■乙部融朗の針金模型と通信理論(その3)

 8次元と24次元球の最密充填は通信理論を介して現代生活を担保するほどの重要な応用を担っている.

 (その1)で述べた3桁通信システムがうまく機能する幾何学的な理由は,立方体の8頂点から4頂点をうまく選ぶと正四面体を内接させることができることに負っている.同様に,8桁通信システムでは,8次元立方体の256頂点から16頂点をうまく選ぶと8次元正軸体を,あるいは,同じことではあるが,7次元立方体の128頂点から8頂点をうまく選ぶと8次元正単体を内接させることができるからである.

 いずれにせよ,通信に活用されているのは球の中心あるいは接点の座標情報だけである.座標以外の諸々の連結情報をうまく利用できないだろうかという発想が浮かぶのは自然な成り行きであろう.

 高次元図形では,高次元球や高次元正多面体の理解が進んでいるわりに,高次元準正多面体をなるとさっぱり(お手上げ状態)であった.高次元図形の数え上げ理論が必要とされる所以である.しかし,数年前,私は高次元準正多面体は直感が働かないという難問を克服することができた.

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  石井源久「多次元半正多胞体のソリッドモデリングに関する研究」

を読んで,私は高次元多面体論の研究を始めた.当初は頂点座標を求めて計量的に多面体の構造を詳しく調べていた.図形の問題ではどうしても座標を設定して計算したくなるものであるが,面数を数えるだけならば座標にこだわらず扱えると考えて,最終的には座標を使わずに位相幾何学的な組み合わせ論を用いた.

 初歩的・古典的な位相幾何学的組み合わせ論が不思議なほどにうまく使えて,多面体の構造を詳しく調べていくのは(困難がなかったわけではないが)実に楽しいものであった.

 こういうときの心境は,漱石の「夢十夜」の運慶が仁王を刻む話と同様,実は私が考え出したのではなく,数学という木のなかの埋もれていた理論を,シュレーフリ記号とワイソフ記号,そして紙と鉛筆を使って掘り出したに過ぎないというのが実感である.

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 漱石の「夢十夜」は,数学的真理はあらかじめ存在しており,発明されるのではなく,発見されるのだという喩え話によく引き合いに出されるものである.英単語のdiscover(発見する)は覆っていたもの(cover)をはがす(dis-)ということで,私たちも年齢を問わず先入観を捨て,好奇心をたぎらせれば日常の身近なところに多くの発見をすることができるのである.

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