■群と月光

 「群論」は取っつきにくい.わかったようでいても,いつまでもわからないというのが本音である.群・環・体などの書物を読むと,定義がややこしいのに辟易し,個々の公式の運用に埋没してしまう.そのすべてを会得することは夢のまた夢であって,現実としては,見はてぬ夢として諦めざるを得ないとも思う.
 
 しかし,そんな私にとっても,
  原田耕一郎「モンスター−群の広がり−」岩波書店
  寺田至・原田耕一郎「群論」岩波書店
に書かれた有限単純群の発見と分類に関する歴史物語風の記述は,数学としてはめずらしく活き活きとしていて,大変魅力的に感じられるものであった.
 
 寺田・原田「群論」第4章は,『1981年に終了した有限単純群の発見と分類は,2000年余りにわたる数学の歴史の中でも特筆されてよいものであろう.』から始まる.・・・群の研究は,20世紀後半に急速に発展した.有限群は単純群と呼ばれる基本的な群から構成されているのだが,単純群をすべて分類する問題は1980年代に完全に解決され,それには多くの日本人数学者が貢献したという.
 
 今回のコラムではその解説を試みるが,とはいっても自分にわかる範囲内に限られてしまう.そのため,既成事実の羅列の如くになってしまうのであるが,雰囲気だけはなんとか伝えたいと思う.
 
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【1】群の公理
 
 有限単純群の話を伝えるためには,群,単純群などの定義からはじめなければなりません.
 
 群とは,単なる集まりではなく,2項演算(積)が定義された集合Gで,次の条件が満たされているとき,Gを群と呼びます.
 
 群の公理(ケーリー,1878年)
  (1)単位元をもつ(恒等変換)
  (2)逆元をもつ
  (3)結合法則a・(b・c)=(a・b)・cが成立する
 
 このような抽象代数系が群であり,その構造が問題にされるようになったのは19世紀末近くになってからのことです.交換法則を満たすことは仮定されていませんが,さらに,群Gの2項演算に交換法則が成立するとき,可換群(アーベル群)と呼ばれます.また,群Gが有限集合のときが「有限群」で,その元の個数は|G|と書かれ,Gの位数と呼ばれます.
 
[1]群の例
 
 n次元正則行列A,Bに対して,積ABは正則行列で,また,単位行列E,逆行列A^(-1),B^(-1)も正則行列です.また結合法則を満たしますから,行列の積を2項演算とする群になります.これを「一般線形群」と呼び,GL(n,K)で表します.Kは複素数体Cまたは実数体Rとします.
 
 なお,行列の和は結合法則・交換法則を満たしますが,積は交換法則を満たしませんから,線形群は可換群ではありません.
 
[2]古典線形群一覧
 
 行列は群の例を豊富に提供してくれるのですが,特殊線形群あるいはユニタリ群の共通部分をとることによって,さらにいろいろな群が生じます.
 
  (1)一般線形群
  (2)特殊線形群
  (3)直交群
  (4)擬直交群(ローレンツ群,ド・ジッター群など)
  (5)斜交群(=シンプレクティック群)
  (6)ユニタリ群
  (7)擬ユニタリ群
  (8)特殊直交群(回転群など)
  (9)特殊擬直交群
  (10)特殊ユニタリ群
  (11)特殊擬ユニタリ群
  (12)ユニタリ斜交群
 
[3]置換群の行列表現
 
 アミダクジのように,元と元を1対1で置換する写像も群をなします.この群を対称群,その部分群を置換群と呼びます.また,偶置換全体も対称群の部分群になっていて,これを交代群と呼びます.
 
 正多面体の回転を考えると,正4面体(位数12)では4つの頂点の偶置換を引き起こすので4次交代群A4と同型,正8面体(位数24)では対面する面は4組あり,これらの組の置換を引き起こすので4次対称群S4と同型,正20面体(位数60)では30個の辺を5組に分ける偶置換として作用するので5次交代群A5と同型になります.正多面体の回転群は3次の特殊直交群SO(3)の有限部分群です.SO(3)にはこのほか2種類の有限部分群,巡回群と正2面体群があります.
 
 歴史的には,群は代数方程式の解の置換の研究として誕生しました.すなわち,群の概念を生み出したのが置換群なのですが,ガロアは代数方程式の解集合の置換群と代数方程式の可解性の密接な関係を発見しました.ガロア理論は,20世紀以後の代数学の研究対象を変えてしまい,抽象代数学と呼ばれる分野が誕生したのです.→コラム「代数学小史」参照
 
 また,抽象的な群を,置換群や線形群のような具体的な群として実現する方法を「群の表現論」と呼んでいるのですが,群の表現と呼ばれるものには,一般に置換表現,線形表現,射影表現などがあります.
 
 たとえば,置換行列を(正方)行列表現すると
  [1 2 3] → [0 1 0]
  [3 1 2]   [0 0 1]
            [1 0 0]
となりますが,これと同値な行列表現はたくさんあります.同様に,複素数・4元数・8元数を行列の中に実現させる方法もたくさんあります.単純群を分類するための道具として,「群の表現論」の発展が促されたのです.
 
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【2】有限単純群の分類
 
 単純群とは,自分自身と単位群だけからなる自明なものを除いて,正規部分群を含まない群をいいます.
 
 位数nを与えると,|G|=nとなる単純群の個数は0,1,2であって,0の場合が圧倒的に多く,単純群の個数は少ない,すなわち,それはある意味で,整数における素数のような存在の基本的な群といってよいのですが,単純群に帰着できるものが,数学的に最も興味ある群の性質と考えられ,かくして単純群を分類しつくすことが,群論の最も基本的な課題となったのです.
 
 単純群の分類問題はブラウワーが提唱し,ザッセンハウスの論文(1936)により本格的に始動します.単純群は
 
  (1)素数位数の巡回群
  (2)5次以上の交代群
  (3)リー型の単純群
  (4)散在型単純群
 
の4種類に分かれるのですが,今日では有限単純群の分類は完成し,合計18の無限系列と26個の散在群に限ることがわかっています.
 
 単純群には18の無限族があります.素数位数の巡回群Cnと交代群An(n≧5)以外に,(分類の仕方によって若干変わってくるのですが)6つの族が古典群の研究からわかり,残りの10個の族はあるリー代数から構成されます.しかし,この分類にあてはまらない単純群が26個あり,バーンサイドによって,散在型群と呼ばれています.
 
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[1]素数位数の巡回群
 
 無限個ある.ただし,無限系列のうち,素数位数の巡回群は可換群であって,ほかと性格が異なるので除外することが多い.すなわち,単純群といえば非可換単純群を指す.
 
[2]5次以上の交代群
 
 無限個ある.5次以上の代数方程式に代数的解法がない(=方程式の係数間の加減乗除とベキ根ととるという操作によって得られない)のは,この性質の基づくことが,アーベル・ガロア理論から明確になった.そのとき使われたアイデアが群と呼ばれる概念で,対称変換群の性質により,この難問がこともなげに解けてしまうのである.
 
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[3]リー型の単純群
 
 無限個ある.A型からG型まで7種類あるとしてよく,さらにまた16種類に細分することができる.
 
 ドイツのキリングとフランスのカルタンのよる単純リー群(詳しくは複素コンパクト型単純リー群,古典線形群はみな含まれる)の分類の成功が大きな影響を与えた.既約ルート系の分類の基づいて,複素単純リー代数の分類を行ったものがカルタンの分類定理であり,それは『いかなる複素単純リー代数もAk(k≧1),Bk(k≧2),Ck(k≧3),Dk(k≧4),E6,E7,E8,F4,G2の型のものに限られる.』というもので,Ak,Bk,Ck,Dk型の複素単純リー代数は古典型,E6,E7,E8,F4,G2の型のものは例外型と呼ばれる.
 
 階数1のルート系はA1の1種類に限られ,既約である.また,階数2のルート系はA1×A1,A2,B2,G2の4種類に限られる.A2型,B2型,G2型のルート系は既約であるが,A1×A1型のルート系は既約でない.階数nの既約ルート系は,Ak(k≧1),Bk(k≧2),Ck(k≧3),Dk(k≧4),E6,E7,E8,F4,G2の型のいずれかなのである.→コラム「モザイク模様とルート系」,「極大格子群とルート系」参照→【補】
 
 ここで,複素単純リー代数の階数と次元との関係を表にしておく.
 
  (1)Ak(k≧1) 同次特殊線形群,k(k+2)次元
  (2)Bk(k≧2) 直交群,2k+1変数の2次形式,k(2k+1)次元
  (3)Ck(k≧3) 斜交群,2k変数のパッフ形式,k(2k+1)次元
  (4)Dk(k≧4) 直交群,2k変数の2次形式,k(2k-1)次元
  (5)E6      78次元
  (6)E7      133次元
  (7)E8      248次元
  (8)F4      52次元
  (9)G2      14次元
 
 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのがクラインのエルランゲン・プログラム「空間内の距離を変えない変換は,群(合同変換群)をなす.幾何学とは合同変換群で不変な図形の性質を研究する分野である.」である.
 
 単純リー群には9つの型がある.それらはA,B,C,Dと名づけられた4つの無限系列とE6,E7,E8,F4,G2と名づけられた5つの例外群であった.キリングやカルタンの研究は面白い幾何学がどれだけできるかという設問に対する解答でもあり,大ざっぱにいえば,A型が複素ユニタリ幾何,B型とD型がそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何,C型が4元数上の幾何学,5つの例外型は8元数上の幾何学に対応しているのである.→コラム「超複素数の世界」参照→【補】
 
 4つの古典群,5系列の例外群,さらにそのうちで対称性をもつA,D,E6,D4の4系列,疑似対称性をもつB2,G2,F4の3系列で16系列,素数位数の巡回群と交代群も含めて総計18系列に細分される.
 
  ・−・・・・・−・  (An:n≧2のとき位数2の自己同型がある)
 
          ・
         /
  ・−・・・・・    (Dn:n≧4のとき位数2の自己同型がある)
         \
          ・
 
      3
     /
  1−2    (D4:位数3の自己同型がある)
     \
      4
 
      4
      |
  1−2−3−5−6  (E6:位数2の自己同型がある)
 
  1=2 (B2)  1≡2 (G2)  1−2=3−4 (F4)
 
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[4]散在型単純群
 
 代数群などの分野からは発見され得ないし,古典群,交代群のように無限系列にはいっていないという意味で,散在型単純群と呼ばれる単純群が26個ある.
 
 一番小さいのが,11個の文字の上の置換群であるマシュー群M11(位数:7920),一番大きいものが,モンスター(位数:2^46・3^20・5^9・7^6・11^2・13^3・17・19・23・29・21・41・47・59・71)で,モンスターの位数はなんと54桁にものぼる.
 
 26個の散在型単純群の歴史は,実に100年にわたっている.マシュー群と呼ばれている5種類の単純群M11,M12,M22,M23,M24が発見されたのは1860〜61年である.マシュー群の発見以後,100年あまりの空白期を経て,ジャンコーが1965年6番目の散在型単純群J1を発見する.
 
 これを皮切りに,それから10年という短い間に有限単純群の残りの20個,鈴木群(イリノイ大学),原田群(オハイオ大学),コンウェイ群,ベビーモンスター群,モンスター群,・・・が次々と発見されてしまった.この段階では,結合法則の検証にコンピュータが使用されているが,モンスターは計算機に載せて計算できるような代物ではない.
 
 美しい怪物は,1973年,イギリスのケンブリッジ大学で誕生し,コンウェイによりモンスターと命名・愛称された.モンスターを線形群の中に埋め込むとすると,最低でも196883次の行列GL(196883,R)が必要になる.すなわち,196683次元空間上の線形変換の集まりとして初めてモンスターを捉えることができるのである.
 
 モンスターの発見と構成は26個の散在型単純群の中でも特異な位置を占めていて,26個の散在群のうち,20個がモンスターの部分群として現れるのである.
 
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【3】ムーンシャイン予想
 
 有限単純群の分類の完成は,ムーンシャイン予想という予期せぬものを生み出しました.
 
 19世紀の後半,デデキントとクラインは独立に保型関数
  j(az+b/cz+d)=j(z)
を構成しました.j(z)は古典的なSL(2,Z)不変な保型関数です.
 
 ここで,q=exp(2πiz)とおくと,
  j(z)=j(q)=Σcnq^n
 =1/q+744+196884q+21493760q^2+864299970q^3+・・・
と展開されます.
 
 モンスターの既約表現の次数dnと係数cnを小さい方から数個あげると
  d0=1
  d1=196883      c1=196884
  d2=21296876    c2=21493760
  d3=842609326   c3=864299970
 
 このq展開に現れる係数196884とモンスターの既約表現の最小次数196883がほとんど等しいことに注目すると,q,q^2,q^3等の係数は
  c1=d0+d1
  c2=d0+d1+d2
  c3=2d0+2d1+d2+d3
のようにモンスターの既約表現の簡単な線形結合となっていることを見いだされました.これは単なる偶然の一致なのでしょうか?
 
 ムーンシャイン予想の出発点の出発点であるマッカイ・トンプソン予想,コンウェイ・ノートン予想には,このような不思議な事実がたくさん収集されています.しかし,後にボーチャーズが,現代物理学の弦理論にその原点をもつ頂点作用素代数を用いることによって,これは単なる偶然の一致ではなく,そこに何か真実が隠されていることをつきとめます.
 
 ボーチャーズはその功績によりフィールズ賞を受賞するのですが,さらに,ボーチャーズは一般化されたカッツ・ムーディー・リー代数を導入して,マクドナルド恒等式を導いた論法を適用することにより,分母公式は
  J(p)−J(q)=p^(ー1)Π(1−p^mq^n)^c(mn)
となることを示しました.この等式は19世紀のデデキントのイータ関数の変形のようでもあり,ヤコビの3重積公式にも結びついています.→コラム「もうひとつの5角数定理」参照
 
 これにより,ムーンシャイン予想の一応の解決となったわけですが,ムーンシャイン予想は保型関数論のように古典的なものでもあり,また,物理学の弦理論のように新しいものでもあったというわけです.
 
 リー型の単純群に比べると,散在型単純群は例外的なものにみえるのですが,ミステリアスなムーンシャイン現象を知ると,散在型単純群にも深い存在理由がありそうです.しかし,疑問は残ったままであり,今後は有限単純群の分類論の明瞭化・簡明化とともに,この神秘的現象の解明が研究課題とされています.
 
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【4】あとがき
 
 あらゆる学問は分類に始まるといっても過言ではない.似通ったものを寄せ集め,ひとつのまとまりとして把握し,似ていないものから区別する.分類学とはある特徴に注目して種類をまとめていき,雑然としたものをスキのない整然とした体系に作り上げていく作業過程といえるだろう.
 
 ところで,私は腫瘍組織の分類学にたずさわっている.データを総合的に解析し類似点を見いだして分類する試みではあるが,腫瘍組織の分類学の場合,瑣末な特徴にこだわって種類を細かく分ける細分主義と些細な差異は気にせず大まかな差異だけに注目し,委細かまわずまとめていく統合主義の間で常に流動し,最終的には折衷案に落ち着かざるを得ないところがある.
 
 すなわち,腫瘍組織の分類学とは,連続的に変化するものを恣意的に分断するという行為であって,分類を勝手気ままにやって成功するはずはなく,逆に細心かつ神経質にやればうまくいくというたちのものでもない.
 
 また,分類を利用する人間にとって細分類のしすぎは複雑となるだけでかえって混乱を招いてしまう.したがって,ランパー(一括化)とスプリッター(細分化)のあいだで分類が揺れ動くのは仕方ないことなのである.
 
 私がたずさわっている腫瘍組織の分類学とは,病理診断学と呼ばれる古典的な学問であるが,群論の分類とは次元の異なる話であり,ファジーな分類が望まれる所以である.したがって,best possibleではあっても,神のお告げのように絶対的なものではないし,唯一無二のものにはなりえないはずである.
 
 ところが,何を勘違いしているのか,診断基準を法律の条文の如く解釈し,自分の解釈以外のものを価値のないものとして蔑視し,締め出すような輩がやたらと多い.教科書に書かれていることを鵜呑みにして,既存の知識だけを信じて疑わないその姿は滑稽であるし,錯覚以外の何物でもない.異なる答え方を許容するのは大切な科学的態度なのである.
 
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【補】既約ルート系の分類
 
 ルート系は,平面を鏡映三角形で埋めつくすというユークリッド幾何学の問題に帰着させることができます.
 
 1次独立な2つのルートα,βのなす角をθとすると,
  (α,β)=|α||β|cosθ
ただし,(α,β)>0,|α|≦|β|,0<θ≦π/2としても一般性を失いません.
 
 また,
  2(α,β)/(α,α)=〈α,β〉
と略記すると,
  〈β,α〉=2|β|/|α|cosθ
が成立しますから,
  〈α,β〉〈β,α〉=4cos^2θ
が得られます.
 
 ここで,ルート系の定義から,〈α,β〉は整数ですから,
  4cos^2θ=0,1,2,3
したがって,
  θ=π/2,π/3,π/4,π/6
に限られます.
 
 このようにして,平面を鏡映三角形で埋めつくす問題を2つのベクトルα,βの長さと角度によって特徴づけると,R^2のベクトルの集合
  Φ1={α,β,α+β}
  Φ2={α,β,α+β,2α+β}
  Φ3={α,β,α+β,2α+β,3α+β,3α+2β}
を考えることができます.
 
 2つのベクトルα,βをルート系の基底,また,このようにして得られたベクトルの集合Φ1,Φ2,Φ3を階数2のルート系と呼びます.そのワイル群はそれぞれ3次対称群S3,位数8の2面体群D8,位数12の2面体群D12となっています.
 
 また,平面を鏡映三角形で埋めつくす問題を一般の次元に拡張して,R^nの単体に置き換えて得られるベクトルの集合が一般の階数のルート系となります.そのとき,n次元単体の基底となるn個のベクトルの集合を
  Φ={α1,α2,・・・,αn}
として,
  〈αi,αj〉=2(αi,αj)/(αj,αj)=Cij
で与えられる整数をカルタン数,n次正方行列C={Cij}をカルタン行列といいます.これはαjを長さ√2のベクトルとするとき,カルタン行列は内積(αi,αj)からなるグラミアンとして定義されることを意味しています.
 
  θ  |β|/|α| 〈α,β〉 〈β,α〉 〈α,β〉〈β,α〉
 π/2    −      0     0       0
 π/3    1      1     1       1
 π/4    2      1     2       2
 π/6    3      1     3       3
 
 カルタン行列では,この4つの場合分けが可能となるのですが,カルタン数はそれほど多くの値をとるわけではないので,その状況を端的に表すグラフ(ディンキン図形)を考えることができます.そして,〈α,β〉〈β,α〉,すなわち,
  θ=π/2・・・・結ばない
  θ=π/3・・・・辺−で結ぶ
  θ=π/4・・・・辺=で結ぶ
  θ=π/6・・・・辺≡で結ぶ
と定めます.
 
 たとえば,A3型,D4型,E8型のディンキン図形は,
 
      3         1−2−3  (A3 )
     /                             
  1−2   (D4 )        4              
     \               |              
      4         1−2−3−5−6−7−8  (E8 )
 
と表されます.−で結ばれる辺がありますから,隣り合う2つのベクトルは角度60°で交わり,隣り合わないベクトルは直交すること(内積=0)を意味しています.また,
 
  1=2 (B2)  1≡2 (G2)  1−2=3−4 (F4)
 
では,それぞれ角度45°,30°,60°−45°−60°で交わると定めるのですが,このことを使うと既約ルート系の分類が可能になります.(注意:B2=C2,A3=D3)
 
 既約なルート系はディンキン図形を用いて分類することができるのですが,逆にディンキン図形が与えられるとカルタン行列が計算できて,それに基づいてルート系を再構成できます.対角成分はすべて2,非対角成分は0,1,2,3に限られます.(実際は正ルートをとるので,0,−1,−2,−3になるのだが,ここでは便宜上0,1,2,3とした.)
 
 A3型,D4型,E8型,F4型に対応するカルタン行列式は,それぞれ
 
  |2 1 0|   |2 1 0 0|
  |1 2 1|   |1 2 1 1|
  |0 1 2|   |0 1 2 0|
            |0 1 0 2|
 
  |2 1 0 0 0 0 0 0|   |2 1 0 0|
  |1 2 1 0 0 0 0 0|   |1 2 2 0|
  |0 1 2 1 1 0 0 0|   |0 1 2 1|
  |0 0 1 2 0 0 0 0|   |0 0 1 2|
  |0 0 1 0 2 1 0 0|
  |0 0 0 0 1 2 1 0|
  |0 0 0 0 0 1 2 1|
  |0 0 0 0 0 0 1 2|
 
 また,階数2のルート系のカルタン行列は,
   A1×A1    A2     B2      G2
  |2 0|  |2 1|  |2 2|  |2 3|
  |0 2|  |1 2|  |1 2|  |1 2|
 
となります.Ck型カルタン行列はBk型の転置行列です.
 
 ルート系の分類は,それ自体大変面白いものなのだそうですが,既約ルート系の同型類には,AからGまでのアルファベットに,添字として階数をつけた名前が付いていて,E8型ルート系などと呼ぶ習慣になっています.
 
 ルートは鏡映を与えるベクトルとして理解することができるのですが,8次元ユークリッド空間において,8次元単体(4面体の拡張)を鏡映したものからなるモザイク模様に対してベクトルの集合を考えることによって,E8型ルート系が得られるというわけです.
 
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【補】四元数と八元数
 
 四元数は1843年ハミルトンにより,八元数は1845年ケイリーによって発明されました.四元数では乗法の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).また,八元数では乗法の結合法則も破れています(a(bc)≠(ab)c).
 
 複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる交換法則などのどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,ある規則を犠牲にする段になると,最も苦痛の少ないのは乗法の交換法則,結合法則だったのです.
 
 積の交換法則が成り立たない代数として「行列」があります.したがって,ハミルトンの4元数は行列の一部だと考えることができます.実際,
 
 a+bi+cj+dk → [ a+bi c+di]
              [−c+di a−bi]
のように,4元数と2×2行列を対応させると,4元数の演算はそのまま行列の演算に移行します.さらに,c=d=0の場合を考えると,複素数も行列とみなせるというわけです.
 
 8元数では,積の交換法則も結合法則も成り立ちませんが,それでも分配法則は成り立っています.行列は結合法則を満たすので,8元数は行列の一部とはみなせないのです.なお,結合法則が成り立たない数の体系としては,8元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.
 
 また,|a|・|b|=|c|,すなわち,平方数の和が積の演算で閉じていることを示す
 (a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)
の恒等式は,n=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末,フルヴィッツにより証明されています(1898年).
 
 したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのです.
 
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