■代数学小史(ホのホ)

 
 これまで閑話休題では幾何の問題を取り上げることが多かったのですが,前回のコラムの補足で「判別式」,「基本対称式におけるニュートンの方法」など初めて代数の問題を取り上げました.そこで,今回のコラムでは,補足の補足として,有名な「5次方程式の問題」を取り上げることにしました.
 
 1次方程式:ax+b=0の解はx=−b/aのように分数の形で求められますが,2次方程式の根の公式は紀元前二千年頃のバビロニアで求められました.方程式論四千年の歴史の幕開けです.その後,しばらくの間をおくことになるのですが,3次方程式,4次方程式は16世紀になって(1515年〜1540年ころ)それぞれフォンタナ(タルタリア),フェラーリによって肯定的に解かれ,根の公式が求められています.
 
 そこで,次の問題は5次方程式:
  ax^5+bx^4+cx^3+dx^2+ex+f=0
の代数的解法,すなわち四則演算+,−,×,÷と根号√,3√,4√,・・・によって解を求めることでした.いまからほとんど4世紀も昔の問題です.
 
 5次方程式の根の公式に対してはオイラーやラグランジュなど多くの数学者が挑戦したのですが,だれ一人として成功しませんでした.それでも18世紀の終わりまで根の公式は求まるものと信じられてきたのですが,じつはこれには正当な理由があり,そもそも不可能な問題であったのです.
 
 結局,19世紀になってから,5次以上の一般代数方程式は代数的に(四則と累乗根によって)解けないことが,二人の若い数学者,アーベルとガロアによって否定的に解かれ,根の公式は存在しないことが証明されています.
 
 5次方程式の問題は,今となっては教科書その他でしばしば解説される古典的問題なのですが,一方において,現代代数学は高度に抽象化された体系をなし,一般の人にとって(無論,私にとっても)とっつきにくいものとなってしまいました.したがって,この問題を自分にも理解できる範囲で,わかりやすく解説することはあながち無意味なことではなかろうと考えられます.
 
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【1】2次方程式の解法(古代バビロニア)
 
 2次方程式:
  ax^2+bx+c=0
の根の公式:
  x=(−b±√D)/2a,D=b^2−4ac
は紀元前二千年頃のバビロニアで求められています.
 
 Dは2次方程式の判別式ですが,
  ax^2+bx+c=a{(x+b/2a)^2−D/4a^2}
ここで,x+b/2a=u,D/4a^2=v^2とおいて,完全平方式=定数という形の方程式を作り,
  u^2−v^2=(u+v)(u−v)
を適用して上記の根の公式を得ていることは,ここの読者にとっては釈迦に説法と思われます.
 
 以上のことを数式的表現ではなくて,図形的に解釈すると,
  『x^2+b/ax=x(x+b/a)は長方形の面積と解釈される.これを変形して一辺がx+b/2aの正方形を作る.この正方形の面積は長方形の面積(=−c)と一辺がb/2aの正方形の面積との和でS=D/4a^2となる.』と解釈し直すことができます.
 
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 1次方程式を解くために有理数(分数)を考え,2次方程式を解くために無理数(と複素数)を考え,3次方程式を解くために実数から複素数へと数の世界は拡大されました.ガウスが1799年に証明した代数学の基本定理によって,n次方程式はnがどんな値のときでも,複素数の範囲でなら必ず根の存在は保証されているわけです.
 
 さて,2次方程式の根の公式(根を係数で表す式)は,与えられた方程式の係数と加減乗除および根号をとるという手続きのみを用いて書かれています.このような公式をn次方程式についても導き出したいのですが,これ以降は,n次方程式根の公式を係数についての加減乗除とn乗根(n≧2)をとるという手続きのみを用いて表すという問題,すなわち,根の公式の存在証明について考えることにします.
 
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【2】3次方程式の解法(カルダノの方法)
 
 3次方程式:
  ax^3+bx^2+cx+d=0
の場合は,2次方程式のようにな完全立方式=定数の形にすることは難しそうですが,x^2の項の係数はx’=x+b/3aと変数変換(カルダノ変換)することによって簡単に消すことができます.
 
  ax^3+bx^2+cx+d=a{(x+b/3a)^3+p(x+b/3a)+q}
ここで,
  p=(3ac−b^2)/3a^2,
  q=(2b^3−9abc+27a^2)/27a^3,
  u=x+b/3a
とおけば,
  u^3+pu+q=0
となり,uについては2次の項がなく,3次,1次,定数項が残りますから,因数分解の公式
  a^3+b^3+c^3−3abc
 =(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
 =(a+b+c)(a+bω+cω^2)(a+bω^2+cω)
が使えそうです.ここで,ωは1の3乗根:{(-1+√(-3)}/2であり,
  ω^3=1
また,
  x^3−1=(x−1)(x^2+x+1)
      =(x−1)(x−ω)(x−ω^2)
と因数分解できますから,ω^2+ω+1=0を満たしています.
 
  a^3+b^3+c^3−3abc=a^3−3bca+(b^3+c^3)
したがって,既知の数p,qに対して
  p=−3bc,
  q=b^3+c^3
を満たすb,cが求められれば,
  u=−(b+c),−(bω+cω^2),−(bω^2+cω)
すなわち,解
  x=−b/3a−(b+c)
  x=−b/3a−(bω+cω^2)
  x=−b/3a−(bω^2+cω)
が得られたことになります.
 
  b^3+c^3=q,
  b^3c^3=−p^3/27
ですから,b^3,c^3は2次方程式:
  v^2−qv−p^3/27=0
の解として定めることができます.
 
 このように,カルダノの方法として知られている3次方程式の根の公式では未知数を変換して2次の項をなくした方程式に変換し,最終的に2次方程式に帰着させます.本質的には,2次方程式の解法で使った正方形の分割を,そっくりそのまま立方体の分割に応用して3次方程式を解くという幾何学的アイデアに基づいています.すなわち,平方完成の原理を立体図形にまで高めたのがカルダノの方法なのです.
 
 実は,真の発見者はカルダノではなく,フォンタナ(通称タルタリア:タルタリアというのはどもる人という意味で彼のニックネームだった)の発見した解法であるというエピソードはいろいろな数学史の書物に取り上げられているのでご存じの方も多いと思われます.
 
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 ここではx^2の項の係数を0にする変数変換(カルダノ変換)によって,
  u^3+pu+q=0
の形にして,このp,qを用いた形で3次方程式の根の公式を与えましたが,2次方程式の場合と同様に「3次方程式の判別式」を使っても書くことができることを示しておきます.
 
 3次方程式をx^3+bx^2+cx+d=0とおいても,一般性は失われません(もし,x^3の係数がa≠1ならば,aで両辺を割ればこの形になる).この方程式の判別式は,
  D=−4c^3−27d^2+18bcd+b^2c^2−4b^3d→【補】
 
 また,
  B=−2b^3+9bc−27c,
  u^3={B+3√(−3D)}/2,
  v^3={B−3√(−3D)}/2
とおくと,x^3+bx^2+cx+d=0の3根は,判別式Dを使って
  x1=(−b+u+v)/3,
  x2=(−b+ω^2u+ωv)/3,
  x3=(−b+ωu+ω^2v)/3
で与えられます.
 
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【3】4次方程式の解法(オイラーの方法)
 
 引き続いて,4次方程式:
  ax^4+bx^3+cx^2+dx+e=0
では,x=u−b/4aとおけば,
  u^4+pu^2+qu+r=0
  p=(8ac−3b^2)/8a^2
  q=(b^3−4abc+8a^2d)/8a^3
  r=(−3b^4+16ab^2c−64a^2bc+256a^3e)/256a^4
というように3次の項を欠いたuに関する4次方程式が得られます.カルダノ変換によって,まず3次の項を消すのです.
 
 また,因数分解の公式
  a^3+b^3+c^3−3abc
 =(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
 =(a+b+c)(a+bω+cω^2)(a+bω^2+cω)
は,巡回行列式
    |a b c|
  Δ=|c a b|=a^3+b^3+c^3−3abc
    |b c a|
より得られるのですが,それと同様に,
    |a b c d|
  Δ=|d a b c|
    |c d a b|
    |b c d a|
   =a^4+b^4+c^4+d^4−2(a^2b^2+a^2c^2+a^2d^2+b^2c^2+b^2d^2+c^2d^2)+8abcd
   =(a+b+c+d)(a+b−c−d)(a−b+c−d)(a−b−c+d)
と因数分解できることを利用することにしましょう.
 
  u^4−2(x^2+y^2+z^2)u^2+8xyzu+x^4+y^4+z^4−2(x^2y^2+x^2z^2+y^2z^2)
 =(u+x+y+z)(u−x−y+z)(u−x+y−z)(u+x−y−z)
すなわち,uの4次式でu^3の項を欠いており,因数分解できる恒等式となっています.読者のなかにはこの式に対称の美を感じる人もいるのでしょうが,それにしてもずいぶん荘厳な(いかめしい)式です.
 
 ともあれ,
  p=−2(x^2+y^2+z^2),
  q=8xyz,
  r=x^4+y^4+z^4−2(x^2y^2+x^2z^2+y^2z^2)
なるx,y,zが見いだされれば,解は
  u=−x−y−z
  u=x+y−z
  u=x−y+z
  u=−x+y+z
となることがわかります.
 
 ここで,X=x^2,Y=y^2,Z=z^2とおけば,
  X+Y+Z=−p/2
  XYZ=(q/8)^2
  XY+YZ+ZX={(X+Y+Z)^2−(x^4+y^4+z^4)}/2=(p^2/4−r)/4
より,X,Y,Zは
  U^3+p/2U^2+(p^2/4−r)/4U−q^2/64=0
の解ということになりますから,3次方程式の根の公式に帰着され,係数で具体的に表せることが理解されます.
 
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【4】4次方程式の解法(フェラーリの方法)
 
 以上が3次方程式の解法に類似したオイラーの方法ですが,4次方程式の解法を初めて発見したのはフェラーリですからから,その解法も述べておかなければなりません.
 
 3次の項を欠いた4次方程式
  u^4+pu^2+qu+r=0
すなわち,
  u^4=−pu^2−qu−r
の両辺に2次式:2vu^2+v^2を加えて,
  u^4+2vu^2+v^2=(2v−p)u^2−qu+v^2−r
とすると,左辺は(u^2+v)^2となって完全平方になります.
 
 右辺の2次式は,判別式
  D=q^2−4(2v−p)(v^2−r)=0
のとき完全平方になりますから,D=0が成り立つようにvを定めると
  u^2+v=±√(2v−p){u−q/2(2v−p)}
と変形され2つの2次方程式に帰着されます.
 
 D=0の式を,vについて整理すると,
  8v^3−4pv^2−8rv+(4pr−q^2)=0
の解として求まることになりますから,結局,フェラーリは次数4の方程式は2次方程式と3次方程式に帰着させることができ,したがって平方根と立方根によって解けることを発見したのです.
 
 フェラーリの方法は平方完成によるものですが,図形的に解釈すると,4次元の超立方体の分割によるものではなく,正方形の分割を2度適用することに基づいています.
 
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【5】4次方程式の解法(デカルトの方法)
 
 それに対して,デカルトの方法とは
  u^4+pu^2+qu+r=(u^2+ku+l)(u^2−ku+m)
と2つの2次方程式に因数分解する方法です.
 
 両辺の係数を比較すると,
  l+m−k^2=p
  k(m−l)=q
  lm=r
より
  l=(p+k^2−q/k)/2
  m=(p+k^2+q/k)/2
 
 l,mを消去すると
  k^6+2pk^4+(p^2−4r)k^2−q^2=0
この方程式は6次方程式ですが,k^2=Kとおけば,Kについての3次方程式になりますから解くことができ,したがって,
  (u^2+ku+l)(u^2−ku+m)=0
の解として求まることになります.
 
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【6】5次方程式への挑戦(チルンハウスの方法)
 
 そこで,次の問題は5次方程式:
  ax^5+bx^4+cx^3+dx^2+ex+f=0
の代数的解法,すなわち四則演算+,−,×,÷と根号√,3√,4√,・・・によって解を求めることでした.いまからほとんど4世紀も昔の問題です.
 
 一般に,n次方程式:
  anx^n+an-1x^(n-1)+・・・+ a1x+a0=0
に対してx’=x+an-1 /nan と変換(カルダノ変換)するとx^(n-1)の項が0である方程式に還元できます.3次方程式では2次の項,4次方程式では3次の項を欠いた方程式に変形しましたが,ではもっと低次の項の係数を0にできないか?と考えるのは自然な発想でしょう.
 
 カルダノ・オイラー・フェラーリ・デカルトの解法は,いずれもカルダノ変換から説明される方法ですが,チルンハウスとその弟子たちは,
  x^5+a1x^4+a2x^3+a3x^2+a4x+a5=0
に対して
  y=x^4+b1x^3+b2x^2+b3x+b4
という変換を行い,うまくb1,・・・,b4を選ぶ方法を考えました(チルンハウス変換).すなわち,根の整式の範囲を超えて,根の分数式にまで考察の対象を拡大したのです.
 
 そうすることによって,一般の5次方程式を
  x^5+px+q=0
まで還元できることが判りました.この形は根と係数の関係を発見したジラールにちなんでジラールの標準形と呼ばれているのですが,ここでp=0ならば−qの5乗根としてxは求まります(q=0ならば4次方程式に帰着できます).しかし,さらにp=0にしようとすると,6次方程式を解く必要が生じて,問題がかえって難しくなってしまいました.
 
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 その後も,5次方程式の根の公式に対しては,オイラーやラグランジュなど多くの数学者が挑戦したのですが,だれ一人として成功しませんでした.
 
 ラグランジュは4次方程式までと同様の方法を5次方程式に試みて失敗したのですが,一般のn次方程式のn個の根x1,x2,・・・,xnと1のn乗根ζの式:
  Σζ^(k-1)xk
を根とする方程式の性質を詳しく考察し,方程式論に置換群の概念を導入した意義は重要です.ラグランジュの基本的なアイディアは,これまで研究されてきた方程式の根の公式を対称性の視点から見つめ直すことにあったのです.
 
 さらに,ルフィーニは置換群を分類し,5次の置換群の位数を決定しました.これらが布石となって,次第に完全な証明に近づいていくのですが,いよいよそれを証明する人が登場します.
 
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【7】不可能の証明(アーベル)
 
 ノルウェーの数学者,アーベルは5次の一般代数方程式がベキ根によっては解けないことを初めて証明したのです.5次がダメなら5次以上もダメですから,結局,5次以上の方程式には,係数の間の四則と累乗根を使って表す根の公式はないことになります.
 
 その際,アーベルは,「ニュートンの恒等式」を援用して方程式論を形成したことになるのですが,ここでは基本対称式とベキ和を結びつけているニュートンの恒等式について簡単に述べておきたいと思います.
 
 一般のn次方程式:
 f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=a0Π(x−αi)=0
の根と係数の関係は,
  α1+・・・+αn=−a1/a0
  α1α2+・・・+αn-1αn=a2/a0
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  α1α2α3・・・αn=(−1)^nan/a0
(ジラール)ですが,対称式の基本定理より,n変数のどんな対称式も基本対称式を用いて表すことができます.たとえば,2変数の場合,
  α1^2+α2^2=(α1+α2)^2−2α1α2
  α1^3+α2^3=(α1+α2)^3−3(α1+α2)α1α2
  α1^2α2+α1α2^2=(α1+α2)α1α2
など.
 
 そこで,n変数対称式:
  pj=α1^j+α2^j+・・・+αn^j
を基本対称式:
  σ1=α1+・・・+αn
  σ2=α1α2+・・・+αn-1αn
  σ3=α1α2α3+・・・+αn-2αn-1αn
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  σn=α1α2α3・・・αn
を用いて表してみることにしましょう.
 
 f(t)=Π(1+tαi)=1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n
とおくと,
 f'(t)/f(t)=d/dtlogf(t)=Σαi/(1+tαi)=ΣΣ(-1)^kαi^(k+1)t^k
      =Σ(-1)^kp(k+1)t^k
 
 ゆえに,
 f'(t)=f(t)Σ(-1)^kp(k+1)t^k
となり,
 σ1+2σ2t+・・・+nσnt^(n-1)
=(1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n)(p1−p2t+p3t^2−・・・)
 
 両辺の係数を比較することによって,順次
  p1=σ1
  p2=σ1p1−2σ2
  p3=σ1p2−σ2p1+3σ3
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  p(k+1)=σ1pk−σ2p(k-1)+・・・+(-1)^(k-1)σkp1+(-1)^k(k+1)σ(k+1)
が得られます(ニュートンの恒等式).
 
 ニュートンの恒等式から
  『α1,α2,・・・,αnの基本対称式は,累乗和:α1^j+α2^j+・・・+αn^jの有理数を係数とする整式で表される』
という結果が導き出されます.不思議なことに,何次の累乗和であっても方程式の係数を使って表せるのです.
 
 逆に,n次方程式:
  f(x)=x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=Π(x−αi)=0
が与えられたとき,累乗和
  p1=α1+・・・+αn
  p2=α1^2+α2^2+・・・+αn^2
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  pn=α1^n+α2^n+・・・+αn^n
を根とする方程式の係数を導出することができるのですが,もし係数a1,・・・,anがすべて有理数(整数)なら,求める方程式の係数もまたみな有理数(整数)となることになります.
 
 なお,ここでは形式的ベキ級数の等式としてニュートンの恒等式を導き出したのですが,この漸化式は別の方法でも求めることができます.「数学の小さな旅」(羽鳥裕久,近代科学社)などをご参照願います.
 
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【8】代数的可解性の判定(ガロア)
 
 5次以上の一般代数方程式は代数的に解けないことがアーベルによって証明されたわけですが,根の公式がないからといって数値解法以外に手段がないわけではありません.
 
 たとえば,x^5−1=0は,
  (x−1)(x^4+x^3+x^2+x+1)=0
と因数分解されますから代数的に解けますが,それに対して,
  x^5−80x−5=0
は代数的には解けない方程式です.
 
 いかなる条件の下で方程式は解きうるか?...このように,具体的に係数が与えられた方程式の代数的可解性を判定する問題が残っていたのです.
 
 n次の円分方程式:
  x^n−1=0
は何次でも代数的に解けることがガウスによって証明されたのですが,ガウスは,この考察から正17角形の作図可能性をも発見しました.2次方程式の解ならコンパスと定規で作図可能なのですが,16次方程式:
  x^16+x^15+・・・+x+1=0
は2次方程式に分かれてしまうので,正17角形は作図可能なのです.また,ガウスはレムニスケート(連珠形)の等分問題から楕円関数を発見しています.言い替えれば,方程式論には楕円関数論という背景があったのです.→【補】
 
 アーベルは,これらに刺激されガウスの結果の一般化を試みますが,肺結核に倒れ,一般的な代数的可解性の判定法の発見するという夢は果たすことができませんでした.そして,代数的可解性の判定はガウス,アーベルの跡を追ったガロアが,方程式の群に正規部分群の概念を導入することによって完成されるのです.
 
 ガロアは,方程式の根の入れ替え全体が表す対称性を群と名づけました.そして群をみれば,その方程式が四則演算とベキ乗根で解けるかどうか判定できてしまうというのが「ガロア理論」です.ガロアはアーベルの研究成果を高く評価しており,アーベルを超える成果をあげたのですが,もっとも,その説明は素人の手に余るのでこれ以上詳しく書くことができませんし,書いたとしても本一冊分にもなってしまいます.
 
 お断りしておきますが,私自身は本業のかたわら趣味で数学に取り組んでいるアマチュア数学愛好家であり,大した天分もなく数学的素養さえおぼつきません.そのため,詳細には立ち入らないことにしますが,「ガロアの理論」(矢ヶ部巌,現代数学社)などを参考にして,そこに潜んでいる底知れぬおもしろさを追体験して頂けたならば幸甚です.
 
 ともあれ,ガロアの成果は式から群へと考察の視点を移した画期的なもので,数学に一大転機をもたらし,現代数学の夜明けを告げるものとなったということです.肺結核に侵され不幸にして夭折した天才アーベル,そして当時の数学界に受け入れられなかった悲劇の天才ガロアはわずか20才の1832年に決闘にたおれたことはあまりにも有名な悲話になっています.
 
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【9】ガロア以降の方程式論
 
 アーベルとガロアは加減乗除とn乗根を使って,n次方程式には根の公式がないことを証明したのですが,それでは,根号√,3√,4√,・・・という束縛を外すとどうなるのでしょう.
 
 1860年頃,ブリオスキ,エルミートらは超越関数である楕円モジュラー関数の5等分値を使って,また,1870年代のクラインの研究は,正20面体を複素球面に内接させ,頂点,各面の中心,各辺の中点の座標の関係(正20面体方程式)を任意の5次方程式に還元させて,一般の5次方程式と特殊な6次方程式を解くのに成功しています.この5次方程式を多面体を使って調べるというアイディアは,クライン「正20面体と5次方程式」シュプリンガー・フェアラーク東京,に紹介されています.なお,現在では6次以上の高次元でも,モジュラー関数のような他の道具を使って解けることがわかっています.
 
 さらに,条件を厳しくした下で7次方程式を解くことはできるだろうかという問題も設定することができるのですが,それに対してはまだ解決の糸口すら見つかっていません.(おぼろげながらも見えないので,現在,それを研究している数学者はほとんどいません.)
 
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【参】「ガロアの理論」(矢ヶ部巌,現代数学社)
   「数学の小さな旅」(羽鳥裕久,近代科学社)
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【補】正多角形の作図問題
 
 定規とコンパスだけで正3角形,正4角形,正6角形,正8角形が作図できることは簡単にわかりますが,辺の数5,7,9の場合はどうでしょうか.正5角形は古代ギリシャにおいて作図可能であることが発見されました.となれば,次に正7角形・正9角形の作図は?と考えるのは自然な成り行きでしょう.
 
 ところが,かのアルキメデスでさえも正7角形・正9角形の作図に成功しなかったといわれています.また,内接正多角形の作図は画家であり建築家であるレオナルド・ダ・ヴィンチの関心を惹きました.しかし,彼でさえ近似的な内接正七角形の作図を正確なものと思っていたようです.
 
 辺数3,4,5,6,8,10,12,15,16の正多角形は作図できますが,辺数7,9,11,13,14の正多角形は作図できないことから,正17角形もそうであろうと推察されます.ところが,1796年,ガウスは19才のときに正17角形の作図を思いつき,のみならず,nが素数の正n角形について,n=22^m+1が素数の場合に限り,定規とコンパスだけで作図可能であることを発見しています.
 
 正7角形も正9角形も作図できないのに,まさか正17角形が作図できるとはと思うのが普通なのでしょうが,このことを用いると,m=0のとき正3角形,m=1のとき正5角形,m=2のとき正17角形となり,作図可能であることがわかります.当然,ずっと面倒になるでしょうが,正257角形(m=3),正65537角形(m=4)も作図可能です.
 
 アルキメデスは円柱とそれに内接する球の体積比が3:2であることを発見した記念に,自分の墓の上に円柱の形をした記念碑をおくように遺言したといわれています.アルキメデスと同じように,ガウスは正17角形を墓石に彫るよう遺言しています.このことはガウス自身がその発見をいかに重視したかを物語っています.数々の大発見をしたガウスですが,19才の青年がアルキメデスをもってしてもできなかった古代ギリシア以来2000年の謎を解いたのですから,まさに驚きとしかいいようがありません.この正17角形の作図は彼を本格的に数学の道に入らせるきっかけとなったといわれています.
 
 なお,22^m+1の形の素数をフェルマー素数といいます.フェルマー素数はガウスによって1世紀にわたる眠りから覚まされ,数論と幾何学に新たな美しさを吹き込んだことになります.フェルマーはこの型の数がすべて素数だと勘違いしていて必ず素数を与える式として考え出されたのですが,m=5のときは素数ではなく,現在,m=0,1,2,3,4の5個以外にフェルマー素数はみつかっていません.6番目のフェルマー素数の探索がコンピュータを使ってなされていますが,はたして本当に存在するのでしょうか.
 
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【補】作図とは,加減乗除と平方根である.
 
 正多角形の作図は円周等分問題という幾何学問題ですが,x^n−1=0という代数方程式の解と密接な関係にあります.正5角形の作図は黄金比と関連していて,2次方程式:x^2−x−1=0を解く,すなわち(√5+1)/2を求めることによって可能となりました.ギリシャ人は黄金分割を用いた見事な方法で正五角形の作図に成功したのですが,この方法は二次方程式の幾何学的解法を利用した賢明な方法といえます.
 
 一方,正7角形,正9角形はそれぞれ3次方程式:x^3+x^2−2x−1=0,x^3−3x+1=0に帰着します.また,立方体倍積問題,角の3等分問題,円の正方形化問題(円積問題)のいずれの幾何学的問題も代数方程式に対応していて,たとえば,倍積問題はx^3−2=0,角の3等分問題はx^3−3x−a=0,円積問題はx^2−π=0に帰着します.
 
 定規とコンパスで描ける図形は直線と円ですから,その作図は線分の長さの加減乗除と平方根をとる操作に相当します.すなわち,定規(直線)とコンパス(円)による作図は,たとえそれらを繰り返し用いたとしても,+,−,×,÷,√なる5つの演算によって得られるものに限られています.
 
 したがって,正7角形,正9角形の作図や倍積問題のように3次方程式に帰着する作図問題は+−×÷√の演算を組み合わせても解けません.角の3等分問題は,aの値によっては定規とコンパスのみで3等分できる角が無数にあると同時に,3等分できない角もまた無数にあることを示しています.モーリーの定理「任意の三角形において,各内角の3等分線の隣同士の交点を結んで得られる三角形は正三角形である.」この驚くべき定理が20世紀にいたるまで発見されなかった理由も,角の3等分問題は解けないことが判明していたところにあるのでしょう.
 
 また,円積問題は2次方程式に帰着しますが,√πがコンパスと定規で作図できたとすると,その平方であるπも同様に作図可能ということになります.しかし,πは超越数ですから√πも超越数なのです.したがって,√πは代数方程式の解とはなりえず,円積問題も作図不能となるのです.
 
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【補】レムニスケート(双葉曲線)と2重周期関数
 
 (問)2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか.
 
 (答)はカッシーニ曲線.2次の多項式f(x,y)=0,すなわち楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.
 
  {(x+a)^2+y^2}{(x−a)^2+y^2}=c^2
  (x^2+y^2)^2−2a^2(x^2−y^2)=c^2−a^4
  r^4−2a^2r^2cos2θ+a^4=c^2
 
 定数cが2定点間の距離の半分aの2乗に等しいとき,レムニスケート(双葉曲線)と呼ばれます.レムニスケートは8の字形(8を90°回転させ横向きにした∞形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2−y^2),極座標系ではr^2=2a^2cos2θとなります.また,レムニスケートは特異点をもちますから,とくにa=1/√2のとき,
  x=t(t^2+1)/(1+t^4)
  y=−t(t^2−1)/(1+t^4)
のようにパラメトライズすることができます.
 
 2定点を(−1/√2,0),(1/√2,0)と定めると,レムニスケートの方程式は極座標で書くとr^2=cos2θ,直交座標で書くと(x^2+y^2)^2=x^2−y^2となります.したがって,極座標による式のほうが,直交座標による式よりはるかに簡単です.極座標はベルヌーイの時代より前にもときどき使われていたのですが,極座標を広範囲に使用し,多くの曲線に適用してさまざまな性質を最初に見つけたのは,ヤコブ・ベルヌーイでした.
 
 レムニスケートの弧長lは
  l=∫(0-r){1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)dr
  =∫(0-r)2a^2/{4a^4-r^4}^(1/2)
とくに,a=1/√2とおくと,
  l=∫(0-r)1/{1ーr^4}^(1/2)
となります.
 
 このようにして,ベルヌーイはレムニスケートの弧長を
  f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
  u=F(z)=∫(0-z)f(x)dx
と表しました.これがレムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.
 
 ここで,
  ∫(0-1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
とおくことにしましょう.4ωがレムニスケートの全長です.すなわち,レムニスケートサインは周期4ωをもつことがわかります.
 
 円に類比すると,レムニスケートの定数ωは円に対するπと同じ役割を演じていることになります.さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数(n=22^m+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.
 
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 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式exp(2πi)=1よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.複素数変数の単周期関数は,対応点を同一視することによって無限の長さをもつ円筒と見ることができます.
 
 いま,レムニスケート積分
  f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
  u=F(z)=∫(0-z)f(x)dx
において,(強引に)xが純虚数とします.するとs=ix,ds=idxより
  F(iz)=iF(z)
が得られます.この逆関数をとれば,
  sl(iu)=isl(u)
 
 これより,レムニスケートサインでuにiuを代入すると,レムニスケートサインは第2の周期2iωをもち,もっとも単純で非自明な2重周期関数が得られたことになります.すなわち,楕円積分の逆関数である楕円関数を複素領域に拡張すると,必然的に二重周期をもつことになるのです.なお,楕円積分を経由せずに,楕円関数を直接複素領域で二重周期をもつ有理型関数として定義することも可能です.つまり,二重周期関数の別名が楕円関数というわけです.
 
 アーベルはレムニスケートサインが複素変数の有理型関数に拡張できることを明らかにし,さらに,一変数二重周期の複素関数(一般2重周期関数),すなわち,
  f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)
を満たすような関数を発見しています.レムニスケートの2重周期性は
  1-x^4=(1-x)(1+x)(1-ix)(1+ix)
より周期平行四辺形が正方形になる特別の場合に相当します.
 
 このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが,これはドーナツ面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,周期平行四辺形の対辺の対応点を同一視することにより,ドーナツ面が作られ,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.
 
 実は,周期関数とは有理変換によって不変な関数,
  f((az+b)/(cz+d))=f(z)
の特別な場合にすぎません.有理変換(メビウス変換):
  z’=(az+b)/(cz+d)
は円を円に変換するものですが,有理変換によって不変な関数は存在し,保型関数と呼ばれています.三角関数は楕円関数の特殊な場合であり,さらに,楕円関数は保型関数の特殊な場合に相当しています.
 
 不幸にして夭折したアーベルの夢は,楕円関数を超えるようなさらに興味深い超越関数の発見にありました.後世の人々は多変数の多重周期有理型関数(アーベル関数)や保型関数を発見してその夢を実現させています.
 
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【補】判別式
 
 n次方程式:
 f(x)=a0x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=a0Π(x−αi)=0
が重根をもつためには,判別式:
  D(f)=a0^(2n-2)Δ^2=0
が必要十分条件である.ここで,
  Δ=Π(αi−αj)  (1<=i<j<=n)
はα1,・・・,αnの差積を表す.
 
 差積Δは対称式ではないが,Δ^2は対称式であるから,基本対称式
  σ1=α1+・・・+αn
  σ2=α1α2+・・・+αn-1αn
  σ3=α1α2α3+・・・+αn-2αn-1αn
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  σn=α1α2α3・・・αn   (σkはnCk個の項をもつ)
の多項式として表されることが証明されている(対称式の基本定理:ウェアリング:1762年).すなわち,
  f(α1,・・・,αn)=g(σ1,・・・,σn)
 
 2次方程式f(x)=ax^2+bx+c=0の判別式は,
  D=a^2(α1−α2)^2=a^2{(α1+α2)^2−4α1α2}
この場合の根と係数の関係は
  α1+α2=−b/a,α1α2=c/a
が成り立つから,
  D=b^2−4ac
はf(x)=ax^2+bx+cの判別式であることはよく知られている.
 
 3次方程式の判別式は,ax^3+bx^2+cx+d=0の係数を代入して整理すると,
  D=−4ac^3−27a^2d^2+18abcd+b^2c^2−4b^3d
が得られるが,とても憶える気にならないし,また,憶えられる代物でもないであろう.fの次数が高い場合,その判別式を計算するのは容易ではない.ちなみに,5次方程式の判別式の項数は59にもなるという.
 
 一方,ジラールの標準形であれば,判別式は簡単な形で表される.
 f(x)=x^3+px+qの判別式は
  D=−(4p^3+27q^2)
 f(x)=x^n+px+qの判別式は
  D=(-1)^(n(n-1)/2){(-n+1)^(n-1)p^n+n^nq^(n-1)}
 
 また,fの次数が高い場合の判別式は,重根をもつことは判定できても,実係数2次方程式のように実根,虚根,重根の判別ができるわけではない.たとえば,実係数3次方程式では,
 (H1)異なる3つの実数解をもつ
 (H2)3つの実数解をもつが重根が入っている
 (H3)1つの実数解と1組の共約な虚数解をもつ
のいずれかであるが,D>0ならばH1,D=0ならばH2,D<0ならばH3である.また,3重解をもつための必要十分条件はD=0,b^2−3ac=0である.
 
 4次以上の実係数方程式の場合は
  D=0:重根をもつ
  D>0:偶数組の共約な虚数解をもつ(重根はない)
  D<0:奇数組の共約な虚数解をもつ(重根はない)
であり,D=0は重根をもつための必要十分条件であっても,実根,虚根の判別ができるわけではないのである.
 
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