■ハーディ・リトルウッド予想とアルティン予想

 
 Hn =1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n
 ζn =1/1s+1/2s+1/3s+1/4s+・・・+1/ns
と定義します.オイラーの無限級数和ζ∞=Σ1/ns は,sの関数とみるとき,ゼータ関数ζ(s)として知られており,ゼータ関数は無限調和級数H∞=ζ(1)=∞を一般化したものと考えることができます.
 
 オイラーのゼータ関数以外にも,いろいろな種類のゼータ関数がありますが,一般に,ゼータ関数とは素数の性質をまとめあげたものの総称で,さまざまのゼータごとに素数のいろいろな面をみることができます.今回のコラムでは,オイラー積に始まって,ハーディ・リトルウッド積,アルティン積までを紹介してみたいと思います.
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【素数】
 調和級数Hn=Σ(1/n)は非常にゆっくりとですが大きくなり,ついには無限大に発散すること,すなわち,
Hn=1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n〜logn→∞
は容易に示すことができます.→【補】
 
 このことより,奇数項だけを集めて作った級数
Hodd=1/1 +1/3 +1/5 +1/7 +・・・
   >1/2+1/4+1/6+1/8+・・・
   =1/2(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)→∞
同様に,偶数項だけ集めて作った級数Hevenも収束せず無限大に発散することがわかります.
 
 それでは,素数の逆数の和
Hprime=Σ(1/p)=1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+・・・
は有限でしょうか?
 
(証明)
ゼータ関数ζ(s)は次のように書き換えることができます.
 ζ(s)=1/1s +1/2s +1/3s +1/4s +・・・
     =(1+1/2s +1/4s +1/8s +・・・)(1+1/3s       +1/9s +・・・)(1+1/5s +・・・)・・・
     =1/(1−2-s)・1/(1−3-s)・1/(1−5-s)・1/      (1−7-s)・・・
     =Π(1−p-s)-1   (但し,pはすべての素数を動く.)
 
1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)にx=1/ps を代入したものを,Π(1−p-s)-1に代入して積を展開すると,自然数の素因数分解の一意性から,ζ(s)=Σ1/ns となることがおわかりいただけるでしょうか.
 
 この式の右辺は,すべての素数にわたる無限積であり,このような関係から,自然数全体についての和ζ(s)=Σ1/ns の話が素数全体についての積Π(1−p-s)-1の話になります.Π(1−p-s)-1はオイラー積と呼ばれ,ゼータ関数と素数の間をつなぐ式になっています.→【補】
 
 調和級数1/1+1/2+1/3+・・・は,オイラー積表示するとΠ(1−1/p)-1と書けますから,Π(1−1/p)-1〜∞
また,logΠ(1−1/p)=Σlog(1−1/p)
1/pが非常に小さいとき,マクローリン展開より,Σlog(1−1/p)〜−Σ(1/p)ですから,Σ(1/p)=∞になります.したがって,すべての素数の逆数の和は発散することが示されます.
 
 さらに,このことを詳しく調べると,
Σ(1/p)〜log(logx) (pはp≦xの素数を動く,証明略)
すなわち,
1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+・・・+1/n〜loglogn→∞
などがわかってきます.→【補】
 
 1737年,オイラーはこのようにして素数の逆数の和が無限大になることを見つけました.逆に,このことから,素数が無限個あることは簡単にわかります.また,調和級数Σ(1/n)は発散し,また,オイラー級数Σ(1/n2 )=π2 /6で収束しますから,素数は平方数ほどまばらには分布していないこともわかります.
 
 素数が無限個あることがわかりましたが,ガウスは,π(x)をx以下の素数の個数とすると,
  π(x)〜x/logx   (x→∞)
が成り立つだろうと予想しました.この予想はリーマンの研究を経て,1896年,フランスの数学者アダマールとプーサンによって証明されました.これを素数定理といいます.
 
 また,素数は,4で割って1余る素数と4で割って3余る素数の2種類に分類できます(2だけは例外).前者の素数はつねに2つの2乗数の和となりますが,後者の素数は決してその形には表せません.
 (例)13=22+32,19=?2+?2
この定理はフェルマー・オイラーの2平方和定理として知られています.
 
 それでは,4で割って1余る素数と4で割って3余る素数では,どちらが多いでしょうか? 実は,4で割って1余る素数,4で割って3余る素数の逆数和がともに無限大になり,どちらも無限個あってほぼ同じくらい存在することが示されています.
  π4,1(x)〜π4,3(x)〜1/2・x/logx
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【双子素数】
 その差が2であるような素数のペア(p,p+2)を双子素数と呼びます.小さな双子素数には(3,5),(5,7),(11,13),(17,19),・・・など,ちょっと大きなものでは(22271,22273),・・・などがあります.
 
 双子素数が無限に多く存在するかどうかは今のところわかっていません.双子素数の場合に難しいのは素数全体のときと異なって,双子素数の逆数の和
1/3+1/5+1/5+1/7+1/11+1/13+1/17+1/19+・・・+1/p+1/(p+2)+・・・
が無限大とはならずに,その和が1.90195・・・(ブルンの定数:1919年)となることが証明されている点です.このことは,双子素数が無限にあるとしても,まれにしか存在しないことを示しています.そのため,双子素数が無限に存在することの有力な証拠は見つかっているにもかかわらず,完全な証明には至っていないのです.
 
 双子素数の分布に関しては,ハーディとリトルウッドによって,
  πtwin(x)〜Cx/(logx)2
ただし,pを3以上の素数として
  C=2Π(1−1/(p−1)2)=1.3203・・・
と予想されています.ここで,Cはオイラー積のアナログであり,双子素数の場合のゼータ関数とみなすことができます.定まった用語ではないのですが,ハーディ・リトルウッド積と呼んでいいでしょう.この法則は経験的には正しそうであり,双子素数はたぶん無限組あると信じられています.
 
 現在のところ,双子素数予想にもっとも接近した結果は,1966年,陳景潤によるもので,陳景潤は素数と概素数(素因数を2つしかもたない合成数)のペアは無限に存在することを証明しました.これは無限に多くの双子素数が存在することに大変接近した結果であって,双子素数予想の証明に向かって最初の大きな一歩と考えられます.もう一歩進んで「概」を取り去ることに成功した者が,素数理論の大快挙を成し遂げたことになるのです.
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【10を原始根とする素数】
1/7=0.142857142857・・・
    (循環節:142758の長さ6)
1/17=0.0588235294117647・・・
    (循環節:0588235294117647の長さ16)
のように,1/pを10進法で小数展開したときの循環節の長さがp−1となる特別な素数を10を原始根とする素数といいます.
 
 10を原始根とする素数,たとえば,
7,17,19,23,29,47,59,61,97,・・・
の密度について,アルティンは
  π10(x)=Cx/(logx)
と予想しています.
 ただし,pを素数として,Cは
  C=Π(1−1/p(p−1))=0.37395・・・(アルティンの定数)
 
 ここでふたたび,オイラー積のアナログ:アルティン積が出現しました.もし,これが正しいとすれば,このような素数は無限にあり,素数全体のうち約3/8を占めることになるのですが,残念ながら証明されていません.
 しかしながら,リーマン予想:ζ(s)の零点がs=−2,−4,・・・,−2nとs=1/2+tiの線上にある:が正しいと仮定するとアルティン予想の成り立つことが証明できることがわかっています.
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【問】H1=1,H2=3/2,H3=11/6,・・・,H∞=∞である.
n>1ならばHn は整数にはならないことを示せ.
なお,Σ1/n^2=1/1^2+1/2^2+1/3^2+・・・が整数にならないことを示すのは,この問題よりも簡単です.
 
【問】e=1+1/1!+1/2!+1/3!+・・・+1/n!+・・・
が無理数であることを証明せよ.
 
【問】n→∞のとき,数列 Sn=1+1/1!+1/2!+1/3!+・・・+1/n! が,
          数列 Tn=(1+1/n)^n と
同じ極限e に収束することを示せ.
 
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【補】オイラーの定数
 nを無限大にしたとき,調和級数
H∞= 1/1+1/2+1/3+1/4+・・・
は発散しますが,そのn次部分和Hnは離散的な世界で連続関数lnnに対応するものであり,自然対数は双曲線y=1/xの下の面積として定義できます.
 
 したがって,双曲線y=1/xを上と下から棒グラフではさんで近似することにより,lognとlogn+1の間に押し込まれまれることがわかります(∵∫1/xdx=logx).したがって,Hn とlognの比{Hn /logn}は
 Hn /logn→1   (n→∞)
です.
 
 一方,Hn とlognの差{Hn −logn}は確定した極限値γに収束します.
 Hn −logn→γ   (n→∞:Hn =logn+γ+O(1/n))
この極限値はオイラーの定数として知られており,約0.57722になります.オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で,さらによい近似値は41/71で与えられます.
 
 Hn は上限と下限の間の約58%のところにあることがわかりましたが,今日に至るまで,オイラーの定数の値は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく,超越数なのでしょう.
 
 また,オイラーの定数γを極限値lim(Σ1/k−lnn)を直接計算するのは収束が遅くて非効率的です.そこで,
log(1+x)=x−x2/2+x3/3−x4/4+・・・
log(1+1/x)=1/x−1/(2x2)+1/(3x3)−1/(4x4)+・・・
より
logΓ(1+s)=−γs+ζ(2)/2s^2−ζ(3)/3s^3+・・・
これを用いると
γ=ζ(2)/2−ζ(3)/3+ζ(4)/4−ζ(5)/5+・・・
あるいは
γ=1−1/2(ζ(2)−1)−1/3(ζ(3)−1)−1/4(ζ(4)−1)−・・・
などと書けることになります.これらの無限級数はかなり速く収束します.
 
 また,素数の逆数の和Σ(1/p)については,
lim{Σ(1/p)−loglogn}→0.26149・・・
となることも知られています.
 
【補】△△△の定数
  1/1−1/2+1/3−1/4+1/5−1/6+・・・
は調和級数の交代級数で,この値は対数関数のマクローリン展開
log(1+x)=x−1/2x2 +1/3x3 −1/4x4 +・・・
によりlog2に収束することがわかります.
Σ(-1)^(n-1)/n=log2の値は,メルカトールの定数とかグレゴリーの定数と呼ばれます.
 
次に,グレゴリー・ライプニッツ級数(1671年)
  1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−1/11+・・・
の収束値を求めてみましょう.
 
1/(1+x)=1−x+x2 −x3 +・・・
これを項別積分すると
log(1+x)=x−1/2x2 +1/3x3 −1/4x4 +・・・
が得られます.ここで,xをx2 に置き換えると
1/(1+x2 )=1−x2 +x4 −x6 +・・・
これを項別積分して
tan-1x=x−1/3x3 +1/5x5 −1/7x7 +・・・
両辺にx=1を代入すると,グレゴリー・ライプニッツ級数は
tan-11=π/4に収束することがわかります.
Σ(-1)^(n-1)/(2n+1)=π/4
 
  1/12 −1/32 +1/52 −1/72 +・・・
=1/2integral(0-π/2)θ/sinθdθ=0.91596・・・
この数はカタランの定数として知られるものです.オイラーの定数と同様,超越数であることが予想されているものの,いまだに無理数であるかどうかさえも証明されていません.この値は第1種完全楕円積分
  K(k)=integral(0,π/2)dθ/root(1-k^2sin^2θ) (ルジャンドルの標準形)
として,2integral(0,1)K(k)dk
に等しくなります.
 
 なお,第1種完全楕円積分で,
z=sinθと変換すると
  K(k)=integral(0-1)1/sqr{(1-x^2)(1-k^2x^2)}dx(ヤコビの標準形)
また,z=sin^2θ,λ=k2とおけば
  K(k)=integral(0-z)dz/sqr(z(1-z)(1-λz))(リーマンの標準形)
が成立します.
 
【補】互いに素となる整数
 1/ζ(s)はs個の整数を勝手に選んだとき,同時に割り切ることのできる1でない数が存在しない確率であり,これより,2つの無作為に選んだ整数が互いに素である確率は1/ζ(2)=6/π2 (61%)となります.
 
(証明)
 1つの数が素数pi によって割り切れる確率は1/pi ,両方の数が同じ素数で割り切れる確率は1/pi2になります.2つの数がどちらもpi で割り切れない確率は1−1/pi2ですから,互いに素である確率はΠ(1−1/pi2).
ここで,Π1/(1−1/pi2)=Π(1+1/pi2+1/pi4+・・・)=Σ1/n2 =ζ(2)
 したがって,2つの整数が互いに素である確率は1/ζ(2)=6/π2 (0.608),同様にして3つの整数が互いに素である確率は1/ζ(3)=0.832,4つの整数が互いに素である確率は1/ζ(4)=90/π4 (0.9239)を得ることができます.