■無限次元空間の球充填問題(その5)

 コラム「ゼータとポリログ関数」では,ポリログ関数を導入しました.ポリログ関数は
  ジログ関数:L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt
  Ln+1(x)=∫(0,x)Ln(t)/tdt
で定義される関数ですが,
  トリログ関数:L3(x)=Σx^3/n^3,
  テトラログ関数:L4(x)=Σx^4/n^4,
  ペンタログ関数:L5(x)=Σx^5/n^5,
などを総称してポリログ関数と呼びます.特に,ジログ関数:
  L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt
はアーベルの関数とも呼ばれ,
  L2(1)=ζ(2)=π^2/6
となります.
 
 今回のコラムでは,シュレーフリ関数を取り上げます.4次元以上の正多面体を初めて深く研究したのは19世紀の数学者シュレーフリであって,彼が導入したシュレーフリ関数
  Fn+1(θ)=2/π∫(1/2arcsec(n),θ)Fn-1(φ)dθ
  sec2φ=sec2θ−2
  F0(θ)=1,F1(θ)=1
はアーベル関数とも密接な関係があるようです.
 
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【1】高次元の正多胞体
 
 n次元空間の正多胞体とは「n個の超平面に囲まれ,全体の中心onから各頂点o0,各辺の中点o1,各面の中心o2,・・・,各超辺の中心on-2,各超平面の中心on-1までの距離がそれぞれ相等しく,そのm次元成分はすべてm次元の正多胞体である」と定義されます.
 
 また,2次元の正多角形はその辺数pで,3次元の正多面体は面の辺数pと各頂点に会する面の個数qをペアにしたシュレーフリ記号(p,q)で表されます.それと同様に,n次元正多胞体ではシュレーフリ記号を一般化して,n−1次元超平面(p1,p2,・・・,pn-2)が3次元低い構成要素上にpn-1個ずつ会する,
  (p1,p2,・・・,pn-2,pn-1)
で表現されます.
 
 たとえば,
  n次元正単体は(3,3,・・・,3,3),
  双対立方体は(3,3,・・・,3,4),
  超立方体は(4,3,・・・,3,3)
と表されます.これを逆順にした(pn-1,pn-2,・・・,p1)で表される正多胞体が双対正多胞体です.
 
 また,fkをn次元多面体のk次元面の数とし,
  (f0,f1,・・・,fn-2,fn-1)
を構成要素とするn次元正多胞体では,組み合わせ的方法によって,k次元胞数fkが求められます.
 
 正単体では
  fk=(n+1,k+1)
なのですが,k=n−1のときfk=n+1であって,胞数はn+1と計算されます.n次元正単体(正n+1胞体)の場合,f0,f1,f2はそれぞれ
  頂点数: n+1,
  稜数:  (n+1)n/2,
  三角形数:n(n^2−1)/6
となるというわけです.
 
 同様に,双対立方体では
  fk=2^k+1(n,k+1)
  k=n−1のとき,fk=2^n →(正2^n胞体)
  頂点数: 2n,
  稜数:  2n(n−1),
  三角形数:2n(n−1)^2/3
 
 立方体では
  fk=2^n-k(n,k)
  k=n−1のとき,fk=2n →(正2n胞体)
  頂点数: 2^n,
  稜数:  2^(n-1)n,
  四角形数:2^(n-3)n(n−1)
となります.
 
 もちろん,
  正単体:fk=(n+1,k+1)
  双対立方体:fk=2^k+1(n,k+1)
  立方体:fk=2^n-k(n,k)
はオイラー・ポアンカレの定理:
  f0−f1+f2−・・・+(−1)^(n-1)fn-1=1−(−1)^n
を満たします.右辺はnが奇数なら2,偶数なら0となりますが,この定理は正多胞体に限らず,n次元凸多胞体について常に成立します.
 
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【2】基本単体と二面角
 
 また,onon-1・・・o1o0を結んだn次元単体を基本単体(シュレーフリ図形)と呼びます.基本単体では,o0o1,o1o2,・・・,on-1onは互いに直交するので,多重直角単体となっています.
 
  {o2o3・・・oi}上o0,o1のなす角∠o0o2o1=π/p1
  {o0o2}上o1,o3のなす角=π/p2
  {o0o1o4}上o2,o3のなす角=π/p3
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  {o0o1・・・on-2on}上on-2,on-1のなす角=π/pn-1
 
 そして,{o0o1・・・on-2}上on-1,onのなす角
  ∠on-1on-2on=π/pn-1
は,超平面同士が超辺上でなす二面角δの半分です(注:二胞角というべきですが3次元の場合の用語を転用します).
 
 超立方体の二面角はつねに90°ですが,正単体の2面角は,頂点(x,x,・・・,x),底面の中心on-1(1/n,・・・・,1/n),1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))の関係から
  cosδ=1/n
また,双対立方体の2面角は,たとえば,頂点(±1,0,・・・,0)と赤道面の1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))より,
  cosδ=−(n−2)/n
と計算されます.
 
 正三角形の2次元基本単体は直角三角形(π/6,π/3,π/2)なのですが,1次元基本単体(基本線分)は辺の半分の長さの線分です.それが6=3!個集まると元の正三角形の表面積(周長)が構成されます.
 
 また,正四面体の3次元基本単体は重直角四面体なのですが,この重直角四面体ABCDの対面を1,2,3,4で表し,面iと面jの間の二面角を(i,j)で表すと,隣接していない面では
  (1,3)=(1,4)=(2,4)=π/2
一方,隣接している面同士では
  (1,2)=π/3,(2,3)=π/3,(3,4)=π/3
さらに,正四面体の2次元基本単体は直角三角形(π/6,π/3,π/2)であって,24=4!個で元の正四面体の表面積に等しくなります.
 
 同様に,n次元単体の基本単体数はn!個であることがわかります.また,n次元空間内の正単体の(n−1)次基本単体は,(n−1)次元球面上に射影することによって球面上の基本単体になるのですが,それらの間の二面角は
  δ/2
  π/3(隣接しているとき)
  π/2(隣接していないとき)
であって,単純リー群を使って表現することが可能です.→コラム「無限次元空間の球充填問題(その2)」参照
 
 (その4)では,シュレーフリ関数Fnを用いて,単位超球から得られる楔状体の体積が,
  2^(-n)n!vnFn(θ)
  δ=2θ=arcsec(n)
で与えられることを述べましたが,
  n!Fn(δ/2)
  cosδ=1/n
が出現した理由はこれらのことによっています.
 
 また,シュレーフリ関数は二面角が直角の場合を基準としています.二面角が直角の1次元基本単体を外接円に射影すると,外接円は4等分(=2^2)されます.二面角が直角の2次元単体を外接球に射影すると,外接球は8等分(=2^3)されます.
 
 同様に,二面角が直角の(n−1)次元単体を(n−1)次元球面上に射影することによって,n次元超球の(n−1)次元表面積は2^n等分されますから,n次元楔状体の体積に
  2^(-n)vn
が現れるというわけです.
 
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 基本単体の個数gはn次元正多胞体の諸量を計算するための最も大切な基本量です.基本単体は万華鏡のように隣同士が鏡像形であり,半分ずつが互いに合同です.
 
 それより,各頂点に正p角形がq面が会した3次元正多面体(p,q)の場合,基本単体の個数は
  g=2pf=2qv=4e
すなわち,正多面体の辺の個数eの4倍と等しくなります.
 
 また,(n+1)次元空間内の正多胞体はn次元球面上に射影することによって球面充填形になるのですが,そのような方法によって,3次元正多面体の基本単体の個数を(p,q)を用いて表すと
  g=4π/π(1/p+1/q−1/2)=8pq/{4−(p−2)(q−2)}
となります.
 
 この式の分母にある
  1/p+1/q−1/2>0
は,3次元多面体が存在するための必要条件ですが,本質的には内角の和からπを引いた球面過剰に比例する球面三角形の面積(=D)ですから,要素の数gは,全球面積4πをDで割った値として表現できるというわけです.
 
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 4次元正多胞体の必要条件はどうでしょうか? 4次元正多胞体(p,q,r)すなわち合同な正多面体(p,q)の各面が2つの(p,q)に属し,各辺がr個の(p,q)に属すとしましょう.
 
 そのような4次元正多胞体が実空間内に作られるための必要条件は
  sin(δ/2)=cos(π/q)cos(π/p)
さらに,1点のまわりの二面角の和が4直角未満という条件
  rδ<2π
と同値な
  sin(δ/2)<cos(π/r)
と合わせて,
  cos(π/q)<sin(π/p)sin(π/r)
 
 すなわち,
  Δ^2=sin^2(π/p)sin^2(π/r)−cos^2(π/q)>0
となります.Δ=0となるのは3次元の空間充填形で,これは(4,3,4)しかありません.
 
 5次元正多房体(p,q,r,s)の場合も,これまでと同様に4次元正多胞体(p,q,r)をs個ずつくっつけますから,4次元正多胞体の二面角のs倍が4直角未満であることが必要で,
  cos^2(π/q)/sin^2(π/p)+cos^2(π/r)/sin^2(π/s)<1
となります.
 
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【3】シュレーフリ関数S(x,y,z)
 
 ここでは,n=4の場合についてのシュレーフリの計量的な方法について説明しますが,3次元の基本単体を,4次元の中心Oから単位球面上に射影した図形の球面積を求めれば,それで全球面積4v4=2π^2を割って,4次元の基本単体の個数がでます.(一般に,n次元超球の(n−1)次元表面積はnvnで与えられます.)
 
 3次元の重直角四面体ABCDの対面を1,2,3,4で表し,面iと面jの間の二面角を(i,j)で表します.そして,
  (1,3)=(1,4)=(2,4)=π/2  (隣接していない)
  (1,2)=α,(2,3)=β,(3,4)=γ  (隣接している)
とおきます.
 
 これを4次元の超球面に射影し,ABCDOが4次元正多面体の1つの基本単体であるときには,
  α=π/p,β=π/q,γ=π/r
で,これが実空間内に作られる条件は,前述したように
  sin^2αsin^2γ>cos^2β
となります.
 
 シュレーフリはこの単位球面上の超球面四面体ABCDを4次元の全球面の面積2π^2と合わせるために,
  π^2f(α,β,γ)/8
とおきました.
 
 関数f(α,β,γ)は,α,β,γについて微分すると,そのときの微小変化量dfは2次元の球面上の三角形の面積に比例し,それは角過剰(内角の和−π)に比例するわけですから,
  π^4/4df=arccos{sinαcosγ/(sin^2α−cos^2β)^(1/2)}dα
        +arccos{cosαcosβcosγ/{(sin^2α−cos^2β)(sin^2γ−cos^2β)^(1/2)}}dβ
        +arccos{sinγcosα/(sin^2γ−cos^2β)^(1/2)}dγ
となるような級数を考えます.
 
  sinαcosγ/(sin^2α−cos^2β)^(1/2)
のような引数の形は,直角三角形の性質に基づいています.
 
 実際の計算では,コクゼターがやったようにαとγをその余角に修正した関数
  S(α,β,γ)=π^2f(π/2-α,β,π/2-γ)/2
としたほうが便利のようです.
 
 そこで,あらためてシュレーフリ関数を
  S(x,y,z)=ΣX^n/n^2(cos2nx−cos2ny+cos2nz−1)−x^2+y^2−z^2
  X=(D−sinxsinz)/(D+sinxsinz)
  D=(cos^2xcos^2z−cos^2y)^(1/2)
と定義します.
 
  dS=ΣX^n/n(cos2nx−cos2ny+cos2nz−1)dlogX
    −2ΣX^n/n(sin2nxdx−sin2nydy+sin2nzdz)
    −2(xdx−ydy+zdz)
ですが,ここでフーリエ級数の公式
  Σt^n/n(cos2nu)=−1/2log(1−2tcos2u+t^2)
  Σt^n/n(sin2nu)=arctan((1+t)/(1−t)tanu)−u
より,
  −1/2dS=arccos{cosxsinz/(cos^2x−cos^2y)^(1/2)}dx
        +arccos{sinxcosysinz/{(cos^2x−cos^2y)(cos^2z−cos^2y)^(1/2)}}dy
        +arccos{sinxcosz/(cos^2z−cos^2y)^(1/2)}dz
となって,
  S(x,y,z)=π^2f(π/2-α,β,π/2-γ)/2
を得ることができます.
 
 しかし,その値を与える式は書けるものの,その中の積分が初等関数の範囲では計算できません.それでも有限個の(p,q,r)の特別な組に対する定積分の値は理論的に求めることができていて,たとえば,
  S(π/6,π/3,π/6)=π^2/15
  S(π/6,π/4,π/6)=π^2/48
  S(π/6,π/4,π/6)=π^2/144
  S(3π/10,π/3,π/6)=π^2/1800
 
 4次元正単体(3,3,3)の場合,α=β=γ=π/3ですから,
  S(π/6,π/3,π/6)=π^2/15
となります.
 
 確かに,4次元多胞体での結果は,ジログ関数(アーベルの関数)
  L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt
  L2(1)=ζ(2)=π^2/6
と関係がありそうです.
 
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【4】シュレーフリ関数Fn(θ)
 
 上に掲げたシュレーフリ関数S(x,y,z)は,n次元球の最密充填に関する評価式のうち,n=4に対する場合には利用できますが,一般のn次元で使えるようにするために,それを拡張しておく必要があります.また,正単体の諸量を計算するためには,one-parameter化しておいた方が都合がよいと考えられます.
 
 そこで,シュレーフリは,微小変化量dFが
  dFn+1(θ)=Fn-1(φ)dF2
すなわち,2次元の球面上の三角形の面積に比例することを用いて,シュレーフリ関数Fn(θ)を
  Fn+1(θ)=2/π∫(1/2arcsec(n),θ)Fn-1(φ)dθ
  sec2φ=sec2θ−2
  F0(θ)=1,F1(θ)=1
で再帰的に定義しました.
 
  dF2=2/πdθ
というわけですが,
  F2(θ)=2/π・θ
  F3(θ)=2/π(θ−π/6)
となることは簡単に確かめられます.
 
 さらに,シュレーフリは
  F2k+1(θ)=F2k(θ)-1/3F2k-2(θ)+2/15F2k-4(θ)-・・・
と展開され,その係数が
  tanhx=x-1/3x^3+2/15x^5-17/315x^7+(-1)^(n-1)2^(2n)(2^(2n)-1)Bn/(2n!)x^(2n-1)・・・
と同じであることを示しています.
 
 したがって,奇数次元のシュレーフリ関数に関しては
  F3(θ)=F2(θ)-1/3=2/π(θ−π/6)
  F5(θ)=F4(θ)-1/3F2(θ)+2/15
  F7(θ)=F6(θ)-1/3F4(θ)+2/15F2(θ)-17/315
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 Bnはベルヌーイ数なのですが,ベルヌーイ数とゼータ関数との間には,公式
  ζ(2k)=(-1)^(k-1)2^(2k-1)B2k/(2k)!π^(2k)
が成り立ちますから,シュレーフリ関数とポリログ関数との関係が再び示唆されたことになります.
 
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  F3(1/2arccos(1/3))=arccos(1/3)/π−1/3
それに対して,F4(θ)を解析的に求めることは難しく,数値積分で近似値を計算することになるのですが,F4(1/2arccos(1/4))の場合,公式
  Fn+1(1/2arccos(1/n))=0
を用いて,
  F5(1/2arccos(1/4))=0
 
 また,
  F5(θ)=F4(θ)-1/3F2(θ)+2/15
より,
  F4(1/2arccos(1/4))=1/3(arccos(1/4)/π-2/5)
と計算されます.
 
 このように,シュレーフリ関数を用いると,
  d3=√18(arccos(1/3)−π/3)=0.7797・・・
  D3=9√3/2(arccos(1/3)−π/3)=1.431・・・
の計算が可能となるし,4次元空間では,
  d4=3√5π(1/2arccos(1/4)−π/5)=0.647・・・
  D4=192/(5√5)π(1/2arccos(1/4)−π/5)=1.658・・・
となるというわけです.
 
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[参]一松信「高次元の正多面体」日本評論社
 
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