■格子上の確率論

 格子上のランダムウォークは,ブラウン運動などの拡散モデルとしてよく知られています.格子のモデルはブラウン運動の離散化とみなすことができるので,局所的にみると離散的過程であっても,大域的にみると連続空間に分布した連続的な要素のd次元ガウス分布とみることができます.
 また,格子上のパーコレーションは連続空間での「つながり」を考える問題,たとえば,金属と絶縁体を乱雑に配置した物質中に金属がどれくらいの割合であれば電流が流れるか(金属=非金属転移)など実際の物理の問題にも利用されています.
 
 ランダムウォークとパーコレーションの過程には,粒子が原点に戻るか否か,無限の彼方に到達するか否か,によって成否を判定するという共通点があります.今回は,格子上のランダムウォークとパーコレーションを取り上げて,確率論的解析を行った結果を示しますが,離散的な格子空間での振る舞いは,連続空間での振る舞いを理解する上で大変教育的ですし,また,低次元系・整然系での振る舞いは,高次元系・雑然系での振る舞いを予想するのに,きわめて示唆的な結果を与えてくれます.
 
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1)2次元格子
 
 正多角形の中で平面をタイル張りのように隙間なく埋めつくすことができる平面充填形は3通りあり,正三角形,正方形,正六角形配置の3つだけです.このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみでしょう.それらの内部を除いた頂点と辺からなるグラフをそれぞれ「三角格子」,「正方格子」,「六角格子」と呼びます.また,三角格子と六角格子は互いに双対格子になっています.
 
 1種類の正多角形を使った3通りのタイル張り(プラトンの平面充填形)はわかりましたが,それでは2種類以上の正多角形を使ったらどうでしょうか(アルキメデスの平面充填形)? それを全部求めてみよといわれたらちょっと大変ですが,じつは,アルキメデスの平面充填形は全部で8種あります.
 
 アルキメデスの平面充填形の例としては,同じ大きさの正3角形2個のうち,1個を天地逆転させ,もう1個の正3角形に重ねると,星形6角形ができます.これはダビデの星と呼ばれて,イスラエルの国旗にも使われ,ユダヤ人の象徴とされています.星形6角形では内側に正6角形ができますが,外側を6個の正3角形が取り囲んでいます.この星形6角形に対応するグラフが「カゴメ格子」です.カゴメ格子は正三角形と正六角形が互いに隣接した周期的な格子で,竹細工の篭の結び目にみられることからその名前が由来しています.カゴメ格子は,日本人が最も愛好した文様のひとつですが,ちなみにカゴメは世界でも通用する呼び名とのことです.
 
       配位数    充填率
正方格子    4     π/4=.7854
三角格子    6     √3π/6=.9069(最密充填)
六角格子    3     √3π/9=.6046
カゴメ格子   4     √3π/8=.6802
 
【注】充填率とは,同じ大きさの球(2次元の場合は円板)を各格子点に配置し,最近接球同士が互いに接するようにしたとき,単位格子の体積に対して球が占める体積の比をいう.たとえば,点が正三角形配置したとき,格子の面積をsとすれば,s=√3/4r^2,また,格子には面積1/4πr^2の円が1/6×3=1/2個割り当てられる関係になるから,充填率は√3π/6と計算される.充填率の値が最大値をとるのは,点が正三角形配置したときである.
 また,配位数とは1個の球に何個の同じ大きさの球が接しているかを表している.どの隣接する2面も同じ色でないように,黒と白の市松模様に塗ることができるためには,配位数は偶数でなければならない.したがって,六角格子は市松模様にはならない.
 
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2)3次元格子
 
 正多面体は正4・6・8・12・20面体の5種類あって5種類しかないことはプラトンの時代にはすでに見つけられていて,それらがプラトンの自然哲学で重要な役割を演ずるところから,正多面体はプラトンの立体(Platonic solod)とも呼ばれています.また,正多面体が1種類の正多角形(正3角形,正方形,正5角形)だけでできているのに対して,2種類以上の正多角形から構成されている立体が準正多面体で,プラトンの立体に対してアルキメデスの立体(Archimedean solid)とも呼ばれています.準正多面体は合計16種あります.
 
 正多面体の中では立方体だけ,準正多面体の中では切頂八面体(truncated octahedron)だけが空間を単独で埋めつくすことができます.それ以外の単独空間充填形となる多面体としては,平行六面体と菱形十二面体(rhombic dodecahedoron ),六角柱,長菱形十二面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体)などの平行多面体があげられます.→【補】
 
 ここで,立方格子をゆがめて,すべての辺の長さの等しい菱形体格子をつくってみましょう.平行六面体の体積は,スカラー三重積a↑・(b↑×c↑),すなわち,ベクトルa↑と外積b↑×c↑の内積で与えられますから,辺a,b,cが互いに60°の角度をなすようにすると,平行六面体の体積は最小値
  v=r^3/√2
となります(a=b=c,α=β=γ=60°).この配置を別の角度からみると,立方体の8個の頂点と6面の中心に点が配置されているところから,面心立方構造と呼ばれます.
 また,a=b=c,α=β=γ=109.49°の場合,見る方向を変えれば,立方体の8個の頂点と中心に球を配置されていて,体心立方構造と呼ばれます.
 面心立方構造,体心立方構造のウィグナー・ザイツセル(ボロノイ領域)をとると,それぞれ菱形十二面体,切頂八面体になり,これによって全空間を満たすことができるのです.
 
 また,3次元空間格子(ブラーベ格子)は14種類存在しますが,その中で立方対称性をもつものは,単純立方格子,体心立方格子,面心立方格子の3種類です.ダイヤモンド格子は格子定数を単位として(1/4,1/4,1/4)だけずれた2個の面心立方格子から成り立っています.立方対称ではなく,剛体球で満たされる体積も√3π/16=.340と小さいのですが,きわめて硬い結晶を構成します.→【補】
 
         配位数    充填率
単純立方格子    6     π/6=.5236
対心立方格子    8     √3π/8=.6802
面心立方格子   12     √2π/6=.7405(最密充填)
ダイヤモンド格子  4     √3π/16=.3401
 
【注】面心立方構造ではどの球にも12個ずつの球が接します.体心立方構造ではどの球にも8個の球しか接しませんから,面心立方構造ほど密に詰め込んだ配置にはなっていません.
 面心立方格子が最も密な球の充填方法だろうという予想は400年近く前のケプラーまでさかのぼります.日常の経験からしても,同じ大きさの球の最も効果的な配置問題は自明なものと考えてしまいがちで,直感的に面心立方格子をなす場合が最大に詰め込んだ配置のように思えます.しかしだからといって,無限にある可能性をすべてひっくるめて証明したわけではないので,これは定理ではなく予想にすぎません.ランダムな配置まで含めると,空間充填率が74.04%よりも引き上げられるかもしれないからです.
 現在,ケプラーの問題については大半の数学者がまず間違いないだろうと考え,すべての物理学者が当たり前だと思っているのですが,面心立方格子が3次元空間における最密充填構造だという証明にはまだ至っておらず,いまやケプラー予想はフェルマーの最終定理に取って代わる数学上の未解決問題になっているのです.
 
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3)非周期的格子
 
 周期的な平面充填に対して,平行移動の周期がない非周期的平面充填についても多くの研究がなされています.現在のところ,1974年に,イギリスの数理物理学者ペンローズの発見した2種類の菱形を組み合わせて平面を隙間なく,かつ,非周期的に敷きつめるものが最も構成要素の少ないものです.ペンローズタイルと呼ばれるこの敷きつめかたは,局所的には正五角形のような5重の対称性がありますが,全体としては対称性をもちません.
 
 ペンローズタイルの2種類の菱形とは,太った菱形(72°,108°)とやせた菱形(36°,144°)です.最小の内角は36°であり,他の角はすべてその整数倍で,太めの菱形と細めの菱形の面積比は黄金比φになっています.また,1辺の長さを1とすると太めの菱形の対角線の長さはφ,細めの菱形の対角線の長さは1/φ,さらに,太めの菱形と細めの菱形の個数の比もφとなり,5回対称性のなかには黄金比
  φ=(√5+1)/2
が潜んでいます.
 
【注】ペンローズ格子の平均配位数は4,充填率は
  π(2−φ)/(φ+1)√(3−φ)=.3899
ときわめて小さいが,これは対角線の長さが1辺の長さよりも短いためである.ただし,この数値は小生が数表を用いずに手計算で求めた値であるから,信頼率は95%以下と思われる.
 また,近年ではここで紹介した菱形の非周期的タイルをペンローズタイル(マッケイのタイルと呼ばれることもある)と呼ぶのが普通であるが,ガイドナーが「サイエンティフィック・アメリカン」で紹介したペンローズタイルとは,魚の尻尾みたいな凹四角形と凧形(凸四角形)の2つの構成要素からなるものを指す.この2つは星形五角形とその頂点を結んだ外側正五角形に含まれる72°と108°の角の菱形を2分したものであって,2つの構成要素の面積比はφである.敷き詰めに必要なタイル比もφで,凸四角形の方を多く要する.この比が無理数であることが非周期性の基礎である.もしも周期性ならその比は明らかに有理数でなければならないからである.
 
 ペンローズタイルと同様にして,2種類の菱面体(太った菱面体とやせた菱面体)でともに合同な菱形面をもつものを用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができます.
 これら2種類の菱面体は,各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比の黄金六面体です.黄金菱面体には2種類あり,細めで尖ったほうがacute ,太めで平たいほうがobtuse と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体,5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.
 また,やせた菱面体の辺は(72°,108°),太った菱面体の辺は(36°,144°)の角度で交わります.菱面体はゆがんだ立方体であり,6次元空間における超立方体の3次元空間への投影であるという説明がなされています.さらに,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性を2次元的に模似したものになっています.→【補】
 
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4)格子上のランダムウォーク(乱歩)
 
 最初に,1次元格子の場合について知られていることをおさらいしておきましょう.粒子がx軸上の1次元格子
  ・・・,−3,−2,−1,0,1,2,3,・・・
の上を原点から出発し,時刻t=1,2,・・・ごとに確率pで正の方向に1,確率q=1−pで負の方向に1だけ移動する運動を1次元単純ランダムウォークといいます.
 
 nステップにおける位置xnの平均と分散は,2項分布より,
  E(xn)=nε(p−q),V(xn)=4nε2pq
ε(p−q)は1歩あたりの平均移動量と考えることができます.対称,すなわち,p=q=1/2の場合は
  E(xn)=0,V(xn)=nε2
 
 ところで,「ド・モアブル=ラプラスの定理」とは,
 {xn−E(xn)}/√V(xn)
が正規分布で近似できることを示すものです.この定理は2項分布の正規近似ですが,中心極限定理の特別な場合にあたっていて,エーレンフェストのふるいという簡単な模擬実験を行うと視覚的にもそれを確認することができます.正規分布の1種の量子論的解釈と考えることもできましょう.→【補】
 
 対称単純ランダムウォークでは両隣に等確率1/2でジグザグ移動するのですから,たとえば,コインを投げて表がでれば右へε,裏がでれば左へε進む人のモデルであって,この軌跡は酔っぱらいの彷徨(酔歩)だと比喩的にいわれています.「ド・モアブル=ラプラスの定理」から,n回のステップののち,その人がx=kεのところにいる確率は,nを十分大にすると平均0,分散σ2=nε2の正規分布N(0,nε2)に近づくことを示しています.
 
 さらに,1次元対称単純ランダムウォークについては,「滞在確率の逆正弦則」がよく知られています.右,左へ進む確率はそれぞれ1/2ですから,原点の近くをウロウロし,右,左の領域に半分ずつ存在したと予測するのが常識的ですが,この常識は破られます.結論を先にいうと,実際にはどちらか片方にばかりにいる確率が大というのがこの法則なのです.
 
 この人が原点より右にいる時間をx(左にいる時間を1−x)とするとその確率密度は
  f(x)=1/π・{x(1-x)}^(1/2)
であり,対応する累積分布関数は
  F(x)=2/πarcsin(√x)
となります.その滞在確率の式中にアークサインが現れることから,「逆正弦則」という名で呼ばれます.
 
 この分布の平均は1/2ですが,そこはU字型分布の谷底であり,一番確率が小さいところになっています.つまり,右,左の領域に半分ずついるのは,もっとも起こりそうにない事象なのです.この分布はxが0または1に近いほど確率が高く0,1で発散する,ということは常にどちらか片側の領域にいることを意味しています.
 
 このことより,この法則は,技量伯仲の2人が何回も勝負をするとき,勝ち負けの回数はほぼ同じであっても,勝負の累積点数は一方的なリードが続き,極端にかたよる場合が多いこと,すなわち,「運」なり「つき」なりの確率論的基礎にあたると考えているひともいます.いずれにせよ,常識とはかなり違った結果となるので興味深いものがあります.
 
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 ここからはいよいよ佳境に入り,単純ランダムウォークの再帰性,すなわち,いつかは原点に戻る確率(再帰確率)について考察することにします.
 
 非対称単純ランダムウォーク(p≠q)では,p,qの大小によって右か左にずれる傾向があるはずで,非再帰的,すなわちt→∞のとき無限の彼方へいってしまうことが予想されます(実際そうなるのであるが,その証明は後述する).そこで,p=q=1/2,すなわち対称単純ランダムウォークの場合を考えることにします.
 
 原点に戻るのはtが偶数の時に限られるので,2nステップのとき,左右に同じ回数nずつ移動する確率は
  u2n=2nCnp^nq^n
で与えられます.特に,対称(p=q=1/2)のときは,
  u2n=2nCn/2^(2n)
 
 また,粒子が時刻2nではじめて原点に復帰する確率は
  f2n=u2(n-1)/2n
で与えられます.この確率はカタラン数
  Cn=2nCn/(n+1)=1,2,5,14,42,・・・
を用いて,
  f2n=C(n-1)/2^(2(n-1))
と表されます.(カタラン数のはじめの4項1,2,5,14は初項1から始まって前項を3倍して1を引いたものに一致しますが,5項目以降は異なっています.)
 
 再帰性を判定するのには,たとえば,粒子が出発した点にいる確率がt=∞においても有限の値を示すときは再帰的,また,これは出発した点にいる確率をt=0からt=∞まで積算した量が無限大に発散するときは再帰的と定義できます.前者は強い意味の,後者は弱い意味の粒子の局在を表しています.すなわち,単純ランダムウォークが再帰的であるための必要十分条件は,
  Σu2n=∞
が成立することと考えられ,Σu2n<∞のときは再帰しないとします.
 
 ここで,ウォリスの公式によって,
  u2n=2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)
が示されます.また,ゼータ関数
  ζ(k)=Σ1/n^k
はk≦1のとき発散し,k>1のとき収束しますから,1次元の対称単純ランダムウォークは再帰的であることがわかります.スターリングの公式を使っても同じ結果が得られます.→【補】
 
 なお,1次元非対称単純ランダムウォークに対しては,まったく同じ方法で,  u2n=2nCnp^nq^n=2nCn/2^(2n)(4pq)^n
  Σu2n=(1−4pq)^(-1/2)=1/|p−q|<∞
すなわち,非再帰的という結果が得られます.
 
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 引き続いて,1次元格子の代わりに多次元直交格子上の対称単純ランダムウォークを考えてみましょう.時刻0で平面上の原点から出発し,単位時刻ごとに正方格子の上下左右の4つの隣接点に等確率1/4で移動していくのが2次元対称単純ランダムウォーク,立方格子の6つの隣接点に等確率1/6で移動していく粒子の運動が3次元対称単純ランダムウォークです.
 
 2次元対称単純ランダムウォークで,粒子が時刻2nに原点にいると確率は,4項分布において,それまで上下にそれぞれk回,左右にそれぞれn−k回移動した確率ですから,i+j=nとして
  u2n=1/4^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2
    =1/4^(2n)(2nCn)^2 →【補】
    〜 (πn)^(-1)
 
 同様に,3次元対称単純ランダムウォークでは,6項分布において,i+j+k=nとして
  u2n=1/6^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2(k!)^2
    =2nCn/2^(2n)Σ(n!/3^ni!j!k!)^2
    〜 C/n^(3/2)
 
 すなわち,2次元の対称単純ランダムウォークは再帰的であるのに対し,3次元対称単純ランダムウォークは非再帰的であるという結果が得られます.
 
 一般に,d次元対称単純ランダムウォークでは,最近接の2d個の点に等確率1/2dで移動し,n→∞のとき
  Σu2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
 
 したがって,d次元対称単純ランダムウォークは,確率1で出発点に戻れるだろうか? という問いに対しては
 a)d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまう
 b)d=1,2のときは再帰的である(すべての道はローマに通ず)
ということを意味しています.しかし,再帰的とはいっても,いつかは原点に帰るということであって,その戻るまでの時間の期待値は∞です.これを零再帰的と呼び,戻れるとはいっても戻りづらいことがわかります.
 
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 正方格子のとき,再帰的であることが示されましたが,その他の2次元格子ではどうでしょうか? 結論だけをいうと
 
正方格子  u2n 〜 (πn)^(-1)
三角格子  u2n 〜 √3/2(πn)^(-1)
六角格子  u2n 〜 3√3/2(πn)^(-1)
カゴメ格子 u2n 〜 2√3/3(πn)^(-1)
 
 すなわち,再帰的ということになります.これらの結果は,斜交座標を導入すると直交座標と同一視できることから得られますが,詳細については,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版を参照されたい.
 
 ここで,正方格子の
  u2n 〜 (πn)^(-1)
の1という係数は,配置の仕方に関係するものですが,いかなる2次元格子の点であっても,一般的に
  u2n 〜 q(πn)^(-1)
の形で書くことができそうです.
 
 q値が大きいほど再帰しやすいと考えられますが,最後に,q値と配位数の関係をまとめておきます.移れる点の数が多いほど再帰しにくくなることが直感的にも理解されます.
 
        q値         配位数    充填率
正方格子     1          4     π/4
三角格子   √3/2=0.86    6    √3π/6
六角格子   3√3/2=2.59   3    √3π/9
カゴメ格子  2√3/3=1.15   4    √3π/8
 
 配位数6の三角格子は再帰的,配位数6の立方格子は非再帰的であることはわかりましたが,それでは配位数4のダイヤモンド格子の場合はどうなるでしょうか? ダイヤモンド格子の次元は三次元であっても,配位数は4であり,三角格子の6よりも少ないのですが,・・・
 
 いくら配位数が小さいといっても,三次元では高層ビルのような構造になるので,同じ階に戻ることはあっても,なかなか原点までたどり着けないものと直感されます.また,前節では,最も証明しやすい図形(直交格子)についての結果を示しましたが,大切なのは空間の次元であって,再帰性では次元がものをいうことが理解されます.この問題の場合も,射影によって3次元図形が2次元図形に変換できない限り,格子の形を変えたところで結果は同じはずです.そうでないと連続的なモデル(ブラウン運動)の再帰性と矛盾するからです.
 
 しっかり検証したわけではありませんが,任意の3次元格子の場合も,2次元格子の場合と同様に,
  u2n 〜 q(πn)^(-3/2)
となること,すなわち非再帰的であろうと予想されます.正否は如何に?
 
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5)格子上のパーコレーション(浸透)
 
 パーコレーションとは,つながりの世界を科学するもので,つながりが問題となる最も身近なものは囲碁であろうかと思われます.そこで,碁盤の目(正方格子の格子点)に石をランダムにおき,その石のつながり方を考えてみましょう.石の置かれている割合pが大きいと,上下または左右方向の隣り合った石同士が繋がって,石はひとつの大きなクラスターを形成します.そして,ある値pcを超えると端から端まで繋がったクラスターが出現するようになります.pcを臨界浸透確率といいます.
 
 また,パーコレーションでは頂点をサイト,辺をボンドといいます.上で述べたような形でクラスターを構築する過程をサイト過程,また,格子点ではなくて辺を互いに結ぶことによってクラスターを作る過程をボンド過程と呼びます.両者に本質的な違いはなく,ボンド過程は,ボンドが格子点となるような格子を考えると,容易にサイト過程に変換されます.たとえば,正方格子のボンド過程は三角格子のサイト過程と,六角格子のボンド過程はカゴメ格子のサイト過程と等価です.
 
 1次元格子では1カ所でも切れると両端はつながらなくなるので,pc=1となるのは自明のことです.しかし,2次元格子,3次元格子の臨界浸透確率pcの厳密解はいくつかの例外を除き求めることができません.多くの場合,コンピュータシミュレーションによって求められています.
 
      配位数   サイト過程   ボンド過程
正方格子   4    .593    .5
三角格子   6    .5      .347=2sin(π/18)
六角格子   3    .696    .653=1-2sin(π/18)
カゴメ格子  4    .653    .449
ペンローズ  4    .584    .477
 
 上の数表は,小田垣 孝「パーコレーションの科学」裳華房より引用しました.このように,ボンド過程のほうが臨界浸透確率pcは小さい値を示しますが,それはボンド過程が回路の配線数が多くなったサイト過程と考えることができるからです.
 
 以上の結果から,ビンゴゲーム(正方格子のサイト過程)では,およそ60%ヒットしたところでビンゴとなる人数が最大となるように振る舞うし,囲碁を面白くしているひとつの理由として,黒石と白石を交互にでたらめに並べていくと,どちらの石の割合もpc以下だから,どちらも両端を結ぶようなつながりをつくることがないためであるとも理解されます.
 
 さらに,格子上のパーコレーションの理論を連続系に敷衍することによって,地球上の海面の割合が60%くらいあれば,海面がすべて繋がっていると予想することができます.1512年から1522年にかけて,マゼランは世界一周でそれを実証しましたが,地球上の海と陸の比は7:3ですから,陸路のみでの世界一周は達成できなかったでしょう.
 
 また,3次元格子における臨界浸透確率pcは以下のようになります.一般的にいって,2次元より3次元の方が配位数が多くなりますから,pcは小さい値を示します.
 
         配位数    サイト過程    ボンド過程
単純立方格子    6     .312     .249
対心立方格子    8     .246     .179
面心立方格子   12     .198     .119
ダイヤモンド格子  4     .428     .388
 
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 格子空間での振る舞いは連続空間での振る舞いを理解する上で,きわめて示唆的です.臨界浸透確率は格子構造が決まれば決定される物性量ですが,格子上の過程で得られた結果から,格子の形によらない不変量(invariant)を求めてみることにします.
 
 格子の配位数zが同じでも臨界浸透確率は異なっています.そこで,充填率との関係でみてみると,サイト過程の臨界浸透確率pcと充填率fの積がほぼ一定となることが実際に確かめられます.
 
  fpc=0.45±0.03  (2次元サイト過程)
  fpc=0.16±0.02  (3次元サイト過程)
 
 つまり,2次元では大体45%(臨界浸透面積分率),3次元では大体16%(臨界浸透体積分率)くらい円板または球で占められていると互いに接した球がパーコレートする,すなわち球の繋がりが無限に広がることになります.この臨界浸透面積分率Acや体積分率Vcは空間の次元のみで決まる量であり,次元不変量と呼ばれています.
 
 これらの値は格子状のサイト過程から推測されたものですが,格子の構造によらずほぼ一定であり,したがって,円板または球の幾何学的な配列にはあまり依存しないものと期待されます.
 また,規則的な配置の空間充填率は,理論的に計算することができますが,球がある限られた空間内に乱雑に配置された状態では,理論的には計算できず実測にたよることになります.たとえば,乱雑配置の場合,接触数の平均は約8.5,空間充填率は約63.6%という実測値が求められています.
 0.636x=0.16
したがって,球をランダムに詰めたいわゆるランダムパッキングでは充填率がおよそ0.636であり,球のうち25%以上がつながりを作れば無限にパーコレートした道筋ができるはずですが,この値は,実際の金属=非金属転移が起こる割合(22〜27%)とよく一致しています.
 
 一方,ボンド過程では臨界浸透確率pcと配位数zの積がほぼ一定値をとることが知られています.
 
  zpc=2.0±0.2  (2次元ボンド過程)
  zpc=1.5±0.1  (3次元ボンド過程)
 
 つまり,2次元格子ではひとつの格子点から平均2本の配線,3次元格子では平均1.5本の配線がでていればパーコレートすることを意味しています.これらはひとまとめにして,
  zpc=d/(d−1)  (d次元ボンド過程)
と書くことができます.
 
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【参考文献】
 
1)志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版
2)小田垣 孝「パーコレーションの科学」裳華房
 
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【補】2次元・3次元格子状配置のディリクレ領域
 
 はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれる.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれているし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名が用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.
 
 1次元格子は直線上に等間隔に並んだ点の集合であり,すべての1次元格子は点の間隔が違うだけで,本質的には同じものである.しかし,2次元格子には基本的な種類が2つある.ひとつは等間隔に並んだ横列の各点の真上に他の横列の点があるもので,もうひとつは横列の点を水平方向にずらしたものである.すなわち,2次元格子の形は平行四辺形(正方形,長方形,菱形を含む)になるが,その格子点の各点に対して垂直二等分線を引くと,すべて合同なディリクレ領域ができる.
 
 また,どのような2次元格子であっても,そのディリクレ領域は4角形あるいは6角形になる.無限に多くの2次元格子があるが,その対称性を考えると,本質的な配置は,正方形,長方形,菱形,二等辺三角形あるいは正三角形を2つ貼り合わせた平行四辺形状配置の5つしかない.それに対応するディリクレ領域も,正方形,長方形,切頂菱形(ソロバン珠型),長6角形(亀甲型),正6角形の5種類に限られることになる.
 
 ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できる.2次元格子は5種類だったが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類ある.そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかない.
 
 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.平行多面体は結晶構造と深く関係していて,それぞれ,単純立方格子,六方格子,面心立方格子,底心格子(直方体の8個の頂点と上面・下面の面の中心に原子が配置されている構造),体心立方格子に対応するものであろう.これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.
 
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【補】結晶の対称性の群
 
 さらに,平行移動だけでなく,点中心の回転や直線に関する鏡映も考えてみよう.平面上での等長変換は,平行移動,回転,鏡映,すべり鏡映,恒等変換の5種類あり,また,2次元結晶の回転角は,60°・90°・120°・180°・240°・270°・300°しかないことを考察することにより,2次元格子で異なる対称性をもつものは17種類存在することがわかる.この17種類の対称性は,2次元結晶群としてとらえることができる.(フェドロフ)
 
 また,空間での等長変換は,平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.(フェドロフ)
 
 これらの事実の証明は非常に困難であり,これ以上追求しないことにするが,とくに3次元の格子状配置は,19世紀の初めから,結晶内の原子の配列を記述するのに使われてきたものであり,対称性の群の分類についての仕事の大半は19世紀の結晶学者によってなされたこと,4次元のブラーベ格子は64種類(74種類:10組は対掌体の関係にある)あり,4次元のフェドロフ結晶群は4783種類(4895種類)存在することを付記しておく.
 
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【補】拡散過程と正規分布
 
 静かな水面にインクを一滴たらすとインクで染められた部分がどんどん拡散していきますが,この濃度分布は,正規分布
  f(x)=1/√2πσexp(-(x-μ)^2/2σ^2)
においてσ^2を時間tに置換した式
  p(t,x)=1/(2πt)^(1/2)exp(-(x-μ)^2/t)
であって,p(t,x)は熱伝導の偏微分方程式
  dp/dt=1/2・d^2p/dx^2
の基本解にもなっています.
 
 この密度関数はインク分子が一定時間内に移動する距離の確率分布として用いられますが,ここで,1/(2πt)^(1/2)は1次元ブラウン運動,1/(2πt)^(d/2)はd次元ブラウン運動が時刻tのとき原点にいる確率ですから,その定積分値
  ∫(1,∞)dt/(2πt)^(d/2)
は時刻1から先で原点に滞在する確率と考えられます.この定積分値はd=1,2で∞,d≧3のとき有限であることからも,d次元ブラウン運動の再帰性が導かれます.
 
 正規分布はガウス分布とも呼ばれ,歴史的にはド・モアブルが誤差のモデルとして導き,のちにラプラスとガウスが最小2乗法との関連で,それぞれ同じ曲線を再発見したといわれています.また,観測値の誤差が小さな多数の誤差の素から成り立っているという考え方を最初に示したのは,ヤングであるといわれていますが,ヤングのあとハーゲンらは,この考え方を基礎にして正規分布を,ハーゲンのモデル,すなわち,たくさんの微小量がランダムに組み合わさったときに現れる一般的な誤差の分布関数として導きだしました.また,
  p(t,x)=1/(2πt)^(1/2)exp(-(x-μ)^2/t)
からは,ランダムな様子を目に浮かべることは不可能ですが,測定時間は連続量ですから,離散的な2項分布よりも連続的な正規分布にしておくほうが,いろいろな目的にとってはるかに適していると考えられます.
 
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【補】5回対称性
 
 じつは,結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.
 
 ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.
 
 最近まで,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.すなわち,5回対称性は<物質の新しい状態>を示しているのです.
 
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【補】ウォリスの公式とスターリングの公式
 
 ベータ関数は,
  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.この式を一般化すると,
  ∫(a,b)(x-a)^m(b-x)^ndx=m!n!/(m+n+1)!(b-a)^(m+n+1)
が得られます.これらは受験参考書に必ず書いてある
  ∫(a,b)(x-a)(x-b)dx=-1/6(b-a)^3
  ∫(a,b)(x-a)(x-b)^2dx=1/12(b-a)^4
という公式の一般化になっています.
 
  Γ(1/2)=√π
を得るにはベータ関数が用いられます.この関数において
  t=sin2θ
とおくと
  dt=2sinθcosθdθ
ですから
  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
     =2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ
ここで,a=1/2,b=1/2とすると
  B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π
Γ2(1/2)/Γ(1)=π,Γ(1)=1ですから
  Γ(1/2)=√π
となります.
 
  1/2B(1/2,(n+1)/2)=∫(0,π/2)(sinθ)^ndθ
この値をSnとおくと,部分積分により漸化式
  Sn=(n-1)/nSn-2
が得られますから,
 n=2k(偶数)なら1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k)*π/2
 n=2k+1(奇数)なら2・4・・・(2k)/1・3・・・(2k+1)
これより,
  1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k) 〜 (πk)^(-1)
変形するとウォリスの公式
  (2n)!/(2^nn!)^2 〜 (πn)^(-1)
が得られます.
 
 ”〜”記号は漸近的に等しい,すなわちnが十分大きいとき両者の比が1に近づくという意味であって,両者の差がなくなるという意味ではありません.いいかえれば,この近似式の絶対誤差はnの増大とともに増大するが,相対誤差は減少する,つまり,左辺と右辺の比はnを∞にすると極限が存在して0でも無限大でもなく,1に収束するということです.
 
 また,ウォリスの公式より,次のスターリングの公式が導かれます.
  n! 〜 √(2πn)n^nexp(-n)
スターリングの公式は,階乗n!の近似値を与える公式として有名で,階乗の一般化であるガンマ関数の近似値としても使われています.
  Γ(x+1)=∫exp(-t)t^xdt 〜 √(2πx)x^xexp(-x)
 
 スターリングの公式は2項分布の正規分布への収束を示すド・モアブル=ラプラスの定理の証明などにも用いられますが,この定理は中心極限定理の特別な場合に相当しています.
 
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【補】階乗や2項係数を含む級数
 
 ここでは,nCkのことを(n,k)を書くことにする.階乗や2項係数などを含んだ有限和では,たとえば
  Σ(n,k)=2^n
次数nの2項係数の和は2^nであるという有名な(古い?,由緒ある?)恒等式がある.これは,パスカルの三角形
  Σ(n,k)p^kq^(n-k)=(p+q)^n
において,p=1,q=1とおくことにより簡単に導かれる.
 
 2項係数の2乗の和も非常に簡単である.  
  Σ(n,k)^2=(2n,n)
 
(証明)文字1,2,・・・,nからk個の文字の選び方は(n,k)通り.
文字n+1,n+2,・・・,2nからn−k個の文字の選び方は(n,n-k)通り.
したがって,そのような対の選び方は(n,k)(n,n-k)=(n,k)^2通り.
 一方,2n個の文字1,2,・・・,2nからn個の文字の選び方は(2n,n)通り.各kに対する上の対の選び方は1対1に対応しているから,その和Σ(n,k)^2は(2n,n)に等しい.
 
 では,3乗の和はどうなるのであろうか?
  Σ(n,k)^3=?
実は,これには単純な公式のないことが証明されている.
 
 比較的有名な有限級数をあげておくと,
  Σ(-1)^k(n,k)=0
  Σk(n,k)=n2^(n-1)
  Σ(2n-2k,n-k)(2k,k)=4^n  
 
 また,有名ではないが,次のようにゼータ関数に帰着する無限級数も知られている.
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
  3Σ1/n^2(2n,n)=ζ(2)
  12Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)=ζ(2)
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)→【補】
 
 さらに,
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
と予想されているが,この式は解析的には未証明である.
 
 もし,ζ(4),ζ(5),・・・が,Σ1/n^k(2n,n)あるいはΣ(-1)^(k-1)/n^k(2n,n)の有理数倍になっているとしたら,そして,その明示的な公式を得ることができたら,夢のような話であろう.小生も
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
に挑戦してみて,数値的には等しいこと,解析的には左辺,右辺ともに超幾何関数に還元されるところまではわかったが,等式の証明には至らなかった.→【補】
 
(試行錯誤過程)
 (2n,n)の漸化式は
  (2n,n)=(2n)!/n!n!=2(2n-1)/n(2(n-1),n-1)
であり,したがって,
  n^4(2n,n)=2(2n-1)n^3(2(n-1),n-1)
       =2(2n-1)n^3/(n-1)^4*(n-1)^4(2(n-1),n-1)
なる漸化式が得られる.ここで,Σ1/n^4(2n,n)が第0項から始まるようにパラメータをずらすと,
  Σ1/(n+1)^4(2(n+1),n+1)
この級数の項比は
  an+1xn+1/anxn=(n+1)^5/2(2n+3)(n+2)^2*x/(n+1)
であるから,
  Σ1/(n+1)^4(2(n+1),n+1)=a0*5F4(1,1,1,1,1|1/4)
                  (3/2,2,2,2|  )
また,a0=1/2より
  Σ1/(n+1)^4(2(n+1),n+1)=1/2*5F4(1,1,1,1,1|1/4)
                  (3/2,2,2,2|  )
これより,級数Σ1/n^4(2n,n)は超幾何級数であると同定される.
 
 一方,ゼータ関数は
  ζ(s)=Σ1/(n+1)^s
より
  an+1xn+1/anxn=(n+1)^(s+1)/(n+2)^s*x/(n+1),a0=1
したがって,
  ζ(s)=s+1Fs(1,1,・・・,1,1|1)
          (2,2,・・・,2 | )
と表される.s=4とおくと,
  ζ(4)=5F4(1,1,1,1,1|1)
         (2,2,2,2 | )
 
 以上より,与式の両辺は同じ形の超幾何関数5F4になるところまではわかったものの,これから先が一向に進まない.
 
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【補】超幾何関数
 
 ガウスは,1812年に超幾何級数
  F(α,β,γ:x)=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
について非常に詳細な研究を行っていたことで知られています.この形の超幾何関数はガウスの超幾何関数と呼ばれ,
  2F1(α,β;γ:x)
で表されます.
 
 この級数が重要なのは,多くの既知の関数がこの級数で表されるという事実で,たとえば,
  log(1+x)=x2F1(1,1;2:−x)
  (1+x)^n=2F1(-n,β;β:x)
があげられます.
 
 また,
  F(α;γ:x)=1+α/γx+1/2!α(α+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
の場合を合流形超幾何関数(またはクンマーの超幾何関数)と呼び,
  1F1(α;γ:x)で表されます.
 
 一般に,F(x)=Σanxnとおくと,a0=1で連続する2項の係数比
  an+1/an
が定数となる関数を超幾何関数と呼びます.
 
 超幾何関数はもっと一般化することが可能でp個の上部パラメータとq個の下部パラメータを有する超幾何関数は
  pFq(a1,a2,・・・,ap;b1,b2,・・・,bq;x)と表されます.
 
 an+1xn+1/anxn=(n+a1)(n+a2)・・・(n+ap)/(n+b1)(n+b2)・・・(n+bq)x/(n+1)
すなわち,超幾何関数は,項比が有理関数
  an+1xn+1/anxn=p(n)/q(n)x/(n+1)
であるような級数にほかなりません
 
 なお,指数関数,対数関数,三角関数,2項関数,ベッセル関数,直交多項式列,不完全ガンマ関数,指数積分,ガウスの誤差関数なども超幾何級数であって,超幾何関数は一般に収束半径1をもちます.
 ちなみに,
  Σ1/(2n,n)=1/2*2F1(2,1|1/4)   ガウス型超幾何関数
            (3/2|  )
  Σ1/n(2n,n)=1/2*1F1(2 |1/4)   合流型(クンマー型)超幾何関数
            (3/2|  )
  Σ1/n^2(2n,n)=1/2*3F2(1,1,1|1/4)
              (3/2,2|  )
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=1/2*4F3(1,1,1,1|-1/4)
                 (3/2,2,2 |  )
 
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【補】ゼータ関数
 
 オイラーの無限級数和Σ1/n^s はsの関数とみるとき,ゼータ関数ζ(s)として知られており,ゼータ関数
 ζ(s)=1/1S +1/2S +1/3S +1/4S +・・・
は調和級数
 ζ(1)=1/1+1/2+1/3+1/4+・・・=∞
を一般化したものと考えることができます.
 
 ゼータ関数を用いると
 1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6=ζ(2)
と表されます.以下,ζ(4)=π4 /90,ζ(6)=π6 /945が続きますが,sが偶数のときのオイラー級数は一般式で表すことができ,有理数部分にはベルヌーイ数が重要な役割を果たしています.
 
 オイラーはπに関連したいろいろな級数展開式をどっさり発見していて,+,−が交互に出現すると
 1/12 −1/22 +1/32 −1/42 +・・・=π2 /12
 1/14 −1/24 +1/34 −1/44 +・・・=7π4 /720
 一般式は={1-2^(1ーs)}ζ(s)
 
分母を奇数の偶数ベキ乗だけにすると
 1/12 +1/32 +1/52 +1/72 +・・・=π2 /8
 1/14 +1/34 +1/54 +1/74 +・・・=π4 /96
 一般式は={1-2^(ーs)}ζ(s)
 
分母を奇数の奇数ベキ乗だけにし,さらに交代級数にすると
 1/13 −1/33 +1/53 −1/73 +・・・=π3 /32
 1/15 −1/35 +1/55 −1/75 +・・・=5π5 /1536
 一般式はオイラー数を含む式で表すことができる
などもオイラーによるものであり,ここで紹介したものはごく一部にすぎません.
 
 また,ここで,
  L(s,χ)=Σχ(n)/n^s
とおき,ディリクレのL関数と呼びます.ディリクレのL関数はリーマンのゼータ関数を一般化したものになっています.
 
 たとえば,数列{χ(n)}を{χ(n)}={1,1,1,1,・・・}とすると,
 1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6
 1/14 +1/24 +1/34 +1/44 +・・・=π4 /90
はそれぞれL(2,χ)=π2 /6,L(4,χ)=π4 /90という公式ですし,また,{χ(n)}={1,−1,1,−1,・・・}では,L(1,χ)=log2,すなわち,
 1/1−1/2+1/3−1/4+・・・=log2
 
 χ(0 mod 4)=0,χ(1 mod 4)=1,χ(2 mod 4)=0,χ(3 mod 4)=-1についてのディリクレのL関数
 1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−・・・=π/4
 1/13 −1/33 +1/53 −1/73 +・・・=π3 /32
はL(1,χ)=π/4,L(3,χ)=π3 /32
 
 1/1−1/2+1/4−1/5+1/7−1/8+・・・=π/3√3
はmod3
 1/1−1/3−1/5+1/7+1/9−1/11−1/13+1/15+(正負は8ごとに繰り返す)・・・=1/√2log(1+√2)
はmod8についてのディリクレのL関数と総称される一群の関数の値についての公式なのです.
 
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【補】有名なオイラーと無名の数学者アペリの証明
 
 素数が無限にあることは
  ζ(1)=1/1 +1/2 +1/3 +1/4 +・・・=∞
であることを用いて,簡単に証明することができます.
 
(証明)
 ゼータ関数ζ(s)は次のように書き換えることができます.
 ζ(s)=1/1^s +1/2^s +1/3^s +1/4^s +・・・
=(1+1/2^s +1/4^s +1/8^s +・・・)(1+1/3^s +1/9^s +・・・)(1+1/5^s +・・・)・・・
=1/(1−2^(-s))・1/(1−3^(-s))・1/(1−5^(-s))・1/(1−7^(-s))・・・
=Π(1−p^(-s))^(-1)   (但し,pはすべての素数を動く.)
 
  1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)
にx=1/p^s を代入したものを,Π(1−p^(-s))^(-1)に代入して積を展開すると,自然数の素因数分解の一意性から,ζ(s)=Σ1/n^s となることがおわかりいただけるでしょうか.
 
 この式の右辺は,すべての素数にわたる無限積であり,このような関係から,自然数全体についての和ζ(s)=Σ1/n^s の話が素数全体についての積Π(1−p^(-s))^(-1)の話になります.Π(1−p^(-s))^(-1)はオイラー積と呼ばれ,ゼータ関数と素数の間をつなぐ式になっています.
 
 調和級数1/1+1/2+1/3+・・・は,オイラー積表示するとΠ(1−1/p)^(-1)と書けますから,
  Π(1−1/p)^(-1)〜∞.
また,logΠ(1−1/p)=Σlog(1−1/p).1/pが非常に小さいとき,マクローリン展開より,Σlog(1−1/p)〜−Σ(1/p)ですから,Σ(1/p)=∞になります.したがって,すべての素数の逆数の和は発散することが示されます.
 
 1737年,オイラーはこのようにして素数の逆数の和が無限大になることを見つけました.逆に,このことから,素数が無限個あることは簡単にわかります.また,調和級数Σ(1/n)は発散し,また,オイラー級数Σ(1/n^2 )=π2 /6で収束しますから,素数は平方数ほどまばらには分布していないこともわかります.
 
 さらに,このことを詳しく調べると,
  Σ(1/p)〜log(logx) (pはp≦xの素数を動く,証明略)
すなわち,
  1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+・・・+1/n
 〜loglogn→∞
などがわかってきます.
 
  ζ(2)=1/12 +1/2 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6
が無理数であることを用いても,素数が無限にあることを簡単に証明することができます.
 
(証明)ζ(2)=Σ1/n^2=Π(1−p^(-2))^(-1)において,素数が有限個とすれば,ζ(2)は有限個の(1−p^(-2))^(-1)の積となり,有理数となる.
 
 同様に,ζ(3)が無理数であれば素数は無限にあることがいえます.しかし,この逆,すなわち,素数が無限にあるからといってζ(3)は無理数であるとはいえないのです.
 
 ところで,オイラーはいろいろな工夫をして,
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
であることをつきとめ,広義積分
  ∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2
の値を求めています.また,これを代入して計算すれば
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
が得られます(1772年).
 
 このとき,
  1+1/33 +1/53 +1/73 +・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(3)=Σ1/n^3 から次のようにして求まります.
 1+1/23 +1/33 +1/43 +・・・
=(1+1/23 +1/43 +・・・)(1+1/33 +1/53 +・・・)=1/(1−1/8)・(1+1/33 +1/53 +・・・)
 より,分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
  {1-2^(ーs)}ζ(s)
 
 さらに,
 1/1s −1/2s +1/3s −1/4s +・・・
=2(1/1s +1/3s +1/5s +1/7s +・・・)−(1/1s +1/2s +1/3s +1/4s +・・・)
 より,+,−が交互に出現すると一般式
  {1-2^(1ーs)}ζ(s)
を得ることができます.
 
 ζ(2n)はπ^2nの有理関数になる,従って,超越数であることはオイラー以来知られていますが,奇数ベキ級数の和ζ(2n+1)についての類似の関係式は何にひとつわかっていませんでした.(有理数と円周率から四則演算によって得られる数ではないだろうと予想されているが,証明されてはいない.)
 
 ところが,1978年に,フランスの無名の数学者アペリによってζ(3)の無理数性が示されました.それを補ったのがポールテンです.ζ(3)=1.202056・・・に収束するものの,ごく最近までこの値が無理数であることすらわかっていなかったのです.
 
 アペリはζ(3)が無理数であることを示すために,連分数展開
  6/ζ(3)=5−1^6/117-2^6/535−n^6/(34n^3+51n^2+27n+5-・・・)
を使いました.興味深いのは,アペリの証明が最先端の研究結果を使ったものではなく,オイラーが解決していたとしても不思議はないとされるような200年前にはすでにわかっていた定理や手法のみでの証明だったことです.
 
 ζ(3)が無理数であるという証明が発表されたとき,学会場はどよめきの渦に包まれ騒然となったそうですが,アペリは非常に話し下手であり,参加者の多くは半信半疑(というよりは懐疑的)であったと伝えられています.アペリはマイナーな数学者とされていますが,今から考えると当時主流だった秀才数学者集団,ブルバキに押しつぶされた個性豊かな人物だったようです.
 
 ζ(3)はいまだ無理数であることしかわかっておらず,オイラーによる
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
という結果(log2の有理式×π2)があるばかりです.いまだζ(3)が超越数であるかどうかは知られていませんし,ζ(5),ζ(7),・・・が有理数なのか無理数なのかもわかっていません.アペリの方法はζ(5),ζ(7),・・・の場合の拡張されるに至っていないのです.
 
 なお,ζ(3)が無理数であることの簡明な別証は,
  塩川宇顕「無理数と超越数」(共立出版)
を参照してください.
 
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