■幾何の問題(PartU)

 PartTでは,ユークリッド幾何・非ユークリッド幾何・射影幾何・位相幾何・多次元幾何などから例題をとりましたが,PartUでは「微分幾何」の問題を取り上げることにします.微分幾何とは,微分可能多様体(鋭く曲がった面や先端をもたない曲がった空間)やプラトー問題(3次元ユークリッド空間の中に閉曲線Cを与えたとき,Cを境界とする極小曲面を求める)などを扱う研究分野です.
 
 たとえば,プラトー問題の解は物理的には石鹸膜として存在しますが,数学的にはどんな閉曲線に対しても存在するかどうかが問題となります.また,極小曲面が石鹸膜であったとき,膜の両側の気圧は等しい状態にあるのですが,膜の両側に気圧差があれば,平均曲率一定曲面に関連してきます.さりとて,平均曲率やらガウス曲率やらが出現するような問題は敷居が高く,下駄を履いてもクリアできそうにありません.したがって,今回取り上げた題材は,とっつきやすさを第一条件に選びました.
 
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【1】太鼓の形を聴けるか? (等スペクトル問題)
 
 太鼓の形を与えて太鼓の音を求める問題を順問題と呼びますが,これに対して,「太鼓の音を聞いて太鼓の形を推定する」問題は,逆問題の一例としてよく取り上げられるものです.実際,1次元(弦)ならば,その音を聞いて弦の形,すなわち,弦の長さを推定することができます.もっとも材質が違えば音色は異なるわけですが,この場合は音色ではなく,音の周波数(スペクトル)だけを問題とすることにします.それならば2次元(外周が固定された膜)ではどうでしょうか?→【ラプラシアンの固有値問題】
 
 歴史背景に思いを馳せてみましょう.1910年代,ワイルは太鼓の音からその面積を推定することが可能であることを証明しました(ワイルの法則).また,1930年代には音から周の長さも決定できることが示されました.
 
 面積や周長だけから正確に定義できる図形は円だけなので,円形の太鼓ならば音からその大きさを決定できることが解ったわけですが,しかし,面積も周長も等しいが形の異なる太鼓が,同じ音をもっているなどということがあり得るだろうか?という一般的な疑問には答えることができませんでした.
 
 1960年代になると,カッツは「ドラムの形は聴き分けられるか?」
  M. Kac, Can one hear the shape of a drum?, Amer. Math. Monthly, 73(1966),1-23
という論文を発表しました.カッツが提出した等スペクトル問題は,数学論文としてはめずらしく魅力的なタイトルがものをいって,大きな注目を集めこの問題を解こうという研究を大きく促すきっかけとなりました.等スペクトル問題は逆問題の特殊な例になっていて,この論文のタイトルが逆問題の有名な標語になったというわけです.
 
 数学者は1次元・2次元・3次元という一般的な空間だけにとらわれません.1964年,ミルナーは幾何学的には異なるけれども同じ音を出す16次元のドラムのペアを発見しました.また,別の数学者は異なる次元での例を発見しましたが,長い間,2次元の世界でそのようなペアを探しだすことはできませんでした.
 
 1984年,砂田利一(東北大学)は等スペクトル多様体をほとんど思うがままに作り出す画期的な方法を発見し,これによって低次元の実例を作り出すことが可能になりました.
  T.Sunada, Riemannian coverings and isospectral manifolds, Ann. Math., 121(1985), 248-277
 
 そして,1991年には大きな進展がありました.ゴードンとその夫ウェッブは,ウォルポートからヒントを得て,面積と周長は等しいけれども形の違う,けれども同じ音をもつ2次元・3次元のペアを探し出すことに成功したのです.
  C.Gordon,D.Webb and S.Wolport, Isospectral plane domains.and surfaces via Riemannian orbits, Invent. Math., 110(1192), 1-22
 
 また,現在知られている最も単純な2次元図形はチャップマンによる8つの角をもつ図形です.
  S.J.Chapman, Drums that sound the same, Amer. Math. Monthly, 102(1995), 124-138
 浦川肇「ラプラス作用素とネットワーク」,裳華房には,これらの図形が図入りで詳しく書かれています.
 
 とはいえ,新たな問題も浮かび上がっています.たとえば,もっと単純な構造をもつもの,あるいは,滑らかな境界をもつドラムのペアは存在するであろうか? 等々.スペクトル幾何学の研究はやっと始まったばかりで,まだ多くの問題が残されているのです.
 
【参考文献】
 浦川肇「ラプラス作用素とネットワーク」,裳華房
  第6章:ラプラシアンのスペクトル幾何
 
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【補】ラプラシアンの固有値問題
 この物理問題は,ある図形に対してそのラプラシアンの固有値を考えるという数学的問題となる.
 
 ラプラシアンとは
  Δ=-(d2/dx2+d2/dy2)
という微分作用素であり,ラプラシアンの固有値とは,ある関数fについて,
  Δf=λf
となるようなλのことである.逆にいうと,ラプラシアンの固有値が図形を知るための手がかりとなるのである.
 
 関数fを固有関数と呼ぶが,fを基本領域上の関数に限定することにより,固有値の分布に面白い性質が現れる.たとえば,一辺の長さがそれぞれa,bの長方形を基本領域とするディリクレ問題では,
  固有値: π2(m2/a2+n2/b2)
  固有関数:sin(mπx/a)sin(nπx/b)
で与えられる.
 
(証明)
 スケール・パラメータa,bを取り払って,単位正方形内で考えることにするが,この基本領域はトーラス面と同一視される.トーラス上の関数はx,yを整数だけ動かしても値が変わらないという性質をもつから,固有関数は
  f=exp{2πi(mx+ny)}   (m,nは整数)
という形になり,
  Δf=4π2(m2+n2)f
したがって,固有値は
  λ=4π2×(平方数の和)
という形をしており,固有値分布は平方数の和の分布と同じになる.
 
 また,スペクトルとは固有値と連続スペクトルの全体を指す.連続スペクトルとは,固有値と同じ式を満たすものでありながら,固有関数が必要条件(2乗可積分性)を満たさないため,固有値とは認められないものである.非コンパクト面(曲面の中に無限に伸びている部分がある場合)では,連続スペクトルが存在することが知られている.
 
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【2】等周不等式
 
 ここでは,膜の固有振動数の間に成り立つ不等式を見つける代わりに,等周不等式について説明します.
 
 平面凸集合に関して,周の長さLが一定で面積Aが最大の図形(面積が一定で周の最小な図形)は円であるという事実はよく知られています.そのことはL2 ≧4πAという不等式で表現されます.等号は円のときだけ成立します.
 
 同様に,3次元凸集合に対し,表面積をS,体積をVとするとS3 ≧36πV2 が成り立ちます.等号成立は球のときだけで,すべての立体中で球が表面積に対して最大の体積をもっています.
 
 そこで,等周不等式
  L2 ≧4πA
  S3 ≧36πV2
をどんな次元にも適用できるように公式化してみましょう.
 
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 球に相当するn次元の図形を超球と呼びます.n次元単位超球{x12+x22+・・・+xn2≦1}の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.
 
 n次元単位超球の体積Vn,その表面積を表面積Sn-1とすると,単位超球の表面積Sn-1はnVn,半径rのn次元球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となります.n次元単位超球の体積Vnを求めてみることにしましょう.
 
 まず,ガウス積分をn次元に拡張し,
  I=∫(-∞,∞)exp(-x1^2+x2^2+・・・+xn^2)dx1dx2・・・dxn
を考えると∫(-∞,∞)exp(-x^2)dx=π^(1/2)のn重積分より,直ちに
  I=π^(n/2)
を得ることができます.→【ガウス積分】
 
 次に,n次元ガウス積分を別の方法,すなわち,直交座標でなく極座標で求めてみます.ガウス積分の被積分関数を原点を中心とする半径rの球面上で積分し,次にr=0からr=∞まで積分すると,半径rの球面上で被積分関数は一定値exp(-r^2)をとり,表面積はnVnr^(n-1)ですから,
I=∫(0,∞)exp(-r^2)nVnr^(n-1)dr
=nVn∫(0,∞)r^(n-1)exp(-r^2)dr
z=r2と変数変換するとdz=2rdrより
I=nVn/2∫(0,∞)z^(n/2-1)exp(-z)dz
=Vnn/2Γ(n/2)    (n/2Γ(n/2)=Γ(n/2+1))
=VnΓ(n/2+1)
 
 したがって,
  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)
を得ることができます.また,Γ(m+1)=m!より,この結果は,形式的に
  Vn=π^(n/2)/(n/2)!
と書くことができます.
 
 nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,
 
n    Vn
1   2
2   3.14
3   4.19
4   4.93
5   5.263
6   5.167
7   4.72
8   4.06
9   3.30
10   2.55
 
 1次元から6次元までを具体的に書けば,
  Vn=2,π,4π/3,π2/2,8π2/15,π3/6
という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.また,超球の体積はn=5のとき最大8π2/15=5.2637・・・となり,以後は減少します.(次元を整数に限らなければ5.256次元で最大となり,そのときの体積は5.277・・・である.)
 
 Vn-1がわかれば,Vnは漸化式:
  Vn/Vn-1=Γ(1/2)Γ{(n+1)/2}/Γ(n/2+1)=B(1/2,(n+1)/2)
によって求めることができますが,この計算は面倒ですから,Vn-2との漸化式
  Vn/Vn-2=2π/n
を用いると任意のnに対して
  nが奇数であれば,Vn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!
  nが偶数であれば,Vn=(2π)^(n/2)/n!!
とも書けることも理解されます.
 
 そして,n→∞のとき,
  Vn/Vn-2=2π/n→0
  Sn-1/Sn-3=nVn/(n-2)Vn-2=2π/(n-2)→0
ですから,不思議なことに,単位球面の体積や表面積はn→∞のとき0に収束するのです.また,このことから,n次元単位超立方体[-1,1]^nにおいて,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.したがって,高次元において,超立方体内に一様分布する標本を考えるとき,低次元の場合とは対照的に,大部分のデータは超球外に位置することになります.また,ここで重要なのは,単位超球を超立方体中に置くと,次元が大きくなるにつれて隙間がより大きくなる点です.
 
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 さて,立体図形のS3 /V2 は平面図形のL2 /Aの相当していて,等周比あるいは等周定数と呼ばれます.半径rのn次元球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となりますから,等周比を無次元化するために,
  n次元等周比=表面積^n/体積^(n-1)
と定義すると,
  n次元等周比≧n^nVn=n^nπ^(n/2)/Γ(n/2+1)(=Cn)
を得ることができます.等号は超球のときに限ります.
 
 とくに,n=2のときとn=3のときについては,
  C2=4π,C3=36π
になること,すなわち,
  L2 ≧4πA
  S3 ≧36πV2
が証明されました.
 
 以下,
  C4=2^7π^2,C5=8/3*5^4π^2,C6=6^5π^3,・・・
となりますが,等周比が有理数(整数)×πの形となるのは,2次元・3次元だけのようです.
 
 なお,グラフについても等周定数は定義されますが,詳細は浦川肇「ラプラス作用素とネットワーク」,裳華房,第7章:ネットワークのスペクトル幾何をご参照下さい.
 
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【補】ガウス積分
 正規分布は一般的な誤差の分布関数で,その確率密度関数,累積分布関数はそれぞれ
  f(x)=1/√2πexp(-x2/2)=φ(x)
  F(x)=∫(-∞,x)f(t)dt=Φ(x)
と表されます.ここでは,正規分布の累積分布関数Φ(x)に関連して,
  I=∫(0,∞)exp(-x2)dx
の値を計算してみます.
 
 ケルビン卿の銘言に「数学者とは
  ∫(-∞,∞)exp(-x2)dx=√π
を1+1=2のように自明だと思っている人である」とあります.われわれは数学者ではありませんが,極座標を用いることによって,簡単に数学者になることができます.
 
  I^2=∫(0,∞)exp(-x2)dx∫(0,∞)exp(-y2)dy  (2重積分)
    =∫(0,π/2)∫(0,∞)exp(-r2)rdrdθ    (極座標変換)
より,結局,
  I=√π/2
となります.
 
 以前より,どうして正規分布に円周率πが現れるか疑問視しておられた方も多いと思いますが,極座標に変換することによって,πが自然に入り込んできます.また,ここでは2重積分を用いてガウス積分を解きましたが,複素積分を用いると,もっと直接的に角度と関係していることが理解され,
  ∫(-∞,∞)exp(-x2)dx=√π
がより自明なものになります.ともあれ,πは幾何のみならず,統計にも使われることになります.
 
 また,上式において,x2=tとおくとガウス積分とガンマ関数との面白い関係
  √π=2I=2∫(0,∞)exp(-x2)dx=∫(0,∞)exp(-t)/√tdt=Γ(1/2)
も得られます.
 
 なお,逆関数Φ-1(x)については
  ∫(0,1)Φ-1(x)dx=0
  ∫(0,1)[Φ-1(x)]^2dx=1
  ∫(0,1)xΦ-1(x)dx=1/(2√π)
が成り立ちます.
 
【補】次のような不等式も知られています.
 
【定理】平面上の等周問題
 1)卵円形の最大内接円の半径をr,最小外接円の半径をRとするとき,
  L2−4πA≧π2(R−r)2     等号は円のとき
 
 2)平面上の卵円形に対して,
  8π2A−[∫(x',x")^(1/3)dt]3≧0     等号は楕円のとき
 
【定理】単位球面上の等周問題
 単位球面上の卵円形について
  (2π−A)2+L2≧(2π)2     等号は大円のとき
 
【補】未解決の最大・最小問題
 等周比の点からいえば,5種の正多面体では正4面体が最も球に遠く,正20面体が最も球に近いことになります.それでは,f個の面をもつ多面体の中で等周比の最小値を与えるものはなんでしょうか.
 
 f=4,6,12ではプラトンの正多面体,すなわち,正四面体,立方体,正十二面体が最小値をとります.しかし,f=8で等周比の最小値をあたえるものは正八面体ではありません.f=20は未解決のまま残っています.
 
 また,正多面体の頂点は外接円上に分布していますが,どの2点の最短距離もできるだけ大きくなるような点の分布をなしているとは限りません.たとえば,6個あるいは12個の点の分布はそれぞれ正八面体と正20面体になりますが,8個の点については立方体にはならないからです.
 
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【3】定幅図形
 
 等周不等式は,考察する対象を定幅図形に制限したうえでも活発に研究されています.
 
 平面における定幅図形(いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形)は円だけではなく,そのような形状は無数にあります.定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であり,最小の面積をもつものはルーローの三角形です(ルベーグ1914年).
 
 ルーローの三角形とは,一辺の長さaの正三角形(2次元単体)の各頂点を中心にして半径aの円弧を描くと作られる,3つの円弧からなる等辺円弧三角形です.また,各角内に半径a+r,各対角内に半径rの円を描いても定幅曲線が得られます.正三角形の代わりに正(2q+1)角形についても同様です.
 
 また,ルーローの単体とは正四面体(3次元単体)の各頂点を中心にして辺長を半径として球面を描くと作られる定幅曲面です.ルーローの三角形を3次元に拡張した図形であり,マイスナーの凸体とも呼ばれます.体積が最小となる定幅図形と信じられていますが,証明されてはいません.一般に,3次元以上のd次元のとき,定幅で体積が最大のものはd次元球ですが,体積最小のものは解明されていないのです.
 
 さらにまた,円ではそのまわりに6個の円,球ではそのまわりに12個の球を配置できますが,ルーローの三角形では,そのまわりには7個のルーローの三角形を接触するように配置できます.→【kissing numberの問題】
 
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【補】kissing numberの問題
 1つの10円玉を机の上において,それと触れ合うようにかつお互いに重ならないようにして,6個の10円玉を置くことができます.1次元の球は区間であり,接触数は1次元のとき2個,2次元のとき6個であることは自明です.
 
 平面上で与えられるたいていの問題は,3次元あるいは高次元の空間で考察することができます.一般に,n次元ユークリッド空間において,1つの単位球に同時に接触することのできる単位球の最大個数τn は接吻数(kissing number)あるいは接触数(contact number)と呼ばれていて,最密充填構造と深い関連があります.
 
 10円玉の例からわかるようにτ2=6ですが,n≧3のとき,τn はどうなるでしょうか? まず,3次元の場合,単位球のまわりに面心立方格子状に単位球を置いた場合の接触点
  1/√2(±1,±1,0)
  1/√2(±1,0,±1)
  1/√2(0,±1,±1)
を考えてみると,これら12個の相異なる2点に対応するベクトルの内積は,−1,±1/2,0のいずれかであり,したがって,その間の角度(球面距離)は60度以上となりますから,これらの点で接するように12個の単位球を置くことができます.したがって,τ3≧12は直ちにわかります.
 
 実際,正20面体の12個の頂点に対して,そこで接するように12個の単位球を置くことができます.この場合,頂点間の角度は約63゜26′になり,12個の球は互いに接触しておりません.少しだけなら自由に動かせるという状況ですから,その隙間を一つに集めたらもう一個球が入るのではないでしょうか? ところが,これができるかできないかはあまり自明ではありません.
 
 球の最大接触数τ3については,1694年にニュートンとグレゴリーの間で議論され,ニュートンは12を,グレゴリーは13を主張したといわれています.結局,ニュートンは12個が最大であるという証明ができず,グレゴリーも13個並べたわけではないので,ニュートンの13球問題と呼ばれるこの論争は引き和けに終わりました.1874年,ホッペが12個が最大であることという証明を試みましたが,不備があり,ようやく完全な証明がなされたのは1953年,ファン・デル・ヴェルデンとシュッテによってです.つまり,3次元空間内で1つの球には同時に12個の球しか接することができません.3次元のときは12個という解が得られるまで非常に長い年月がかかったことになります.
 
 4次元の場合はどうなるでしょうか? 24個の面心立方格子状配置の接触点
  1/√2(±1,±1,0,0)
  1/√2(±1,0,±1,0)
  1/√2(±1,0,0,±1)
  1/√2(0,±1,±1,0)
  1/√2(0,±1,0,±1)
  1/√2(0,0,±1,±1)
で重ならないように置けるので,τ4≧24は明らかです.また,τ4≦25は示されていますが,現在でもτ4が24であるか25であるかは未解決です.
 
 τnの正確な値を決定する問題は大変難しく,4次元以上の高次元については,高度に対称的な格子状配置になっている8次元(240個)と24次元(196560個)の場合を除いて未解決であり,現在,正確な値が知られているのは,τ1=2,τ2=6,τ3=12,τ8=240,τ24=196560の5つだけなのです.
 
 少し詳細に調べていきましょう.4次元,5次元においては面心立方格子の類似品となりますが,6次元以上についてはそのようなことはもはや成立しなくなります.次元の上昇とともに,超球の間の隙間が大きくなっていくからです.8次元になると面心立方格子に十分な隙間ができるので,112個の接触点
  1/√2(0,・・・,±1,0,・・・,±1,0・・・)   (±1の個数は2つ)
と128個の隙間の点
  1/√8(±1,±1,±1,±1,±1,±1,±1,±1)   (+の個数は偶数)
に同じ大きさの球が詰め込み可能になります.専門的になりますが,τ8の240個の点はE8型の単純リー代数の240個のルート格子で実現されます.さらに,この詰め込みの断面が6次元と7次元のもっとも効率のいい格子状詰め込みを与えてくれます.
 
 また,1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子として知られるようになったものに基づいて,24次元空間の格子状詰め込みを構成しました.この詰め込みにおいては,なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています.τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています.
 
 こうして,n≦24のときのすでに知られている上界・下界がスローンらによって与えられています.
 
n     τn
1       2
2      6
3      12
4     24〜25
5     40〜46
6     72〜82
7    126〜140
8      240
9    306〜380
10    500〜595
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
24    196560
 
 球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論,ルート系,誤り訂正符号,有限単純群などの理論と関係し,最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています.とくに,リーチ格子の発見により,データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが,通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり,純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう.
 
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