■ 無限について(補遺)

 今月のコラムも第15話になり、そろそろネタが尽きかかってまいりました。第1話では無限級数(オイラーのゼータ関数)を取り上げましたが、急場しのぎ(あまり誉められたことではありませんが・・・)に、その本筋からこぼれた話題の中から簡単なものを拾い上げてみることにしましょう。


1.無限のパラドックス

 無限級数:Σ(−1)k =1−1+1−1+1−1+・・・

は奇数番目まで足して1、偶数番目まで足して0になります。0と1の中間で1/2というわけではありませんが、

f(x)=1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)

でxを−1に近づけたときの極限値と考えると1/2になってしまい、整数の和が分数という不思議な結果になります。

1−1+1−1+1−1+・・・=1/2

もちろん、この結論は誤りで、この展開が正しいのは|x|<1に限られ、xが1に等しいか、1より大きい正の数の場合には意味をもちません。x=−1のときこの級数は0と1の間をただ振動するだけですが、オイラーやライプニッツの時代にはかくもあやしげな公式が信じられていたようです。

 さらに、g(x)=xdf(x)/dx,h(x)=xdg(x)/dxを求めると、

g(x)=x+2x2 +3x3 +・・・=x/(1−x)2

h(x)=x+222 +323 +・・・=x(1+x)/(1−x)2

ここで、x=−1とおくと

P=1−2+3−4+・・・=1/4

2 −22 +32 −42 +・・・=0

が得られます。また、S=1+2+3+4+・・・とおくと

P=(1+2+3+4+・・・)−2(2+4+6+8+・・・)

 =(1+2+3+4+・・・)−4(1+2+3+4+・・・)

 =S−4S=−3S

したがって、

ζ(−1)=1+2+3+4+・・・=−1/12

という結果が得られます。

1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)と同様にして、

1/(x−1)=1/x+1/x2 +1/x3 +・・・

ここで、x=1/2とすれば、−2=2+22 +23 +・・・

負数が正の無限大に等しくなるというのはまったくの不合理ですが、古き良き時代のことであり、案外、自然に受け入れられたのかもしれません。

 このように、発散級数では非常に多くの逆説を作りだすことができます。これらの級数がどんな場合に等号が成り立つか、xにどんな制限をつければ有限な極限に収束するかを知るためには、数学を論理的に完全にすることがどうしても必要になりました。無限級数の極限値を求める数学は、その後、ガウスやコーシーによって精密科学への変革が成し遂げられました。

 つぎに、幾何級数の無限個の項の和を考えてみましょう。

S=1/1+1/2+1/4+1/8+・・・

この式の両辺を2倍すると

2S=2+1/1+1/2+1/4+1/8+・・・

=2+S

したがって、S=2と計算することは自然に思えます。実際、幾何級数は2に収束します。ところが、次の無限個の項の和を考えてみます。

T=1+2+4+8+16+32+・・・

ここでも、両辺を2倍すると

2T=2+4+8+16+32+64+・・・

  =T−1

したがって、T=−1となり、正の無限級数の総和が負になって、一見して目がくらんでしまいます。パラドックスを引き起こした謎は、無限大∞は2T=T−1の解にも、あるいは2S=S+2の解にもなりうるという点に隠されています。これらは、有限の場合に成り立つ考えを無頓着に無限に適用するとばかげたまちがいを起こすことがあることという教訓でもあります。

 1/1−1/2+1/3−1/4+・・・

は調和級数の交代級数で、メルカトールの定数とかグレゴリーの定数と呼ばれます。この値は対数関数のマクローリン展開

log(1+x)=x−1/2x2 +1/3x3 −1/4x4 +・・・

によりlog2に収束することがわかりますが、元の級数の項の順番を変えると収束値が変動してしまいます。たとえば、負項を正項に変えて、あとでその2倍を引きます。

 1/1−1/2+1/3−1/4+・・・

=(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)−2(1/2+1/4+1/6+1/8+・・・)

=(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)−(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)

=0

これも無限のパラドックスの一つの例です。

 正の項と負の項がいずれも絶対収束するとき、級数の和の順番は勝手に変えてもよいのですが、そうでない場合は、足す順序によっては級数の和が異なってきます。実は、条件収束級数の場合、級数の項の順番を適当に変えるとどんな値にでも収束させることができることが知られています。

 グレゴリー・ライプニッツ級数(→【補】)

 1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−1/11+・・・

も交代級数であり、収束してその値はπ/4になりますが、正の項だけを集めて作った級数

1/1+1/5+1/9+1/13+・・・

は収束せず無限大に発散します。

1/1+1/5+1/9+1/13+・・・

>1/4+1/8+1/12+1/16+・・・

=1/4(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)→∞

より発散は明らかです。負の項だけを集めても同様です。したがって、級数の和の順番は変えてはなりません。


2.オイラーのゼータ関数

 オイラーがどうやって、

 ζ(2)=1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6

を発見したかについては、第1話で述べたとおりですが、

 Σ1/n2 =1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・

が収束することは次のようにして示すことができます。

(証明)n次部分和をPn とすると、

n =1/12 +1/22 +1/32 +・・・+1/n2

<1+1/1・2+1/2・3+・・・+1/(n−1)・n=2−1/n

<2

より、単調増加数列{Pn }は有界でn→∞のとき収束することがわかります。

 なお、級数Σ1/n(n+1)は、優雅な公式Σ1/n2 =π2 /6に表面的にはよく類似していますが、

 Σ1/n(n+1)

=Σ(1/n−1/(n+1))

=(1−1/2)+(1/2−1/3)+(1/3−1/4)+・・・

=1

となり、両者の間には大きな格調の差があるという有名な例になっています。幾何学的に考慮すれば、級数Σ1/n(n+1)は縦、横それぞれ1/k,1/(k+1)の長方形を単位正方形の中に、Σ1/n2 は1辺の長さが1,1/2,1/3,1/4,・・・の正方形を1辺の長さがπ/浮Uの正方形の中に詰め込む問題になります。


3.オイラーの定数

 nを無限大にしたとき、調和級数

 1/1+1/2+1/3+1/4+・・・

は発散しますが、そのn次部分和Hn

n =1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n

はy=1/xを上と下から棒グラフではさんで近似することにより、lognとlogn+1の間に押し込まれまれることがわかります(嚊窒P/xdx=logx)。したがって、Hn とlognの比{Hn /logn}は

 Hn /logn→1   (n→∞)

です。

 一方、Hn とlognの差{Hn −logn}は確定した極限値γに収束します。

 Hn −logn→γ   (n→∞:Hn =logn+γ+O(1/n))

 この極限値はオイラーの定数として知られており、約0.57722になります。オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で、さらによい近似値は41/71で与えられます。Hn は上限と下限の間の約58%のところにあることがわかりましたが、今日に至るまで、オイラーの定数の値は有理数とも無理数ともわかっていません。おそらく、超越数なのでしょう。


4.オイラーの関係式

 高校の教科書では指数関数や対数関数の導関数を求めるのに、自然対数の底eをnを大きくしたときの(1+1/n)n の極限値として定義してありますが、これを示したのもオイラーです。

  (1+1/n)n →e      (n→∞)

これは(1+1/n)n <e<(1+1/n)n+1 などの不等式により初等的な方法で証明できます。

 この伝統的な経路は、歴史的にも感覚的にも自然ですが、厳密な証明が煩雑であることや極限値に近づく収束速度が遅いなどの欠点があり、現在では次第に、eをΣ1/n!として定義するようになってきています。

Σ1/n!→e      (n→∞)

実際、(1+1/n)n とΣ1/n!の収束速度を比較してみると後者のほうが圧倒的に優れていて、

  e=1+1/1!+1/2!+1/3!+1/4!+・・・

   =2.718281828・・・

となることがわかります。

 また、指数関数ex

  (1+x/n)n →ex      (n→∞)

または、無限級数展開することによって

x =Σxn /n!

  =1+x/1!+x2 /2!+x3 /3!+x4 /4!+・・・

として定義されます。

 ex =Σxn /n!において、xの代わりにixとおくと

ix=Σ(ix)n /n!

  =Σ(−1)n2n/(2n)!+iΣ(−1)n2n+1/(2n+1)!

これから、eix=cosx+i・sinxを得ることができます。

 偉大な数学者オイラーは、このようにして指数関数と三角関数を結びつける美しい関係式:

  eix=cosx+i・sinx

を見つけました。これにより指数関数と三角関数は複素関数の一部をなしていることが理解されます。一見無関係に見えた指数関数と三角関数のあいだには、実はこのように深い関係が秘められていたのです。

 eの複素数乗とはこれいかにと驚かされますが、さらにx=πを代入することにより、数学で最も基本的な数とされるe,i,π,0,1がひとつの式の中に美しく現れている眼のくらむようなオイラーの関係式:

 e+1=0

が得られたのです。スターが一堂に会したこれ以上の豪華な顔合わせは望むべくもありません。

 さらに、eは最も簡単な線形微分方程式y=y’(=y”=・・・)の解、πは最も簡単な2階の線形微分方程式y=−y”の解に現れることがわかりますが、それ以上の高階の微分方程式に対して新しい定数を導入する必要がなかったということも驚くべきことです。

 この有名な公式は数学者、科学者のみならず、神秘主義者、哲学者にも訴えかけるものをもっています。e,i,π,0,1の間の目を見張るような関係式を学んで数学を志すことにしたという話はよく聞かれるところですが、こんな不思議な関係を誰が予想したでしょうか。

 数学を学んだことのある人は誰しもはじめてオイラーの公式に接したときの印象を忘れえないことと思います。このオイラーからの贈り物は人間精神の力量を試す試金石でもありますから、まさに人類の至宝であるといってよいでしょう。


【問】n→∞のとき、数列 n浮氏ィ1なども解析学における初等的な方法で証明されます。浮Qが無理数であることを示すのは簡単ですが、これに対して、log2やeが無理数であることの証明は決して単純ではありません。最後に、つぎの極限値を求めてみて下さい。

  (1+1/n)n →?      (n→−∞)

  (1+1/n)n →?      (n→+0)


【補】グレゴリー・ライプニッツ級数

1/(1+x)=1−x+x2 −x3 +・・・

これを項別積分すると

log(1+x)=x−1/2x2 +1/3x3 −1/4x4 +・・・

が得られます。ここで、xをx2 に置き換えると

1/(1+x2 )=1−x2 +x4 −x6 +・・・

これを項別積分して

tan-1x=x−1/3x3 +1/5x5 −1/7x7 +・・・

両辺にx=1を代入すると、グレゴリー・ライプニッツ級数

π/4=tan-11=1/1−1/3+1/5−1/7+・・・

が得られます。

 グレゴリー・ライプニッツ級数が発見されたとき、この公式を変形すればπが有理数であることが証明できるのではないかという期待があったらしいのですが、もちろんそのようなことはありえません。円周率が無理数であり、したがって循環小数ではないことは、微分積分学の初歩的な操作によって証明されています。

 フーリエ級数をご存じの方であれば、

x=2(sinx−1/2sin2x+1/3sin3x−・・・)

にx=π/2を代入すると

π/4=1/1−1/3+1/5−1/7+・・・

となり、再びグレゴリー・ライプニッツの級数の和が求まります。

 同様にしてフーリエ級数展開より、

|x|=π/2−4/π(cosx+1/32 cos3x+1/52 cos5x+・・・)

x=0を代入すると

π2 /8=1/12 +1/32 +1/52 +1/72 +・・・

 オイラーが得た値:ζ(2)=Σ1/n2 =π2 /6はこの式から次のようにして求まります。

1+1/22 +1/32 +1/42 +・・・

=(1+1/22 +1/42 +・・・)(1+1/32 +1/52 +・・・)=1/(1−1/4)・π2 /8

=π2 /6