■原始的4次元30胞体の木工製作

 一般に,n次元空間充填では各頂点の周りに少なくともn+1個の多面体が集まる(ルベーグの舗石定理).n+1個のとき,n次元平行多面体の面数は最大2(2^n−1)個となる(ミンコフスキーの定理).すなわち,2次元平行多辺形は最大6辺,3次元平行多面体の面数は最大14面,4次元平行多胞体の胞数は最大30胞となる.

 4次元の場合,胞数が最大の30であるものが3つ

   P30=10P14+20P8  (原始的)

   P30=4P14+6P12+12P10+2P8+6P6

   P30=18P12+6P8+6P6

あるが,原始的4次元30胞体:P30=10P14+20P8は3次元の六角柱P8と切頂八面体P14を組み合わせた30胞体で,4次元空間の1種類だけの多胞体による空間充填図形である.すなわち,5組(10個)の切頂八面体(466)と10組(20個)の六角柱(644)からなる30胞体は切頂八面体(ケルビンの立体)の4次元版で,各頂点の周りに5個ずつ集まる.1つの頂点の周りに集まる胞数は(466)×2,(644)×2,V=120,E=240,F=150,C=30となる.

 中川宏さんは,以前,4次元正120胞体(超12面体)の3次元への投影である木工胞心模型を作られたことがある.木工であるから折り紙で作る場合とは違って高い精度の要る仕事であろうが,素晴らしい出来映えにびっくりさせられたことが思い出される.

 今回のコラムでは石井源久先生と中川さんのコラボレートによる原始的4次元30胞体模型を紹介したい.

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【1】原始的4次元30胞体胞心模型の3次元投影

 原始的30胞体を言葉で説明するのは易しいが,とはいっても3次元空間ではその姿を見ることはできないし,これを理解するのがいかに難しいかわかるだろう.端的にいって,人間の直観や勘が働くのはたがだか3次元空間までで,次元が大きくなるに従い,配位は非常に複雑となり,われわれが3次元空間でイメージするものとは大きく異なってくる.すなわち,高次元では幾何学的直観が効かないので,多胞体は理解するのが難しい対象ということなのである.

 原始的4次元30胞体を3次元空間内に直投影するには点(a,b,c,d)から点(a,b,c)だけを取り出すことになるが,そうすると3次元空間内に多面体を外殻として内部にも稜をもった立体模型として写し取られる.その際,中心には面,稜,頂点を置くこともできるのだが,ここで考えるのは面心図,線心図,点心図ではなく胞心図である.そこで,石井源久先生にお願いして,胞心模型を描いていただいた.

[1]表+裏

[2]表側

 中心となる切頂八面体の正六角形面のうち4面に縦方向に扁平な正六角柱を貼りつけ,できたくぼみに縦方向に扁平な正六角柱を繋げるように横方向に扁平な不等辺六角柱を6個入れる.さらにそのくぼみにつぶれた切頂八面体を4個を置く.これらは隙間なく密集し,中心部分にあるものほど大きく実形に近いし,外殻に近づくほど扁平になる.

 石井先生によると,4次元30胞体を3次元空間に投影した場合,3次元空間内での長さの比は1:√3/2√2=1:0.612372になるという.

 できあがった原始的4次元30胞体の3次元投影図を見ると,そこには30個ではなく15個のピース(切頂八面体1,縦方向に扁平な正六角柱4,横方向に扁平な不等辺六角柱6,つぶれた切頂八面体6)があるだけである.しかし,これは透視図ではなく直投影での話であるから,投影に際して裏側半分は重なり合って見えないのである(表15+裏15=30胞体).

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【2】原始的4次元30胞体胞心模型の計量

 もとの立方体の1辺の長さを2,切頂される頂点から辺までの切削距離をdとおきます.

  d=3/2

のとき,切頂八面体ができあがります.

 また,正方形面の対角線の長さの半分をrとすると,

  r=2−d

六角形面の中心の座標:(1−d/3,1−d/3,1−d/3)

原点から正方形面までの距離:H4=1

原点から六角形面までの距離:H6=√3(1−d/3)

になります.

 切頂八面体の辺の長さは√2/2,扁平な多面体の1辺の長さは

  √2/2

  √2/2・√3/2√2=√3/4

 切頂八面体の[1,1,1]方向を向く面の頂点の空間座標は[0,1/2,1]の巡回置換で与えられますから,そこに縦方向に扁平な正六角柱を貼りつけると,頂点の空間座標は

  [0,1/2,1]の巡回置換+√3/4・1/√3[1,1,1]

  =[1/4,3/4,5/4]の巡回置換

となります.

 同様に[−1,−1,1],[−1,1,−1],[1,−1,−1]方向の正六角形面にも縦方向に扁平な正六角柱を貼りつけます.

 このようにして空間座標を求めると,

(1)横方向に扁平な不等辺六角柱の二面角は144.736°,厚さは1/2

(2)つぶれた切頂八面体の厚さは√3/4

   正六角形−不等辺六角形面間の二面角は144.736°

   正六角形−長方形面間の二面角は160.529°

   不等辺六角形−長方形面間の二面角は150°

などと計算することができます.

 4つのピースはそれぞれ単独で3次元空間を充填することができます.

 中川宏さんによる原始的4次元30胞体模型を以下に掲げます.この模型の外形は切頂八面体のすべての辺を面取りした形で,切頂八面体の面数14+辺数36で合計50面からなる多面体となります(正六角形面8,正方形面6,長六角形面12,長方形面24).

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【3】3次元空間内に投影された4次元空間充填図形

 切頂八面体1,縦方向に扁平な正六角柱3,横方向に扁平な不等辺六角柱3,つぶれた切頂八面体1の比率で組み合わせると,無限に3次元空間を埋め尽くすことができます.

 なお,切頂八面体の正六角形面に縦方向に扁平な正六角柱を貼りつけたものはゼオライト(沸石)の多孔質の構成単位になっています.

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【4】雑感

 私の勤務するところは地方の小さな研究所ですが,大学であれ研究所であれ,与えられたテーマをこなすことは上手でも,常にテーマ(疑問点)を自ら作り続けるという意味でサイエンティストと呼べる人は少ないと思われます.先に進むためには常にテーマ(疑問点)を作り続けるが大事のようで,中川宏さんにはサイエンティストとしての資質が十分備わっていると感じられました.

 それとは裏腹に,私のように自分にとって面白いこと(価値を見いだしたもの)があるとどんどんそちらにのめりこんでしまうようなタイプの人間も研究所からはドロップアウトしてしまうのですが,難しい問題を考えることは喜びであり,知的冒険心を満足させてくれるのです.今後もその点を大事にしていきたいし,それがサイエンスの発展につながると考えています.

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