■ケルビン14面体の反例

 空間分割のひとつの例として石鹸の泡によるものがあり,昔から物理学者の研究の対象になってきた.石鹸の泡による空間分割に結びつく物理的作用はいうまでもなく表面積を極小化しようとする力(表面張力)であるから,ここでは石鹸膜を作る素材の総量を一定なものと仮定してみよう.最小の素材の下で得られるべき利得を最大にすることは商業上重要というだけでなく,物理学分野でも合目的的な構築原理である.

 等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなる.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合(ケルビンの14面体)によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見した.

 今回のコラムでは,ケルビンの14面体が

(1)面数最大の空間充填多面体であることに対する反例

(2)唯一の空間充填14面体であることに対する反例

(3)最小表面積の空間充填多面体であることに対する反例

を示す.

 この最後の問題に関するケルビン予想は長年にわたる未解決問題であったが,1994年,ようやく反例が示された.ウィアとフェランは同じ体積をもつが複数の合同でない胞体を用いてかなり複雑な胞体分割を構成したのである.

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【1】面数最大の空間充填多面体の反例

 平行多面体とは辺が平行(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),面が平行,そして平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体である.フェドロフは平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことを証明した.

 これら5種類の図形(フェドロフの平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であって,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.

 このうち14面多面体は切頂8面体だけであるが,切頂八面体には6組の平行な辺があり,6次元立方体と相同と考えることができる.切頂8面体(f=14,d=6)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12,d=5)→菱形12面体(f=12,d=4),6角柱(f=8,d=4)→立方体(f=6,d=3)ができる.すなわち,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものとなっていて,空間充填図形の基本形は切頂8面体と考えることができる所以である.

 また,n次元空間充填では,各頂点の周りに少なくともn+1個の多面体が集まる(ルベーグの舗石定理).そして,ミンコフスキーはn+1個のとき,タイル(space filler)の面数は最大2(2^n−1)個をもつことを証明した.

 

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 長い間,2(2^n−1)がn次元空間充填多面体の面数の上限であると信じられてきた.すなわち,3次元空間充填多面体の面数の上限は14面であり,14面以上の面をもつことは不可能であると・・・.

 しかし,平行移動のほかに回転や鏡映操作も許せば,さらに多くの多面体が空間充填可能となる.

[1]Foepplの16面体(1914年)

 正四面体は単独では空間充填できない.また,正四面体の辺の3等分点で切頂すると切頂四面体となるが,切り取った小正四面体を各面と底面として中心から四等分するとマラルディの角が現れる.この三角錐片の二面角が120°である.そして,その三角錐片を切頂四面体の切頂面に載せた形は単独で空間充填し得るようになる.

[2]Loeckenhoff and Hellnerの18面体(1941年)

 Foepplの16面体はダイヤモンド格子を下にして設計されたものであるが,それをひねるとこのような18面体になる.これは4軸構造=K4格子に対応するものである.

[3]Engelの38面体(1980年)

 エンゲルは38面をもつタイル(space filler)をいくつか作った.ちなみに現在は4≦f≦38であるすべてのfに対し,空間充填可能な凸f面体が存在することが判明している.38より大きい面数のタイルは存在するだろうか? また,面数に上限はあるだろうか?

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【2】唯一の空間充填14面体の反例

[1]ウィリアムズの14面体

 f=14の単一多面体による空間分割を考えると,まず,切頂八面体とその変形,すなわち8個の六角形と6個の四角形の面をもつものがあげられる(4^66^8).これは1887年にケルビンが石鹸の泡による空間分割の力学的研究から誘導したものである.

 ケルビンの14面体(α14面体)は長い間空間を隙間なく分割しうる単一の多面体で,空間分割の局所条件を満足する唯一のものであると信じられてきた.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することである.ところが,曲面の存在を許せば空間分割の局所条件を満たしながら空間を隙間なく充填しうる14面体がもう1種類あることを1968年になってウィリアムズが報告している.この間,実に1世紀近い年月の隔たりがある.

 この14面体(β14面体)は8個の五角形,4個の六角形,2個の四角形の面をもつ(4^25^86^4).β14面体はα14面体の2つの[4,6,6]型頂点を連結した屋根状部分を90°回転させて[5,5,5]型頂点に組み替えたものと考えることができる.幾何学的性質の単純さはα14面体に劣るが,α14面体はまったく5角形の面をもたないから,β14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができるだろう.

 また,α型でもβ型でも空間分割の局所条件を満足し,位相幾何学的な面の数は14になる.この結論は重要である.空間分割の局所条件を満足させる多面体は14面体であり,それ以外にこの条件を満足する単一多面体は存在しないことを明確に示すからである.たとえば,12面体だけで空間分割の局所条件を満足させながら空間を隙間なく分割することは不可能なのである.

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【3】最小表面積の空間充填多面体の反例

[1]ウィア・フェランの極小曲面

 同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何だろうかという問いに対して,ケルビンの14面体(4^66^8)は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答であったが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっている.

 もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見した.それは同じ体積の2種類の多面体による空間充填であって,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものである.

 もちろん,この12面体は正十二面体ではないし14面体もケルビンの14面体ではない.そして,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の場合と同様に辺や面には微妙な曲がりが含まれている.また,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられる.

 そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのである.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのであるが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となる.

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[2]クラスレート水和物の世界

 クラスレート水和物は小さな分子を水分子が取り囲んだかご状構造体である.メタンハイドレートはその1例で,かご状構造体として安定化する.水和物の世界では,単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4),2種類以上の多面体(曲面)の組合せによる空間充填としてはウィアの12面体・14面体の組合せ以外にも12面体(5^12)と16面体(5^126^4)の2種類の組合せ,12面体(5^12),12面体(4^35^66^3),20面体(5^126^8)の3種類の組合せが知られている.

 これらのなかで普遍的に認められるのは後3者で,それぞれ構造体T,U,Hと呼ばれている.構造体Tがウィア・フェランの極小曲面に相当するものである.ウィリアムズの14面体型(4^25^86^4)は比較的最近発見されたクラスレート水和物であって,特殊な物理的環境下でしか存在しない.

 このことから,等積空間充填多面体では5角形の頻度が最も高いと事実を窺い知ることができるだろう.それに対して,切頂八面体を含むケルビンの14面体はまったく5角形面をもたない.14面体の面のかたちについては,オイラーの多面体定理より必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが計算されるのだが,どうして5角形の頻度が高くなるのだろうか?

 理由はシンプルであると考えられる.すべての面が六角形であるような多面体は存在しない.蜂の巣状六角形タイル貼りに五角形タイルを1つ入れるとその部分が盛り上がった曲面となる.五角形タイルの数を増やしていって12枚になったところで閉じた多面体となる.すなわち,6角形面を5角形面に変換することは平面構造からから球面構造への変換に繋がる.表面積は小さく体積は大きくというわけであるが,真空中ではともかく,水中の空間分割では丸くなることが重要な物理的要請になっていると考えられる.

 このような変換によって,側面に5角形を有する効率の良い空間分割を実現しているものと想像されるのであるが,ともあれウィアの極小曲面が最も境界面積が小さな形になっているかという問題はまだ解決されていない.「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあり,それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのである.

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