■群と月光(その2)

 コラム「群と月光」では有限単純群の分類について取り上げた.単純群とは,整数における素数のような基本的な群である.今日,有限単純群の分類は完成し,
  (1)素数位数の巡回群
  (2)5次以上の交代群
  (3)リー型の単純群
  (4)散在型単純群
の4種類に大別され,合計18の無限系列と26個の散在群に細分されることがわかっている(1981年).かなり前に取り上げたことなので,復習しておきたい.
 
 単純群には18の無限族があるのだが,素数位数の巡回群Cnと交代群An(n≧5)以外に(分類の仕方によって若干変わってくるのだが)6つの族が古典群の研究からわかり,残りの10個の族はあるリー代数から構成される.
 
 古典型リー群には
  特殊線形群:SL(n)={X|det(X)=1}
  直交群:O(n)={X|X’X=En}
  斜交群:Sp(m)={X|X’JmX=Jm}
    Jm =[0, Em]
       [−Em,0]
などが含まれる.これらの古典線形群以外の古典線形群をすべて包括するのが単純リー群である.Sp(m)は四元数と密接な関係があり,
  SU(n,K)=SO(n)・・・K=R(実数)
         =SU(n)・・・K=C(複素数)
         =Sp(n)・・・K=H(四元数)
のような関係になっている.
 
 ここで,複素単純リー代数の階数と次元との関係を表にしておく.
  (1)Ak(k≧1) 同次特殊線形群,k(k+2)次元
  (2)Bk(k≧2) 直交群,2k+1変数の2次形式,k(2k+1)次元
  (3)Ck(k≧3) 斜交群,2k変数のパッフ形式,k(2k+1)次元
  (4)Dk(k≧4) 直交群,2k変数の2次形式,k(2k-1)次元
  (5)E6      78次元
  (6)E7      133次元
  (7)E8      248次元
  (8)F4      52次元
  (9)G2      14次元
 
 単純リー群を分類するという問題はある意味では興味深い幾何学の可能性を決定することになります.キリングやカルタンの研究は面白い幾何学がどれだけできるかという設問に対する解答でもあり,
  [参]一松信「数学とコンピュータ」共立出版
によると,大ざっぱにいって,A型が複素ユニタリ幾何,B型とD型がそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何,C型が4元数上の幾何学,5つの例外型は8元数上の幾何学に対応している.
 
 実数→複素数→四元数ときて,次は八元数ということになるが,例外群が有限個しかない理由は,八元数では乗法の結合法則が成り立たないからであるという.
 
 カルタンによりコンパクト単純リー群は,例外的なものを除き,A型,B型,C型,D型の4系列をなしていることが知られているが,そのうちの2系列
  B型   SO(2n−1)(n≧2)
  D型   SO(2n)  (n≧3)
は回転群である.B型とD型はそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何に対応している.なお,n=4が例外であることがこのことからもみてとれる.
 
 しかし,代数群などの分野からは発見され得ないし,古典群,交代群のように無限系列にはいっていないという意味で,散在型単純群と呼ばれる単純群が26個ある,さまざまな偶然が重なり合って散在形と呼ばれる26個の魅力的な群が登場するのであるというのがその要旨であった.
 
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【1】有限体上の単純群
 
 これらの群に対して,複素数体Cを有限体Fqで置き換える操作が成立し,SO(n,Fq)やSp(2n,Fq)などの有限群が得られる.
 
 有限個の元と体の構造をもつ数体系が「有限体」である.代数学の教えるところによれば,n元の体(加減乗除の演算が定義された集合)が存在するための必要十分条件は,nが素数(のベキ乗)になっていることで,位数2,3,4=2^2,5の体は存在するが,位数6=2×3の体は存在しない.そして,位数7,8=2^3,9=3^2の体は存在して,位数10=2×5のものは存在しない.
 
 そして,素数pに対して定まる有限体をFpと書く.
  Fp={0,1,2,・・・,p−1}
はp個の元からなる.F7={0,1,2,3,4,5,6}はあるが,F6というものは存在しないというわけである.
 
 また,Fpの拡大体がFp^nである.Fp^nの0でない元の全体は位数p^n−1の乗法群をなすが,有限体は乗法の交換法則を満たすので可換体となる.有限体は計算機や通信などでいまや花形の数学の理論となっているのだが,有限体が必ず可換体になることを証明したのはウェダーバーンである(1905年).
 
 最も基本的な有限体上の群は,qを素数pのベキ乗として
  GL(2,Fq )={[a,b]|a,b,c,dはFq に属する}
           {[c,d]|ad−bc≠0 (modq)}
で表される.素数のベキ乗q=p^r (r≧1)を与えるごとに有限群GL(2,Fq)が得られるわけで,有限群の自動発生装置になっているといえる.
 
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 こうして有限群の無限系列が得られるのだが,有限体上の単純群についても分類することを考える.1940年ごろ,フランスのデュードンネは古典群A,B,C,Dに相当する4系列を整理した.それによると,連結な単純代数群は複素単純リー群の場合と同様にAからGの型に分類されていて,SL(n+1)がAn型,SO(2n+1)がBn型,Sp(2n)がCn型,SO(2n)がDn型である.多数の有限単純群を組織的に構成することができるのである.
 
 これらの無限系列は古典型と呼ばれているが,それ以外に例外型と呼ばれるE6,E7,E8,F4,G2の5種類がある.そして,残り5つの例外群E6,E7,E8,F4,G2に対する一般的構成法を完成させたのが同じくフランスのシュバレーである.
 
 親日家であるシュバレーのこの研究は日本で進められ,わざわざ「東北群」と命名され「東北ジャーナル(東北数学雑誌)」に発表された(1955年).東北大学数学科はの古い由緒ある数学科であって,日本の月沈原(ゲッチンゲン)と呼ぶひともいるほどであるが,現在,東北群という名前は忘れられてシュバレー群と呼ばれている(一松信「数学とコンピュータ」共立出版).
 
 以下の話を円滑に進めるためには,単純群を考えるより簡約群を考えた方が都合がよい(単純群<簡約群).シュバレーはすべての複素簡約リー群から有限群(シュバレー群)が得られることを示したのであるが,その直後に得られたスタインバーグによる変形版を含めて,有限簡約群からリー(Lie)型の有限単純群の無限系列がすべて得られることがわかっている.(鈴木群とリー(Ree)群は有限簡約群ではないが同様に扱うことができる.)
 
 そして,1980年代の中頃には,ルスティックによって有限簡約群の既約指標の分類が完成したのである.
 
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【2】有限体上の群の位数
 
 次に,GL(2,Fq )群
  GL(2,Fq )={[a,b]|a,b,c,dはFq に属する}
           {[c,d]|ad−bc≠0 (modq)}
の位数について考えてみよう.
 
 2×2行列で,各成分はq通りの値をとるから,全部でq^4通り.そのなかからad−bc=0となるものを除くことになる.場合分けが必要になるのだが
i)a,b,c,dのいずれも零でない場合:ad−bc=0となるものは(q−1)^3通り
ii)1つが零の場合:0通り
iii)2つが零の場合:(q−1)^2通り
iv)3つが零の場合:(q−1)通り
v)4つとも零の場合:1通り
であるから,GL(2,Fq )群の位数は
  q^4−(q−1)^3−(q−1)^2−(q−1)−1
 =(q−1)(q^3+q^2+q+1)−(q−1)^3−(q−1)^2−(q−1)
 =q(q−1)(q^2−1)
となる.
 
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 GL(3,Fq )の場合は,たとえば,
  [a,b,c] [A|B]
  [d,e,f]=[−+−]
  [g,h,i] [C|D]
 
  A=[a],B=[b,c],C=[d],D=[e,f]
                  [g]   [h,i]
と行列を分割すると,Dが正則のとき,行列式は
  |D||A−BD^(-1)C|
 
 Dが正則となる位数はすでにq(q−1)(q^2−1)とわかっているから,GL(3,Fq )では,|D|≠0として|A−BD^(-1)C|=0となる場合について考えればよいことになる.
 
 これから先の任意のGL(n,Fq )については,D<GL(n−1,Fq )に対してカギ形(ヤング図形でいえば(n1^(n-1)))に
  [A|B]
  [C]
をかぶせて,|A−BD^(-1)C|=0となる場合について考えることになる.
 
  [A|B]
  [C]
には2n−1個のセルがあるのでq^(2n-1)通り.Dを1つ固定すると|A−BD^(-1)C|=0となるのはq^(n-1)通り.したがって,1つのDに対して
  q^(2n-1)−q^(n-1)=q^(n-1)(q^n−1)
 
 このように位数の漸化式が
  |Gn|=|Gn-1|q^(n-1)(q^n−1)
となることより
  |Gn|=q^(n(n-1)/2)Π(q^i−1)
が得られる.
 
  G=GL(n,Fq)→|G|=q^(n(n-1)/2)Π(q^i−1)
であるが,以下の群では位数はそれぞれ
  G=Sp(2n,Fq)→|G|=q^(n^2)Π(q^2i−1)
  G=SO(2n+1,Fq)→|G|=q^(n^2)Π(q^2i−1)
  G=SO(2n,Fq)→|G|=q^(n(n-1))(q^n−1)Π(q^2i−1)
となることが知られている.
 
[補]素数位数の巡回群を除いて,それまで知られた有限単純群の位数はすべて偶数であって,さらに3の倍数と予想されていた.ところがこの予想は外れであって,B2から生成される鈴木群は位数が3の倍数でない唯一の例外であることがわかっている.
 
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【3】有限体上の幾何学の変換群
 
 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのが,クラインのエルランゲン・プログラム「幾何学とは変換群で不変な図形の性質を研究する分野」である.ここでは有限体上の幾何学の変換群がどのようなものになるのかをみてみたい.
 
  Hq={z|x+y√δ,x,yはFq,y≠0}
を考える.これは複素上半平面Hの有限版で,実軸に相当するものが有限体Fq,δはFqの非平方元の一つであって,√δが√(−1)に相当するものである(x=g(g(x))となるgのひとつを√xと記すことにする).
 
 複素数体の場合に倣って,共役,ノルム,トレースを
  z~=x−y√δ
  Nz=x^2−δy^2
  Trz=z+z~
とおく.
 
 次にFq上の一般線形群を
  G=GL(2,Fq)
  g=[a,b]
    [c,d]
として,
  g(z)=(az+b)/(cz+d)=xq+yq√δ
とおくと
  xq=(acNz+bd+x(ad+bc))/N(cz+d)
  yq=y(ad-bc)/N(cz+d)≠0
となり,Hqの2点z=x+y√δ,w=u+v√δの距離は
  d(z,w)={(x−u)^2−δ(y−v)^2}/yv
で与えられる.
 
 複素数体の算法との違いは,たとえば,F23においては
  1/3=8,2/8=16
  8・16=13,13・9・17/2^2=20,
  20・10・18/3^2=9,9・11・19/4^2=4
のようになることだけである.しかし,このことによってd(z,w)はFqの元となる.
 
 こうして,
  g=[a,b]
    [c,d]
とするとき
  d(g(z),g(w))=d(z,w)
が成立し,「長さ」を変えない変換群となる,
 
 たとえば,アフィン群は
  Aff(q)={[y,x]|x,yはFq に属する}
         {[0,1]|y≠0 (modq)}
で定義されるものになるのである.
 
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【4】追記
 
 有限シュバレー群の既約指標を統一的に求めるために,ルスティックが提案した枠組みが「ルスティック・プログラム」である.そしてその核心がルスティック予想である.ルスティック予想は多くの群に対して証明されたが,また完全に解決されたわけではなく,指標の完成に向けて現在も進行中であるという・・・.
 
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