■無限次元空間の球充填問題(その3)

 球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論,ルート系,誤り訂正符号(応用代数学),有限単純群などの理論と関係し,最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています.
 
 とくに,24次元リーチ格子:Λ24の発見により,データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが,通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり,純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう.
 
 この一連のコラムでは,n次元ユークリッド空間における球充填密度Δ(n)のn→∞における漸近挙動が,
  −1≦(log2Δ(n))/n≦−.599
であること,そして
  (log2Δ(n))/n → −1   (n→∞)
が成り立つかどうかが問題になっていることを紹介してきました.
 
 お盆休みに,宮城教育大学より
  Conway,Sloane "Sphere packings, Lattices and Groups", Springer-Verlag
を借用することができたので調べ直してみたところ,(その1)で私が採ったランダム格子の方法とはかなり違っていることが判明しました.今回のコラムでは新たにわかったことを追加して報告したいと思います.
 
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【1】最密球充填
 
(2次元格子)   配位数    充填率
正方格子       4     π/4=.7854
三角格子       6     √3π/6=.9069(最密充填)
六角格子       3     √3π/9=.6046
カゴメ格子      4     √3π/8=.6802
ペンローズ格子    4     平均0.3899(非周期的格子)
 
(3次元格子)   配位数    充填率
単純立方格子     6     π/6=.5236
対心立方格子(bcc)   8     √3π/8=.6802
面心立方格子(fcc)  12     √2π/6=.7405(最密充填)
ダイヤモンド格子   4     √3π/16=.3401
 
 そして,現在のところ,格子状配置の中で最密球充填となることが証明されている極大格子は,以下のn≦8についてのみである.
 
n   ルート   格子点間距離           球充填密度
1   A1(Z)   1                1
2   A2    4√(4/3)  =1.075    0.906
3   A3    6√2      =1.122    0.740
4   D4    8√4      =1.189    0.619
5   D5    10√8     =1.231    0.465
6   E6    12√(64/3)=1.290    0.373
7   E7    14√64    =1.346    0.295
8   E8    √2      =1.414    0.254
 
 このうち,n=1,2,3については,非格子状配置(面心立方格子と充填密度は等しいが規則的でないもの,ダイヤモンド格子のように周期的ではあるが等方的でないもの,ペンローズ格子のように周期的でないものなど)やランダム配置を含めても最密であることが証明されている.
 
 また,格子Λの双対格子をΛ~,そして層状格子をΛnで表すことにすると,
  Λ1=Z=A1=A1~,Λ2=A2=A2~
  Λ3=A3=D3,Λ4=D4=D4~
  Λ5=D5,Λ6=E6
  Λ7=E7,Λ8=E8=E8~
となる.
 
 (証明はされていないものの)9次元以上では,10〜13次元を除き,29次元以下の最密球充填配置は層状格子Λnであることが知られている.また,30〜32次元ではQn(Quebemann格子)がΛnを上回る.
 
 例外となるn=10,11,13では非格子状配置であり,n=12は格子状配置K12(Coxeter-Todd格子),また,n=16,24の格子状配置は
  Λ16=BW16(Barnes-Wall格子),Λ24=(Leech格子)
と呼ばれる層状格子である.K12,Λ16,Λ24,Q32は最密球充填格子というわけである.
 
  K12 → Δ=π^6/19440=0.04945・・・
  Λ16 → Δ=π^8/16/8!=0.01471・・・
  Λ24 → Δ=π^12/12!=π^12/479001600=0.001930・・・
と計算されているが,充填密度を
  δ=Δ/vn
として規格化すると,
  A1  → δ=1
  A2  → δ=0.28868
  A3  → δ=0.17678
  D4  → δ=0.125
  D5  → δ=0.08839
  E6  → δ=0.07217
  E7  → δ=0.0625
  E8  → δ=0.0625
  K12 → δ=0.03704(δ=1/27)
  Λ16 → δ=0.0625(δ=1/16)
  Λ24 → δ=1
であるから,リーチ格子がいかに効率的配置であるかが理解されるだろう.
 
 1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子として知られるようになったものに基づいて,24次元空間の格子状詰め込みを構成したのであるが,この詰め込みにおいては,なんと1つの超球に196560個もの超球が接触している.そして,τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られている.
 
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 なお,n次元ユークリッド空間において,1つの単位球に同時に接触することのできる単位球の最大個数τnは,4次元以上の高次元では,8次元(240個)と24次元(196560個)の場合を除いて未解決である.
 
  n     τn       n     τn     
  1       2        13    1130〜2233   
  2      6        14    1582〜3492   
  3      12        15    2564〜5431   
  4     24〜25       16    4320〜8313   
  5     40〜46       17    5346〜12215  
  6     72〜82       18    7398〜17877  
  7    126〜140      19   10668〜25901  
  8      240       20   17400〜37974  
  9    306〜380      21   27720〜56852  
  10    500〜595      22   49896〜86537  
  11    582〜915      23   93150〜128096  
  12    840〜1416      24     196560    
 
 n次元球のkissing numberについては,最密充填構造と深い関連があるのだが,その下界はコクセターの方法によって求められる.一方,上界は単体的密度限界dnで粗雑ながら押さえられる.
 
 単体的密度限界とは,稜の長さが2rのn次元正則単体の頂点に半径rの球を描いたときの充填密度dn,外接球Rを描いたときの単体における球の被覆密度Dnのことであって,平面の場合は
  d2=π/√12=0.9068・・・
  D2=2π/√27=1.209・・・
空間の場合は,
  d3=√18(arccos(1/3)−π/3)=0.7797・・・
  D3=9√3/2(arccos(1/3)−π/3)=1.431・・・
となる.(一般のn次元での結果については,もう一度調べ直してみて,後日報告したいと考えている.)
 
 1958年,ロジャースは,四面体配置から空間充填率の上限を77.97%とはじき出した.四面体配置は,3次元で相互に接するように球を配置するときの最大数となる配置であるが,全空間を充たすことはできないので,空間充填率の上限と考えられるわけである.
 
 任意のn次元空間においても,単体は空間充填体でないという都合の悪い事情が現れるので,充填密度Δはdnより決して大きくはなく,被覆密度ΘはDnより小さくないので,これを使って,上側からの粗い評価をすると,
 
  n     τn 
  1       2  
  2      6  
  3      12  
  4     24〜26 
  5     40〜48 
  6     72〜85 
  7    126〜146
  8    240〜244
 
となり,現在知られている上界よりほんの少し大きい方に偏っていることがわかる.
 
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【2】(log2Δ(n))/nの下界と上界
 
 ミンコフスキーは,数の幾何学の理論を利用して,
  Δ≧ζ(n)/2^(n-1)
を得た.ここで,n→∞とするとき,リーマンのゼータ関数
  ζ(n)=Σ1/k^n→1
であるから,
  log2Δ≧−n+1
したがって
  (log2Δ(n))/n≧−1
となる.
 
 一方,上界は単体的密度限界dnで粗雑ながら押さえられる.
  Δ≦dn≦1
すべてのnに対して,
  (−n≦)log2Δ≦−n/2+log2(n/2+1)
が成り立ち,n→∞のとき,
  dn 〜 (n/e)2^(-n/2)
であるから,これで,n→∞のとき,
  (log2Δ(n))/n≦−0.5
が得られる.
 
  (log2Δ(n))/n≦−0.599
はそれを精緻化したものである.詳細は種本に譲ることにするが,格子状,非格子状の最密充填配置における
  −1≦(log2Δ(n))/n≦−0.599
という結果は,次元がひとつ増すごとに充填密度Δ(n)がおよそ1/2〜1/1.51になるという計算が成り立つことを示している.
 
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【3】2次元・3次元における最疎球被覆
 
 充填(パッキング)に引き続き,被覆(カバリング)の問題を紹介しよう.平面充填形には正三角形格子,正方格子,正六角形格子の3種類あるが,平面上において,円形が互いに重なり合わないように配置したり,平面を完全に覆いつくす配置問題を考えるとき,正三角格子がきわだった役割を果たす.
 
 最密な円充填密度は
  Δ2≦π/√12=0.9068・・・
最疎な円被覆密度は
  Θ2≧2π/√27=1.209・・・
で与えられるが,等号は,円の中心が正三角格子の頂点におかれたとき,すなわち,各々の円が正六角形の頂点で6個の他の円と接している場合および切断されている場合に成り立つ(蜂の巣型).
 
 一方,空間における球の配置を考えると,球の中心が面心立方格子を形成したとき,球の最密充填であることが最近証明された.
  Δ3≦π/√18=0.74048・・・
 
 面心立方格子のボロノイ多面体は菱形12面体であって,この意味で,菱形12面体は正6角形を3次元空間に拡張したものと見なすことができよう.ケプラーは雪の結晶が正六角形をしているのはなぜかと考え,史上初めて菱形十二面体をみつけたのだが,4次元の雪(超正六角形)はケプラーが予想したとおり菱形十二面体なのである.
 
 ところが,球による空間の最疎被覆は面心立方格子ではない.面心立方格子型配置D3では
  2π/3=2.094・・・
それに対して,体心立方格子型配置D3~=A3~では
  5√5π/24=1.463・・・
とかなり小さくなることがわかる.
 
 球の最密充填はケプラーやガウスによって既に知られていたのだが,最疎な球被覆問題は球の中心が体心立方格子をつくるときであることが証明されたのは,1954年になってからのことなのである.
  Θ3≧5√5π/24=1.463・・・
 
 最密充填配置と最疎被覆配置が異なるというのは驚くべきことであろう.平面では充填配置も被覆配置も正六角形配置になっていたのだが,平面における正六角形の役割を菱形12面体がすべて引き継いでいるわけではない.その理由は,平面では正六角形は円に内接および外接するのに対して,菱形12面体は球に外接するが内接しない,一方,切頂8面体は球に内接するが外接しないことに起因している.そのため,ある問題では球に外接する多面体が重要になり,別の問題では内接する多面体が重要になるのだろう.
 
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 ところで,3種類ある平面充填形は,空間充填形の退化したものと見なされる.実際,空間充填形である立方体の断面には,正三角形,正方形,正六角形が現れることから,そのことを理解することができる.それと同様にして,空間への凸多面体の分割は4次元胞体の退化したものと見なさる.
 
 菱形12面体は4次元超立方体(あるいは正24胞体)の3次元空間への投影,切頂8面体は6次元超立方体の投影として得られるが,ここで,空間を体積が等しい凸多面体で,平均表面積ができるだけ小さくなるように分割せよという問題が生じる.
 
 この問題はかなり長い間,菱形12面体による空間分割が解だと考えられていたのであるが,これに対して,体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では
  3√108√2=5.345・・・
切頂8面体型分割では
  3/43√4(1+√12)=5.314・・・
と後者の方が約0.5%少なくなることが,1887年,ケルビン卿によって発見されている.
 
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【4】n次元における最疎球被覆
 
 最疎球被覆であることが証明されているのは,1次元Zと2次元A2の場合だけである.格子状球被覆に限れば,5次元まで証明されていて,Anの双対An~が答えである.
 
 An~の被覆密度は,外接球の半径が
  R=n(n+2)/12(n+1)
より,
  Θ=vn(n+1)^(1/2){n(n+2)/12(n+1)}^(n/2)
で与えられることがわかっていて,
  A1~=A1 =Z   Θ=1 
  A2~=A2      Θ=1.2092 
  A3~=D3~     Θ=1.4635
  A4~        Θ=1.7655
  A5~        Θ=2.1243
 
 そして,23次元以下ではAn~が最疎球被覆配置であることが知られている.8次元では
  A8~        Θ=3.6655・・・
  E8         Θ=4.0587・・・(π^4/24)
であるが,24次元では
  A24~        Θ=63.269・・・
  Λ24        Θ=7.9035・・・((12π)^12/12!)
となり,Λ24のほうが疎である.
 
 An~では次元が高くなると
  (log2Θn(n))/n〜log2√(πe/6)=0.2546
となり,最疎球被覆とはなり得ないことがわかる.
 
 Θの下界は単体的密度限界Dnで押さえられるから,
  Θ≧Dn≧1
ここで,辺の長さが2の正単体の外接球の半径は
  {2n/(n+1)}^(1/2)
より,
  Dn={2n/(n+1)}^(n/2)dn
n→∞のとき,
  {2n/(n+1)}^(n/2)→e^(-1/2)2^(n/2)
より,
  Dn 〜 n/e√e
 
 したがって,下界については
  Θ≧n/e√e
上界については
  Θ≦nlogen+nlogelogen+5n
が知られている.
 
  n/e√e≦Θ≦nlogen+nlogelogen+5n
 
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