■虹は2次曲線

 
 雨が降った後,空が清らかに晴れてきても空中には無数の小水滴が浮遊している.これに太陽光線が入射すると,光の分散が起こり虹を生ずる.透明でさえあればどのような物質からできていても光の分散は起こる.
 
 水(屈折率≒4/3)であっても,ガラス(屈折率≒3/2)であっても虹はできるのであるが,反射する球体の屈折率が2以上の場合,たとえばダイヤモンド(屈折率=2.42)の場合,虹のできる様子は水滴の場合とはかなり異なってくる.どのような透明体であっても差し支えないわけではなく,水の屈折率が1.3程度であったおかげで,われわれは美しい虹を見ることができるのである.
 
 さて,虹の形は半円状(滝や散水しているときは弧状)が普通であるが,私は山間の渓谷にかかる吊り橋の上から,円形の虹を見たことがある.とても,神秘的に感じられる光景であった.一般に,虹は2次曲線となるのである.
 
 虹の美しさは,幼児のような素朴で純粋な心に深い感動を与えるものだが,古来より,虹はなぜできるか,虹はなぜあのようにみえるか等々,なぜこうなっているのかという科学的研究に駆りたててきた.今回のコラムでは,大山陽介「数学にかかる虹の橋」現代数学序説(V),大阪大学出版会を参考文献として,虹にまつわる話(虹の科学的研究小史)を取り上げてみたい.
 
===================================
 
【1】主虹と副虹
 
 水滴に入射した太陽光線は屈折し,水滴の後面で全反射を受けて,でるときに再び屈折する.光線の入射角と出射角との差を虹角というが,虹は赤色光線では屈折が小さく,紫色光線では大きいために虹角が開くために起こる現象である.
 
 赤色光線の虹角は42°42’,紫色光線は40°32’の角度をなすから,2°10’の視角のなかに,上から赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に配列した弧状の色帯として見える.太陽や月の視直径は約30’であるから,虹の幅は太陽(月)4個分に相当する.
 
 また,主虹の外側にもうひとつ副虹が見える.副虹は二度全反射を受けるために生ずるものであって,赤色光線では49°46’,紫色光線では53°46’であるから,4°の視角のなかに,主虹と色の順序が逆順の虹を張る.副虹は水滴の内部で主虹より1回多く全反射を受けた光によって形成されるので,主虹ほど色は強くなく,見えないこともしばしばである.
 
 虹は雨上がりのときに,太陽を背にして反対側の空に見えるものである.すなわち,朝なら西の空,夕方なら東の空に見える.それでは,水滴の中で3回以上の多重反射を受けた場合はどうなるのであろうか? 実は,3回反射,4回反射した場合,光は水滴の反対側に進んで行くから,夕方なら西の空にうすい3次の虹,4次の虹が存在するはずなのだが,実際には太陽光線が雨滴に遮られるために見えない.5回反射,6回反射のときは,主虹・副虹の方向にくるが,多重反射による減衰が加わって見えないのでである.
 
===================================
 
 雨が降った後に空に輝く七色の虹は,昔から人々の関心を惹いてきた自然現象である.虹がなぜできるか考察することはギリシア時代から行われ,アリストテレスが太陽の反対側にある水滴が源であることを発見した.
 
 虹に対する科学的な説明は,デカルトの幾何光学によってなされた.幾何光学とは,光は一様な物質のなかでは直進し,障害物にあたると反射するというように,まるで光が粒子のように動くとして,光の伝播を説明するものである.この考え方は光を波動とみるホイヘンスの考え方とは大変異なるものであるが,屈折,反射など光学に関わる多くの伝播現象をよく説明できる.
 
 デカルトは虹が水滴の内部で反射してできること,反射の仕方によって主虹と副虹が見えることを,歴史上初めて科学的に説明したものである.
 
 また,ニュートンは1666年当時まだ24才の青年であったが,この年,<光の分散>という大発見,すなわち,太陽光線がガラスのプリズムを通ると屈折率の差によって赤から紫に至るたくさんの成分に分けられることを発見した.太陽光線は一見白色であるが,異なった光の混合物であるということは小学校の理科の教科書にも取り上げられていて,現在一般に広く認められている.
 
 ニュートン以前には白色光こそが基本的なものと考えられていたから,そういう意味で,ニュートンの発見は従来の仮説を根底から覆す画期的なものであったと思われる.とくに目立った色だけあげて虹の7色:赤(red),橙(orange),黄(yellow),緑(green),青(blue),藍(indigo),紫(violet)というが,これらの色には相互にはっきりしたしきりがあるのではなく,連続的に変化する無数の異なった色からなっている.
 
 このようにして生じた美しい光の帯にニュートンはスペクトルという名称を与え,虹の色を初めて科学的に説明した.「7色の虹」と呼ばれるが,この知識の源泉はニュートンに拠っているのである.
 
===================================
 
【2】アレクサンダー暗帯と過剰虹
 
 主虹では外側から内側に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に見え,その外側に,色の配列が主虹と逆順の副虹がうすく見える.虹の色の分布はわかったが,光の強度分布は色の分布と微妙にずれている.この節では,光の強度分布について取り上げることにする.
 
 主虹と副虹の間が,アレクサンダー暗帯である.ここに反射してくる光はまったくない.また,空気が澄んだ状態では,主虹の内側に二,三本,光の筋が見えることがある.副虹の外側にも光の筋が見える可能性もある.主虹の内側と副虹の外側にぼんやりと白くと光って見えるのが,過剰虹である.
 
===================================
 
 ニュートンの理論とデカルトの理論を組み合わせると,虹が七色に見えること,主虹と副虹で色が逆順になることが説明されるのだが,過剰虹を説明することはできない.
 
 また,幾何光学では虹の角度と水滴の半径は無関係に決まるはずであるのに,実際に観測すると,虹の大きさは異なっていて,理論と観測結果のずれが出てきた.
 
 この説明には困難をきわめたのだが,ニュートンから100年以上経った19世紀になって,エアリーによってなされた.エアリーは過剰虹や雨粒の大きさと虹の関係などについて研究した.
 
 虹では光が空中から水中へ屈折して入り,中で反射して,屈折して空中に出ていく.光の経路にはスネルの法則が関係しているのだが,円(球)の性質も反映している.雨粒を理想化して,球であると考える.その際,水球に入った平行光線の束が,どのように出ていくかを調べると,入射光線と雨滴の中心との距離は様々な値をとるのであるが,出ていくときはある角度に光線が密集して,明るくなることがわかる.
 
 この光の優先道路は入射角から測って42°の方向に集約される.数学的には包絡線というのだが,光学分野では焦線(caustic)あるいは火線という名で知られている.
 
 エアリ−は,焦線の考え方に従って,過剰虹を説明しようとした.水滴の中の光の経路は1本線で書き表されることが多いのであるが,それは焦線であるから,極大値をとる方向ということであって,焦線について,正確に説明するためには微積分が必要になってくる.
 
 エアリーの理論は焦線の近傍で光の強度を計算した.結果だけを述べると,虹の光の振幅は,エアリー関数
  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt
で記述される.光の強度はこの積分関数を2乗したものになる.
 
 ここで,xは焦線からの距離と焦線の曲率に依存する定数である.本質的には焦線からの距離を表し,x=0のときがちょうど焦線のところで,デカルトの幾何光学に対応する.エアリー関数はx>0では指数関数的に減少し,x<0では正弦関数のように振動する関数である.
 
 エアリー積分を使えば,光が最も強くなるのはデカルトの理論よりも少し内側にくることがわかる.また,三角関数のように繰り返し極大値をとるので,それが過剰虹を与えるというわけである.
 
 一方,アレクサンダー暗帯でも,光の強度が完全に0というわけではなく,わずかながら光が漏れてくることもわかる.また,水滴が小さくなると焦線の曲率は大きくなって,虹のできる角度もより大きくなる理由も説明される.
 
 1836年,エアリーはこのようにしてアレクサンダー暗帯の存在と過剰虹発生とを説明した(過剰虹の研究を完結させたのは,ストークスであり,それは今日ストークス現象といわれる).過剰虹がなぜ見えるかという問題に答えるには,幾何光学だけでは定まらず,本質的には微積分を必要としたのである.
 
===================================
 
 エアリーが,物理光学の面から虹の説明を論ずるために導入したエアリー関数
  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt
は収束が悪いために,数値計算は困難である.エアリー自身はいろいろなxに対する値を区分求積法で数値積分したのだが,大変な手間であった.
 
 13年後の1849年にエアリーは,ド・モルガンが発見したエアリー関数のテイラー展開
  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3[Σ(−x)^3k/k!Γ(k+2/3)−Σ(−x)^(3k+1)/k!Γ(k+4/3)]
を用いて,自分の計算をより精密にしているが,物理的には特に新しいことはない.
 
 その後,ストークスは,エアリー関数が解となる微分方程式
  y”=xy
を利用して,実数のパラメータxを複素平面全体に拡げ,エアリー関数の零点その他の詳しい性質を調べた.
 
 ストークスの研究は,xが大きいときのエアリー積分の漸近挙動を調べるといった今日の漸近解析のはしりであって,現代の解析学に直結し,常微分方程式論の中に「複素平面上の無限遠点に不確定特異点をもつ常微分方程式」という分野を生み出した.
 
 今日では,エアリー関数は,
  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3√(π/x)[J1/3(2x^3/2/3^3/2)−J-1/3(2x^3/2/3^3/2)]
のように,ベッセル関数で表現できることがわかっている.
 
===================================
 
【3】君は円い虹を見たか?
 
 焦線の例としては,コーヒカップの中に太陽光が当たってできるネフロイドという6次曲線
  f(x,y)=(x^2+y^2)^3−12(x^2+y^2)^2+48x^2−60y^2−64=0
がある.
 
 陽のよく当たる窓辺にコーヒーカップをもっていって,カップの底を覗いてみて欲しい.そこには,ハートマーク状のカスプ−−−A2型のクライン特異点(2次元の単純特異点)をもつ曲線が見えるはずである.ネフロイドは平行光線が円の内側で反射されるときの包絡線である.
 
 また,カージオイド
  f(x,y)=(x^2+y^2)^2−6(x^2+y^2)+8x−3=0
は光が周上の1点から発して円周で反射されたときにできる包絡線(4次曲線)であることがわかっている.
 
 円の反射による包絡線は一般にはリマソンになるが,光源の位置が無限遠にある場合はネフロイド,円周上にある場合はカージオイド,円の中心にある場合には円の中心そのものになる.
 
 また,特異点を何度かモノイダル変換して,特異点の解消ができるというのが,広中平祐先生のフィールズ賞受賞の業績である.
 
 虹の話に戻って,1つの水球に注目すると焦線の集まりは太陽光と平行な中心軸をもつ直円錐をなすことがわかる.これを観測者の眼を中心に考えると,円錐を平面で切った断面の曲線(円錐曲線)が,虹として観察されることになる.
 
 切り口であるから通常は楕円であるが,まれに水平方向近い断面(牧草地に朝露が降り,そこに太陽光が注ぐときなど)では放物線状,双曲線状の虹が見えることがあるという.
 
===================================
 
 さて,人間の目は数十万色という色を識別することができるわけであるが,じつは人間の目には赤,緑,青を感じる3種類の視細胞しかない.この3原色に対する感覚の総合で色を感じるというのが,現代の視覚生理学・色光工学の基本をなすヤング・ヘルムホルツ説(1800年中頃)であり,この学説は1860年,マクスウェルによる3色分解画像の投影で実験的に証明されている.
 
 ヤング・ヘルムホルツ学説の3原色法の基本となる光の3原色とは,B(青:blue),G(緑:green),R(赤:red)で,3原色すべての光が混じりあうと白色光になる現象を生じる.B001+R010+G100=W111(白:white).2つの光の組合せではB001+G100=C101(水色:cyan),G100+R010=Y110(黄:yellow),B001+R010=M011(紫:magenta)となる.
 
 さらに光の混合の結果は各光の濃淡によっても種々の色を生ずることになり,赤・緑・青の3色だけで自然界に存在するほとんどすべての色を作ることができるのである.
 
 なお,実際の色合いを言葉で説明するのは難しいが,ここでいう青とはわれわれの青に対するイメージとは異なり青紫色のことである.すみれ色(violet)といったほうが適切かもしれない.また,赤は橙色を含まない純粋の赤でなければならないし,緑は黄や青の混じったものではいけない.
 
===================================
 
 19世紀のドイツの物理学者ヘルムホルツは,色彩の研究とともに音色の研究で有名である.ヘルムホルツは大変研究範囲の広い学者で,生理学,物理学,音響学,天文学などにわたって多彩な研究をした.エネルギー保存の法則(位置エネルギーと運動エネルギーの和は一定:1847年),永久機関は不可能であることを証明している.
 
 また,眼底鏡を発明し,網膜には赤・緑・青の3種の色感覚をつかさどる神経があり,それらの興奮の強さが人に色彩を感じさせるのだという3原色説を確立した(ヤング・ヘルムホルツ学説).
 
 1857年,渦の運動を研究したのがきっかけとなり音響学に熱中するようになった.ピアノやバイオリンが同じ高さの音であっても,音色(波形)がまったく異なる理由を考え,楽音には基音の振動数の整数倍の振動数をもつ倍音があって,倍音の数や強さによって音色が違ってくることを明らかにした.
 
 音の大きさと高さが同じでも楽器が違えばその違いを識別できるのは,音色が違うから,音色の相違は波形による相違によるものと考えたのである.さらに進んで,内耳の蝸牛が共鳴器であり,その振動によって音の識別ができることも解明している.
 
 マックスウェルの最大の功績はさまざまな電気的・磁気的現象を表すことのできる簡単な方程式を見いだし,電気と磁気がそれぞれ単独では存在できないことを明らかにしたことである.磁気や光に興味を持ち,光の3原色を青・緑・赤としこれらを適当に混合して任意の色が得られるとした.この原理は今日,カラーテレビ,カラー印刷等で応用されている.
 
 現代の音響学および聴覚生理学の基礎を築いたもうひとり,19世紀の物理学者レイリーを挙げなければ不公平であろう.レイリーもヘルムホルツ同様,多彩な研究経歴の持ち主で,1904年,アルゴンの発見でノーベル物理学賞を受けたが,音響工学や光学の業績もみられる.今世紀の初め,レイリーは波動方程式ではなく,電磁気学のマックスウェル方程式を基にして,焦線近傍での解の挙動を調べているのだが,ニュートン,エアリー,ストークス,レイリーをはじめ,虹に関わった多くの科学者はケンブリッジ出身とのことである.
 
===================================
 
【4】光と音と
 
 ヘルムホルツもレイリーも,光の研究者であると同時に音の研究者であったが,最後に音と光の相違として2点を簡単に述べておこう.
 
 1つ目は色彩には3原色RGBがあるのに対して,音色にはそのような基本単位がないということである.これが色彩感覚と音色感覚との本質的な相違である.2つ目は周波数帯域(ダイナミックレンジ)の広さである.可聴範囲は20Hzから20KHzで約1000倍,一方,可視範囲は400nmから800nmで約2倍であるから,圧倒的に音の周波数範囲が広いのである.
 
 ところで,耳の性能は人によってさまざまだが,眼の性能にほとんど個体差はないように思われる.特定の人にだけ見えて他の人に見えない色は存在しないのだろうか? また,絶対音感をもつ人はわずか1Hzの周波数の違いでも聞き分けられるという.目で見る色は波長分布と一義的には関係していないので,色の目測は主観的になるのを免れないと思われるのだが,はたして,絶対色彩感覚というものはあるのだろうか? 
 
===================================