■変形する多面体とふいご予想(その2)

 n角形(n>3)の各頂点にハトメがついているとしたら,その多角形は容易に変形するのですが,それに対して三角形は実に頑丈で安定しています.多角形は筋交いを入れて三角形に分割する補強をしないと堅牢な構造にはなりません.

 それでは三角形の面だけでできている多面体で,多面体の辺が蝶番でつながれているとしたら,その立体は辺の長さを変えずに変形できるでしょうか? (面には堅い板が使われていてまったく曲がらない,変化するのは面同士の角度だけものとする.)

 コーシーの剛性定理(1813年)より凸多面体は変形しないのですが,凸でない場合は変形する可能性があります.また,折り曲げ可能多面体が(面の形を変えずに)変形しても体積は変わらないことが証明されています(1997年,コネリー,ワルツ,サビトフ).つまり形状の変わる多面体では体積は変化しないのでふいごは風を送れない,ふいごとして使えないという定理です.

 しかし,アコーディオンの蛇腹が変形すると音がでるわけで,この一見すると矛盾する事実は,それぞれの面が完全な剛性をもつ板であることを想定しているからです(アコーディオンの蛇腹は少したわむので演奏できるのだ).なお,2次元ではハトメのついた長方形を平行四辺形に変形させると面積は小さくなりますから,この定理は明らかに3次元空間の特別な性質といえるでしょう.

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【1】折り曲げ可能な多面体

 面の形は変わらずに二面角が変わる連続的な運動を「多面体の折り曲げ」という.1813年,コーシーはどんな凸多面体でも折り曲げ不可能なことを証明した(剛性定理).1897年,ブリカールは折り曲げ可能な閉多面体が存在することを証明し,とくに折り曲げ可能8面体については3型に分類されることを述べている.

 形状が変わる凹多面体をはじめてみつけたのはブリカールだが,その多面体では面同士が互いに貫通した自己交差をもつものであった.そのため,面を取り除き,辺を針金細工にしなければ実際に作ることはできなかった.この多面体は自己交差する8面体とみるよりも,3次元リンクと考えたほうがよい.

 形状の変わる性質を保ったまま面同士が貫通しないもの(すなわち3次元空間に埋め込まれたもの)を見つけたのは1978年のコネリーで,コネリーの多面体(三角形だけではない30面,50辺,22頂点からなる)は大変な驚きをもって受けとめられた.その後,コネリーは,18面の変形する多面体を発見した.

 コネリーの多面体のあと,いくつかの単純化がおこなわれた.1978年にはシュテッフェンにより9つの頂点と14の三角形面からなる最も単純な折り曲げ可能多面体が考案されている.この多面体の展開図は高い対称性をもっている(それでもなおシュテッフェン多面体の体積に対する多項式をパソコンで求めることはできないという).後年,8頂点の任意の多面体は剛性をもつことが証明されたので,その意味でシュテッフェンの多面体は最小である.すなわち,三角形面をもつ変形する多面体としては14面が一番少ない面数であることがわかっている.

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【2】鍛冶屋のふいご

 これまで知られているすべての変形する多面体は体積が一定であったので,折り曲げ可能多面体の体積はその折り曲げ過程で変化しないと予想されました.この予想は「鍛冶屋のふいご予想」と名付けられました.ふいごから風はでない=多面体は曲げられるが呼吸はしないというこの仮説は1977年から1978年にかけて何人かの数学者によって定式化されたのですが,ほぼ20年の間,証明も反証も成功しませんでした.

 そして,1997年,コネリー,ワルツ,サビトフらによってヘロンの公式の多面体の体積への拡張により証明されています.

 三角形は3辺の長さa,b,cが与えられれば一意に決まりますから,当然面積も決まり,面積はa,b,cで表されるというのがヘロンの公式ですが,残念なことに四角形以上ではこのような公式はありえません.たとえば,すべての辺の長さが1の四角形の面積は0〜1の任意の値をとることができます.四面体もの場合は6辺の長さを与えると(それが存在するなら)決まりますから,体積を与える公式もあり,オイラーによって与えられています.面の形が三角形でないならこの種の公式はあり得ません.

 そこで,すべての面を三角形であるとして,辺の長さだけで表現できる体積公式はあるでしょうか? サビトフらはこのような公式(多項式)が存在することを証明したのです.それらは公式というよりはある代数方程式の根として得られます.折り曲げ可能な多面体の辺の長さは一定なので,多項式も固定されている.したがって,この多面体の体積はある根から別の根にジャンプすることによって離散的にしか変化できないが,体積は連続的にしか変化できないので体積は一定のままでなければならないというわけです.

 平面三角形の面積,四面体の体積ではΔ^2を含む多項式が現れましたが,さらに複雑な立体にはますます高次の累乗が必要になり,たとえば,三角八面体の体積の公式にはΔ^16が含まれています.この多項式は三角八面体に対してさえも16次になり,これ以上面の数が増えると次数は急速に大きくなります.

 なお,これまでのところ高次元の折り曲げ可能多面体に対するふいご予想は証明されていません.

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【3】ふいご予想の証明(補足)

 すべての面を三角形であるとして,辺の長さによる体積公式が存在することが証明されています.それらは公式というよりはある代数方程式の根として得られます.多項式はいくつかの異なる解をもちますから,ひとつの解からもう一つの解へと一瞬に体積をかえることができますが,折り曲げに際して多面体は連続的に変形されるので,体積もまた変形のパラメータの連続関数にならなければなりません.しかし,有限個の値しか取らない連続関数は定数でなければならず,体積がいきなり別の値になることはないのです.

 かくして,ふいご予想すなわち折り曲げ可能多面体が面の形を変えずに変形しても体積は変わらないことが証明されています(1997年,コネリー,ワルツ,サビトフ).形状の変わる折り曲げ可能多面体では体積は変化しないのでふいごは風を送れない,ふいごとして使えないという定理が成り立つというわけです.

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