■691・ベルヌーイ数・保型形式

 リーマン・ゼータ関数の偶数における特殊値は
  ζ(2n)=2^(2n-1)π^2nBn/(2n)!
となる.ここでBnはn番目のベルヌーイ数を指していて,ベルヌーイ数の最初のいくつかを書くと,
  B1=1/6
  B2=1/30
  B3=1/42
  B4=1/30
  B5=5/66
  B6=691/2730
  B7=7/6
  B8=3617/510
である.
 
 ここで,Bn/nの分子を求めてみると
  n  Bn/nの分子
  1    1
  2    1
  3    1
  4    1
  5    1
  6   691
  7    1
となる.B5,B7のは1となったのに対して,B6の分子は691となり,6で割り切れないことに注目してほしい.
 
 これ以降,分子は急激に大きくなって
  n  Bn/nの分子
  8     3617
  9     43867
  10    174611
  11     77683
  12   236364091
したがって,691だけが残された形になる.
 
 つい先日,杉岡幹生氏推奨の
  加藤和也「解決!フェルマーの定理」日本評論社
を購読したのだが,その中でベルヌーイ数Bn,とくに
  B6=691/2730
に現れる素数691の数論的性質についての興味深い解説をみつけた.今回のコラムではあちこち寄り道しながら691の数論的性質を紹介したいと思う.
 
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【1】クンマーの定理
 
 フェルマーの問題『x^n+y^n=z^nでn≧3のとき,x,y,zは正の整数解をもたない.』は,n=1のときにはx+y=zという単なる足し算ですから,xとyにどんな自然数を入れても自然数zは必ず存在します.n=2の場合はピタゴラス方程式:x^2+y^2=z^2ですから,解は無限にあることがわかります.n=4の場合は,フェルマー自身が無限降下法という一種の背理法を用いて0と1の中間に整数が存在するという矛盾を導き出すことによって証明が与えられました.
 
 指数が3以上のフェルマー方程式については,n=3の場合はオイラー(1770年),n=5の場合はディリクレとルジャンドル(1825年),n=7の場合はラメ(1839年)によって証明が与えられ,それ以上のnについては素数の場合だけを調べればよいのですが,初等的な方法では手続きが急速に複雑になって行き詰まりこれ以上進むことに限界がありました.
 
 個々のnに対して攻略する時代はこれで終わり,あとは一般的なnに対する攻略の道筋にまったく新しい方向性と理論を見いだす必要があったのですが,最大のブレークスルーは1851年,クンマーによってなされました.
 
 クンマーは円分体の整数論の研究に専念し,
  (1)2≦k≦p−3なるすべての偶数kについて,有理数ζ(k)/π^kの分子がpで割れない
  (2)円分体Q(ζp)の類数(イデアル類群の元の個数)がpで割れない
は同値で,
  (3)Q(ζp)の類数がpで割れなければ,x^p+y^p=z^pを満たす自然数x,y,zは存在しない
ことを示したのです.
 
 正則素数pはBp-3 までのベルヌーイ数Bk の分子を割り切ることのできない素数として定義されていて,クンマーの定理によって正則素数であるすべてのnに対してフェルマー予想が成立すること,たとえば,100以下の非正則素数は37,59,67ですべてですから,この3つの数以外では100までのnに対してフェルマー予想が正しいことが証明されたことになります.
 
 非正則素数は無限に多く存在し,691も非正則素数のひとつです.そして,クンマーの定理を精密化したもの(詳しく正確にいったもの)は岩澤理論と呼ばれています.
 
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[注]文献によってはB2kとしていることもあるので注意が必要です.たとえば,
 「ベルヌーイ数とは,x/(exp(x)−1)
=1+B1/1!x+B2/2!x^2+B3/3!x^3+・・・
=ΣBn x^n/n!
によって定義される有理数で,x/(exp(x)−1)は数列{Bn}の指数型母関数になっています.」と書かれている場合は,奇数番目を飛ばさずに定義されているため,B1=−1/2で,
  x/(exp(x)−1)−B1/1!x=x/2・(exp(x)+1)/(exp(x)−1)
は偶関数ですから,奇数項は第一項以外は0で,偶数項はB2=1/6,B4=−1/30,B6=1/42,B8=−1/30,B10=5/66,B12=−691/2730,B14=7/6,B16=−3617/510,B18=43867/798,・・・
 
 あとは分子が急速に大きくなり,たとえば,B32=−7709321041217/510,B34=2577687858367/6です.分母は必ず6で割り切れます.数論の本では,ベルヌーイ数の定義としてこれを採用しているものが多いのですが,この場合,よく知られた公式は,
  B2k=(-1)^(k-1)・2(2k)!/(2π)^2k・ζ(2k)
と表されます.
 
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【2】重さ12の保型形式
 
 クンマーの定理により,新たに
  x^11+y^11=z^11
  x^13+y^13=z^13
  ・・・・・・・・・・
の場合の解の非存在がわかったわけですが,たとえば,691の場合,
  x^691+y^691=z^691
に自然数解のないことはクンマーの定理からは証明できません.691は非正則素数691であり,ζ(12)/π^12の分子が691で割り切れるからです.
 
 また,このことは円分体Q(ζ691)の類数が691で割り切れることを示しているのですが,691に対して,12の方は保型形式の重みと関係しています.以下,保型形式について簡単に述べてみます.
 
 保型形式が最初に現れたのは,1750年のオイラーによる五角数定理
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))   m(3m-1)/2は五角数
ですが,これを3乗した形の展開結果はかなり簡単になり,ヤコビの公式(1829年)
  Π(1-q^n)^3=Σ(-1)^m(2m+1)q^((m^2+m)/2)   (m^2+m)/2は三角数
が得られます.これらはヤコビの3重積公式の特別な場合になっています.
 
 ヤコビの公式を経て,数論はラマヌジャンの保型形式論の時代(24乗の場合)に突入します.オイラー数(オイラーの分割数)
  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)
    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・
すなわち,Π(1-x^n)^(-1)は分割数p(n)の母関数なのですが,それと同様にして,ラマヌジャン数が定義できます.
  f(x)=xΠ(1-x^n)^24=x{(1-x)(1-x^2)(1-x^3)・・・}^24
    =Στ(n)x^n=τ(1)x+τ(2)x^2+τ(3)x^3+・・・
  
 ラマヌジャンは,デデキントのイータ関数(重さ1/2をもつモジュラー関数),
  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
とおくと
  Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n
      zは虚部が正の複素数で,q=exp(2πiz)
を考え,そのフーリエ係数τ(n)を計算しました.
  τ(1)=1,τ(2)=-24,τ(3)=252,τ(4)=-1472,τ(5)=4830,τ(6)=-6048,
  τ(7)=-16744,τ(8)=84480,τ(9)=-113643,τ(10)=-115920,
  τ(11)=534612,τ(12)=-370944,・・・
 
 無限積をベキ級数に展開した式(フーリエ展開)が登場しましたが,このΔ(z)は,重さ12の保型形式
  Δ(az+b/cz+d)=(cz+d)^12Δ(z)
と呼ばれるものになっていて,オイラーの五角数公式を拡張した24乗版と考えられます.
 
 ラマヌジャン数は,オイラーの分割数のアナローグであり,
(1)mとnが素ならば,τ(m)τ(n)=τ(mn)
  τ(2)*τ(3)=-6048=τ(6),τ(2)*τ(5)=-115920=τ(10)
  τ(3)*τ(4)=-370944=τ(12),τ(2)*τ(9)=2727432=τ(18)
  τ(4)*τ(5)=-7109760=τ(20),τ(3)*τ(7)=-4219488=τ(21)
(2)τ(p^(n+1))-τ(p^n)τ(p)=-p^11τ(p^(n-1))
(3)τ(n)=σ11(n)(nの約数の11乗の総和)  (mod 691)
など驚くような性質をもっています.
 
 このようにフーリエ係数がnに関して乗法的性質をもつ保型形式は,ヘッケ固有形式と呼ばれるものなのですが,ここでも691が現れていることに注意して下さい.
 
 また,ラマヌジャンは保型形式を用いて,
  Σn^5/{exp(2πn)-1}=1/504
  Σn/{exp(2πn)-1}=1/24-1/8π
  Σn^3/{exp(2πn)-1}=1/80(ω/π)^4-1/240
  Σ1/n{exp(2πn)-1}=-π/12-1/2log(ω/√2π)
を証明しています.ここで,πとωはそれぞれ,
  π=2∫(0,1)1/√(1-x^2)dx=3.14159・・・(円周率)
  ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=2.62205・・・(レムニスケート周率)
です.
 
 これらの等式は,積分表示
  ζ(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)x^(s-1)/{exp(x)-1}dx
の離散化ともみることができますが,この式はコラム「プランク分布と量子化の概念」で紹介したプランク分布(Bose-Einstein統計)そのものです.
 
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 また,ラマヌジャンはラマヌジャン数のゼータについて考え,ある予想をたてました.ラマヌジャン数のゼータ,すなわち,
  L(s)=Στ(n)n^(-s)   (タウ・ディリクレ級数)
とおくと(オイラー積のアナローグ)
  L(s)=Π{1-τ(p)p^(-s)+p^(11-2s)}^(-1)
が成り立つことを予想したのです(1916年).
 
 ラマヌジャン数のゼータは,歴史上最初の2次のゼータといえるのですが,新種のゼータに関するこの予想は,翌年,モーデルによって証明されました(1917年).
 
 また,τ(p)はpが増加するとき,急激に増加するのですが,1974年,ドリーニュによって,ラマヌジャン予想(ハッセの定理のアナローグ),
  |τ(p)|<2p^(11/2)
が証明されています.ラマヌジャン予想はギリギリの予想であって,たとえばpの指数を11/2=5.5からちょっと小さくして5.499としたとすると,|τ(p)|<2p^5.499とはならない素数pが存在するのです.
 
 なお,佐藤予想のもとで
  τ(p)=2p^(11/2)cosθp
とおくと,任意に固定された0≦a≦b≦πに対して,偏角θpが[a,b]となる素数密度は
  2/π∫(a,b)sin^2θdθ
で与えられるだろうという予想がたてられています(セール,1968年).
 
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[補]重さ2の保型形式とラマヌジャン予想
 
 デデキントのイータ関数,
  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
において,関数
  F(z)=η(z)^2η(11z)^2
    =qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2=q-2q^2-q^3+2q^4+q^5+2q^6-2q^7+・・・
    =c(n)q^n,q=exp(2πiz)
を考えます.c(n)はF(z)のフーリエ係数です.
 
 F(z)は,
  ad-bc=1,c=0(mod 11)
なる任意の整数a,b,c,dに対して
  F(az+b/cz+d)=(cz+d)^2F(z)
を満たします.このとき,F(z)は重さ2の保型形式をもつといいます.
 
 また,F(z)のフーリエ係数c(n)を使って,ディリクレ級数
  φ(s)=Σc(n)/n^s
を定義します.ディリクレ級数はリーマンのゼータ関数
  ζ(s)=Σ1/n^s
を一般化したものです.
 
 ラマヌジャンは,このとき,
  L(s;E)=φ(s)
を予想しています.この予想は,1954年,アイヒラーが楕円曲線:y^2+y=x^3−x^2のゼータ関数と保型形式:F(z)=qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2のゼータ関数が,すべての素数に対して一致することを示すことによって解決されました(アイヒラー・井草).
 
 アイヒラーが示したラマヌジャン予想「解析的ゼータ=代数的ゼータ」は,ゼータの統一の先駆けであったのですが,これは谷山予想(谷山・志村・ヴェイユ予想)の特別な場合であって,「Q上の任意の楕円曲線のL級数は重さ2の保型形式のヘッケL級数に等しい」という谷山予想は最近ワイルズらによって解かれました.
 
 すなわち,ラマヌジャン予想・谷山予想は,ワイルズのフェルマー予想の証明(1995年)に至る大きなステップであって,20世紀の数論の原動力として重要な役割を果たしたといえるのです.また,オイラーの五角数定理は,左辺がイータ関数,右辺がテータ関数と呼ばれる保型形式の原型を与えていたので,19世紀には,
  デデキントのイータ関数=ヤコビのテータ関数
すなわち,保型形式の間の等式と捉えられるようになりました.
 
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[補]重さ0の保型形式とムーンシャイン予想
 
 SL(2,Z)群上,最も単純な(基本的・古典的)保型形式は重さkのアイゼンシュタイン級数
  Ek=1/2Σ1/(mz+n)^k
    m,nは互いに素,kは整数4,6,8,・・・(4以上の偶数)
です.すなわち,アイゼンシュタイン級数は変換公式
  Ek(az+b/cz+d)=(cz+d)^kEk(z)
    c,dは互いに素
を満たすというわけです.
 
 保型性の定義から
  Ek(z+1)=Ek(z)
  Ek(-1/z)=z^kEk(z)
はすぐわかりますが,前者は周期性,後者は双対性と理解することができます.
  Ek(z+1)=Ek(z)    (周期性)
  Ek(-1/z)=z^kEk(z)  (双対性)
 
 この保型性の定義は周期性f(x+1)=f(x)を含むので,任意の保型形式はq=exp(2πiz)とするフーリエ展開のもち,
  E4(z)=1+240Σσ3(n)q^n
  E6(z)=1−504Σσ5(n)q^n
  E8(z)=1+480Σσ7(n)q^n
  ・・・・・・・・・・・・・・・・
     σk(n)はnの正の約数のk乗和
 
 ベルヌーイ数を用いると
  Ek(z)=1−2k/BkΣσk-1(n)q^n
また,ζ(1-k)=−Bk/kにより
  Ek(z)=1−2/ζ(1-k)Σσk-1(n)q^n
とも表されます.これらはすべてのσk(n)を教えてくれる母関数であり,それが保型性を示しているという事実が,モジュラー関数は深淵といわれる所以です.
 
 アイゼンシュタイン級数を用いると
  Δ(z)=η(z)^24=qΠ(1-q^n)^24
     =q-24q^2+252q^3-1472q^4+5483q^5+・・・
  Δ(z)=1/1732(E4(z)^3-E6(z)^2)
と表されます.
 
 19世紀の後半,デデキントとクラインは独立に重さ0の保型関数
  j(az+b/cz+d)=j(z)
を構成しました.j(z)は最も簡単でよく知られているSL(2,Z)不変な保型関数で,q=exp(2πiz)とおくと,
  j(z)=E4(z)^3/Δ(z)
    =1/q+744+196884q+21493760q^2+864299970q^3+・・・
と展開されます.
 
 ところで,1973年,イギリスのケンブリッジ大学で誕生し,コンウェイによりモンスターと命名・愛称された散在型有限単純群モンスターを線形群の中に埋め込むとすると,最低でも196883次の行列GL(196883,R)が必要になります.
 
 このモンスターの既約表現の次数dnと係数cnを小さい方から数個あげると
  d0=1
  d1=196883      c1=196884
  d2=21296876    c2=21493760
  d3=842609326   c3=864299970
となるのですが,j関数のq展開に現れる係数196884とモンスター群の既約表現の最小次数196883がほとんど等しいことに注目すると,q,q^2,q^3等の係数は
  c1=d0+d1
  c2=d0+d1+d2
  c3=2d0+2d1+d2+d3
のようにモンスターの既約表現の簡単な線形結合となっていることを見いだされました.これは単なる偶然の一致なのでしょうか?
 
 ムーンシャイン予想の出発点の出発点であるマッカイ・トンプソン予想,コンウェイ・ノートン予想には,このような不思議な事実がたくさん収集されています.しかし,後にボーチャーズが,現代物理学の弦理論にその原点をもつヴィラソロ代数(頂点作用素代数)を用いることによって,これは単なる偶然の一致ではなく,そこに何か真実が隠されていることをつきとめます.
 
 ボーチャーズはその功績によりフィールズ賞を受賞するのですが,さらに,ボーチャーズは一般化されたカッツ・ムーディー・リー代数を導入して,マクドナルド恒等式を導いた論法を適用することにより,分母公式は
  J(p)−J(q)=p^(ー1)Π(1−p^mq^n)^c(mn)
となることを示しました.この等式は19世紀のデデキントのイータ関数の変形のようでもあり,ヤコビの3重積公式
  Σq^(m^2)y^m=Π(1−q^2n)(1+yq^(2n-1))(1−yq^(2n-1))
にも結びついています.
 
 これにより,ムーンシャイン予想の一応の解決となったわけですが,ムーンシャイン予想は保型関数論のように古典的なものでもあり,また,物理学の弦理論のように新しいものでもあったというわけです.
 
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【3】ベルヌーイ数とエキゾチックな球面
 
 ゼータ関数の世界は,保型形式や代数幾何学と結びついて広大な世界を形成しているのですが,1987年にウィッテンにより,素粒子の超弦理論はアデール理論として捉えられたことにより,最近では素粒子の超弦理論との関連も研究されています.さらに,ベルヌーイ数とは何の関係のなさそうに見える微分トポロジーとも関連性が示されています.
 
 どんなBn/nの約数にもならない素数は正則素数と呼ばれるのですが,与えられた素数pの正則性を確かめるためには,クンマーの合同式により,
  1≦n≦(p−1)/2
について,Bnの分子を調べればよいことになります.1850年,クンマーはどんなBn/nの分子の約数にもならない素数(正則素数)をベキ指数とする場合に,フェルマーの最終定理を証明して以来,正則素数の判定にも顔を出す興味深い数となりました.
 
 Bn/nを既約分数で表したときの分母を求めることは,1840年,クラウセンとフォン・シュタウトの定理により,厳密に求めることが容易になったのですが,Bn/nの分子はnに対して急激に増加するため,計算はずっと難しかしくなります.
 
 以下に,nが小さいときの表を掲げておきますが,漸近評価
  Bn/nの分子>Bn/n>4/√e(n/πe)^(2n-1/2)
より,
  (n/πe)^(2n)
のオーダーとなりますから,n>πe=8.539・・・のとき,分子は急激に大きくなることが示されます.
 
  n  Bn/nの分子  n  Bn/nの分子
 ≦5    1      9     43867
  6   691      10    174611
  7    1      11     77683
  8   3617      12   236364091
 
 この分子の値は,平行化可能な多様体の境界となるエキゾチック(4n−1)次元球面の微分同相からなる群が,位数
  2^(2n)(2^(2n-1)−1)・Bn/nの分子
の巡回群であることから,微分トポロジーの研究者の注意を引くものとなっていたのですが,・・・
 
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 半径が1の球面の公式は
  1次元球面:x^2+y^2=1
  2次元球面:x^2+y^2+z^2=1
  3次元球面:x^2+y^2+z^2+w^2=1
という具合に変数を増やしていくだけですから,そこには本質的な違いは生じないような気がします.
 
 ところが,ある次元を境にして奇妙なことが起こることが知られています.奇妙なことというのは,米国の数学者ミルナーが発見した7次元球面(8次元球の表面)では,微分同型写像で互いに移ることができない孤立した微分構造が28個もあるというものです(ミルナーの定理:1956年).
 
 ミルナーはエキゾチックな球面Σ^7を構成し,それが通常の7次元球面S^7とは異なることを,ヒルツェブルフの指数定理を用いて証明しました.M^8の交点行列の指数は8であるが,微分同相であると仮定すると7で割り切れなければならず,背理法でミルナーの主張がいえるのです.
 
 結局,B7の分子が7で割り切れることが,ミルナーがエキゾチック球面の証明に用いた方法に繋がったのですが,ミルナーの定理は微分トポロジーにおける定理であり,一方,ベルヌーイ数は主に数論の世界で用いられる定数であって,意外なものが顔を出すところに,ベルヌーイ数の奥深さが感じられます.
 
 通常の微分構造が球面を除いた27個はエキゾチックな球面と呼ばれます.「7次元球面には8次元ユークリッド空間の単位球面とは異なる微分構造が入る」といっても,これだけでは何が何だか意味不明ですが,Σ^7とS^7は位相同型であっても微分同相にならない,すなわち,なめらかさの構造がまったく異なるというのです.
 
 しかし,微分構造とか微分同型写像とかの意味はよくはわからなくても,ミルナーの発見が衝撃的な事実であることはすぐに理解できます.われわれは,微分という言葉を何気なく使っていますが,微分が1種類とは限らないというのは直観に反していて実に驚くべきことであり,当時,ほとんどだれも予想し得なかったことだからです.ミルナーはこの業績でフィールズ賞を受けました.
 
 球面に許される微分構造の数を表にしてみると,
  次元  微分構造  次元  微分構造  次元  微分構造
  1   1      7   28     13   3
  2   1      8   2      14   2
  3   1      9   8      15   16256
  4   -      10   6      16   2
  5   1      11   992
  6   1      12   1
 
 7次元までの2次形式は単位行列から定まる2次形式
  x1^2+・・・+xn^2
と同型になるのですが,n=8ではこの情勢が覆り同型ではなくなります.このように,微分構造に関しては次元に関する制約がでてくるので,7次元以上では本質的に異なっていると考えられるのです.トポロジーは曲げたり伸ばしたりの連続変形を施しても変わらないようなもの(=位相不変量)を研究するのですが,空間の性質は,次元が変わるごとに劇的といってよいほど変わります.しかし,それは単にオイラー標数の話だけでなく,そこにはもっと深い幾何学的な事情があったのです.
 
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【4】ベルヌーイ数の一般化
 
 ベルヌーイ数が整数論にとって欠かすことができない存在なのは,ゼータ関数との関係にその理由があり,リーマンのゼータ関数
  ζ(s)=Σ1/n^s=Π(1−p^(-s))^(-1)
とベルヌーイ数との間には,次の公式が成り立ちます.
  Π1/(1−p^(-2m))=ζ(2m)=Bm/2・(2π)^(2m)/(2m)!
 
 ベルヌーイ数は,数多くの魅惑的な整数論的特性をもっていて,元来はベキ乗和の公式
  Σk^s=1^s+2^s+3^s+・・・+n^s
を求めるために1713年に考案されたものですが,次のようなベキ級数展開に現れる係数として定義されます.
  x/(1−exp(-x))=1+1/2x+Σ(-1)^(k-1)Bk/(2k)!x^2k
 
 同じことですが,ベルヌーイ数は
  x/tanhx=xcoshx/sinhx
=1+B1/2!(2x)^2−B2/4!(2x)^4+B6/2!(2x)^6−・・・
 あるいは,x/tanhx=2x/(exp(2x)−1)+xより,
  x/(exp(x)−1)=1−1/2x+B1/2!x^2−B2/4!x^4+B3/6!x^6−・・・
の係数として得られます.
 
 さらに,ベルヌーイ数を用いたベキ級数展開をいくつか掲げておきます.
a)1/sinh2x=1/tanhx−1/tanh2xより,
  x/sinhx=1−(2^2−2)B1/2!x^2+(2^4−2)B2/4!x^4−・・・
 
b)1/tanhx=2/tanh2x−1/tanhxより,
  tanhx=2^2(2^2−1)B1/2!x−2^4(2^4−1)B2/4!+・・・
 
c)tanhix=itanxより,
  tanx=2^2(2^2−1)B1/2!x+2^4(2^4−1)B2/4!+・・・
 
 母関数は,整数の性質を調べるのにベキ級数の問題(関数論)に翻訳することによって答えを見つけることができる強力な発見手段となっているのですが,これらの式はベルヌーイ数の別の形の母関数表示を与えているものと考えられ,実際,数論的に面白い性質を証明するのに利用することができます.
 
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 また,定義より,ベルヌーイ級数は,べき級数
  (exp(x)−1)/x=1+1/2!x1 +1/3!x2 +1/4!x3 +・・・
の反転級数と考えることができます.
 
 exp(x)=1+1/1!x+1/2!x2 +・・・
ですから,
x/(exp(x)−1)
=x/(x+x^2/2!+x^3/3!+・・・)
=1/(1+x/2!+x^2/3!+・・・)
=1-(1+x/2!+x^2/3!+・・・)+(1+x/2!+x^2/3!+・・・)^2-・・・
=1-1/2x+1/6x^2-1/30x^4+・・・
 
 ベルヌーイ数については,再帰公式
  (B+1)^n-B^n=0
が成り立ちます.ただし,2項展開してからB^nをBnで置き換えることにします.
 
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 ベルヌーイ数と似たものにオイラー数やタンジェント数があります.オイラー数は,
  sechx=ΣEn/n!x^n
=E0/0!+E2/2!x^2+E4/4!x^4+・・・
で,べき級数
  coshx=1+1/2!x^2+1/4!x^4+1/6!x^6+・・・
の反転級数として定義されます.
 
 オイラー数では再帰公式
  (E+1)^n-(E−1)^n=0
が成り立ちます.
  E0=1,E2=-1,E4=5,E6=-61,E8=1385,E10=-50521,・・・
  E1=E3=E5=・・・=0
 
 一方,三角関数:tanxのベルヌーイ数を用いた展開
  tanx=Σ(-1)^(n-1)2^2n(2^2n−1)B2nx^(2n-1)/(2n)!
におけるx^(2n-1)/(2n−1)!の係数
  Tn=(-1)^(n-1)2^2n(2^2n−1)B2n/2n
はタンジェント数と呼ばれる正の整数です.
 
 この展開式は,ベルヌーイ数の別の形の母関数表示を与えています.すなわち,三角関数の展開公式にもベルヌーイ数がでてくるのですが,三角関数(円関数)を楕円関数に置き換えても,展開係数はベルヌーイ数と似たような数論的性質をもってくることが予想されます.
 
   ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=1/2B(1/4,1/2)
    =2^(-3/2)π^(-1/2)Γ^2(1/4)=2.62205・・・
とおくことにしましょう.これはレムニスケート積分と呼ばれるものですが,2ωがレムニスケートの全長です.すなわち,レムニスケート積分は周期2ωをもつことがわかります.円に類比すると,レムニスケートの定数ωは円に対するπと同じ役割を演じていることになります.
  π=2∫(0,1)1/√(1-x^2)dx=3.14159・・・(円周率)
  ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=2.62205・・・(レムニスケート周率)
 
 さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件は,nがフェルマー素数(n=22^m+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.
 
 このような考え方は三角関数についての現象を一般化するときの常套手段となっているのですが,その展開係数がフルヴィッツ数Hnです.三角関数の場合のベルヌーイ数
  1/sin^2(x)=1/x^2+Σ(-1)^(n/2-1)2^nBn/n・x^(n-2)/(n−2)!
と対比させると,フルヴィッツ数はワイエルシュトラスの楕円関数のローラン展開
  p(z)=1/z^2+Σ2^nHn/n・z^(n-2)/(n−2)!
で定義されます.
  H4=1/10,H8=3/10,H12=567/130,H16=43659/170,H20=392931/10,
  H24=1724574159/130,・・・
 
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[補]算術幾何平均
 
 aがx^2=2の解ならばa=2/aが成り立ちます.aがいくらか不正確,たとえば過小評価であるならば,2/aは過大評価となります.過小評価と過大評価の中間(算術平均)はaと2/aのいずれよりもよい評価となります.
 
 かくして,算術平均
  an+1=1/2(an+2/an)
によって定義される数列は√2に収束することになります.この場合,2の平方根をニュートン法x:=x-f(x)/f'(x)で求めるのと同じことになります.ニュートン法の幾何学的意味は「初期値x0における関数の勾配を求めて,接線とx軸の交点を求める.この点において,同様の作業を行うとxは順次解に近づいていく.」と解釈されます.
 
 次に,算術平均に加えて,幾何平均も考えることにします.
「2数a0 ,b0 をとり,それらの算術平均a1 =(a0 +b0 )/2,幾何平均b1 =√a0 b0 を計算する.次に,a1 ,b1 の算術平均と幾何平均を計算し,a2 =(a1 +b1 )/2,b2 =√a1 b1 とする.すると,an とbn は急速に同じ極限M(a,b)に到達する.」
 
(証明)
a0 >b0 とする.
a1 =(a0 +b0 )/2<(a0 +a0 )/2=a0
b1 =√a0 b0 >√b0 b0=b0
a1−b1= (a0 +b0 )/2−√a0 b0=1/2(√a0−√b0)>0
帰納的に
a0>・・・>an >an+1>bn+1>bn >・・・>b0
より数列{an},{bn}は単調数列となり,同じ値に収束することがわかる.
 
 このように,1組の数(a,b)に対して,算術および幾何平均を考えて,
  (a,b):=((a+b)/2,√(ab))
と繰り返す算法を算術幾何平均法と呼びます.ラグランジュ,ガウス,ルジャンドルは18世紀に算術幾何平均を熟知していたようです.ガウス・ルジャンドルの算術幾何平均法では,反復のたびに有効数字は2倍になりますから,数値計算アルゴリズムの強力な武器となりえます.
 
  ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=2.62205・・・(レムニスケート周率)
は,ガウスが算術幾何平均の研究から発見に至ったのですが,
  M(a,b)=π/2/∫(0,π/2)dθ/(a^2cos^2θ+b^2sin^2θ)^(1/2)
より
  M(√2,1)=π/ω
となります.また,レルヒの公式
  Δ(i)=(ω/π√2)^12=Γ^24(1/4)/2^24π^18
  E4(i)=3(ω/π)^4=3Γ^8(1/4)/64π^6
もこの兄弟分にあたります.
 
 楕円積分の二重周期は算術幾何平均法を使って計算されます.実際,東京大学の金田康正氏のグループは楕円積分の計算と関係した算術幾何平均法を用いて円周率πの計算の世界記録を樹立しました.その計算量はO(nlogn)となり,計算能率はtan^(-1)(x)の展開公式O(n^2)よりも格段に優れています.円周率πの計算や巨大な素数の発見はコンピュータシステムの信頼性や処理速度といった性能をテストするのに最適ということです.
 
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[補]レムニスケート周率
 
 ガンマ関数(オイラーの第2種積分)は,
  Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt
ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,
  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.
 
 ベータ関数において,a=m/n,b=1/2とおき,t=x^nと置換すると,
  ∫(0,1)x^(m-1)/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(m/n)√π/nΓ(m/n+1/2)
したがって,
 (m,n)=(1,1)のとき,∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
 (m,n)=(1,2)のとき,∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
 (m,n)=(1,3)のとき,∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
 (m,n)=(1,4)のとき,∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
が得られます.
 
 レムニスケート周率ωが,
  ω=Γ^2(1/4)/2^(3/2)π^(1/2)
と書けるいうわけです.
 
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