■無限次元空間の球充填問題(その7)

 今回のコラムでは,非ユークリッド空間における球配置,すなわち,楕円・双曲空間における球の充填と被覆の問題を考えます.ユークリッド空間(放物空間)での結果は(その3)に解説してありますので,詳細についてはそちらも併せてご覧下さい.
 
 まず,三角形P(黒塗り)とそれを裏返した三角形Q(白塗り)の2つを交互に並べて,平面全体をタイル張りすることを考えます.たいていの場合は途中でタイル同士が重なってしまいますが,うまくいくと市松模様のタイル張りができあがります.
 
(問)Pがどのような形のとき,このようなタイル張り(平面の市松模様三角形タイル張り)が可能であろうか?
 
(答)これが可能なためには,1つの頂点で偶数個の3角形が交わらなければならないので,これを2aとおく.また,その頂点の角度をαとおくと,頂点を一回りしたので,2aα=2π.ゆえに,
  α=π/a   ただし,aは2以上の自然数.
 まったく,同様に残り2つの内角に対しても
  β=π/b,γ=π/c
 また,α+β+γ=πより
  1/a+1/b+1/c=1
 
 この等式を満たす(a,b,c)の組は非常に少ない.便宜上,a≧b≧cとすると
  (3,3,3) → 正三角形
  (4,4,2) → 直角二等辺三角形
  (6,3,2) → 30°,60°,90°の三角形
の3種類が得られる.
 
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 以上の解は平面を鏡映三角形で埋めることをユークリッド面(放物的)で考えたものですが,リーマン面(楕円的),ロバチェフスキー面(双曲的)を問題にするならば,解は非常に異なるものになります.
  α+β+γ>π,=π,<π
 すなわち
  1/a+1/b+1/c>1,=1,<1
に応じて楕円幾何学,ユークリッド幾何学,双曲幾何学の三角形が得られます.
 
 1/a+1/b+1/c>1を満たす正の整数の組(a,b,c)は高々有限個で,(n,2,2)は正2面体群,(3,3,2)は正4面体群,(4,3,2)が正8(6)面体群,(5,3,2)は正20(12)面体群に対応しています.
 
 一方,1/a+1/b+1/c<1の場合は(n≧7,3,2),(n≧5,4,2),(n≧4,3,3),(n≧3,4,3)など無限個あり,双曲幾何学における市松模様三角形タイル張りの可能性は無限にあることになります.
 
 すなわち,楕円的平面(球面)では基本領域は有限個しかなく,有限個の基本領域をならべることによって全平面を埋めつくすことができます.一方,双曲的平面(擬球面)の場合には,無限に多くの種類の基本領域があり,全平面を隙間なく埋めるには無限個必要となります.ユークリッド平面はその中間で,基本領域は有限種類しかないが,全平面を埋めつくすには無限個必要であるというわけです.
 
  幾何学       S^n       E^n     H^n
  α+β+γ     >π       =π     <π
 (a,b,c)  (n,2,2)  (∞,2,2)  その他
          (3,3,2)  (3,3,3)
          (4,3,2)  (4,4,2)
          (5,3,2)  (6,3,2)
 
 平面充填ならば分母は2,3,4,6になるのですが,球面充填では分母は2,3,4,5となることがおわかり頂けたかと思われます.
 
 また,2次元双曲平面では正p角形が頂点のまわりにq個ずつ集まる
  1/p+1/q<1/2
を満たす無限個の基本領域があることがわかったわけですが,3〜5次元双曲空間では有限個(3次元:22個,4次元:13個,5次元:5個)しかなく,6次元以上ではこのような基本領域が存在しないことが証明されています(コクセター,1954年).
 
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【1】2次元空間(S^2,E^2,H^2)の最密円充填と最疎円被覆
 
 球面(楕円的平面)における最密充填と最疎被覆に関するトートの結果については,コラム「幾何学的不等式への招待(その2)」を参照頂きたいのですが,n個の頂点をもつ三角形面多面体では,3f=2eですから,
  (v,e,f)=(n,3n−6,2n−4)
すなわち,球面上にn個の点を配置した場合,2n−4はn個の頂点をもつ三角形面正多面体の面数となります.
 
 一方,n個の面をもつ3稜頂点多面体では,3v=2eであり,
  (v,e,f)=(2n−4,3n−6,n)
となります.これらは互いにもとの多面体と面と頂点の関係が逆向きの正多面体であり,表と裏の関係にある双対多面体となっています.
 
 ωn=n/(n−2)・π/6   n≧3
とおくと,球面上にn個の大きさの等しい球帽を埋め込むときの充填密度は,
  d≦n/2(1−1/2cosecωn)
球面がn個の等大球帽で被覆されるときの被覆密度は
  D≧n/2(1−1/√3cotωn)
なる不等式を満たすことが証明されています.
 
 等号はn=3,4,6,12の場合のみ成立し,それぞれ円の中心が正三角形,正4面体,正8面体,正20面体の頂点にくる場合に対応します.これらはすべて三角形面多面体(単体的正多面体)です.
 
 また,これらの不等式の上界・下界は,nの増加とともにそれぞれユークリッド平面における極限値
  dE=π/√12,
  DE=2π/√27
に近づくことが示されます.
 
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 一般に,2次元空間を合同なディリクレ領域(ボロノイ領域)の頂点に球を配置して充填する際の図形をシュレーフリ記号(p,q)で表すことにすると,
  1/p+1/q−1/2>0,=0,<0
はそれぞれS^2,E^2,H^2における必要条件になります.
 
 そして,(p,3)型平面充填(被覆)密度は,それぞれ
  d(p)=3/(p−6){cosec(π/p)−2}
  D(p)=2√3/(p−6){cotan(π/p)−√3}
で与えられます.
 
 楕円的平面(球面)においてはp<6,双曲的平面(擬球面)においてはp>6なのですが,p=6とすると
  d(6)=π/2√3=0.9069・・・(A2)
  D(6)=2π/3√3=1.2092・・・(A2~)
となり,ユークリッド平面における最密充填密度dE,最疎被覆密度DEに一致します.このときの配置が(6,3)すなわち蜂の巣状配置となることは,すでにご存知でしょう.
 
 d(p)は増加関数,D(p)は減少関数であって,p→∞とすると(∞,3)配置となり,双曲的空間における円充填密度の最大値,円被覆密度の最小値
  d(∞)=3/π=0.9549・・・
  D(∞)=2√3/π=1.1026・・・
に近づくのです.
 
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【2】3次元空間(S^3,E^3,H^3)の最密球充填と最疎球被覆
 
 引き続いて,3次元空間をシュレーフリ記号(p,q,r)の図形状に充填(被覆)するときの密度について考えます.3次元空間S^3,E^3,H^3の空間充填形の必要条件は,それぞれ
  sin(π/p)sin(π/r)−cos(π/q)>0,=0,<0
となります.
 
 3次元双曲空間の空間充填形としては
  (3,3,6),(3,4,4),(4,3,6),・・・
などがあげられますが,最密球充填と最疎球被覆では,
  (p,3,・・・,3),θ=π/p
なる三角形面正多面体(単体的正多面体:n−1次元面が単体)の頂点に球を配置するほうが有利です.
 
 しかし,3次元ユークリッド空間では,(p,3,3)型:
  sin(π/p)sin(π/3)−cos(π/3)=0
を満たす整数pは存在せず,3次元ユークリッド空間の空間充填形は(4,3,4)しかありません.すなわち,立方体(4,3)が1つの辺のまわりに4個集まった単純立方格子状の空間充填形です.
 
 それに対して,楕円的3次元空間では(5,3,3),双曲的3次元空間では(6,3,3)が,それぞれ
  sin(π/p)sin(π/3)−cos(π/3)>0,<0
を満たします.
 
 楕円的空間は(5,3)すなわち正12面体60個による空間充填が可能で,その際,各々の球は12個の球に接します.そして,充填密度は,半径φ=π/10の球が体積π^2/60の正12面体を分割するわけですから
  dS=60/π(2φ−sin2φ)
    =12(1−5/πsinπ/5)=0.774・・・
 
 一方,被覆密度は,
  η=1/2arccos(1/4),χ=π/3−η,τ=(√5+1)/2
として,
  DS=60/π(2χ−sin2χ)
    =40−15/π(8η+√3τ)=1.439・・・
となります.
 
 それぞれ,3次元ユークリッド空間における
  dE=π/√18=0.74048・・・(面心立方格子状配置:A3)
  DE=5√5π/24=1.463・・・(体心立方格子状配置:A3~)
に近い値をとります.A3~型被覆において,1つの球は他の14個の球と重なり合います.
 
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 3次元双曲線空間の(p,3,3)型充填では,
  (6,3,3)
による空間充填が可能ですが,その場合の基本単体(π/3,π/2,π/6)に対応するシュレーフリ関数Sは
  i/4S(π/3,π/3,π/6)
 =i/16S(π/6,π/6,π/6)
 =i/24S(π/3,π/3,π/3)
 =√3/32(1−1/2^2+1/4^2−1/5^2+1/7^2−1/8^2+・・・)
 =1/16√3(1+1/2^2−1/4^2−1/5^2+1/7^2+1/8^2−・・・)
と計算されます.
 
 これより,
  dH=1/(1+1/2^2−1/4^2−1/5^2+1/7^2+1/8^2−・・・)
    =0.853・・・
  DH=1/(1−1/2^2+1/4^2−1/5^2+1/7^2−1/8^2+・・・)
    =1.280・・・
が得られます.
 
 なお,ここで
  f(s)=1−1/2^s+1/4^s−1/5^s+1/7^s−1/8^s+・・・
  g(s)=1+1/2^s−1/4^s−1/5^s+1/7^s+1/8^s−・・・
とおくと
  g(s)−f(s)=2{1/2^s−1/4^s+1/8^s−1/10^s+1/14^s−1/16^s+・・・}=2^(1-s)f(s)
より
  g(s)=(1+2^(1-s))f(s)
 
 とくに,
  g(2)=3/2f(2)
より,
  DH=3/2dH
であることが理解されます.
 
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【3】4次元空間(E^4,H^4)の最密球充填と最疎球被覆
 
 4次元空間(S^4,E^4,H^4)の空間充填形の必要条件は,それぞれ
  cos^2(π/q)/sin^2(π/p)+cos^2(π/r)/sin^2(π/s)>1,=1,<1
です.
 
 したがって,4次元空間の(p,3,3,3)型充填では,双曲空間H^4の
  (p,q,r,s)=(5,3,3,3)
が可能になります.(5,3,3)は120個の正12面体で取り囲まれているので,各々の球は120個の球に隣接します.
 
 (5,3,3)の体積は4/3π^2と計算されるのですが,こうして,
  dH=√5/(2τ)=(5−√5)/4=0.69098・・・
  DH=2(2+3√5)/5√5=1.55777・・・
を得ることができます.
 
 4次元ユークリッド空間で知られている最良値
  dE=π^2/16=0.61685・・・(D4=(3,4,3,3))
  DE=2π^2/5√5=1.76553・・・(A4~)
と比較して,
  dH>dE,DH<DE
となることは,これまでの説明から明らかでしょう.
 
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[参]Coxeter「Twelve geometric essays」Carbondale and Edwardsville,
   Southern Illinois university press
 
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