■数学史よもやま話

 学問があったらその歴史を研究する必要があるのだが,私は数学史をあまり勉強しなかった.数学史を教育のための道具と見なしているような感じがして,反発を覚えたからだ.だがしかしカッツ著「数学の歴史」を阪本ひろむ氏から借りて読んだことを契機として何冊かの本にあたってみた.あれだけの文量があるからには,三線・四線問題やトリチェリのラッパの問題のほかにもネタになるものはあるだろうと思ったからだ.

  [参]カッツ著「数学の歴史」,共立出版

  [参]加藤明史著「ガウス・整数論への道」,現代数学社

  [参]一松信著「コーシー・近代解析学への道」,現代数学社

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【1】種々雑多な数学史

[1]コーシー積分?

 コーシーは披積分関数が無限となるような値を内部に含む複素平面上の閉曲線へと積分区間を拡張することにより,

  ∫(-∞,∞)exp(ix)/(1+x^2)dx=π/e

あるいはその実部をとって

  ∫(-∞,∞)cosx/(1+x^2)dx=π/e

を示した.これは半円と実軸上の区間からなる経路上の留数によって計算できる.

 この積分はある意味,シンク積分

  ∫(-∞,∞)(exp(ix)-exp(-ix))/xdx=2i∫(0,∞)sinx/xdx=πi

  ∫(0,∞)sinx/xdx=π/2

よりも興味深い.あの有名なe(=2.71828・・・),π(=3.14159・・・)を結びつける美しいオイラーの関係式

  exp(iπ)+1=0

に見えないだろうか.

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[2]フェルマー数

 Fn =2^(2^n)+1の形の素数をフェルマー素数といいます.

  F0=3,F1=5,F2=17,F3=257,F4=65537257

は素数であることがわかります.フェルマーはこの型の数がすべて素数だと勘違いしていて必ず素数を与える式として考え出されたのですが,n=5であっけなく破綻してしまいました.

  F5=2^(2^5)+1=4294967297=641×6700417

 この間違いを発見したのはフェルマーから約100年後のオイラーです.彼は約数641をあてずっぽうでみつけたのでも,2,3,5,7,・・・と割っていって執念で見つけたのでもありません.オイラーはFn が合成数であるならば,それはあるkに対してk2^(n+2)+1であることを知っていて,F5 の中の因数641=5・2^7+1を見つけたのです.現在,n=0,1,2,3,4の5個以外にフェルマー素数はみつかっていません.

 また,フェルマー数は簡単な漸化式Fn=(Fn-1−1)^2+1を満たしています.この式から

  Fn−2=Fn-1(Fn-1−1)=・・・=F0F1・・・Fn-1

言い換えれば,Fn−2はそれより小さいすべてのフェルマー数で割り切れることがわかります.

(Q)F0=3,F1=5を除けば,フェルマー数Fnの末位の数は7であることを証明せよ.

(A)n≧2に関する数学的帰納法で

  2^(2^n)=6  (mod10)

を示せばよい.n=2のとき

  2^(2^2)=16=6  (mod10)

n=kのとき2^(2^k)=6  (mod10)であるとすれば,n=k+1のとき,

  2^(2^k+1)=36=6  (mod10)

を得る.

 なお,

  F1=5

  Fn=F0F1・・・Fn-1+2=(5の奇数倍)+2

を用いれば,Fnの末位は7になることがわかる.

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[3]ピタゴラス数

 直角三角形では斜辺をc,他の二辺をa,bとすると,ピタゴラスの定理「a^2+b^2=c^2」が成り立つことはよく知られています.特に,三辺の長さが整数である直角三角形をピタゴラス三角形といいます.3元2次の不定方程式a^2+b^2=c^2の整数解を求める問題をピタゴラスの問題といいますが,(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17),・・・などがその解です.

 ピタゴラス三角形は無限にあり,その一般形にはいくつかの変形がありますが,m,nを整数,kを相似係数として

  a=k(m^2−n^2),b=2kmn,c=k(m^2+n^2)

が形も簡単で広く用いられています.二つの文字を使った公式

  (m^2−n^2)^2+(2mn)^2=(m^2+n^2)^2

では全部を表すことができます.逆に,この式から4より大きい平方数は常に2つの自然数の平方の差として表されることがわかります.

 4000年も前の紀元前二千年頃に,エジプトでは(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17)などのピタゴラス三角形が知られていたことがパピルスに記録されています.また,同じ頃のバビロニアの粘土板プリンプトン322にはピタゴラスの定理が成り立つような3数の組が15組刻まれているのですが,その中のきわめつけが(12709,13500,18541)です.この数値は試行錯誤で得られるような代物ではなく,バビロニア人たちはすでに一般的なピタゴラスの定理を知っていたのではないかと想像されます.

 すべてのピタゴラス三角形は整数の面積をもっています.三辺の長さと面積が整数である三角形をヘロン三角形といいますが,直角三角形でない三角形の中にもヘロン三角形は存在します.ヘロン三角形は2つのピタゴラス三角形を貼り合わせることで簡単に作ることができ,たとえば,直角三角形(5,12,13)と直角三角形(9,12,15)から三辺の長さが(13,14,15)で面積が84の鋭角三角形と三辺の長さが(4,13,15)で面積が24の鈍角三角形が得られます.一般に,3辺と面積が有理数であるようなすべての三角形は,有理数辺をもつ2つの直角三角形から合成されます.3辺がすべて有理数の直角三角形は適当な整数倍によってピタゴラス三角形になりますから,ヘロン三角形は広義のピラゴラス三角形から合成されるといってもよいでしょう.なお,直角三角形の面積は6の倍数ですが,それが平方数となる(a,b,c)は存在しません.

(Q)ピタゴラスの問題x^2+y^2=z^2において,(3,4,5)がこの方程式を満たすことはよく知られている.x,yの一方は偶数であるとして,x,y,zの少なくともひとつは3の倍数であり,少なくともひとつは4の倍数であり,少なくともひとつは5の倍数であることを証明せよ.

(A)x,y,zのいずれも3の倍数でないとすれば,それらは3k±1の形であるから

  (3k±1)^2=1  (mod3)

であるから,x^2+y^2=z^2  (mod3)の左辺は2,右辺は1となって不合理.

 x,y,zのいずれも4の倍数でないとすれば,それらは4k±1,4k±2の形である.

  (4k±1)^2=1  (mod8)

  (4k±2)^2=4  (mod8)

であるから,yを4k±2の形とするとx^2+y^2=z^2  (mod8)の左辺は5または0,右辺は1または4となって不合理.

 x,y,zのいずれも5の倍数でないとすれば,それらは5k±1,5k±2の形である.

  (5k±1)^2=1  (mod5)

  (5k±2)^2=4  (mod5)

であるから,x^2+y^2=z^2  (mod5)の左辺は2,0,3,右辺は1または4となって不合理.

 したがって,ピタゴラスの三角形においてxyは偶数であるから,面積は整数であり,xyzは60の倍数であることも証明された.

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[4]ガウスの定理

 複素数係数の2次方程式f(z)=0の複素数解をα1とα2,1次方程式f’(z)=0の解をβとする.このとき,線分α1α2の中点が点βとなる.(あとのためには,点βが線分α1α2の中点であるというよりも,点βが線分α1α2の重心であるといったほうがよい.)

 複素数係数の3次方程式f(z)=0の複素数解をα1,α2,α3,2次方程式f’(z)=0の解をβ1,β2とする.このとき,線分β1β2は三角形α1α2α3に含まれる.1次方程式f”(z)=0の解をγとするとき,線分β1β2の中点が点γとなる.

 一般に,n次方程式f(z)=0の複素数解をα1,α2,・・・,αnと書くことにすると,n−1次方程式f’(z)=0の解β1,β2,・・・,βn-1はn角形[α1,α2,・・・,αn]に,n−2次方程式f”(z)=0の解γ1,γ2,・・・,γn-2はn−1角形[β1,β2,・・・,βn-1]に含まれる.・・・.1次方程式f^(n-1)(z)=0の解ωはn角形[α1,α2,・・・,αn]の重心となる.

 「代数学の基本定理」の解の位置関係については,このようなことまで成り立ってしまうのです.さらに「ガウスの定理」より「ファンデンバーグの定理」

  『複素数係数の3次方程式f(z)=0の複素数解をα1,α2,α3,2次方程式f’(z)=0の解をβ1,β2とする.このとき,線分β1β2は三角形α1α2α3に含まれる.1次方程式f”(z)=0の解をγとするとき,線分β1β2の中点が点γとなる.』ですが,もっと面白い現象

  『2点β1,β2は三角形α1α2α3の3辺の中点でこれらの辺に接する楕円の焦点になる.』

に到達することができます.→コラム「n次方程式とガウスの定理」参照

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[5]ミンコフスキーの定理とピックの定理

 ミンコフスキーは数論家として出発しましたが,研究を進めるにしたがって次第に幾何学に興味を惹かれるようになり,幾何学的方法を用いて数論を研究する「数の幾何学」と呼ばれる新しい数学分野を打ち立てました.格子点定理(1896年)が数の幾何学の基礎となっているのですが,格子点定理は次のように述べることができます.

 「平面(n次元空間)上の任意の単位格子において,1つの格子点を中心として1辺の長さが2の正方形(面積4の平行四辺形,面積2^nの中心対称な凸体)を任意の向きにおいてみると,内部あるいは境界上にもうひとつの格子点が必ず存在する.」

 一方,ピックの公式(1899年)とは,任意の格子多角形の面積が以下の式で表されるというものである.

  A=I+B/2−1

   A:格子多角形の面積

   I:内部の点の個数

   B:境界線上の点の個数

すなわち,格子点平面の折れ線で囲まれた面積は(凸であれ凹であれ)格子点の数で表せるという「格子の幾何学」の美しい公式であるが,ミンコフスキーの格子点定理を用いて,ピックは彼の興味深い定理を証明した.

 ところで,ピックの定理を一般化して,3次元格子上に頂点をもつ多面体の体積公式を作ることができるだろうか? 実は,3次元の任意の格子多面体に対しては内部や境界面上の点の個数から体積を求める式はないことが証明されている(リーブ,1957).

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[6]スタインハウスの問題

 平面上の点で座標が両方とも整数の点を格子点といいます.

(Q)与えられた整数nに対して,平面上の円でちょうどn個の格子点を囲むものが存在するか?

という問いかけはスタインハウスが1957年に提起した問題です.シェルピンスキーはスタインハウスの問題に肯定的に答えています.

(A)点(√2,1/3)は平面上のすべての格子点から異なる距離にある.

(証)(a1,a2),(b1,b2)は点(√2,1/3)から等距離にある異なる格子点と仮定すると

(a1−√2)^2+(a2−1/3)^2=(b1−√2)^2+(b2−1/3)^2

a1^2+a2^2−b1^2−b2^2−2/3a2+2/3b2=2(a1−b1)√2

 √2が無理数であることより

  a1−b1=0かつa2^2−b2^2−2/3(a2−b2)=0

したがって,

  a2+b2−2/3=0

でなければならない.しかし,a2,b2は整数であるから明らかに矛盾する.よって,点(√2,1/3)から格子点までの距離はすべて異なることがわかる.

 2つの無理数,たとえば点P(√2,√3)に対しても同様に証明することができる.3頂点とも格子点であるような正三角形,3頂点とも格子点であるような正五角形は存在しない.

(Q)与えられた整数nに対して,平面上の円でちょうどn個の格子点を通る円が存在するか?

(A)yes.

 n=2(k+1)のとき,点(1/2,0)を中心とする円

  (2x−1)^2+(2y)^2=5^k

 n=2k+1のとき,点(1/4,0)を中心とする円

  (4x−1)^2+(4y)^2=5^2k

がちょうどn個の格子点を通る円となる.

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【2】カッツ著「数学の歴史」(阪本氏の書評・その2)

[1]ネイピアと対数について

 ネイピアは指数法則を知らずに対数を発見した.彼は三角関数のかけ算に対する対数の法則を見つけた.これはカジョリの「初等数学史」「数学史」にも記載されている.この「三角関数の対数表」というのがピンとこなかったが,カッツの本を読んで納得.

  Sin a Sin b = 1/2(Cos (a-b) - Cos(a + b))

をもとに,ネイピアは対数表を作ったのだ.

[2]ユークリッド原論の第2巻のグノーモンについて

 東大出版会のユークリッド関連の本(全集と「ユークリッド原論の成立」)では,旧来の説(グノーモンは幾何学的代数論に相当する)が否定されている.しかし,カッツの本を読むと旧来の説は正しいような気もする.イスラムの数学は,ユークリッド原論を継承したうえで,グノーモンのような方法(幾何学的代数)を応用して,代数を研究しているように見える.歴史というのは難しいものだ.

[3]和算について

 関孝和の行列式のみを扱っている.これはこのような大著としては画期的だと思う.関孝和には他の業績もあるし,建部の業績なども載せてほしいところだ.しかし,現実には藤原松三郎の研究などは十分海外に紹介されていない.もう少し,日本の科学史研究者が研究成果を海外に紹介するべきだと思う.

 なお,算額については英語版の算額の解説書が日本語版より先に出版されている.算額の内容は複雑な図形の面積の計算などが多い.また,日本の受験数学の問題は算額に描かれているものと似たものが多い.

[4]バナッハ空間について,など

 カッツの本の解説には不満.私はトライしなかったが,練習問題もすこしホームページに載せてみては如何か?

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