■無限次元空間の球充填問題(その4)

 今回のコラムでは(その3)で遣り残した宿題,一般のn次元における単体的限界密度の問題を(不完全ながら)片づけておきたい.
 
 単体的密度限界とは,稜の長さが2rのn次元正則単体の頂点に半径rの球を描いたときの充填密度dn,外接球Rを描いたときの単体における球の被覆密度Dnのことである.
 
 コラム「高次元の正多胞体(その4)」では,1辺の長さ√2のn次元正単体の体積が
  V=√(1+n)/n!
外接球の半径が
  R=√(n/(n+1))
で与えられることを示した.
 
 したがって,辺の長さが2の正単体の体積は
  V=√(1+n)/n!・2^(n/2)
外接球の半径は
  R=(2n/(n+1))^(1/2)
で与えられる.一方,外接球の半径が1である正単体の1辺の長さは
  R={2(1+n)/n}^(1/2)
その体積は
  V=√(1+n)/n!・{2(1+n)/n}^(n/2)
となる.
 
 これらのことから,
  Dn=(2n/(n+1))^(n/2)dn
の関係が成り立つことは容易に納得できるであろう.
 
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【1】単体的密度限界とシュレーフリ関数
 
 平面の場合は,簡単で
  d2=π/√12=0.9068・・・
  D2=2π/√27=1.209・・・
と計算できる.
 
 3次元空間の場合は,ロジャースによって
  d3=√18(arccos(1/3)−π/3)=0.7797・・・
  D3=9√3/2(arccos(1/3)−π/3)=1.431・・・
と計算されている.
 
 1958年,ロジャースは,四面体配置から空間充填率の上限を77.97%とはじき出した.四面体配置は,3次元で相互に接するように球を配置するときの最大数となる配置であるが,全空間を充たすことはできないので,空間充填率の上限と考えられるわけである.
 
 ここで,arccos(1/3)が出現するのは,n次元正単体の二面角が
  cosδ=1/n
となることに基づいている.
 
 二面角が重要なのはn+1次元正多胞体(p1,p2,・・・,pn)が存在するための必要条件が
  δpn<2π
で表されるからである.これは3次元正多面体の場合,1点のまわりの角錐の角の和が4直角未満という条件の一般化にあたるわけである.
 
 正単体による空間充填形は,シュレーフリ記号を用いて,
  (p1,p2,・・・,pn)=(3,3,・・・,3,p)
   p=2π/δ=2π/arccos(1/n)
と書くことができるのだが,n=2以外のときにはδは4直角の整数分の1にはならない,したがって,pも整数とはならないことが理解される(正三角形による平面充填形).3次元以上の正単体は空間充填形にはなり得ないのである.
 
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 以上のことから,d2,D2が簡単に求められたのは正三角形による平面充填が可能であるからであって,一般のdn,Dn(n≧3)の計算にはシュレーフリ関数が必要となるということがわかった.
 
 すなわち,vnをn次元単位超球の体積とすると
  dn=(n+1個のn次元楔状体の体積の和)/V=fvn/V
となるが,2次元では3個の扇状体(中心角π/3)ができるから
  f=π/2π=1/2
となるものの,3次元以上でf値を求めるには,シュレーフリ関数によらなければならないというわけである.
 
 ところで,シュレーフリ関数は
  Fn+1(θ)=2/π∫(1/2arcsec(n),θ)Fn-1(φ)dθ
  sec2φ=sec2θ−2
  F0(θ)=1,F1(θ)=1
で定義される関数で,
  F2(θ)=2/π・θ
  F3(θ)=2/π(θ−π/6)
となる.
 
 シュレーフリ関数を用いると,単位超球から得られる楔状体の体積は,
  2^(-n)n!vnFn(θ)
  δ=2θ=arcsec(n)
で与えられる.
 
 また,単位超球に内接する正単体の1辺の長さは,
  R={2(1+n)/n}^(1/2)
その体積は
  V=√(1+n)/n!・{2(1+n)/n}^(n/2)
したがって,n+1個の単位超球が辺の長さ
  √(2(n+1)/n)
の正単体を被覆するという状況では,
  Dn =(n+1)2^(-n)n!vnFn(θ)/V
    =n^(n/2)(n!)^2/2^n(n+1)^((n-1)/2)・vnFn(1/2arcsec(n)θ)
  dn=(2n/(n+1))^(-n/2)Dn
    =(n+1)^(1/2)(n!)^2/2^(3n/2)・vnFn(1/2arcs
となる.
 
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  F3(1/2arccos(1/3))=arccos(1/3)/π−1/3
それに対して,
  F4(1/2arccos(1/4))
は難しいが,
  Fn+1(1/2arccos(1/n))=0
より,
  F5(1/2arccos(1/4))=0
また,
  F5(θ)=F4(θ)-1/3F2(θ)+2/15
より,
  F4(1/2arccos(1/4))=1/3(arccos(1/4)/π-2/5)
と計算される.
 
 シュレーフリ関数については,後日,もう一度調べ直してから報告したいと考えているのだが,ともあれ,シュレーフリ関数を用いると,
  d3=√18(arccos(1/3)−π/3)=0.7797・・・
  D3=9√3/2(arccos(1/3)−π/3)=1.431・・・
の計算が可能となるし,4次元空間では,
  d4=3√5π(1/2arccos(1/4)−π/5)=0.647・・・
  D4=192/(5√5)π(1/2arccos(1/4)−π/5)=1.658・・・
となるのである.
 
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【2】単体的密度限界の漸近挙動
 
 2次元の最密格子状球充填,最疎格子状球被覆では,
  d2=Δ2π/√12,D2=Θ2=2π/√27
であるが,3次元では
  d3>Δ3=π/√18,D3<Θ3=5√5π/24
となっている.4次元でも
  d4>Δ4=π^2/16,D4<Θ4=2π^2/5√5
である.
 
 単体的密度限界が最密球充填の上界,最疎球被覆の下界となっているのだが,高次元での漸近挙動はどのようになるのだろうか?
 
 ミンコフスキーは,数の幾何学の理論を利用して,
  Δ≧ζ(n)/2^(n-1)
を得た.この下界は,
  Δ≧nζ(n)/{e(1−e^(-n))2^(n-1)}
で改善されるという.
 
 一方,上界は
  Δ≦dn≦1
により,単体的密度限界dnで押さえられるが,すべてのnに対して不等式
  dn<(n+2)/2・2^(-n/2)
が成り立つことが示されている.
 
 n→∞のときの漸近挙動としては,
  dn 〜(n+1)!e^(n/2-1)/√2Γ(1+n/2)(4n)^(n/2)
    〜n/e・2^(-n/2)
がある.この漸近公式によって,粗雑な(n+2)/2はn/eに改善されることになる.
 
 また,
  Dn={2n/(n+1)}^(n/2)dn
において,n→∞のとき,
  {2n/(n+1)}^(n/2)→e^(-1/2)2^(n/2)
より
  Dn 〜 n/e√e
となることわかる.
 
 なお,n次元の凸体(単体を含む)による最密空間充填に対しては,
  Σ(n,r)^2=(2n,n)
より,
  2/(2n,n)≦Δ≦2^n/(2n,n)
すなわち,
  2(n!)^2/(2n!)≦Δ≦2^n(n!)^2/(2n!)
となるが,その漸近挙動はスターリングの公式により,
  下界 〜 2√(πn)/4^n
  上界 〜 √(πn)/2^n
で与えられる.
 
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【3】雑感
 
 (その2)では,
      4              
      |              
  1−2−3−5−6−7−8  (E8 )
より,隣接行列式
  |2 1 0 0 0 0 0 0|
  |1 2 1 0 0 0 0 0|
  |0 1 2 1 1 0 0 0|
  |0 0 1 2 0 0 0 0|
  |0 0 1 0 2 1 0 0|
  |0 0 0 0 1 2 1 0|
  |0 0 0 0 0 1 2 1|
  |0 0 0 0 0 0 1 2|
を得て,行列式の値が1となることを確かめました.
 
 それでは番号を付け替えて,
      1
      |
  2−3−4−5−6−7−8  (E8 )
とすると,どうなるのでしょうか?
 
 当然,隣接行列式は
  |2 0 0 1 0 0 0 0|
  |0 2 1 0 0 0 0 0|
  |0 1 2 1 0 0 0 0|
  |1 0 1 2 1 0 0 0|
  |0 0 0 1 2 1 0 0|
  |0 0 0 0 1 2 1 0|
  |0 0 0 0 0 1 2 1|
  |0 0 0 0 0 0 1 2|
になりますが,行(列)の入れ替えや1つの行をスカラー倍して他の行(列)に加えることによって,行列式の値が1になることを確認することができます.
 
 なお,多項式x^2−y^(k+1)=0が原点に定める特異点をAk型有理特異点と呼びます.とくに,局所座標系によりx^2−y^2=0と書ける曲線の特異点をA1型有理特異点(または通常2重点)と呼びます.
 
 たとえば,ネフロイド:
  y=−(1/2+x^(2/3))(1−x^(2/3))^(1/2)
   =−1/2+3/4x^(2/3)(1+3/4x^(2/3)+・・・)
は平行光線が円の内側で反射されるときの包絡線なのですが,右辺の括弧内はx=0の近くでは0でないので,これをCとおき,
  X=(3C/4)^(3/2)x,Y=−(y+1/2)
と変数変換すると,
  X^2−Y^3=0
となって,A2型有理特異点と呼ばれるものであることがわかります.
 
 また,多項式x^2y−y^(k-1)=0(k≧4)が原点に定める特異点はDk型有理特異点,x^3−y^4=0はE6型有理特異点,x^3−xy^3=0はE7型有理特異点,x^3−y^5=0はE8型有理特異点と呼ばれます.
 
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[補]最密球充填と最疎球被覆の年表
 
n   ルート  球充填密度
2   A2   π/2√3=0.906(ラグランジュ1773,ガウス1831)
3   A3   π/3√2=0.740(ガウス1831)
4   D4   π^2/16=0.617(Korkine,Zolotareff,1872)
5   D5   π^2/15√2=0.465(Korkine,Zolotareff,1877)
6   E6   π^3/48√3=0.373(Blichfeldt,1925)
7   E7   π^3/105=0.295(Blichfeldt,1926)
8   E8   π^4/384=0.254(Blichfeldt,1934)
 
n   ルート  球被覆密度
2   A2~   2π/√27=1.209(Kershner,1939)
3   A3~   5√5π/24=1.464(Bambah,1954)
 
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