■階乗や2項係数を含む級数の量子化

 2項定理は数学の基本的な定理の中でも最も重要な定理である.ここでは,nCkのことを(n,k)を書くことにするが,階乗や2項係数などを含んだ有限和では,たとえば
  Σ(n,k)=2^n
次数nの2項係数の和は2^nであるという有名な(古い?,由緒ある?)恒等式がある.これは,パスカルの三角形
  Σ(n,k)p^k・q^(n-k)=(p+q)^n
において,p=1,q=1とおくことにより簡単に導かれる.
 
 2項係数の2乗の和も非常に簡単である.  
  Σ(n,k)^2=(2n,n)
 
(証明)文字1,2,・・・,nからk個の文字の選び方は(n,k)通り.
文字n+1,n+2,・・・,2nからn−k個の文字の選び方は(n,n-k)通り.
したがって,そのような対の選び方は(n,k)(n,n-k)=(n,k)^2通り.
 一方,2n個の文字1,2,・・・,2nからn個の文字の選び方は(2n,n)通り.各kに対する上の対の選び方は1対1に対応しているから,その和Σ(n,k)^2は(2n,n)に等しい.
 
 では,3乗の和はどうなるのであろうか?
  Σ(n,k)^3=?
実はこれには単純な公式のないことが証明されている.(f(n)=Σ(n,k)^3の満たす漸化式は
  8(n+1)^2f(n)+(7n^2+21n+16)f(n+1)-(n+2)^2f(n+2)=0
であるが,閉形式の解はもたない.)
 
 比較的有名な有限級数をあげておくと,
  Σ(-1)^k(n,k)=0
  Σk(n,k)=n2^(n-1)
  Σ(2n-2k,n-k)(2k,k)=4^n
  Σ(-1)^k(2n,k)^3=(-1)^n(3n)!/(n!)^3
  Σ(-1)^k(a+b,a+k)(a+c,c+k)(b+c,b+k)=(a+b+c)!/a!b!c!
  Σ(-1)^k(2n,k)(2k,k)(4n-2k,2n-k)=(2n,n)^2
  Σ(i+j,i)(j+k,j)(k+i,k)=Σ(2j,j)   i+j+k=n
  Σ(-1)^(n+r+s)(n,r)(n,s)(n+r,r)(n+s,s)(2n-r-s,n)=Σ(n,k)^4
 
  Σ(-1)^k(2n,k)^3=(-1)^n(3n)!/(n!)^3
  Σ(-1)^k(a+b,a+k)(a+c,c+k)(b+c,b+k)=(a+b+c)!/a!b!c!
は前回のコラム「定数項予想入門」にもでてきたディクソンの有名な和公式であるが,とくに後者の恒等式は美しく覚えやすい形である(ディクソンの恒等式).
 
 また,
  Σ(n,k)(n+k,k)^2
  Σ(n,k)^2(n+k,k)^2
はそれぞれアペリがζ(2),ζ(3)の無理数性の証明に用いた数列であるし,
  Σ(n,k)(n+k,k)
はlog2の数列を構成する.→コラム「ゼータとポリログ関数」参照
 
 有名ではないが,次のようにゼータ関数に帰着する無限級数も知られている.
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
  3Σ1/n^2(2n,n)=ζ(2)
  12Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)=ζ(2)
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
 
 このことからζ(2),ζ(3),ζ(4),・・・がΣ1/n^k(2n,n)あるいはΣ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)の簡単な有理数倍になっている
 ζ(5)=R*Σ(-1)^(n-1)/n^5(2n,n)
と予想するのは当然の成りゆきであろう.ところが,予想に反して,Rはたとえ有理数であったにしても,簡単なものにはならないらしい.
 
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【1】2項定理のqアナログ
 
 熱放射に関するプランク分布は,数学的にみるとゼータ関数・ガンマ関数と関連していて,量子化の概念では
  1+x+x^2+x^3+・・・=1/(1−x)
  1+e^(-x)+e^(-2x)+・・・=1/(1-e^(-x))
など無限等比級数がしばしば登場する.このことについてはコラム「プランク分布と量子化の概念」を参照されたい.
 
 ところで,q→1とすることによって,
  1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・
は1,2,3,・・・,n,・・・に近づく.このことから逆に
  1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・
=(1−q)/(1−q),(1−q^2)/(1−q),(1−q^3)/(1−q),・・・,(1−q^n)/(1−q),・・・
は自然数のqアナログを与えていると考えることができる.
 
 qアナログは量子化の概念に非常によく似た形で与えられるといったほうがわかりやすいかもしれない.したがって,階乗n!のqアナログは
  Π(1-q^k)/(1-q)
となるが,2項係数(n,m)=n!/m!(n-m)!のqアナログ(q-2項係数)を
  [n,m]
と書くことにして,さらに
  (a;q)n=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))=Π(1-aq^k)
なる記号を導入すると
  (q;q)n=(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)=Π(1-q^k)
になるので,
  [n,m]=(q;q)n/(q;q)m(q;q)n-m
 
 このようにして,2項定理
  (1+z)^n=Σ(n,m)z^m
のqアナログは
  (1+z)(1+zq)・・・(1+zq^(n-1))=(-z;q)n= Σ[n,m]q^(m(m-1)/2)・z^m
と表すことができる.
 
 また,これよりq-2項級数は
  (az;q)∞/(z;q)∞=Σ(a;q)m/(q;q)m・z^m
ガンマ関数(階乗の一般化),ガウスの超幾何関数(2項級数の一般化)のqアナログも同様に与えることができて,
  q-ガンマ関数:Γq(x)=(q;q)∞/(q^x;q)∞(1-q)^(1-x)
  q-超幾何関数:2φ1(a,b,c:q,x)=Σ(a;q)m(b;q)n/(c;q)m(q;q)m・x^m
と定義される.
 
 q-超幾何関数はハイネの超幾何関数2φ1とも呼称される.ガウスの超幾何関数2F1は超幾何微分方程式
  x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)x}dy/dx-αβy=0
を満たすが,q-超幾何関数2φ1は類似の2階差分方程式をみたす.
 
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【2】ヤコビの3重積公式
 
  (a;q)∞=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))・・・=Π(1-aq^k)
を導入したついでに,ヤコビの3重積公式
  (x;q)∞(q/x;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・x^m
を示しておきたい.
 
 ヤコビの3重積公式において,x=qとすれば,ヤコビの3角数定理
  (q;q)∞(1;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m+1)/2)・x^m
となる.
 
 また,qをすべてq^3に置き換え,x=qとすれば,左辺は(q;q)∞となり,オイラーの5角数定理は
  (q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(3m+1)/2)・x^m
と表される.
 
 五角数定理はオイラーが分割関数p(n)の研究中に発見した関数等式である(1750年).オイラーの五角数定理はヤコビの三重積公式を使うとあっさり証明できるのであるが,五角数定理の完全な証明は,ヤコビのテータ関数や保型形式の理論の中に求められなければならない.
 
 しかし,ヤコビを待つまでもなく,オイラーは五角数定理を証明したのだが,オイラーはこの定理の予想から証明までにかれこれ10年を要した(発見は1741年,証明は1750年).その間,たとえ完全な証明は与えられなくとも正しいことは間違いないことを確信していて,結果の正しさについて,微塵の疑いも抱いていなかったようである.
 
 現在,五角数定理にはヤコビの三重積公式による証明やフランクリンによる組合せ的証明がある.オイラー自身による証明はヴェイユの「数論」に紹介されているのだが,梅田亨先生の解説によると,今日的な眼からすれば,オイラーの証明には無限次行列に対する跡公式と呼ばれるアイディアが使われているという.
 
 跡公式とは,行列Aにおいて対角和=固有値の和,すなわち
  trA=Σλ
の左辺が解析的,右辺が幾何学的に得られたものであるように,ある作用素の跡を2通りの方法で計算することにより得られる等式であって,作用素とはいわば無限次行列のことと考えておくとよいと思われる.
 
 2通りに計算するということを喩えていうならば,家計簿つけでまず行ごとの合計を求めそれを総計する,次に列ごとの合計を求めそれを総計する,そして計算が正しければその2つの計算結果は一致するはずというわけである.
 
 ヤコビの3重積公式はテータ関数そのものを表しているのであって,これから
  Σ(-1)^n・q^(n^2)=(q;q)∞/(-q;q)∞
  Σq^(n(n+1)/2)=(q^2;q^2)∞/(q;q^2)∞
  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞
  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞
  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞
  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞
  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
などの恒等式が得られる.
 
 このうち,後6者のq恒等式
  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞
  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞
  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞
  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞
  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
はロジャース・ラマヌジャン恒等式と呼ばれるものの例である.
 
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[参]三町勝久「ダイソンからマクドナルドまで」群論の進化・第4章,朝倉書店
 
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[補]ガンマ関数
 
  Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)e^(-t)dt  x>0
 無限積分Γ(x)をxの関数とみてガンマ関数といいます.
  Γ(1)=∫(0,∞)e^(-t)dt=1
  Γ(1/2)=∫(0,∞)t^(-1/2)e^(-t)dt
ここで,t=u^2とおくと∫(0,∞)e^(-u^2/2)du=√π/2(ガウス積分)より
  Γ(1/2)=√π
が得られます.
 
 オイラーの第2積分とも呼ばれるガンマ関数Γ(x)には,Γ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.
  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・
 
 したがって,xが正の整数nのときにはΓ(n+1)=n!が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.また,半整数のときには,
  Γ(n+1/2)=(2n)!/{2^(2n)n!}√π
です.
 
 なお,ガンマ関数Γ(x)はx>0について微分可能で,x=1.4616321449・・・で最小となります.
 
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[補]超幾何関数
 
 ガウスは,1812年に超幾何級数
  F(α,β,γ:x)=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
について非常に詳細な研究を行っていたことで知られています.この形の超幾何関数はガウスの超幾何関数と呼ばれ,
  2F1(α,β;γ:x)
で表されます.
 
 この級数が重要なのは,多くの既知の関数がこの級数で表されるという事実で,たとえば,
  log(1+x)=x2F1(1,1;2:−x)
  (1+x)^n=2F1(-n,β;β:x)
があげられます.
 
 また,
  F(α;γ:x)=1+α/γx+1/2!α(α+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
の場合を合流形超幾何関数(またはクンマーの超幾何関数)と呼び,
  1F1(α;γ:x)で表されます.
 
 一般に,F(x)=Σanx^nとおくと,a0=1で連続する2項の係数比
  an+1/an
が定数となる関数を超幾何関数と呼びます.
 
 超幾何関数はもっと一般化することが可能でp個の上部パラメータとq個の下部パラメータを有する超幾何関数は
  pFq(a1,a2,・・・,ap;b1,b2,・・・,bq;x)と表されます.
 
  an+1x^(n+1)/anx^n=(n+a1)(n+a2)・・・(n+ap)/(n+b1)(n+b2)・・・(n+bq)x/(n+1)
すなわち,超幾何関数は,項比が有理関数
  an+1x^(n+1)/anx^n=p(n)/q(n)・x/(n+1)
であるような級数にほかなりません
 
 なお,指数関数,対数関数,三角関数,2項関数,ベッセル関数,直交多項式列,不完全ガンマ関数,指数積分,ガウスの誤差関数なども超幾何級数であって,超幾何関数は一般に収束半径1をもちます.
 
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