■幾何学と数論の相互転化

 
 「閑話休題」では,これまでに数回「カッツの太鼓の問題」を取り上げてきました.カッツの問題とは,膜の振動の情報から太鼓の形がわかるだろうかというラプラシアン・スペクトル幾何の問題なのですが,跡公式(trace formula)を媒介として数論の問題にも転化します.今回のコラムでは幾何学と数論の間に存在する相互律をみていくことにしますが,その雰囲気が少しでも伝われば幸いです.
 
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【1】ヤコビアンとヘシアン
 
 たとえば,それぞれ3変数の関数
  f(x,y,z)=0,
  g(x,y,z)=0,
  h(x,y,z)=0
があって,1階偏微分の関数行列(式)
    [fx fy fz]
  J=[gx gy gz]
    [hx hy hz]
をヤコビアンといいます.
 
 例をあげると,3次元空間での極座標は
  x=rsinθcosφ
  y=rsinθsinφ
  z=rcosθ
ですから,そのヤコビアンを計算すれば,
  dxdydz=r^2sinθdrdθdφ
となります.
 
 ヤコビアンはヤコビの名をとどめる行列(式)ですが,ヘッセにもヘシアンという彼の名前をとどめる2階偏微分の関数行列(式)があって,3変数の場合は,H=▽^2Fとして
    [Fxx Fxy Fxz]
  H=[Fyx Fyy Fyz]
    [Fzx Fzy Fzz]
になります.
 
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【2】ラプラシアンと調和関数
 
 ヘシアンのトレース(対角線の項の和)を
  △F=Fxx+Fyy+Fzz
あるいは,
  △f=−(fxx+fyy)
のように負号をつける場合もあるわけですが,ここで,微分作用素
  Δ=∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2+∂^2/∂z^2
  Δ=-(∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2)
などをラプラシアンと呼びます.また,
  △f=0
であるとき,fは調和関数であるといいます.
 
 ユークリッド空間以外の空間,たとえば双曲幾何空間を考えることも可能ですが,その場合,複素上半平面に対するラプラシアンは
  Δ=-1/y^2(∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2)
であり,具体的に固有値・固有関数を求めることは格段に難しくなります.
 
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【3】ラプラシアンのスペクトル
 
 太鼓の形を与えて太鼓の音を求める問題を順問題と呼びますが,これに対して,「太鼓の音を聞いて太鼓の形を推定する」問題は,逆問題の一例としてよく取り上げられるものです.
 
 実際,1次元(弦)ならば,その音を聞いて弦の形,すなわち,弦の長さを推定することができます.もっとも材質が違えば音色は異なるわけですが,この場合は音色ではなく,音の周波数(スペクトル)だけを問題とすることにします.それならば2次元の外周が固定された膜ではどうでしょうか?(ディリクレ問題)
 
 この物理問題は,ある図形に対してそのラプラシアンの固有値を考えるという数学的問題となります.ラプラシアンの固有値とは,ある関数fについて,
  Δf=λf
となるようなλのことであって,逆にいうと,ラプラシアンの固有値が図形を知るための手がかりとなるのです.
 
 線形代数では,対称行列の固有値問題
  Ax=λx
においては,対称行列は対角化可能で実数の固有値をもつことや
  trA=Σλ
すなわち,対角和=固有値の和であることを学びますが,ラプラシアンの固有値問題において,スペクトルとは固有値(とその一般化したもの)のことであり,対称行列の固有値・固有ベクトルに対応するものは,ラプラシアンのスペクトル分解と呼ばれます.
 
 固有値全体の集合をスペクトルというわけですが,スペクトルとは固有値と連続スペクトルの全体を指します.連続スペクトルとは,固有値と同じ式を満たすものでありながら,固有関数が必要条件(2乗可積分性)を満たさないため,固有値とは認められないものです.非コンパクト面(曲面の中に無限に伸びている部分がある場合)では,連続スペクトルが存在することが知られています.
 
 また,関数fを固有関数と呼びますが,fを基本領域上の関数に限定することにより,固有値の分布に面白い性質が現れます.たとえば,一辺の長さがそれぞれa,bの長方形を基本領域とするディリクレ問題(外周が固定された膜)では,
  固有値: π2(m2/a2+n2/b2)
  固有関数:sin(mπx/a)sin(nπx/b)
で与えられます.
 
(証明)
 スケール・パラメータa,bを取り払って,単位正方形内で考えることにするが,この基本領域はトーラス面と同一視される.トーラス上の関数はx,yを整数だけ動かしても値が変わらないという性質をもつから,固有関数は
  f=exp{2πi(mx+ny)}   (m,nは整数)
という形になり,
  Δf=4π2(m2+n2)f
したがって,固有値は
  λ=4π2×(平方数の和)
という形をしており,固有値分布は平方数の和の分布と同じになる.すなわち,固有値がとびとびの値をとるという離散性が示されましたが,この辺の事情はボーアの原子模型の話に通じるものがあります.
 
 なお,弦の振動では
  λ=c×n2/a2
直方体の振動系では
  λ=c×(l2/a2+m2/b2+n2/c2)
となり,すべて同じような特徴をもっていることに気付かれます.また,矩形領域(弦の場合を含む)では固有関数は三角関数で表されましたが,円板や球の場合は,ベッセル関数を用いれば具体的に解を求めることができます.
 
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【4】固有値の漸近分布
 
 ここでは,固有値を小さい順に並べたn番目の固有値λnが,nとともにどのように大きくなるのか,固有値の漸近分布について考えてみることにします.
 
  N(λ)=#{n|λn≦λ}
すなわち,λ以下の固有値λnの個数の分布関数に着目すると,
  π2(m2/a2+n2/b2)≦λ,m≧1,n≧1
したがって,λ→∞のとき,
  (1/√λ)^2N(λ)→(楕円の面積)
であり,楕円に含まれる格子点の個数となることが理解されます.ここに現れたような格子点数の計算は,一般に「数の幾何学」と呼ばれ,ミンコフスキーに始まるものです.
 
 同様にして,d次元の超直方体ではその(超)体積をVdとして,
  Nd(λ) 〜 cdVdλ^(d/2)   (λ→∞)
が成り立つことが理解されます.固有値の数の増大のしかたは,次元とともに指数関数的に増大するのですが,(2次元)曲面では
  N(λ) 〜 cλ
したがって,固有値はλのほぼ比例して存在することになります.
 
 ここで,c=cdは次元dのみに依存する定数ですが,
  cd=(2π)^(-d)π^(d/2)/Γ(d/2+1)
すなわち,λ→∞のとき,
  Nd(λ) 〜 (2π)^(-d)π^(d/2)/Γ(d/2+1)Vdλ^(d/2)
で表されるというのが,ワイルの公式の特別な場合です.
 
 なお,半径1のd次元超球の体積は,
  vd=π^(d/2)/(d/2)!=π^(d/2)/Γ(d/2+1)
で与えられますから,ワイルの公式は
  Nd(λ) 〜 (2π)^(-d)vdVdλ^(d/2) 〜 Cλ^(d/2)
と書くこともできます.
 
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【5】太鼓の形を聴きとれるか? (等スペクトル問題)
 
  Δf=λf
の固有値
  λ1≦λ2≦λ3≦・・・
が固有振動数を与え,対応する固有関数
  φ1,φ2,φ3,・・・
がそれぞれの固有振動数で振動する膜の変位の様子を与えてくれます.
 
 ワイルの定理とは,いわば「太鼓の音を聴けばその面積がわかる」というものですが,ここでは,歴史背景に思いを馳せてみましょう.1910年代,ワイルは太鼓の音からその面積を推定することが可能であることを証明しました(ワイルの法則).
 
 また,1930年代には音から周の長さも決定できることが示されました.
  Nd(λ) 〜 cdVdλ^(d/2)−cd-1/4Ad-1/4λ^((d-1)/2)
ここで,Ad-1はd次元多様体Vdの表面積を表します.
 
 面積や周長だけから正確に定義できる図形は円だけなので,円形の太鼓ならば音からその大きさを決定できることが解ったわけですが,しかし,面積も周長も等しいが形の異なる太鼓が,同じ音をもっているなどということがあり得るだろうか?という一般的な疑問には答えることができませんでした.
 
 1960年代になると,カッツは「ドラムの形は聴き分けられるか?」
  M. Kac, Can one hear the shape of a drum?, Amer. Math. Monthly, 73(1966),1-23
という論文を発表しました.カッツの問題とは,漸近挙動
  Nd(λ) 〜 cdVdλ^(d/2)
をもっと詳しく調べれば,太鼓の形についての幾何学的情報がすべて得られないだろうか?という問いかけです.カッツが提出した等スペクトル問題は,数学論文としてはめずらしく魅力的なタイトルがものをいって,大きな注目を集めこの問題を解こうという研究を大きく促すきっかけとなりました.等スペクトル問題は逆問題の特殊な例になっていて,この論文のタイトルが逆問題の有名な標語(スローガン)になったというわけです.
 
 カッツの論文により「太鼓の音から,その面積,周の長さ,穴の数が聴きとれる」ことが示されたのですが,これらの成果にもかかわらず,境界の形が円であるのか楕円であるのか,四角形か多角形かなのか,面の正確な形が推測できるかというさらに一般的な疑問には答えられませんでした.これが,マッキーンやシンガーなどの人々を触発し,その後の研究が展開する契機となりました.
 
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【6】等スペクトル多様体と跡公式
 
 数学者は1次元・2次元・3次元という一般的な空間だけにとらわれません.無限次元さえ考えるのですが,1964年,ミルナーは幾何学的には異なるけれども同じ音を出す16次元のドラムのペアを発見しました.また,別の数学者は異なる次元で等スペクトル多様体(等しい固有値をもち,リーマン多様体として異なる多様体)の例を発見しました.
 
 多様体がコンパクトのとき,ラプラシアン(楕円型偏微分作用素)
  Δ=∂^2/∂x1^2+・・・+∂^2/∂xn^2
のスペクトルは固有値のみからなり,多様体の幾何学的性質(曲率,体積,直径,閉測地線など)と固有値の分布状態は密接に関係することが明らかにされてきたのですが,カッツの提出した「音で太鼓の形が聞き分けられるか?」という有名な問題については,ミルナーなどによる否定的な研究がありました.それらの研究では空間型の特殊性を利用し,後述するヤコビの恒等式やセルバーグの跡公式のような精密な恒等式が重要な役割を果たしています.
 
 それを受けて,1984年,砂田利一(東北大学)は等スペクトル多様体をほとんど思うがままに作り出す画期的な方法を発見し,これによって低次元の実例を作り出すことが可能になりました.そして,カッツの反例となる等スペクトル多様体が構成できることを示したのです.
  T.Sunada, Riemannian coverings and isospectral manifolds, Ann. Math., 121(1985), 248-277
 
 砂田の方法では,跡公式と呼ばれるアイディアが使われているのですが,跡公式とは,有限次行列Aにおいて対角和=固有値の和,すなわち
  trA=Σλ
の左辺が解析的,右辺が幾何学的に得られたものであるように,ある作用素の跡を2通りの方法で計算することにより得られる等式であって,作用素とはいわば無限次行列のことと考えておくとよいと思われます.参考図書としては
  砂田利一「基本群とラプラシアン」紀伊国屋書店
を掲げておきます.
 
 跡公式のひとつの原型が非コンパクト型対称空間(特に上半平面)とそれに作用する離散群に対して,1956年,セルバーグにより定式化されたものです.跡公式がその美しさを最も発揮するのが負の定曲率曲面の場合で,セルバーグが重点的に扱ったのもリーマン面上の調和解析としての跡公式でした.
 
    R^2               H
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  Δ=∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2   Δ=-1/y^2(∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2)
  長方形とその面積        基本領域とその面積
  ポアソンの和公式        セルバーグ跡公式
  リーマンゼータ関数       セルバーグゼータ関数
 
 すなわち,上半平面Hでユークリッドラプラシアンに対応するものが双曲的ラプラシアンと呼ばれる作用素であり,R^2におけるリーマンゼータ関数に対応するものがセルバーグゼータ関数,ポアソンの和公式に対応するものがセルバーグの跡公式という対応になっていると考えられます.
 
 長い間,2次元の世界で等スペクトル多様体のペアを探しだすことはできませんでしたが,1991年には大きな進展がありました.ゴードンとその夫ウェッブは,ウォルポートからヒントを得て,面積と周長は等しいけれども形の違う,けれども同じ音をもつ2次元・3次元のペアを探し出すことに成功したのです.
  C.Gordon,D.Webb and S.Wolport, Isospectral plane domains.and surfaces via Riemannian orbits, Invent. Math., 110(1192), 1-22
 
 また,現在知られている最も単純な2次元図形はチャップマンによる8つの角をもつ図形です.
  S.J.Chapman, Drums that sound the same, Amer. Math. Monthly, 102(1995), 124-138
 
 浦川肇「ラプラス作用素とネットワーク」,裳華房には,これらの図形が図入りで詳しく書かれています.とはいえ,新たな問題も浮かび上がっています.たとえば,もっと単純な構造をもつもの,あるいは,滑らかな境界をもつドラムのペアは存在するであろうか? 等々.スペクトル幾何学の研究はやっと始まったばかりで,まだ多くの問題が残されているのです.
 
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【7】数論と幾何学の相互転化
 
 セルバーグ以来,跡公式については数多くの拡張および応用が得られています.跡公式は等スペクトル多様体の構成においても有用な役割を果たすのですが,跡公式の守備範囲はそれだけにはとどまりません.
 
 セルバーグの仕事の中でも暗示されているように,スペクトル問題は数論と類似する構造をもっていて,ゼータ関数あるいはL関数の幾何学的類似物をラプラシアンの固有値や閉測地線の長さの分布から構成することができます.そうすれば,リーマン面のゼータ関数であるセルバーグ・ゼータ関数はリーマン予想の類似物となり,数論におけるリーマン予想は幾何学的にはラプラシアンの小さい固有値の非存在の問題になるのです.以下に,対応表を掲げておきます.
 
   数論               幾何学
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  代数体           コンパクトなリーマン多様体
  素イデアル         素な閉測地線
  素数定理          素な閉測地線の長さ分布の密度定理
  リーマン予想        ラプラシアンの小さい固有値の非存在
 
 リーマンのゼータ関数について,簡単に復習しておきましょう.
  ζ(s)=Σn^(-s)
をリーマンのゼータ関数と呼びます.
 
 ζ(s)の重要な性質(の一部)は,テータ関数に関するヤコビの恒等式
  Σexp(−πm^2/t)=√tΣexp(−πm^2t)
すなわち,
  θ(t)=Σexp(−πm^2t)
とおくと,
  θ(1/t)=√tθ(t)
およびガンマ関数
  Γ(s)=∫(0,∞)t^(s-1)exp(−t)dt
から導出されます.
 
 これらを用いると
  ξ(s)=π^(-s/2)Γ(s/2)ζ(s)
      =∫(0,∞)1/2{θ(t)−1}t^(s/2-1)dt
      =π^(-(1-s)/2)Γ((1-s)/2)ζ(1−s)
より,関数等式
  ξ(s)=ξ(1−s)
が得られます.
 
 ゼータ関数は,オイラーの積表示
  ζ(s)=Π(1−p^(-s))^(-1)
を通して素数分布=#{n|素数p≦x}の問題に関係してきます.オイラーはオイラー積表示の関係式を用いて,素数が無限個あること,しかも自然数の中で相当な割合で現れるという事実を証明をしたのですが,これはギリシャ数学の単なる別証ではなく,その後の数学の発展に繋がるものだったのです.
 
 そして,有名な素数定理(PT)は,漸近分布の形で
  π(x)〜x/logx
と表すことができます.素数は無限個存在し,そして等差数列{a+kn}にも素数は無限に含まれるのですが,素数pでa+knの形のものの分布問題がディリクレの算術級数定理です.
  π(x;a,n)〜C・x/logx   C=1/φ(n)
 
 算術級数定理は素数定理を精密化したもので,初項aの取り方にはよらないのですが,ここで,オイラーの関数φ(n)は1からn−1までの整数のうち,nと互いに素になるものの個数
  φ(n)=#(Z/nZ)
として定義されます.たとえば,n=7の場合,1,2,3,4,5,6なのでφ(7)=6,n=10の場合1,3,7,9がそうなのでφ(10)=4となります.
 
 1760年頃,オイラーは,数nが素因数p,q,r,・・・をもつときに,それらの重複度にかかわらず,
  φ(n)=n(1−1/p)(1−1/q)(1−1/r)・・・
であることを示しました.この原理は「エラトステネスのふるい」によっているのですが,たとえば,10=2・5,44=2^2・11,100=2^2・5^2より,
  φ(10)=10(1−1/2)(1−1/5)=4
  φ(44)=44(1−1/2)(1−1/11)=20
  φ(100)=100(1−1/2)(1−1/5)=40
また,任意の素数pに対して,
  φ(p^n)=p^n(1−1/p)
したがって,
  φ(p)=p(1−1/p)=p−1
となります.
 
 なお,算術級数定理の証明にはディリクレのL関数
  L(s,χ)=Π(1−χ(p)p^(-s))^(-1)
    χは乗法群(Z/nZ)の1次元表現
が用いられます.
 
 跡公式とは非可換版のポアソンの和公式と考えられますが,数論的にみれば,素数とゼータの零点を橋渡しする公式の総称で,具体的には,
  Σf(p)=Σf~(λ)
の形の等式として書くことができます.ここで,f~はfから決まり,逆にfもf~から定まるフーリエ変換みたいなものと考えて下さい.
 
 正規分布のフーリエ変換は再び正規分布になりますから,まったく無関係に思われるヤコビの恒等式
  θ(1/t)=√tθ(t)
も,オイラー積=アダマール積
  Π(1−p^(-s))^(-1)=−π^(-s/2)/s(1−s)Π(1−s/λ)
も同じ範疇に属する公式であるということになります.
 
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【補】ダランベルシアン
 
 波動現象を記述する偏微分方程式は
  ∂^2u/∂t^2-v^2(∂^2u/∂x^2+∂^2u/∂y^2+∂^2u/∂z^2)=0
1次元の弦の振動では
  ∂^2u/∂t^2-v^2∂^2u/∂x^2=0
で与えられます.
 
 この偏微分方程式はダランベールが導き出したものとされており,偏微分作用素
  □=∂^2/∂t^2-v^2(∂^2/∂x^2+∂^2/∂y^2+∂^2/∂z^2)
  □=∂^2/∂t^2-v^2∂^2/∂x^2
はダランベルシアン(ダランベール作用素)と呼ばれています.ラプラシアン(ラプラス作用素)を△とおくと,ダランベルシアンは
  □=∂^2/∂t^2-v^2△
で表されます.
 
 また,熱方程式
  ∂s/∂t+∂^2s/∂x^2+∂^2s/∂y^2+∂^2s/∂z^2=0
  ∂s/∂t+∂^2s/∂x^2=0
において,熱作用素は
  L=∂/∂t+△
により定義され,時間変数に関して1階,空間変数に関して2階の微分を含んでいます.
 
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【補】散乱理論と逆問題
 
 逆問題は工学や医学など様々な面に現れ,実用上大切な問題ですが,数学的にはまだ十分解明されていない問題であるといえます.
 
 たとえば,弾丸が物体にあたって反射した際の散らばり方から物体の形を調べることは散乱論の基本的な問題ですが,この場合,物体の形を決めることは必ずしも可能ではありません.
 
 そのような例として,「ペンローズの茸」と呼ばれる障害物をもつ楕円状物体が知られています.ペンローズの茸では弾丸が入り込めないポケットがあり,弾丸の軌跡はその情報をもち得ないのです.
 
 それでは,物体に当てるものとして,弾丸の代わりに波を用いたらどうなるのでしょうか? すなわち,波を物体に当てて,散らばった波の遠方での挙動を調べることによって物体の形を調べるという問題です.
 
 この場合,△f=0でなく,
  □u=0
が成り立ちますが,実はこの解の振る舞いを調べると物体の形を決定できることが知られています.ペンローズの茸のような物体に対しても,入射した波は回折によって障害物の裏側のすみずみまで入り込み,そこの情報をもって外に出てくるというわけです.
 
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