■因数分解の算法(その10)

 ヤング図形は対称式の計算に役立つだけでなく,「群の表現論」と呼ばれる分野でも用いられ,テンソル積の計算など非常に便利なものになっている.群の表現論は現在も活発に研究され進歩している分野である.
 
 今回のコラムでは対称式とヤング図形について解説したいのだが,その前に前回積み残しの問題を片づけておきたい.
 
 前回のコラムでは,フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式
  n{A(a^n)−G(a^n)}
 =1/2(n−1)!{Σ(a1^(n-1)−a2^(n-1))(a1−a2)+Σ(a1^(n-2)−a2^(n-2))(a1−a2)a3+Σ(a1^(n-3)−a2^(n-3))(a1−a2)a3a4+・・・}
によって
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−a)^2
の形に分解できると考えるのが自然な解釈と思われること,しかし,
  P1=(a^2+ab+b^2+(a+b)(c+d)+2cd)/6
としても
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−a)^2
は成り立たないことを述べた.
 
 それでもa^4やabcdの項は出現するから,この線でだいたいあっているものと推察された.さて本題に入ろう.
 
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【1】フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式(その2)
 
  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2
  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2
と同様,フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式により
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−d)^2
の形で表されるはずである.
 
 フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式において,n=4のとき(係数1/2・1/3!は省略するが)
  Σ(a1^3-a2^3)+Σ(a1^2-a2^2)(a1-a2)a3+Σ(a1-a2)^2a3a4
となる.ここで,第1項
  Σ(a1-a2)^2(a1^2+a1a2+a2^2)
はa1,a2を置換することにより得られる4P2=12項の和,第2項
  Σ(a1-a2)^2(a1+a2)a3
はa1,a2,a3を置換することにより得られる4P3=24項の和,第3項
  Σ(a1-a2)^2a3a4
はa1,a2,a3,a4を置換することにより得られる4P4=24項の和として表される.
 
 ここで,第1項〜第3項までを同じの重みづけにすると,多項式P1〜P6は
  P1=(2(a^2+ab+b^2)+(a+b)(c+d)+2cd)/6
  P2=(2(a^2+ac+c^2)+(a+c)(b+d)+2bd)/6
  P3=(2(a^2+ad+d^2)+(a+d)(b+c)+2bc)/6
  P4=(2(b^2+bc+b^2)+(b+c)(a+d)+2ad)/6
  P5=(2(b^2+bd+d^2)+(b+d)(a+c)+2ac)/6
  P6=(2(c^2+cd+d^2)+(c+d)(a+b)+2ab)/6
で与えられる.
 
 実際,これらは
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−a)^2
を満たしている.
 
 同様に,n=5の場合,
  a^5+b^5+c^5+d^5+e^5−5abcde
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(a−e)^2+P5(b−c)^2+P6(b−d)^2+P7(b−e)^2+P8(c−d)^2+P9(c−e)^2+P10(d−e)^2
 
  P1=(3(a^3+a^2b+ab^2+b^3)+(a^2+ab+b^2)(c+d+e)+(a+b)(cd+ce+de)+3cde)/12
P2〜P10はこの巡回置換となるので省略する.
 
 n=6では
  a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6−6abcdef
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(a−e)^2+P5(a−f)^2+P6(b−c)^2+P7(b−d)^2+P8(b−e)^2+P9(b−f)^2+P10(c−d)^2+P11(c−e)^2+P12(c−f)^2+P13(d−e)^2+P14(d−f)^2+P15(e−f)^2
 
  P1=(12(a^4+a^3b+a^2b^2+ab^3+b^4)+3(a^3+a^2b+ab^2)(c+d+e+f)+2(a^2+ab+b^2)(cd+ce+cf+de+df+ef)+3(a+b)(cde+cdf+cef+def)+12cdef)/60
P2〜P15は省略.
 
[補]これらの検算は,畏友・阪本ひろむ氏にお願いし,Mathematicaで正しいことを確認してもらっている.
 
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  a1^n+a2^n+・・・+an^n−na1a2・・・an
において,
  a1=x1^2,a2=x2^2,・・・
とすると,
  x1^2n+x2^2n+・・・+xn^2n−nx1^2x2^2・・・xn^2
 =1/2(n−1)!{Σ(x1^2(n-1)−x2^2(n-1))(x1^2−x2^2)+・・・}
 =1/2(n−1)!{Σ(x1^2(n-2)+x1^2(n-3)x2^2+・・・+x2^2(n-2))(x1^2−x2^2)^2+・・・}
より,各項が(x1^2−x2^2)x1^(n-2)の平方の形の多項式となっていることがわかるだろう.
 
 n次形式が2次形式に変換されたというわけであるが,
  a1=x1^2,a2=x2^2,・・・
とおける場合,たとえば
  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2
は1個の多項式の平方の形に書けるし
  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2
ならば9個の多項式の平方の和,また,
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−d)^2
  P1=(2(a^2+ab+b^2)+(a+b)(c+d)+2cd)/3
は各Piが8個の平方の和であるから,48個の実数係数多項式の平方の和となることが理解される.
 
 もしこの式を
  P1=((a+b+c+d)^2+a^2+b^2−c^2−d^2−(a+b)(c+d))/3
と変形すれば,各Piは9個の平方の和であるから54個の実数係数多項式の平方の和になる.このことより
  F=ΣPi^2
の表し方は1通りではないことがわかる.
 
 同様に,
  a^5+b^5+c^5+d^5+e^5−5abcde
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(a−e)^2+P5(b−c)^2+P6(b−d)^2+P7(b−e)^2+P8(c−d)^2+P9(c−e)^2+P10(d−e)^2
 
  P1=(3(a^3+a^2b+ab^2+b^3)+(a^2+ab+b^2)(c+d+e)+(a+b)(cd+ce+de)+3cde)/12
では各Piが20個の平方の和であるから,全体で200個の実数係数多項式の平方の和となる.
 
  a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6−6abcdef
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(a−e)^2+P5(a−f)^2+P6(b−c)^2+P7(b−d)^2+P8(b−e)^2+P9(b−f)^2+P10(c−d)^2+P11(c−e)^2+P12(c−f)^2+P13(d−e)^2+P14(d−f)^2+P15(e−f)^2
 
  P1=(12(a^4+a^3b+a^2b^2+ab^3+b^4)+3(a^3+a^2b+ab^2)(c+d+e+f)+2(a^2+ab+b^2)(cd+ce+cf+de+df+ef)+3(a+b)(cde+cdf+cef+def)+12cdef)/60
の場合は各Piが54個の平方の和であるから,810個の実数係数多項式の平方の和で表される.
 
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 ここで,2n次の2n{A(x^2n)−G(x^2n)}:
  F=x1^2n+x2^2n+・・・+x2n^2n−2nx1x2・・・x2n
について考えてみよう.
 
  [参]ハーディ・リトルウッド・ポーヤ「不等式」シュプリンガー・フェアラーク東京
の方法:
  F=x1^2n+・・・+xn^2n−nx1^2・・・xn^2
   +xn+1^2n+・・・+x2n^2n−nxn+1^2・・・x2n^2
   +n(x1・・・xn−xn+1・・・x2n)^2
より,
  x^4+y^4+z^4+w^4−4xyzw
 =x^4+y^4−2x^2y^2+z^4+w^4−2z^2w^2+2(xy−zw)^2
 =(x^2−y^2)^2+(z^2−w^2)^2+2(xy−zw)^2
は1・2+1=3個の多項式の平方の和であり,また,
  x^6+y^6+z^6+u^6+v^6+w^6−6xyzuvw
 =x^6+y^6+z^6−3x^2y^2z^2+u^6+v^6+w^6−3u^2v^2w^2+3(xyz−uvw)^2
 =1/2(x^2+y^2+z^2){(y^2−z^2)^2+(z^2−x^2)^2+(x^2−y^2)^2}+1/2(u^2+v^2+w^2){(v^2−w^2)^2+(w^2−u^2)^2+(u^2−v^2)^2}+3(xyz−uvw)^2
は9・2+1=19個の多項式の平方の和となる.
 
 2n=4,2n=6の場合は簡単な明示的2次形式となったが,2n=8では
  a^8+b^8+c^8+d^8+p^8+q^8+r^8+s^8−8abcdpqrs =a^8+b^8+c^8+d^8−4a^2b^2c^2d^2+p^8+q^8+r^8+s^8−4p^2q^2r^2s^2+4(abcd−pqrs)^2
となり,因数分解できない形
  x^4+y^4+z^4+w^4−4xyzw
が現れるため,明示的な2次形式とするためには
  48・2+1=97項
にもなってしまう.
 
 2n=10,2n=12の場合もそれぞれ
  200・2+1=401項
  810・2+1=1621項
となり簡単な形にはならないのだが,それでは最小項数の2次形式の和として表すためにはどのようにすればよいのだろうか?
 
  [参]ハーディ・リトルウッド・ポーヤ「不等式」シュプリンガー・フェアラーク東京
の計算法は,例えば,3n次の3n{A(x^3n)−G(x^3n)}:
  F=x1^3n+x2^3n+・・・+x3n^3n−3nx1x2・・・x3n
にはうまく拡張できないので,2n次の場合
  F=x1^2n+x2^2n+・・・+x2n^2n−2nx1x2・・・x2n
   =x1^2n+・・・+xn^2n−nx1^2・・・xn^2
   +xn+1^2n+・・・+x2n^2n−nxn+1^2・・・x2n^2
   +n(x1・・・xn−xn+1・・・x2n)^2
が最善なのかもしれないが,まだまだ疑問が残るところである.
 
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【2】算術平均・幾何平均の不等式
 
  (a1+a2+・・・+an)/n≧(a1a2・・・an)^(1/n)
また,もっと一般的には,δ1,・・・,δnを
  δ1+・・・+δn=1
を満たす重みとすると
  δ1a1+δ2a2+・・・+δnan≧a1^δ1a2^δ2・・・an^δn
が有名な算術平均・幾何平均不等式である.ここで,簡単な演習問題を解いてみよう.
 
 算術平均・幾何平均不等式のもっとも単純な場合が
  (a+b)/2≧√ab
であるが,これより
  a^2+b^2≧2ab
 
 算術平均・幾何平均不等式の巡回置換
  a^2+b^2≧2ab,b^2+c^2≧2bc,c^2+a^2≧2ca
を加えると
  a^2+b^2+c^2≧2ab+2bc+2ca
一方,これらをかけ合わせると,
  (a^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+a^2)≧8a^2b^2c^2
 
 また,
  a^4+b^4≧2a^2b^2
  c^4+d^4≧2c^2d^2
を辺々を加えると,
  a^4+b^4+c^4+d^4≧2(a^2b^2+c^2d^2)
右辺に対して,算術平均・幾何平均不等式を用いると,
  a^4+b^4+c^4+d^4≧4abcd
が得られる.
 
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【3】対称式とヤング図形
 
 対称式の計算は,ヤング図形を用いて見通しよく行うことができる.この節の目的はヤング図形を用いて対称式のかけ算を見通しよく行うことであるが,その計算法はヤング図形のテンソル積で定義される.
 
 とはいっても,具体的な方法については割愛せざるを得ないのだが,
  [参]硲文夫「代数学」森北出版
に非常にわかりやすい解説があるので,それをご覧頂きたい.
 
 さて,対称式の基本定理より,n変数のどんな対称式も基本対称式を用いて表すことができる.たとえば,2変数の場合,
  α1^2+α2^2=(α1+α2)^2−2α1α2
  α1^3+α2^3=(α1+α2)^3−3(α1+α2)α1α2
  α1^2α2+α1α2^2=(α1+α2)α1α2
など.
 
 2変数の場合,α1+α2やα1α2が基本対称式であるが,n変数の場合の基本対称式は
  σ1=x1+・・・+xn   (項数nC1)
  σ2=x1x2+・・・+xn-1xn   (項数nC2)
  σ3=x1x2x3+・・・+xn-2xn-1xn   (項数nC3)
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  σn=x1x2x3・・・xn   (項数nCn)
となる.
 
 単項式
  x1^a1x2^a2・・・xn^an   (a1≧a2≧・・・≧an≧0)
において,x1,x2,・・・,xnを置換して加えて得られる多項式を
  (a1a2・・・an)
と表すことにする.
 
 この記号を用いると
  σ1=x1+・・・+xn=[1,0,0,・・・,0]=(1)
  σ2=x1x2+・・・+xn-1xn=[1,1,0,・・・,0]=(11)=(1^2)
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  σn=x1x2x3・・・xn=[1,1,1,・・・,1]=(111・・・1)=(1^n)
のように表すことができる.0はあってもなくても同じものを表している.
 
 また,この記号の表す式は変数の個数nが決まれば一意に定まる.しかし,逆にいうとnが変わると異なり,たとえば,(41)は,n=2のとき
  (41)=x1^4x2+x1x2^4
であるが,n=3のときは
  (41)=x1^4x2+x1^4x3+x2^4x1+x2^4x3+x3^4x1+x3^4x2
となる.
 
 (41)のヤング図形は
  □□□□
  □
で表されるのだが,任意の対称式は基本対称式を用いて表すことができるという「対称式の基本定理」は,任意のヤング図形を
  (1),(1^2),(1^3),(1^4),・・・
すなわち
  □,□,□,□,・・・
    □ □ □
      □ □
        □
で表せるということと同値である.
 
 (41),すなわち
  □□□□
  □
の場合は
  □|□|□|□
  □|
のように縦に切り分けて,分けたもの同士のかけ算を行うことになる.
 
 そこで(ほとんど説明なしにではあるが)
  [参]硲文夫「代数学」森北出版
に掲載されているヤング図形とテンソル積の計算例を紹介しておきたい.
 
 たとえば,ヤング図形のテンソル積を用いると
  □×□=□□+3□
  □   □   □
          □
すなわち,
  (1^2)×(1)=(21)+3(1^3)
となるのだが,これはn=2のとき
  x1x2(x1+x2)=x1^2x2+x1x2^2
n=3のとき
  (x1x2+x1x3+x2x3)(x1+x2+x3)=x1^2x2+x1^2x3+x2^2x1+x2^2x3+x3^2x1+x3^2x2)+3x1x2x3
n=4のとき
  (x1x2+x1x3+x1x4+x2x3+x2x4+x3x4)(x1+x2+x3+x4)=x1^2x2+x1^2x3+x1^2x4+x2^2x1+x2^2x3+x2^2x4+x3^2x1+x3^2x2+x3^2x4+x4^2x1+x4^2x2+x4^2x3+3(x1x2x3+x1x2x4+x1x3x4+x2x3x4)
を意味していて,
  (1^2)×(1)=(21)+3(1^3)
が変数の数によらず常に成り立つことを示している.
 
 このテンソル積は一般化することができて
  (1^3)×(1)=(21^2)+4(1^4)
  (1^n)×(1)=(21^(n-1))+(n+1)(1^(n+1))
また,ここで得られた
  (21)=(1^2)×(1)-3(1^3)
はヤング図形を基本対称式を用いて表したものと考えることができるが,一般の場合に拡大していくことができる.ヤング図形は対称式の基本定理の証明にも用いられるというわけである.
 
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 最後に,
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−d)^2
にもう一度戻ってみることにするが,この式は置換(a←→b)しても変化しないのでPiには自ずと制約があるだろう.
 
 そこでもしP1〜P6を同じ多項式(=P0)と仮定すると
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P0{(a−b)^2+(a−c)^2+(a−d)^2+(b−c)^2+(b−d)^2+(c−d)^2}
 =P0{3(a^2+b^2+c^2+d^2)−2(ab+ac+ad+bc+bd+cd)}
 
 この問題はヤング図形との関係でいえば,
  a^4+b^4+c^4+d^4=(4)
  abcd=(1^4)
  a^2+b^2+c^2+d^2=(2)
  ab+ac+ad+bc+bd+cd=(1^2)
より,
  (4)-4(1^4)=P0{3(2)-2(1^2)}
となるような2次同次式P0を求めよという問題になるのである.
 
 もっとも,同じ多項式(=P0)と仮定すると
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
が因数分解できることになるので矛盾してしまうので,良い例とはいえないが・・・.なお,
  [参]野海正俊「パンルヴェ方程式」朝倉書店
には,ヤング図形と1:1対応するマヤ図形についての解説もあるので,併せて読まれるとよいであろう.
 
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