■仙台文学散歩(政宗と藤村と)

 前々回のコラム・雑感を「日も暮れて途なお遠し」と結んだところ,畏友・S氏より「若いくせにこんな事をいうな」と一喝された.そのうえ,氏はこの句の出典まであげてくれた.氏によると,司馬遷の史記「伍子胥列伝第六十五」の「日暮途遠」がその出自だそうである.
 
 「日傾きて途遠し」は「少年老いやすく学成りがたし 一瞬の光陰軽んずべからず」の意味で用いたものであるが,S氏のスゴイところはここからである.以下,氏によるコメントを抜粋.
 
 1)「少年老いやすく学成りがたし」は朱喜の作と思われているが,偽作らしい.
 
 2)「日暮途遠」と対照をなすものに,伊達政宗の「馬上少年過」の詩がある.
 
    馬上少年過  馬上少年過ぐ
    世平白髪多  世平らかにして白髪多し
    残躯天所許  残躯天の許すところ
    不楽復如何  楽しまずして如何せん (楽しまざるは如何せん)
 
           遺興吟 
           貞山 伊達政宗
 
 3)これは実に有名であり,司馬遼太郎の小説の題名にもなっている.「少年」ではなく「青年」,「世平」ではなく「時平」となっている本もあるが,明治書院「日本漢詩」によると,この詩は漢詩の条件をみたしていないとして,他の詩が掲載されている.
 
 4)「馬上少年過」が「私は馬上で少年期を過ごした」というのは日本人にしか分からぬし,「世平多白髪」の「白髪」は,李白の「白髪三千丈」はあるものの,漢詩では「糸」と表現される方が多い.また,「残躯」という語は漢詩ではみかけられないし,「大字源」(角川),「辞海」(中華書房)にものっていないので,「和製漢語」である可能性がある.
 
 5)最後の句が意味深長である.ポイントは「不楽復如何」に二通りの解釈(楽しまずんば如何せん,楽しまざるは如何せん)があることだろう.第一句,第四句の表現の絶妙さが,この詩の魅力ではなかろうか.
 
 さらに,
 6)漢詩の訓読は外国の詩の意味を一言も失うことなく,日本語に変換しており,この世の自動翻訳のうちで最も優れたものといえまいか? 結局,日本人にしか通じない漢詩があってもよいということであろう.
と続く.
 
 ここまでコメントされると,まことにイヤミな奴と言えなくもないが,S氏が東北大学理学部・数学科の出身といっても,もはや誰も信じてはくれまい.ともあれ「日も暮れて途なお遠し」の著作権はとっくの昔に消滅しているので,小生が引用したところで何ら問題はないであろう.
 
===================================
 
 S氏のコメントを紹介したが,S氏とは小生の数学仲間・阪本ひろむ氏のことである.東北大学理学部・数学科の出身であることは前述したが,氏は「藤村・晩翠は中学・高校のときよく読んだ.大学を選んだ理由は,晩翠・藤村・魯迅の影響もあったと思う.」と回顧する.
 
 ところで「渡る世間は鬼ばかり」のラーメン屋の名前は知っていても,Sと聞いてピンとくる人は少ないだろう.記憶があやふやなので誤りかもしれないが,武者小路実篤の「友情」にSなる人物が登場したはずである.「友情」は夏目漱石の「こころ」と同様の主題,愛と友情の板挟みになる青年を描いた短編だが,Sはそのキーパーソンになっている.(漱石の「こころ」に登場するKと混同しているかもしれないので,文学通の人はちゃんと確認をとったほうがよい.登場人物がイニシャルの作品としては,カフカの「城」もKだった.)
 
 いまでこそ文芸本は読まなくなってしまったが,かくいう小生にも文庫本を片手にキャンパスをうろつく文学青年の時代があった.昭和50年当時読んだもので,いまもなお鮮明に憶えている作品としては「海の沈黙」(ヴェルコール)を挙げておきたい.これはGerman conquestと呼ばれるパリ占領下のドイツ人将校とパリ娘の淡い恋物語であるが,翻訳ものにもかかわらず驚くほどの美文調である.直哉・龍之介・独歩の美文にも匹敵あるいは凌駕していると思う.高校の教科書にも取り上げられたことのある作品なのでご存知の方も少なくなかろう.→【追記】
 
===================================
 
 冒頭で,仙台藩祖・伊達政宗の詩をあげたからには,締めにも仙台にゆかりの深い詩を掲げておきたい.
 
    心のやどのみやぎ野よ 乱れて熱きわが身には
    日かげもうすく草かれて荒れたる野こそうれしけれ
    独りさみしきわが耳は吹く北風を琴ときき
    悲しみ深き吾が眼には色無き石も花とみき
 
       島崎藤村
 
 藤村は短期間であるが仙台で教鞭をとっている.この詩は若菜集・草枕に収録の詩であるが,青葉城跡の伊達政宗の騎馬像からちょっと離れた目立たぬところに,この句碑がひっそりと佇んでいる.仙台は史跡の宝庫である.来仙の折りは是非訪ねられたい.数学もいいが,文学談義もまた楽しきかな.
 
===================================
 
【追記】
 
 アップロード後に知り得た情報によると『グルノーブルから東南30キロばかりのところに,ヴェルコールの谷がある.谷には石灰岩の奇岩怪石がそこかしこにそびえ,数百メートルの高さの山々がそのまわりと囲んでいる.第2次世界大戦のとき,フランスのレジスタンス部隊がそこを根拠地として活動したが,1944年,ドイツ軍は落下傘部隊を降下させて猛攻した.レジスタンス部隊は天然の要害を利用して抵抗.各所で激戦が繰りひろげられたが,1カ月後に陥落.約700人の戦死者をだした.「海の沈黙」の作者ヴェルコールはこの事件の地名を筆名にしているのである.』
 
 「海の沈黙」はレジスタンス小説として有名な短篇である.しかし,当時の私にとっては,レジスタンス小説というよりも,フランス文化を敬愛するドイツ軍人とドイツ軍に家屋を接収されたフランス嬢のプラトニック・ラブという印象がある.ドイツ軍人がケーキのババロアから彼の出身地ババリアを懐かしむシーンは,断片的ではあるが妙に脳裡に焼き付いている.岩波文庫から河野與一氏の訳で出ていたと記憶するが,だいぶ以前のことなので,すでに絶版になっているかもしれない.そうでないことを願っているが,・・・.
 
===================================