■2009・わが闘争

 そろそろ今年を振り返ってみたいのだが,総じていい仕事ができた1年であったと思う.それについては秋山仁先生と一緒にいくつかの論文も残せたのだが,多くの人の参考になるようにと多面体研究に関する読み物が近代科学社より来年刊行されることになっている.

 その陰には,支えてくれた模型製作の達人たち−−−中川宏さん(木工模型),佐竹正雄さん(木工模型),金原博昭さん(紙模型)の存在があることも忘れてはならない.

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【1】多面体元素定理

 何種類かの凸多面体ピースを使って5種類ある正多面体をすべて作るという問題を考えてみよう.うまくやると4種類のピースを使ってすべての正多面体を作ることができるのであるが,ピースの数は4より減らすことができないというのが「正多面体元素定理」である.これを証明する方法はデーンの定理の一般化に他ならないのであるが,概略については当該書籍に収載される予定になっている.

 また,高次元の多面体は直接確認することができないから3次元から類推するしかないのであるが「正多面体元素定理」は容易に高次元の場合に拡張することができる.

  [参]コラム「デーン不変量と二面角の幾何学」

 一方,フェドロフの平行多面体は正多面体と同じく5種類ある.これら5種類の図形は3次元格子の幾何学的分類であり,結晶の骨格の基本形はフェドロフの平行多面体に限定されるといってよい.これらのフェドロフ図形は,1種類のブロックを使って,フェドロフの平行多面体を隙間なく埋め尽くすことができる.結晶学の観点からすると「平行多面体元素定理」は「正多面体元素定理」よりも重要であると考えられる.

 平行多面体の元素の原器となるのがc-squadronである.c-squadronは四角形面6枚からなり,位相幾何学的には立方体と同相である.あとからわかったことであるが,c-squadronはGoldbergの論文にも出ている.しかし,Goldbergはその重要性に気づかなかったものと思われる.

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【2】5回回転対称性と空間充填

 非常に単純だが,深淵な数学的発見が今日なお可能である一つの例として,平面充填や空間充填があげられる.中川宏さんはジョンソン・ザルガラー多面体J91が加わった空間充填を発見した.J91は4個の正五角形面,2個の正方形面,8個の正三角形面をもつ双月形双円形体として知られており,菱形12面体と同じ2回回転対称性をもっていて,J91の正三角形面を合わせるように繋いでいくと,立方体と正十二面体の隙間が現れる.すなわち,J91・立方体・正十二面体の3種類の立体で空間充填することが可能であることがわかったのである.

 これまで知られていなかった5回回転対称性をもつ立体を含む空間充填例が見つかったことは奇跡的といってもよいだろう.5回回転対称性を有する多面体には正12面体の他にも菱形30面体,正20面体,切頂20面体,小菱形20・12面体,20・12面体など,いくつか興味ある多面体があるが,この充填の仕方を応用することによって空間充填可能になるのである.

  [参]コラム「デルタ充填とジョンソン・ザルガラー充填」

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【3】3次元的な黄金比と白銀比

 黄金比は西洋人に愛される形,白銀比は東洋人に好まれる形といわれるが,両者は対比されるばかりでこれまで接点が論じられたことがなかったように思われる.ところが,菱形十二面体の白銀菱形を黄金菱形で,菱形三十面体の黄金菱形を白銀菱形で置き換えることによって,両者は相互補完的な関係にあることが金原博昭氏の試みによって判明した.

 また,金原博昭さんは「空洞構造効果」の観点から菱形30面体を含む空間充填構造を研究されておられたのだが,前節の「中川充填」が菱形30面体からなる空洞が連続して空間を埋め尽くす充填構造「金原充填」に繋がった.

  [参]コラム「菱形十二面体の黄金化と菱形三十面体の白銀化」

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【4】多面体木工

 中川宏さんは4次元30胞体や正600胞体の木工模型を製作されたのであるが,それに並行して視覚障害者用の木工多面体製作を手がけられた.しかし,大型の木工多面体になるとお手上げだったが,中川さんの前に救世主が現れて手助けしてくださることになった.千葉県松戸市在住の佐竹正雄さんである.佐竹さんの製作する木工多面体は貼り合わせによるものである.貼り合わせ模型は技術的に難しいと思われるのだが,佐竹さんは桐の箪笥職人に弟子入りして修行された本格派だそうである.

 お二人の作品を較べてみると,中川さんが廃材を利用したソリッドモデル,佐竹さんが桐の木を使ったフレームモデルとまったく対照的だが,お互いの長所を活かし短所を補い合いながら,今後とも木工多面体教材の製作に尽力されることを願っている.

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【5】数学愛好家の集い

 今年も杉岡幹生氏からいろいろな情報を頂いたが,杉本氏,pon君からは初めてのメールを頂き,本コーナーで紹介することができた.あとからわかったことであるが,pon君は高1だそうである.高1にしては驚くほど正統的なテーマをエレガントにまとめ上げることができる.小さい頃から数学に対する異常なほどの才能を示したり,あるいは幼時から図形に対する異常な直観力をもち,パズルの類が得意であるタイプなのであろうと想像される.(私にも同年代の息子がいるが比較にはならないし,比較してはならないとも思う.)

 最近,数学オリンピックの最初の日本人メダリストで数学者の伊山修氏が多元数の分野で大きな業績をあげ,世界的な指導者になっているという記事を読んだことがあるが,それは例外であって,その後の大発展を期待されても順調に伸びることは少なく,燃えつきてしまうことが多いのではと懸念される.老婆心ながら書かせてもらうが,自分の興味を喚起する問題を自ら開拓し続けること,しかも身の丈にあう問題に取り組んでいくのが長続きするコツであろうと思う.

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【6】知られざる定理たち

[1]ステルマーの定理

 arctan(1/n)を2項まで使って,πを表現する方法はステルマー(Stφrmer)の定理より次の5つしかありません.

 π=4arctan(1/1)

 π=4arctan(1/2)+4arctan(1/3)

 π=8arctan(1/2)−4arctan(1/7)

 π=8arctan(1/3)+4arctan(1/7)

 π=16arctan(1/5)−4arctan(1/239)

 ステルマーはノルウェー(オスロ大学)の数学者.数論に興味を持っていましたが,オーロラの研究もした人です.セルバーグはリーマン予想にいままでで一番近づいた人と評されますが,オスロ大学で数学を勉強していた頃,ラマヌジャンの数学について紹介したステルマーの文章を読んで影響を受けたようです.

 ステルマーは3項公式を研究していますが,さらにarctanを4つ使ってπを表現する公式

 π/4=44arctan(1/57)+7arctan(1/239)-12arctan(1/682)+24arctan(1/12943)

も発見しました(1896年).2002年,金田康正氏のグループは4項のステルマー級数公式を用いて,円周率πを1241億桁計算しています.

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[2]シェパードの定理

 展開図が平面充填図形となる面正則多面体としては

  プラトン立体:正四面体,立方体,正八面体,正二十面体

  アルキメデス立体:なし

  アルキメデス角柱:立方体

  アルキメデス反角柱:正八面体

  ジョンソン立体:5個のデルタ多面体とJ14,J15,J16

があげられるが,ジョンソン立体ではJ1,J86の展開図も平面充填可能となることをシェパードは発見している.私はJ50もそうなることをみつけたが,漏れなく探索するためにはコンピュータプログラムが必要になりそうだ.

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