■研究者の責任(補遺)

 コラム「研究者の責任」で紹介した学兄Iはわが国の重金属中毒の研究者(第一人者?)である.氏にとって「水俣病」はいまだに慚愧の念に堪えないものになっている.

 しかしながら,読者の多くは「水俣病」という名前すら知らない時代・世代・年代人であろう.このことについて,氏から馴染みのない方にも解るように説明をつけたいとの有り難い申し入れがあり,本HPに掲載の運びとなった.とくに,小生の記事には「水俣病」についての誤解があったので,その点を指摘していただいた.

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[1]コラム「研究者の責任」の「肥料の生産で有機水銀・・・」の部分は誤解です.確かに大日本帝国時代にチッソはアンモニアの合成では最右翼でした.創業者の野口遵(ノグチ シタゴウ)は化学工業分野では見通しがきく人物で,種々の化学物質(塩化ビニル,酢酸等)の合成にアセトアルデヒドが必須な事を見抜き,アセトアルデヒドの量産を計画しました.アセトアルデヒドの合成にはアセチレンが必要で,そのアセチレンはカーバイドに水をかけることで簡単に作れます.ただし,問題はカーバイドは石灰石を電気炉で加熱すれば簡単にできるのですが,電気を大量に消費します.そこで,野口は発電所を水俣の郊外に作りました.余りに大出力であったので,自分の所(水俣工場)で消費するだけでなく,近隣の金鉱山に供給したり,水俣地区で一部の家庭(多分、チッソ従業員、それも偉い人達)に供給していたそうです.余談ですが,現在西日本では60HZ,東日本では50HZとなっていますが,野口が導入した発電機はドイツ製であったため,供給される電力は50HZでした.

[2]アセチレンを無機水銀を含む硫酸溶液(高温)に吹き込むと,アセトアルデヒドができるのを発見したのはロシアのKutsheroff(クチェロフ)です.基本的にはこの方法でアセトアルデヒドの生産を始めました.ドイツではこの方法で20世紀初頭にアセトアルデヒドの生産が盛んになりました.1920年から1921年にかけて,米国のWhitemoreやNieuwlandがこの反応で実際に触媒として働くのは,添加した無機水銀が反応の過程で有機水銀になり,その有機水銀が真の触媒として作用する事を証明しています.この事は,日本にも伝わり,1922年にはこれらの報告の抄録(邦訳)が国内の雑誌に記載されています.チッソが水俣でアセトアルデヒド生産を開始したのは1932年です。1950年にはチッソ中研の五十嵐がポーラロを使って,反応中に有機水銀が生成されることを確認,日本化学会で発表しています.但し,論文として公刊されたのは1960年で,学位論文となっています.貴君が言われるとおり,学位論文は全て国立国会図書館に収められることになっていますが,五十嵐の論文だけは行方不明だそうです.何か大きな力(天の声以上かもしれません)が,何としても水俣病は無かった事にしたいのでしょう.

[3]チッソはアセトアルデヒド合成で生じるメチル水銀を含む廃液を,無処理で海に捨てて,水俣病を引き起こしたのです.チッソでアセトアルデヒド合成に直接携わる作業者にはメチル水銀中毒は出ていないとされています.メチル水銀を含む廃液中には触媒として添加した金属水銀が顆粒のようになって存在しており,作業者達は「祟りがあるぞ」と廃液に触れる事を極力さけていたためのようです.但し,作業環境はかなり劣悪で,大量の硫酸を使用するため差作業衣はすぐにボロボロになり,褌一つで作業についているのが状態か常態化していたそうです.しかし,野口がお手本にしたドイツの工場では,廃液を河川に流さず,アセチレン初声の際に生成される水酸化カルシウムを混ぜて,地中に投棄していました.従って,環境汚染は置きませんでしたが,廃棄物を取り扱う作業者を中心にメチル水銀中毒が発生しています.これを1930年にZanggerが報告しています.

[4]この報告を掲載した雑誌は1930年代中に国内の主な大学(帝国大学)には収蔵されています.Whitmore,NieuwlandおよびZanggerの報告は完全に日本では無視されてきました.知っている人もいたでしょうが,知らぬふりをしたのかもしれません.水俣病に対する多くの研究者は無視,無関心でした.いまでもそうでしょう.

[5]ところで,仙台の三居沢に日本最初の水力発電所がありました.今では,当時の設備を残し,東北電力の資料館になっています.この電気を利用して,元一関藩藩士の方がカーバイド生産を始めたようですが,これにもチッソの野口が一枚かんでいるようです.

[6]当時(水俣で野口尊が事業を開始した頃)の事情については,

 Minamata Bay, 1932. 入口 紀男、日本評論社、2012 

に詳しくでています.但し,英文ですが,日本人の英語ですからわかりやすい.

同じ著者の日本語叛(題名 不詳)もあるようです.著者の入口先生は旭化成(もともとはチッソと同じ根っこ),熊本大学特任教授という経歴の方で,ずっと水俣病を追いかけています.ご出身が水俣ですので,一層想いが深いのではと思っています.

[7]きりがないので,この辺にしておきます.水俣病はアセトアルデヒド合成に際して副生されるメチル水銀により環境が汚染されておきた「食中毒」なのです.

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