■虹は2次曲線(その2)

 昨年「虹は2次曲線」をアップロードして,しばらく経ってから
  西條敏美「虹」恒星社厚生閣
の存在を知るにいたった.購読してみたところ,小生の知らないことも多く,「虹は2次曲線」を補完する必要性を感じさせられた.そこで,今回のコラムでは,光の強度分布について再度取り上げることにした.
 
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[1]幾何光学的理論
 
 主虹では外側から内側に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に見え,その外側に,色の配列が主虹と逆順の副虹がうすく見える.主虹は水滴の中で1回反射した虹,副虹は2回反射の虹である.主虹と副虹の間が,アレクサンダー暗帯である.デカルト・ニュートンの虹の古典論によると,ここに反射してくる光はまったくない.
 
 このことを幾何光学的に調べることにしよう.水滴の半径を1,屈折率をn,入射光線と水滴の中心との距離をa,反射光線と入射光線の間の角度(虹角)をθとすると,平面幾何学的に,1回反射の虹では
  θ=4arcsin(a/n)−2arcsin(a)
2回反射の虹では
  θ=−4arcsin(a/n)+2arcsin(a)+π
となることが示される.
 
 一般に,奇数回反射した場合は
  θ=2(r+1)arcsin(a/n)−2arcsin(a)
偶数回反射した場合は
  θ=−2(r+1)arcsin(a/n)+2arcsin(a)+π
となる.
 
 散乱角θをaで微分すると
  a=√(4−n^2)/3   (主虹)
  a=√(9−n^2)/8   (副虹)
でθは最大になる.
 
 n=4/3とおくと,主虹はa=0.86で最大値42°,副虹はa=0.95で最大値51°をとるが,どちらからの散乱光もまったくやってこない領域が主虹と副虹の間で,この領域がアレクサンダー暗帯である.
 
 また,もっと丁寧に考察するならば,
  dθ/da=2(−3a^2−n^2+4)/√(n^2−a^2)√(1−a^22(√(n^2−a^2)+√(1−a^2))
より,n>2の場合にはdθ/da<0より包絡線が存在しないので,主虹は存在しないことも理解される.
 
 水(屈折率≒4/3)であっても,ガラス(屈折率≒3/2)であっても虹はできるのであるが,反射する球体の屈折率が2以上の場合,たとえばダイヤモンド(屈折率=2.42)の場合,虹のできる様子は水滴の場合とはかなり異なってくる.どのような透明体であっても差し支えないわけではなく,水の屈折率が1.3程度であったおかげで,われわれは美しい虹を見ることができるのである.
 
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[2]エアリー
 
 空気が澄んだ状態では,主虹の内側に二,三本,光の筋が見えることがある.副虹の外側にも光の筋が見える可能性もある.主虹の内側と副虹の外側にぼんやりと白くと光って見えるのが過剰虹である.
 
 ニュートンの理論(光の粒子説)とデカルトの理論(幾何光学的理論)を組み合わせると,虹が七色に見えること,主虹と副虹で色が逆順になることが説明されるのだが,過剰虹を説明することはできない.また,虹の色の分布はわかるにしても,光の強度分布は色の分布と微妙にずれている.
 
 さらに,幾何光学では虹の角度と水滴の半径は無関係に決まるはずであるのに,実際に観測すると,虹の大きさは異なっていて,理論と観測結果のずれが出てきた.
 
 イギリスの天文学者・物理学者のエアリーは,過剰虹や雨粒の大きさと虹の関係などについて研究した.この説明には困難をきわめたのだが,このことは光を波動と考えて,水滴の大きさも考慮に入れた光の回折理論によらなければならなかった.
 
 虹では光が空中から水中へ屈折して入り,中で反射して,屈折して空中に出ていく.光の経路にはスネルの法則が関係しているのだが,円(球)の性質も反映している.雨粒を理想化して,球であると考える.その際,水球に入った平行光線の束が,どのように出ていくかを調べると,入射光線と雨滴の中心との距離は様々な値をとるのであるが,出ていくときはある角度に光線が密集して,明るくなることがわかる.
 
 この光の優先道路は入射角から測って42°(虹角)の方向に集約される.数学的には包絡線というのだが,光学分野では焦線(caustic)あるいは火線という名で知られている.焦点では光が1点に集まるが,焦線とは点ではなくて線をなす場合をいうのである.
 
 エアリ−は,焦線の考え方に従って,過剰虹を説明しようとした.水滴の中の光の経路は1本線で書き表されることが多いのであるが,それは焦線であるから,極大値をとる方向ということであって,焦線について,正確に説明するためには微積分が必要になってくる.
 
 エアリーは,ホイヘンスの原理「ある瞬間の波面のすべての点から2次的な球面波がでていて,この2次波を重ね合わせると次の瞬間の波面となり,これが次々と伝播する」をいう原理に基づいて,焦線の近傍で光の強度を計算した.その結果だけを述べると,虹の光の振幅は,エアリー関数
  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt
で記述される.光の強度はこの積分関数を2乗したものになる.
 
 ここで,xは焦線からの距離と焦線の曲率に依存する定数である.本質的には焦線からの距離を表し,x=0のときがちょうど焦線のところで,デカルトの幾何光学に対応する.エアリー関数はx>0では指数関数的に減少し,x<0では正弦関数のように振動する関数である.
 
 エアリー積分を使えば,光が最も強くなるのはデカルトの理論よりも少し内側にくることがわかる.また,三角関数のように繰り返し極大値をとるので,それが過剰虹を与えるというわけである.
 
 一方,アレクサンダー暗帯でも,光の強度が完全に0というわけではなく,わずかながら光が漏れてくることもわかる.また,水滴が小さくなると焦線の曲率は大きくなって,虹のできる角度もより大きくなる理由も説明される.
 
 1836年,エアリーはこのようにしてアレクサンダー暗帯の存在と過剰虹発生とを説明した.過剰虹がなぜ見えるかという問題に答えるには,幾何光学だけでは定まらず,本質的には微積分を必要としたのである.
 
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[3]ストークス
 
 ニュートンから100年以上経った19世紀になってエアリーによってなされた虹の波動光学的理論では,新しい関数(エアリー関数)を必要とした.これ以降,虹の理論が著しく数学的になるのを避けられなくなったのだが,過剰虹の研究を完結させたのはストークスであり,それは今日,ストークス現象といわれている.
 
 エアリーが,物理光学の面から虹の説明を論ずるために導入したエアリー関数
  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt
は収束が悪いために,数値計算は困難である.エアリー自身はいろいろなxに対する値を区分求積法で数値積分したのだが,大変な手間であった.
 
 13年後の1849年にエアリーは,ド・モルガンが発見したエアリー関数のテイラー展開
  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3[Σ(−x)^3k/k!Γ(k+2/3)−Σ(−x)^(3k+1)/k!Γ(k+4/3)]
を用いて,自分の計算をより精密にしているが,物理的には特に新しいことはない.
 
 その後,ストークスは,エアリー関数が解となる微分方程式
  y”=xy
を利用して,実数のパラメータxを複素平面全体に拡げ,エアリー関数の零点その他の詳しい性質を調べた.その結果,エアリー関数は,
  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3√(π/x)[J1/3(2x^3/2/3^3/2)−J-1/3(2x^3/2/3^3/2)]
のように,±1/3次のベッセル関数で表現できることがわかった.このことによって,数値計算の手間が大幅に削減されたことが容易に想像できよう.
 
 ストークスの研究は,xが大きいときのエアリー積分の漸近挙動を調べるといった今日の漸近解析のはしりであって,現代の解析学に直結し,常微分方程式論の中に「複素平面上の無限遠点に不確定特異点をもつ常微分方程式」という分野を生み出した.
 
 なお,ベッセル関数は,惑星の運動に関するケプラー問題を解析的に表現しようと試みた天文学者・数学者ベッセルの研究にちなんでいる.惑星の軌道は太陽を中心とする楕円軌道
  r=1/(1+ecosθ)
を動くが,距離rと角度θが時間tの関数としてどのようになるか問うのが,いわゆるケプラー問題であって,ケプラー方程式は
  E−esinE=M
Eは離心近点離角,Mは平均近点離角,eは楕円の離心率で表される.
 
 ベッセル関数は三角関数に似た増減関数で,とくに,半整数次のベッセル関数は三角関数で表現できるわかりやすい関数である.
  J1/2=√(2/πx)sinx
  J-1/2=√(2/πx)cosx
しかし,三角関数の零点が一定の幅で規則正しく並ぶのに対して,任意の次数のベッセル関数の零点は単純にある値の整数倍とはいかない.
 
 ベッセル関数は,惑星の公転にはじまって,電磁波や光の回折,振動を表すのに適していて,物理学・工学分野で広く用いられている.一方,統計分野では,物理学・工学分野と異なり,変形ベッセル関数が用いられる.第1種n次の変形ベッセル関数はIn(x),第2種n次の変形ベッセル関数はKn(x)で表されるが,変形ベッセル関数はx>0において非負の関数で,それぞれ単調増加,単調減少する.とくに,半整数次の変形ベッセル関数は双曲線関数で表現される.
  I1/2=√(2/πx)sinhx
  I-1/2=√(2/πx)coshx
 
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[4]愛知と田中館
 
  西條敏美「虹」恒星社厚生閣
によれば,虹の研究史には二人の日本人科学者が登場する.愛知敬一(小生の地元・仙台では愛知家は政治家一家として知られている)と田中館寅士郎(わが国物理学草創期の大御所・田中館愛橘の弟)である.
 
 二人は東京帝大・物理学科で寺田寅彦と同級であるが,
  大山陽介「数学にかかる虹の橋」現代数学序説(V),大阪大学出版会
にも田中館愛橘の研究と誤った記載がなされているのは残念である.
 
 エアリーの計算は虹の理論を著しく進展させたが,それは単色の虹について行われたものである.また,エアリーは光源を一つの点と見なして計算したが,厳密には30′の視直径をもつ円光源の白色光として,波長毎に散乱光の強度を計算し,それを足し合わせる必要がある.
 
 二人の計算によれば,点光源では水滴の大きさによって光の強弱の分布は変化しなかったが,円光源と見なすと実際の虹を説明するのに十分な結果が得られた.これによって,虹の数学的理論は1つの完成を見たことになる.
 
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[5]その後の虹の研究
 
 今回のコラムでは,出発点となった幾何光学的理論→波動光学的理論の過程を補足したのだが,なお一層の精密さを求めて,虹の研究はその後も引き継がれていく.
 
 さらに,幾何光学的理論→波動光学的理論→電磁気学的理論→複素角運動量理論と連なっていくのだが,この過程を小生が説明したところで単なる受け売りに過ぎないだろう.これ以上知りたい方のために
  西條敏美「虹」恒星社厚生閣
をお勧めする次第である.
 
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