■4つのパラドックス

 パラドックスというとゼノンのパラドックス,とりわけアキレスとカメが有名ですが,幾何学のパラドックスといえば,すべての三角形は二等辺三角形であるとか,すべての円の周長は等しいとか,・・・があります.

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【1】アリストテレスの輪のパラドックス

 大きな円と小さな円を中心を重ねて固定します.同心円となるわけですが,大きな円が直線上を1回転するとき,同心の小さな円もそれと平行な直線上を1回転します.したがって,任意の2つの円周は等しくなり,すべての円の周の長さは等しいことが証明されます.

 しかし,これでは明らかにおかしく「アリストテレスの輪のパラドックス」と呼ばれます.このトリックは,大きな円は滑らないで回転するが,小さな円大きな円に引きずられながら回転していて,ある程度すべるということに気付けば解決できます.

 ガリレオは2つの円を正方形のような正多角形2個で置き換えてみるとわかりやすくなることに気づきました.同心の正方形2つからなる車輪を考えると,大正方形が1回転した後に小正方形の軌道には3箇所の隙間を生じます.すなわち,小さな正方形も円(正多角形の極限)も滑りながら進んでいるというわけです.

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【2】列車のパラドックス

 列車が動くとき,その列車のすべての部分が進行方向に向かって進んでいるわけではなく,車輪の一部は常に進行方向とは逆に動くというのが「列車のパラドックス」です.

 車輪が回転するとき,どの部分も動いている速度は同じに思えますが,実はそうではないのです.円が直線上を滑らずに回転するとき,その円の円周上の定点が描く曲線がサイクロイドですが,円上の点Pが同じ時間で移動する距離は場所ごとに異なります.

 点Pがサイクロイドの頂点にあるとき,すなわち,直線からもっとも離れた点では単位時間内に長い距離を移動するので,移動速度は最速となり,他の点より常に速く動いています.点Pが直線に接しているとき移動する向きが変わるため,移動速度は0になります.フリンジ(車輪のつばの部分)のように車輪の外側に置かれた定点はトロコイドを描きますから,進行方向とは逆向きに動いていることもあるのです.

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【3】バナッハ・タルスキーのパラドックス

 多面体を切り貼りしても体積は変わらないのですが,曲面で囲まれた立体ということになると,もはやその常識は通用しなくなります.1924年,バナッハとタルスキーは,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.

 このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理でいう球体とは物質としての球ではなく,空間中の点の集まり(集合)のことで,分割とは物質の分割ではなく,集合の分割のことです.

 また,球を円に代えて,平面でもバナッハ・タルスキーの定理と同じことがいえるかというとそれはできません.2次元と3次元では事情が異なっているのですが,この奇妙さの源は「体積」という概念にあるのです.

 デーンの定理やバナッハ・タルスキーのパラドックスは,平面幾何学の面積の理論には連続の公理を必要とはしないが,体積の理論を作るにはカヴァリエリの原理のような他の超越的な補助手段を採用しなければならないことを意味しています.

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[補]1914年,ハウスドルフは球面がK=A+B+C+Qに分解される,A,B,C,B+Cは合同,Qは可算集合であることを証明した.これからAの面積は球面の面積の1/3とも1/2ともなるので矛盾する.1953年,シェルピンスキーは,ハウスドルフが考案した逆説を改良し,球面(と球)を有限個の小片に分割し再結合させると元と同じ大きさの2つの球面(と球)を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.(シェルピンスキーはハウスドルフ,バナッハ・タルスキー両方のパラドックスを改良をしたことになる.)

 また,バナッハ・タルスキーの有限分解合同定理を言い換えれば,空間において面積と体積は非可測な断片に分解することによって保存されないというものです.このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理は「選択公理」を仮定しないと証明できないのです.

[補]タルスキーの問題「円板を有限個の破片に分けて,集めて同じ面積の正方形にすることができるか」は,1990年になっておよそ10^50個の破片を使って可能であることがラスコヴィッチによって証明された.ある意味,円積問題(円の面積に等しい正方形を作図する)は不可能ではなかったことになる.

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【4】モ−ザーのパラドックス

 n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体[-1/2,1/2]^nをn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から

  √(1^2+1^2+・・・+1^2)=√n

となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さ√nはどんどん大きくなり,身長170cmの人間はおろか,ついには地球でさえ含むことができるようになります.

 辺の長さが4の正方形に4つの単位円板を詰めると,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.また,辺の長さが4の立方体の8つのカドに単位球を8個詰めると,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円,第9の球の半径はそれぞれ√2−1,√3−1だとわかります.

 これと同じことを4次元以上の空間で行うことができます.もはやイメージすることは不可能ですが,1辺の長さが4の4次元超立方体の16個のカドに16個の単位球を詰めると,中の隙間には半径√4−1=1の4次元超球(すなわち単位球)が入ります.同様に,1辺の長さが4のn次元超立方体の2^n個のカドに単位球を詰めると,中の隙間に半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.

 しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.

 次元とともにはみ出る部分が増えているのですが,球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものです.この逆説は,人間の直観や勘は3次元までの世界では働きますが,4次元以上の高次元についてはあまり働かないという例として,しばしば引き合いに出されます.

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