■ある編集者の話(データロジーの創成をめぐって)

 私を長年にわたって担当してくださった山海堂の平岡編集長が、一身上の都合(母親の介護)により退職されました。平岡編集長にとっても拙著「最小2乗法:その理論と実際」が最後の編集作品となりました。(奇しくも拙著が平岡氏の記念碑となったわけです。)

 氏の退職は私にとってあまりにも突然の出来事であり、平岡・佐藤のコンビでは5冊、佐藤が推薦した著者(枝松,本永)の分まで含めると計8冊を上梓しただけにまことに寂しい限りです。現在、後任への引き継ぎがどうなっているのかよく分からない状況であり、プログラムの配給に支障をきたしているという悪い噂も聞こえてきます。このままではせっかくのバージョンアップが徒労に終わってしまうだけでなく、ユーザーの方々にも多大な迷惑をかけることになりかねません。

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 私はここ10年来、コンピュータを利用した数値解析と統計解析の融合を目指していますが、これを21世紀をになうべき新しい学問<datalogy>としてとらえていて、いずれも数学と密接な関係にあり、その結びつきは日に日に重要になってきていると感じています。データロジーの創成とその応用領域の拡大が私の長年の念願なのです。(いまは誇大妄想といわれるかもしれませんが、数十年後には必ずや認知されると確信しています。)

 そのような私にとって、平岡氏はよき理解者であり、小生のごとき時代に竿をさした風変わりな人間が存在して、地道にデータ解析法の研究に携わっていることを了として下さいました。平岡氏とは事実の羅列を避け拙著なりの存在証明をどう盛り込んでいくかについて、執筆者と編集者の枠を超えて議論を重ねたこともしばしばですが、氏の編集理念を一言でいうと「角を矯めて牛を殺すことなかれ」というものでした。そのため、通常であれば本文中に記すことができないようなことも思い切って書くことができました。(本の体裁としてあまりよいことではないのでしょうが、・・・)。

 実は拙著が世に出るまでには、何回かの編集と営業とのすったもんだがあったと聞いております。(平岡氏を除き、出版社における小生の評判はすこぶる悪いのです。)ホーキング博士はその著書「ホーキング、宇宙を語る」の中で、一般書に数式をひとつ載せるごとに売れ行きは半減すると書いていますが、数式を使った説明と言葉による説明とどっちがよいかと問われたら、たいていの人は後者を選ぶに違いありません。拙著においても、方程式をひとつつけ加えるたびに売り上げが半減するとある人が忠告してくれましたが、科学技術計算を方程式をまったく使わないで解説するわけにはまいりません。数式をまったく用いずに数学について書くのは、思うに一つの逃げであり、知的な読者と数学自身の両方を害することになると考えたからです。

 私自身は科学技術計算を決して高尚なおもちゃではなく、万人のための実用の数学と考えていたので、特定の専門家よりも技術者・研究者全体の養成を目指して「ドクトル・カメレオン」や「耕太郎」を作成したつもりでした。しかし、その一方で、「耕太郎」などは非線形最小2乗法を取り入れたプログラムであるがゆえに、不特定の大勢の人を対象とするソフトウェアというよりも、エキスパート向けで専門分野で少数の人が使うマーケットサイズの限られたソフトウェアであるという評価を下されてしまいます。

 売れる本やソフトがいいものであるとは限りませんが、本やソフトは売れなければその存在証明にならず、たとえ下らぬ俗書と呼ばれても売れれば勝ちです。販売戦略の常套手段として有用性よりも採算性を重視するのは当然のことなのでしょうが、自然科学にたずさわる者と出版文化にたずさわる者の考えの間には正反対に近い違いがあることを実感させられました。

 科学関連図書の出版をめぐる状況の厳しい折でもあり、編集上・営業上の問題から拙著はもう出版されないのではないかと考えていたほどの紆余曲折の末、やっと陽の目を見るまでたどりついたのですが、この間、あらゆる問題をクリアし、終始お世話下さった山海堂の平岡恭三編集長に心よりの感謝の意を捧げたいと思います。本を書くのは著者であるが、本は編集者が作るものであることを思い知らされたという次第です。