■エルランゲン・プログラムと変換群

 
 約2000年に及ぶユークリッド幾何学の時代を経て,17世紀以降,ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学,リーマン幾何学,射影幾何学,位相幾何学などいろいろな考えに基づく種々の幾何学が誕生しましたが,当時整理のつかない状況にあったこれらの幾何学を別々の幾何学としてそのままにせず,ある観点で統合することが必要とされていました.
 
 1872年に,23歳にしてエルランゲン大学の教授として迎えられたクラインは,研究プログラムを大学に提出しました.それがエルランゲン・プログラムと呼ばれる教授就任講演目録ですが,クラインはその中で「幾何学とは変換によって変わらないもの(不変量)の研究だ.」として,いろいろな幾何学を「変換群」の概念のもとに統一する画期的な見解を発表しました.
 
 すなわち,幾何学とは変換群(運動)が与えられたとき,この群で不変な図形の性質を研究する学問であることを強調したもので,群論によるいろいろな幾何学の統制という指導原理を主張したことになります.
 
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【1】ユークリッド変換(合同変換)
 
 クラインの原理はたとえば「ユークリッド幾何学はユークリッド変換群で不変な図形の性質を研究する幾何学である」ということを主張するものです.
 
 ユークリッド変換群とは,回転,並進,鏡映などがその仲間であって,図形を変形しないで動かすだけですから,長さや角の大きさは変わりません(=不変性).すなわち,ユークリッド変換とは長さと角度を変えない変換として特徴づけられます.
 
 平行移動だけでなく,点中心の回転や直線に関する鏡映も考えてみると,平面上での等長変換は,平行移動,回転,鏡映,すべり鏡映,恒等変換の5種類あります.ところで,自然界には結晶と呼ばれる対称性の高い物質が存在していて,対称性の群の数学は結晶学で重要な役割を演じます.等長変換および2次元結晶の回転角は,60°・90°・120°・180°・240°・270°・300°しかないことを考察することにより,2次元格子で異なる対称性をもつものは17種類存在することがわかります.この17種類の対称性は,2次元結晶群としてとらえることができます.
 
 壁紙のパターンは無限にあるわけですが,平面結晶,すなわち2次元結晶群は17種存在することがわかっていて,どのようなパターンも対称性という意味では17種類のどれかに一致してしまうのです.わずか17種しか存在しないといったほうがよいかもしれません.
 
 また,空間での等長変換は,平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類ですから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在しています.結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれているのですが,これは変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからです.
 
 これらの事実の証明は非常に困難であり,これ以上追求しないことにしますが,とくに3次元の格子状配置は,19世紀の初めから,結晶内の原子の配列を記述するのに使われてきたものであり,対称性の群の分類についての仕事の大半は19世紀の結晶学者によってなされたこと,4次元のフェドロフ結晶群は4783種類(4895種類)存在することを付記しておきます.
 
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【2】相似変換(スケール変換)
 
 定点Oを中心として図形を拡大縮小すると,辺の長さは変わってしまいますが,対応する辺の長さの比や角の大きさは変わらないという変換を考えることができます.このような操作を相似変換あるいは尺度変換といいます.
 
 尺度変換によって不変な形として,「フラクタル」という概念があります.フラクタルとは,有限の空間に無限の集合がたたみこまれたもので,ロシアのマトリョウシカ人形のように相似形が入れ子構造になっていて,拡大すると自己相似パターンが認められるものを指します.いくらでも小さいスケールで自分自身を再現するパターン,いたるところで微分不可能な連続曲線といったほうがわかりやすいかもしれません.
 
 部分を拡大すると,またそこに全体図と同じ図形が入っている自己相似性をもっている図形がフラクタル図形なのですが,フラクタル構造の代表例が,ガラスのひび割れ,線香花火の火花の形,雪の結晶,金平糖の角の造形成長パターンなどです.フラクタル構造を解明することによって,たとえば,木のような構造をもつ気管支の形態と機能の生物学的発達が説明できたり,また,銀河は宇宙上に一様に生ずるのではなく,むしろクラスターとして存在していますが,宇宙のフラクタル構造の解明がその起源の理解に導いてくれます.
 
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【3】アフィン変換
 
 たとえば,空間に2つの平面があるとき,1つの平面上に描かれた図形を平行光線によって移すとしましょう.x軸・y軸が直交していないため,図形はゆがんだ形になるのですが,このような変換はアフィン変換と呼ばれます.
 
 アフィン変換では方向によってスケールが異なるので,距離・角度・面積など図形の大きさに関わる量(計量)はアフィン不変量ではありません.しかし,直線は直線に移るし,平行な直線はやはり平行になり,また,直線上の線分の比も保たれます.
 
 アフィン幾何学の世界では,任意の三角形は任意の三角形へ移る,すなわち,三角形はすべてアフィン合同になり,1種類しかありません.二等辺三角形とか直角三角形という概念はないのです.また,円と楕円も1種類に分類されてしまいます.
 
 四角形ではどうでしょうか? 平行・非平行の区別はあるため,平行四辺形,台形,一般の四辺形と分類できることになります.また,アフィン幾何学の定理としては,中線連結定理とか重心定理などがあります.
 
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【4】射影変換
 
 直線を直線に移すが,平行線を平行線には移さないといったアフィン変換をさらに緩めた変換も考えられます.たとえば,空間に2つの平面があるとき,1つの平面上に描かれた図形を定点Oからでた光線によって射影し,もうひとつの平面に移すとしましょう.
 
 これが射影変換ですが,射影変換では直線上の線分の比は保たれるかというと,これはダメで,もちろん長さも角度も保たれません.しかし,このような変換にも耐えられる不変な性質があり,それが複比という量です.
 
 複比とは一直線上に4点A,P,Q,Bがあるとき,
  (A,P,Q,B)=(AP/PB)/(AQ/QB)
で定義される量を指す用語であって,比の比だから複比というのです.
 
 射影幾何学とは,長さや角の大きさに無関係に,例えば,いくつかの点がある直線上にあるといった関係,射影によって不変な図形の性質を研究する学問です.「無限遠点」「無限遠直線」を導入した射影平面上では,円錐曲線は互いに移り合ってしまうのでただ1種類しかなく,双曲線・放物線・楕円などの区別はなく,どれも同種の曲線となります.また,どんな四角形も射影変換では重なってしまい,すべてが合同になります.
 
 射影幾何学の定理としてデザルグの定理やパスカルの定理があげられます.パスカルの定理とは,「円錐曲線,すなわち楕円,双曲線,放物線に内接する任意の六角形の三組の対辺の交点は同一直線上にある.」というもので,この定理の重要な系が「円錐曲線は任意の5点で一意に定まる」です.
 
 パスカルはこの有名な共線定理をわずか17才の時に発見したのですが,これは射影幾何学の基本定理の一つになっています.また,射影平面上では点という語と直線という語を入れ替えても定理は成り立っています.これをポンスレーの双対原理と呼び,射影幾何学の最も美しい特質です.パスカルの定理から150年以上たって,その双対にある共点定理「円錐曲線の外接する6辺形の対角線は1点で交わる」が発見されたのですが,それがブリアンションの6辺形定理です.
 
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【5】等角変換
 
 これまでに示してきた図形の変換では,直線が直線に移るでしたが,ここで述べる等角変換は円は円に移り,直線も円へ移るというものです.
 
 等角写像は大変多くありますが,すべてわかっていて,たとえば,球面上の定点Oから球面上の任意の点Pを,Oを一端とする直径に垂直な平面に移す極投影も等角変換のひとつとなっていますし,反転と呼ばれる操作も最も簡単な等角変換です.
 
 等角変換を使うと,ユークリッド空間以外の空間,たとえば双曲幾何空間を考えることも可能です.ユークリッド幾何学に世界において,非ユークリッド幾何学のモデルを作るために,単位円の内部に,計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
で与えられる世界(ポアンカレ円板)を考えてみることにしましょう.
 
 ポアンカレ円板の座標を(x,y)とおくと,その計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
といっても決して難しいものを考えているわけではなく,ユークリッド平面との違いは分母に1−x^2−y^2があることです.そのため,境界である円周に近づくにつれて長さが長く評価され,思いのほか長い距離になるのです.そのため,ポアンカレ円板からみると,境界の円周は無限の彼方に存在していることになります.
 
 また,ユークリッド空間の中の長方形(直方体)のかわりに,2次元複素上半平面の中にポアンカレ計量
  ds^2=y^(-2)(dx^2+dy^2)
を備えた,あるコンパクトな領域を考えることもできます.この場合,yが十分大きいときには長さが短く評価され,逆に実軸に近いときは長い距離になります.
 
 実は,一次分数変換(メビウス変換)
  w=f(z)=(az+b)/(cz+d)
とその逆変換
  z=(dw−b)/(−cw+a)
は角度を変えないで(等角写像),円を円に写す変換なのですが,
  w=(i−z)/(i+z),z=i(1−w)/(1+w)
はポアンカレ円板を2次元複素上半平面に写す変換です.すなわち,ポアンカレ円板と複素上半平面は1対1に対応がつけられ,ポアンカレ円板の円周はx軸と無限遠点に対応します.
 
 また,ad−bc=1のとき,fは2次元複素上半平面をそれ自身に写す変換となるのですが,その際,ポアンカレ計量は不変:
  y^(-2)(dx^2+dy^2)=v^(-2)(du^2+dv^2)
が得られ,1次分数変換fは等長変換(計量を変えない変換)となることがわかります.
 
 ところで,2点間の最短距離を与える道のことを「測地線」といいます.球面での測地線は大円ですが,それでは,複素上半平面における測地線はどうでしょうか? (答)x軸上に中心をもつ半円か,x軸に直交する半直線です.後者は半円の中心が無限に遠くいった極限と考えられます.
 
 ポアンカレのモデルで「直線」というときには,「測地線」のことを指すのですが,そうすると「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」ことになります.「平行線は無数に引ける」を公理として作られた新しい幾何学が双曲幾何学であり,双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかも同じ時期に発見したものです.ポアンカレのモデル,すなわち,ポアンカレ円板や複素上半平面の双曲計量は,双曲平面(ロバチェフスキー平面)のモデルなのですが,非ユークリッド幾何を2次元ユークリッド平面内に実現させていると考えられるのです.
 
 また,ここでは2次元の場合だけを考えてきましたが,たとえば,擬球面は,非ユークリッド幾何を3次元ユークリッド空間内の曲面として実現させている曲面ですし,さらに,n次元の多様体上でのリーマン計量の幾何を考えることも可能です.ともあれ,ユークリッド空間とは異なるピタゴラスの定理が成り立つ世界が存在するのです.
 
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【6】連続変換
 
 位相幾何学(トポロジー)とは形には関係しないで,接触・分離にだけ関係する不変な図形の性質(位相不変量)を研究する学問です.直線を曲げても,伸ばしても縮めても構わない,いわゆる,ゴム膜の幾何学で,円も三角形も四角形もすべて同相になってしまいます.(この場合は合同ではなく,同相という用語が使われる.)
 
 トポロジーでは,つながり具合に関する性質は保たれ,その代表的な例がオイラー・ポアンカレの定理です.凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,
  v−e+f=2  (オイラーの多面体定理)
が成り立ちます.これは3次元立体について,0次元の特性数であるv,1次元の特性数であるe,2次元の特性数であるfの関係を述べたものと解釈されます.
 
 ここで,量(v−e+f)はオイラー標数と呼ばれます.オイラー標数は幾何学において重要な概念である位相不変量の草分けであり,一般に,図形がいくつかの3角形によって分割されているとき,
  頂点の数−辺の数+3角形の数
は分割の仕方によらず定まり,図形に固有な量になるというものです.例えば,平面図形(多角形)は,1つの面が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますから,オイラー標数は1となり,また,種数(穴の数)gの向き付け可能な閉曲面の場合は2−2gとなることはよく知られています.
 
 連続変換の世界では,いくつ穴があいているか,向きづけ可能性,ホモトピー(曲面上においた輪をたぐりよせて1点に縮めることができるかどうか)という性質も位相不変量となっています.
 
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【7】置換群
 
 空間の点を遠近も何もお構いなしに入れ替えるのが置換群です.連続変換群では次元の違うものまで移してしまうことはできませんが,置換群では図形をちぎったりくっつけたりすることもOKで,このルールに従うと,2次元正方形上の点を1次元線分上にさえ1対1対応をつけることができるのです.
 
 ここまでくると長さ・角・直線・平行・連結性・次元といった性質はすべて崩壊し,究極の変換という感じがします.実際,置換群の下で不変な性質を扱う数学は通常は幾何学とは呼ばれず,集合論の範疇に入ります.
 
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【8】クライン・キリング・カルタン
 
 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのがクラインのエルランゲン・プログラム「空間内の距離を変えない変換は群をなす.幾何学とは変換群で不変な図形の性質を研究する分野である.」であって,クラインが群論によって幾何学の統合を図ったことはあまりにも有名である.
 
 2つの図形が同じかどうかをみるために,動かして重なり具合を調べることになる.この動かすという操作をもっと広く一般に「変換」という.そして,ある図形が変換に対して形を変えず,うまく重ね合わせることができた場合,「対称」な図形であるという.
 
 今回のコラムでは,変換には階層構造があることをみてきた.そして,変換群を制限して小さな変換群にしたとき,図形の繊細な性質が見えてくる.一方,変換群を拡張し大きな変換群にすると,原始的,本質的な性質が見えてくることがおわかり頂けたかと思う.
 
 こうして,クラインは射影変換群に属する平面の幾何学から,変換群を順次縮小あるいは拡大することによってアフィン幾何学,ユークリッド幾何学,非ユークリッド幾何学を再構成してみせたのである.
 
 また,ドイツのキリングとフランスのカルタンのよる単純リー群(詳しくは複素コンパクト型単純リー群,古典線形群はみな含まれる)の分類の成功は幾何学にも大きな影響を与えた.
 
 既約ルート系の分類の基づいて,複素単純リー代数の分類を行ったものがカルタンの分類定理であり,それは『いかなる複素単純リー代数もAk(k≧1),Bk(k≧2),Ck(k≧3),Dk(k≧4),E6,E7,E8,F4,G2の型のものに限られる.』というもので,Ak,Bk,Ck,Dk型の複素単純リー代数は古典型,E6,E7,E8,F4,G2の型のものは例外型と呼ばれる.すなわち,単純リー群には9つの型があり,それらはA,B,C,Dと名づけられた4つの無限系列とE6,E7,E8,F4,G2と名づけられた5つの例外群であった.
 
 キリングやカルタンの研究は面白い幾何学がどれだけできるかという設問に対する解答でもあり,大ざっぱにいえば,A型が複素ユニタリ幾何,B型とD型がそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何,C型が4元数上の幾何学,5つの例外型は8元数上の幾何学に対応しているのである.→コラム「群と月光」参照
 
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【補】射影変換
 
 放物線,楕円,双曲線はまとめて円錐曲線とも呼ばれますが,2次式で定義されるので,2次曲線ともいいます.そして,無限遠点を導入して,考えている曲線を射影曲線として捉えると,2次曲線はひとつのものとして統一的に考えられるようになります(射影幾何).なぜなら,違いは無限遠直線の選び方(無限遠直線と交わらない,接する,交わる)にあるだけであって,どれも同種の曲線と考えることができるからです.
 
 一方,3次曲線は,射影変換を用いれば次のいずれかに変換されます.
  (1)y^2=x^3
  (2)y^2=x^2(x−1)
  (3)y^2=x(x−1)(x−λ)
 
 (1)は「く」の字型曲線で原点で尖点をもちます.(2)は「の」の字型曲線で原点を通ったところでループを描いて自分自身と交差しますから,原点が2重点となります.(3)はループと弓形曲線の2つに分離します.すなわち,(1)(2)は特異点をもち,(3)は非特異です.したがって,滑らかな非特異3次曲線は(3)の標準形に表せます.
 
 特異点を有する(1)(2)は
  y^2=x^3 → (t^3,t^2)
  y^2=x^2(x−1) → (t^2+1,t(t^2+1))
より,曲線上のすべての有理点をパラメトライズすることができます.すなわち有理曲線ですが,それに対して,(3)のように,3次曲線が異なる3根をもつ有理係数の多項式の場合は,楕円曲線と呼ばれる非有理曲線で,2次曲線とは本質的に異なってきます.
 
 これらは特異点による分類といってもよいのですが,射影変換によって互いに写り合う3次曲線は同型とみなされます.そこで,3次曲線のj-不変量が定義されます.
 
 非特異3次曲線の標準型:
  y^2=x(x−1)(x−λ)
のj-不変量は
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
によって定義されます.λ=−1のときj=1728,λ=−ζ6(1の6乗根)のときj=0となります.
 
 jー不変量はモジュラー不変量とも呼ばれ,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
 =j(1−1/λ)=j(1/(1−λ))=j(λ/(1−λ))
ですから,4個の点{0,1,λ,∞}の入れ替えに依存しないinvariantで,最も単純で重要な保型関数と考えられます.
 
 複比を
  λ={(λ0−λ2)/(λ1−λ2)}/{(λ0−λ3)/(λ1−λ3)}
によって定義すると,λiの順序を変えるとλの値は変わります.すなわち,{λ0,λ1,λ2,λ3}からつくられる複比の値は,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
の6つのどれかに移ります.(実数全体の集合に一つの元∞をつけ加えた集合を考え,これを実射影直線というのだが,上の6つの関数は実射影直線から実射影直線自身への全単射を定める.一般に,一次分数変換
  f(x)=(ax+b)/(cx+d)
はad−bc≠0のとき,実射影直線から実射影直線自身への連続な全単射に拡張できる.)
 
 この順序による曖昧さを消すために,λの6つの分数変換の不変式をとって,
  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
とおくのです.複比は一次分数変換で不変であり,jもまた射影変換で不変です.(直線上の4点の複比は射影によって不変である)
 
 なお,
  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)
が成り立てば,あとの等式はこの2つから導かれますから,有理関数
  (λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
が本質的であって,係数2^8には本質的な意味はありません.実際,
  (x^2−x+1)^3/x^2(x−1)^2=(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2
と,変数xの方程式を考えると,
λ^2(λ−1)^2(x^2−x+1)^3−(λ^2−λ+1)^3x^2(x−1)^2=0
はλ≠0,1より,6次方程式となり,
  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ
のどれを代入しても成り立ちます.重複が生ずるのは
  λ^2−λ+1=0,λ=1/2,λ=−1,λ=2
の場合に限ります.
 
 y=ax^3+bx^2+cx+dという方程式で定まる曲線はおなじみの3次曲線ですが,yのところがy^2に変わるとワイエルシュトラスの楕円曲線:
  y^2=ax^3+bx^2+cx+d
になります.ただし,a,b,c,dは有理数で,右辺の3次式は重根をもたないものと仮定します.楕円曲線をワイエルシュトラス形式に制限しても一般性を失いません.実際,どのような楕円曲線もワイエルシュトラス形式の楕円曲線に双有理的に同値だからです.
 
 また,x^2の項の係数はx’=x+b/3aと変数変換(カルダノ変換)することによって簡単に消すことができますから,
  y^2=x^3+ax+b   (4a^3+27b^2≠0)
を楕円曲線と定義しても構いません.4a^3+27b^2≠0は重根をもたないための条件です(判別式:Δ=−(4a^3+27b^2)).
 
 ワイエルシュトラスの標準形:
  y^2=x^3+ax+b   (2^2a^3+3^3b^2≠0)
のj-不変量を計算すると,
  j=2^8・3^3b^2/(2^2a^3+3^3b^2)
となります.jー不変量は,2つの楕円曲線が同じjー不変量をもつかどうかなど,3次曲線を分類する(見分ける)ための指標になっているのです.
 
 4次曲線(項数15)とか5次(項数21)以上の高次曲線に対しても射影変換を考えることができます.特異点をもつ3次曲線は適当に座標変換(射影変換)すると(1),(2)のどちらかになりましたが,4次曲線では20タイプあります.その後,5次曲線は230余りのタイプに分類されることが示されましたが,n≧6では複雑すぎてよくわからないようです.
 
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