■周期の世界(その3)

 「周期」は数の体系に関する話なので,幾分哲学的な内容になっています.

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[1]数概念の深化

 数の世界は,自然数から負の数へ,有理数から無理数へ,実数から複素数へと拡大してきました.如何にしてその数が発見されたのか,あるいは,数の概念を拡張するのにどれだけ長くかかったかなどは大変興味深いテーマです.

 自然数に0と負の数を加えて整数を得て,次に分数が加わって有理数となり,虚数単位iを加えることによって,複素数に達したわけですが,18世紀末になって,ガウスは数学に本格的に複素数を導入し「実数あるいは複素数を係数にもつ代数方程式f(x)=a0x^n+a1x^n-1+・・・+an=0は複素数の範囲に解をもつ」,「n次方程式は複素数の範囲にn個の解をもつ」という代数学の基本定理(fundamental theorem of algebra)を証明しました(1799年).

 数を実数から複素数に広げると大小の順序はまずくなりますが,平方根を常にとれるし,だから2次方程式は必ず解けるし,もっと一般に代数方程式は常に根をもつことになり,現象がずっと単純になって見通しよくなります.その意味で複素数は究極の数です.交流理論や相対論など物理学の進展の多くは複素数なしには成し遂げられなかったでしょう.

 複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.

 したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる四則演算の法則のどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).また,八元数では,乗法の結合法則も破れています(a(bc)≠(ab)c).四則演算の法則に変更を加えない限り,超複素数の世界への拡張はできなかったのです.

 さらに,16個の基底元をもつ同様の代数を構成しようと試みられましたが,それは成功するはずはありませんでした.|a|・|b|=|c|,すなわち

  (a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)

の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末,フルヴィッツにより証明されています(1898年).

 したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのです.

  N < Z < Q < R < C < H < O

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[2]無理数・代数的数・超越数

 有理数Qまでは可算集合ですが,実数Rは非可算集合です.実数Rあるいは複素数Cの実部と虚部といっても同じことですが,ここでは,それらを別の観点から細分類することにします.

 1次方程式を解くために有理数(分数)を考え,2次方程式を解くために無理数(と複素数)を考え,3次方程式を解くために実数から複素数へと数の世界は拡大されたのですが,代数学の基本定理によって,n次方程式はnがどんな値のときでも,複素数の範囲でなら必ず根の存在は保証されているわけです.

 説明するまでもないかもしれませんが,整数の比で表せない数を無理数(例:√2)と呼びます.いい換えれば,整数係数の1次式の根にはならない数が無理数なのです.

 無理数の中でも,整数係数多項式

  f(x)=a0x^n+a1x^n-1+・・・+an=0

の根となる数が代数的数(例:3√5はx^3−5=0の根)です.有理数でない代数的数の最も簡単な例は√2であり,これが無理数であることはギリシア数学のなかでも有名な定理で,ピタゴラスが背理法を用いて証明しています.

 それに対して,超越数とは代数的数でない数,すなわち,整数係数のどのような代数方程式の根にもならない数(例:π,e)のことです.超越数は無理数であり,無理数のほとんどは超越数であることが証明されているのですが,これは代数的数は可算集合,超越数は非可算集合であることを意味しています.そのため,超越数を有限の情報で述べることはできません.無理数は超越数の候補ではありますが,超越数とは別の由来をもち,次元の異なる数なのです.

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[3]周期(代数的数と複素数の間にある新しい数の世界)

 エンクウィスト,シュミット編「数学の最先端・21世紀への挑戦」シュプリンガー・フェアラーク東京

に基づいて,[1][2]の分類には欠けている数の概念《周期》の定義から紹介することにしましょう.

 ある数が周期であるとは「代数的係数多項式で与えられる領域c上で,代数係数の代数的関数の積分として表される」ことをいいます.

 周期という用語は,2次ないし3次曲線の弧の長さを表す周期積分に由来をもつと思われるのですが,周期はふつう超越数からなり,周期積分唐ノよって超越数の細分類を考えることであるといっても差し支えありません.

 周期の例を掲げていきましょう.たとえば,代数的数√2は領域c:2x^2≦1上で,定数関数1の積分

  √2=∫(c)dx

と表すことができますから,周期になります.

 代数的でない周期の最も簡単な例は円周率πです.πは領域c:x^2+y^2≦1上で,定数関数1の積分

  π=∫(c)dxdy

ですが,円の面積として

  π=2∫(-1,1)√(1-x^2)dx

円周の長さとして,

  π=∫(-1,1)1/√(1-x^2)dx

また,ローレンツ関数のグラフの下の面積に等しいという事実から

  π=∫(-∞,∞)1/(1+x^2)dx

など,様々な形の積分を用いて周期として表現できます.さらにまた,代数的数2iをかけると,複素数平面内のz=0の周りの複素積分

  2πi=唐р噤^z

で表すことも可能です.

 楕円:x2/a2+y2/b2=1の全周は,完全楕円積分4aE(e)となり,代数的には表すことができない超越数ですが,楕円積分は定義からして周期そのものです.

  ∫(-b,b)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx

  =∫(-b,b)(a^2-k^2x^2)/{(a^2-x^2)(a^2-e^2x^2)}^(1/2)dx

            e={(a^2-b^2)/a^2}^(1/2)は離心率

 また,リンデマンの定理より代数的数βの対数logβは超越数ですが,たとえば,

  log2=∫(1,2)dx/x

より,周期になることがわかります.

 これらに対して,自然体数の底

  e=lim(1+1/n)^n

やオイラーの定数

  γ=lim(Σ1/k−lnn)

は周期ではないと思われています.前者は超越数(エルミート,1873年)であることがわかっていますが,後者は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく超越数なのでしょう.また,周期πの逆数1/πは周期に属しません.なかなか一筋縄ではいかないものです.

 ここで,代数的数の集合をQ~,周期の集合をPと書くことにしますが,

  Q < Q~ < P < C

周期の集合Pは可算集合であることがわかっています.周期も超越数の候補ではありますが,超越数とは別の由来をもち,次元の異なる数なのです.

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