粒子(素数)が生成される雑然とした世界へ・・・などは小生お気に入りのコメントです.
 
 また,連分数展開は,数値計算上ベキ級数展開(xの小さいところで精度が良い)と漸近展開(xの大きいところで精度がよい)の中間に位置するものであまり目立たないのですが,数学的には非常に重要な意味をもっています.そのような連分数展開式を多数掲げている点からも研究の跡が偲ばれ,氏の素性を推察してみるに小生にはSugimoto氏がとてもただ者とは思えないのです.
 
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【3】補足説明
 
 従来,非線形信号はノイズあるいは再現性の悪いものとして見落とされ見逃されてきたのですが,見方を変えるとそこにある種の秩序があり,カオスやフラクタルの形でいろいろな情報を含んでいることが知られるようになってきました.これまで原因不明のノイズとして見捨てられていたものも,それをカオスと考えることによって隠れた法則性を発見する手がかりとなるのです.「カオス」は,ポアンカレから始まった力学系の研究に端を発し,「非線形」や「フラクタル」と密接に絡んでいます.
 
[1]ロジスティックモデル(カオスのモデル)
 
 1976年,アメリカの物理学者ファイゲンバウムは,奇妙ではあるが魅力的な考えを反復関数
  x,f(x),f(f(x)),f(f(f(x))),・・・
に基づいて発展させ,f(x)が2次式になると漸化式
  xn+1 =f(xn )
の挙動は極めて複雑になることを指摘しました.たとえば,
  f(x)=kx(1−x)   (0<k≦4)
の形の漸化式はkの値によって漸近挙動が全く異なったものになり,カオスと呼ばれる現象を引き起こします.
 
  xn+1 =f(xn )=kxn (1−xn )
xn が0と1の間の値をもつものと考えると,この式は人口増加のロジスティックモデルとなります.すなわち,xは人口増加,(1−x)はそれに歯止めをかける傾向を反映する因子です.ここで,
a)0≦k≦1なら,xn の値は初期値x0 にかかわらず0に近づく.
b)1<k≦3なら,xn の値は初期値x0 にかかわらず固定点(k−1)/kに近づく.
c)3<k≦3.56995ならば2n 個の極限値の間を振動する.
  i)3<k<3.44(=1+√6)ならば2つの極限値の間を振動する(周期2のサイクル).
  ii)3.44<k<3.54ならば4つの極限値の間を振動する(周期4のサイクル).
  iii)3.54<k<3.564ならば8つの極限値の間を振動する(周期8のサイクル).
  iv)3.564<k<3.566ならば16の極限値の間を振動する(周期16のサイクル).
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4)k>3.56995(ファイゲンバウム点)のときには挙動はひどく複雑になり,周期的なのか,周期的とすればその周期はいくつかなどはわからないほどでたらめに荒々しく揺れ動くようになります.
 
 このような状態がカオスですが,カオスでは最終の人口増加が全く予測できないだけでなく,初期値の選び方に非常に大きく依存します.ところが,kの値の所々で単純な周期変動が現れ,たとえば,k=1+2√2のとき周期が3,すなわち3つの極限値の間を振動します.リーとヨークは周期長3が観測されることはすべての可能な周期が現れることを示しています.
 
 以上のことは,パソコンでも簡単に確認できます.ロジスティックモデルでは,時間を不連続にした体系(力学系)に限って取り扱いましたが,連続にしてもわずかだけつけ加えればこと足ります.
 
 「カオス」という語は日常に使う意味とは対照的に,自然科学の中では特定の意味「無秩序の中に存在する秩序」をもっています.すなわち,カオスの本質は
  a)完全に非周期性でかつ完全に決定論的であること
  b)初期値の選び方に大きく依存すること
であって,乱雑(ランダム)との間には明確な一線で画されます.
 
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[2]マンデルブロー集合
 
 関数(2次式):
  f(z)=z^2 +k
において,zとkが複素数のとき,ロジスティックモデルと同様の問題はガウス平面上の複雑で美しい集合になります.
 
 そして,
  z0 =0,zn+1 =zn +k
で定義される数列が無限に発散しないような複素数kの集合がマンデルブロー集合と呼ばれ,フラクタル図形を与えてくれます.
 
 与えられたkに対して初期値0のとき,
  k,k^2+k,(k^2+k)^2+k,・・・
を計算して,これが有界に留まるならばこの点kはマンデルブロー集合に属するというわけです.
 
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[3]ジュリア集合
 
 マンデルブロー集合ではz0 を固定しkを変化させていますが,逆に,kを固定してz0 を変えたものがジュリア集合です.(2次式よりもっと複雑な)非線形方程式f(x)=0の解の近似値をもとめるニュートンの方法:
  xn+1 =xn −f(xn )/f’(xn )
では,初期値x0 によって,収束,振動,発散しますが,この手続きは関数
  xn+1 =xn −f(xn )/f’(xn )
のジュリア集合を研究することと非常に似ています.
 
 ジュリア集合はいろいろな形をとるのですが,kの値がどうであれ,単連結かまたはばらばらになるかこの2種類のいずれかになります.そして,ジュリア集合が連結しているとき,点kはマンデルブロー集合に属することになります.逆にいうと,マンデルブロー集合の縁の点でジュリア集合がばらばらになるのです.
 
 ジュリアは入力zとして複素数を使ったときに,発散しない条件のもとではこの反復関数が驚くべき結果を生むことに気づいた数学者の一人です.また,4元数は複素数の拡張であり,1843年,ハミルトンが発見して以来3次元運動の力学系を記述するために使われてきて,スペースシャトルの制御でも利用されています.4元数に対しても,ジュリア集合f(q)=q^2 +kを表示できる方法が開発されています.
 
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