■フーリエ変換と種々の積分変換解析法

 フーリエ変換(FT)は,三角関数の性質を利用した積分変換解析法で,19世紀初頭,鉄の輪を熱したときの温度分布を解析するなど熱伝導の考察から誕生し,波動や振動現象の解明をはじめ多くの応用分野をもっています.また,1965年に大量のデータを速度を重視して解析するテクニックとして開発されたのが,高速フーリエ変換(FFT)です.FFTは今日ではコンピュータと結びついて画像処理などの技術に利用されています.
 
 フーリエ変換ひとつで,積分変換解析法の勉強が済むなら,それに越したことはありません.ところが,積分変換解析法の応用分野は広範囲にわたっていますから,それに応じて積分変換解析法もたくさん存在することになります.
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 フーリエ級数と呼ばれる関数展開は,フランスの数学者・物理学者フーリエが熱伝導に関する著作の中で,任意の周期関数y=f(x)がサインとコサインの項の和,すなわち,単振動(調和振動ともいう)の和に分解されることを証明したことに始まります.すなわち,f(x)が周期2πをもつ周期関数であるならば,
y=f(x)
 =a0+a1cosx+b1sinx+a2cos2x+b2sin2x+・・・  +akcoskx+bksinkx+・・・
と展開することができます.このような形をした関数を三角多項式といいます.この式は,もとの関数f(x)が基本波成分a1cosx+b1sinxとその高調波成分とを合成したものとして表わせることを意味し,aj,bjはその成分の寄与率を示しています.寄与率は別の言い方をすれば各成分の含有率であり,重みといってもよいでしょう.
 
 また,サイン波成分を適当な角度だけずらすとコサイン波になるのではサイン波成分とコサイン波成分との分離はあまり絶対的な意味をもちません.したがって,この式は,次式のようにも書き換えることができます.
y=c0+c1sin(x+d1)+c2sin(2x+d2)+・・・       +cksin(kx+dk)+・・・
さらに,曲線が奇関数であれば正弦項だけ,偶関数であれば余弦項だけの和となって,もっと簡単な式になります.
 
 f(x)が滑らかであれば,比較的少ない項でこの級数を打ち切っても,それはf(x)をよく近似しますから,有限個の三角級数により関数近似すること(有限三角級数展開)が可能です.
y=a0+a1cosx+b1sinx+a2cos2x+b2sin2x+・・・  +akcoskx+bksinkx
すなわち,フーリエ級数ではあまり短い周期をもつ成分は無視しても構いません.なぜかというと短い周期をもつ成分を無視して元の図形を再現するとその周期に相当した微細な構造が失われるだけで,無視してしまっても大して悪影響はないからです.また,周期関数f(x)の周期は2πですが,周期がTの関数はω=2π/T,x=ωtの変換によって新しい変数tを考えれば,tについての周期2πをもつ関数に変換されますから,上式の形で一般化して論ずることが可能になります.
 
 ところで,弦の振動や波を三角関数の級数で解くならまだしもわかりますが,熱伝導を三角級数で解くという着想は奇妙奇天烈に感じられます.これに対する回答ですが,次のように考えてみましょう.
 
(1)フーリエ級数では,データを一定間隔ごとにサンプリングすると,三角関数のもつ直交基底の性質:Σcos(kx)=0,Σsin(kx)=0,Σcos(ix)cos(jx)=0,Σcos2(kx)=n/2,Σsin(ix)sin(jx)=0,Σsin2(kx)=n/2,Σsin(ix)cos(jx)=0から非対角要素はすべて0になり,連立方程式を解くことなしにフーリエ係数を簡単に求めることができる
(2)滑らかでない関数も表現可能になる
(3)フーリエ級数は周期関数にしか適用できないが,非周期関数を周期が∞の周期関数とみなすと,非周期関数にも適用できるようになる
(4)周期関数のうちで微積分がもっとも簡単なのは三角関数であり,微分方程式を解くためには,関数を三角関数の和として表せばよい
など,フーリエ級数への展開はテイラー級数への展開よりもはるかに強力な方法になっています.したがって,フーリエはべき級数の方法によって関数を取り扱うよりも,三角級数による任意の関数表現のほうが,これらのメリットを活かせると考えたに違いありません.
 
 ここで述べたフーリエ級数は離散世界(Σの世界)のものでしたが,未知の係数を計算するために連続世界(∫dxの世界)に拡張したものがフーリエ変換(FT)です.もちろんこれらのよい性質はFTにも遺伝し,関数f(x)のフーリエ係数は
 ak=2∫f(x)coskxdx,bk=2∫f(x)sinkxdx
で与えられます.さらに,FFTは位相補正によって未知の係数を効率よく計算する技法であり,そして,これらが原動力となって,現代解析学が生まれたのです.
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 積分変換解析法というと,まず,ラプラス変換,フーリエ変換,ウォルシュ・アダマール変換,それに近年ではウェーブレット変換などが思い浮かびますが,それ以外にも多数の変換が応用されていて,カーネルの違いから,ハンケル,メリン,z,アーベル,ヒルベルト変換などがあげられます.一般に,積分変換解析法:
  h(s)=integral(a,b)k(s,x)f(x)dx
において,関数k(s,x)をカーネル(核関数)と呼びます.ラプラス変換のカーネルはk(s,x)=exp(-sx),メリン変換ではk(s,x)=x^(s-1)というわけです.
 
 たとえば,関数f(x)としてsinxやxの無限積分を考えると,前者は不定,後者は発散してしまいます.一方,これらの関数にexp(-x)を掛け合わせたf(x)exp(-x)を無限積分すると収束します.x>0のとき,ガンマ関数
  Γ(s)=integral(0,∞)x^(s-1)exp(-x)dx
の存在が知られているルーツにもこのような理由があるからです.
 すなわち,exp(-x)は無限積分において不定や発散する関数を収束させる働きをもっていることが理解されます.このことより,exp(-x)の代わりにもうひとつの変数sを含んだexp(-sx)を考え,
  F(s)=integral(-∞,∞)f(x)exp(-sx)dx
とおくと,無限積分の後,xの関数はsの関数に変換されます.この操作をラプラス変換と呼びます.
 
 ラプラス変換において変数sは複素変数であり,フーリエ変換はラプラス変換におけるパラメータsの実部が0である場合に相当します.なぜならば,(複素)フーリエ変換では,サイン波・コサイン波は明示的になっていませんが,指数関数と三角関数はともに複素関数の一部をなしていて,exp(itx)にオイラーの公式:exp(itx)=cos(tx)+isin(tx)を適用すると,
  F(t)=integral(-∞,∞)f(x)exp(itx)dx
    =integral(-∞,∞)f(x)cos(tx)dx+i*integral(-∞,∞)f(x)sin(tx)dx
になるからです.
 
 応用面でいうと,フーリエ変換の理論はそれがつくられた時点から物理現象を説明するための手段でしたし,現在でもさまざまな工学分野,CTスキャンなどの医療分野になくてはならない理論になっています.なぜフーリエ変換がCTスキャンなど医療用画像にとって重要なのかというと,前述の「短い周期をもつ成分(高調波成分)を無視してもとの図形を再現しても,その周期に対応した微細な構造が失われるだけで,再現された画像に大して悪影響はない」ということに起因しています.この辺の事情は,確率統計における中心極限定理の考え方によく似ています.すなわち,たくさんの確率変数の和は,各々の確率分布の形によらず,普遍的な正規分布に従うという事実は,いい換えれば,巨視的なアウトラインは微視的なディテールには依存せず,平均値や分散など大まかな性質だけで決まってしまうというものであり,その結果,微視的なディテールは見えなくなって,巨視的に意味のあるものだけが残るのだと考えられます.
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 また,関数f(x)に対して,積分
  h(s)=integral(0,∞)x^(s-1)f(x)dx
が存在するとき,これを関数f(x)のメリン変換といいます.ガンマ関数の定義も1種のメリン変換ですし,メリン変換において,xをexp(-x)に置き換えれば1種のラプラス変換になっていることがわかります.
 
 ガンマ関数の定義式より
  integral(0,∞)x^(s-1)exp(-nx)dx=Γ(s)n^(-s)
ですから,ディリクレ級数Σan/n^sについて
  Σan/n^s=1/Γ(s)integral(0,∞)(Σan*exp(-nt))t^(s-1)dt
が得られます.この式はディリクレ級数f(s)=Σan/n^sと同じ係数をもつベキ級数F(z)=Σan*z^nはメリン変換
  f(s)=1/Γ(s)integral(0,∞)F(exp(-t))t^(s-1)dt
によって互いに結ばれていることを意味します.
 
(例)
ζ(s)=Σ1/n^sにおいてF(exp(-t))=Σexp(-nt)=1/(exp(t)-1)
φ(s)=Σ(-1)^(n-1)/n^s=(1-2^(1-s))ζ(s)において
F(exp(-t))=Σ(-1)^(n-1)exp(-nt)=1/(exp(t)+1)
L(s)=1/1^s-1/3^s+1/5^s-1/7^s+・・・
においてF(exp(-t))=1/(exp(t)+exp(-t))
したがって,
Γ(s)ζ(s)=integral(0,∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx
Γ(s)ζ(s)(1-2^(1-x))=integral(0,∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx
L(s)=1/Γ(s)integral(0,∞)t^(s-1)/(exp(t)+exp(-t))dt
 
 関数論において,ベキ級数は基本的な役割を演じますが,メリン変換によって,ベキ級数の性質からディリクレ級数の性質を導いたり,その逆も可能になります.ゼータ関数は最も簡単かつ最も重要なディリクレ級数f(s)=Σan/n^sですが,メリン変換は(解析的数論における)ゼータ関数と(関数論における)保型関数(ある種の2重周期的挙動をする複素変数関数)を結ぶ装置として,数論の世界では決定的に重要な意味をもっています.
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 最後に,各種積分変換解析法と確率分布との関係をいうと,正規分布のフーリエ変換は
  integral(-∞,∞)exp(-πx2)exp(-i2πxs)dx=exp(-πs2)
より,再び正規分布になります(ただし,全面積が1という原則を考慮していません).さらに,シンク関数とジンク関数を例として,積分変換解析法と確率分布の関係をみてみましょう.シンク関数(カージナルサインとも呼ばれる)とそれに類似のジンク関数はそれぞれ
  sinc(x)=sin(πx)/(πx)
  jinc(x)=J1(πx)/(2x)  (J1は1次のベッセル関数)
で定義されます.どちらも,光の回折の干渉縞の強度分布を表す関数であり,シンク関数は1本スリットがつくる1次元的回折像,ジンク関数は円孔スリットがつくる2次元的回折像として応用上重要であり,
sinc(0)=1,sinc(n)=0,integral(-∞,∞)sinc(x)dx=1,integral(-∞,∞)sinc2(x)dx=1,integral(0,∞)sinc(x)dx=1/2
jinc(0)=π/4,integral(0,∞)jinc(x)dx=1
です.
 
 シンク関数は矩形分布に,平方シンク関数は三角分布にフーリエ変換されます.また,ジンク関数のアーベル変換はシンク関数であり,ハンケル変換は矩形分布となります.なお,メリン変換の特異積分式は留数定理により求めることができますが,これによって,確率変数の積,商,代数関数などの分布を得ることができます.