■シンク関数の数学的諸性質(その5)

 コラム「シンク関数の数学的諸性質」ではシンク関数の積分

  ∫(0,∞)Πsin(x/(2k+1))/(x/(2k+1))dx=π/2   k=0~6

  ∫(0,∞)sin^k(ax)/x^kdx=a^(n-1)π/2-a^(n-1)π/(m-1)!2^(n-1)Σ(-1)^(r-1)(n-1,r-1)(n-2r)^(n-1)

について調べてみた.

 とくに,

  ∫(0,∞)Πsin(x/(2k+1))/(x/(2k+1))dx=π/2   k=0~6

では,非常におもしろい現象が起こっていることについて述べたが,今回のコラムでは

  ∫(0,∞)sin^k(ax)/x^kdx=a^(n-1)π/2-a^(n-1)π/(m-1)!2^(n-1)Σ(-1)^(r-1)(n-1,r-1)(n-2r)^(n-1)

に注目し,シンク関数の積分不等式

  1/π∫(-∞,∞)|sin(x)/x|^kdx≦√(2/k)

  1/π∫(0,∞)|sin(x)/x|^kdx≦1/√(2k)  (等号はk=2のときに限る)

を検証したい.すると,この証明がボールの不等式

  1≦Vn(a)≦√2

の証明につながっていくのである.

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【1】シンク積分と超立方体の断面積

 シンク積分は,幾何学的には立方体の断面積として理解することができる.以下,その様子をみていくことにしたい.

 公式集

  "Table of Integrals,Series and Products"

  I.S.Gradshteyn and I.M.Ryzhik,6th Edition,Academic Press

p431-432には,

  ∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^ndx

とくにn=1,2,3の場合が掲げられていてる.

 それらはSinとSignがやたらとでてくる公式であって,例えば,a,b,cを正の定数0<a≦b≦cとし,

(1)a+b≦cならば,

  2/π∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^3dx=ab

(2)a+b>cならば,

  2/π∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^3dx=ab-1/4(a+b-c)^2

が成り立つ,などである.

 これらをみて当該の公式の”幾何学的証明"が

  丹野修吉「空間図形の幾何学」,培風館

に掲載されていたことを思い出した.

 (1)の場合は,積分値がcの値によらないことに注意していただきたいのだが,丹野先生はこれらを超立方体と超平面の交わり部分の体積として証明していて,a+b≦cならば積分値がcに依存しないことは,平面が立方体の上面に交わらないことに対応するもので,この驚くべき結果も超立方体と超平面の関係を考えると理解できるというものであった.以下,微力ながら,幾何学的証明について解説したい.

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[1]超平面

 原点を中心とするn次元超立方体[-1/2,1/2]^nと原点を通る任意のn次元超平面:H(a)

  a1x1+a2x2+・・・+anxn=0

の交わり(切り口の体積)について考えてみましょう.

 その前に,まず,aを行ベクトル,xを列ベクトルとして

  a=(a1,・・・,an)

  x’=(x1,・・・,xn)

また,実数をcとおくと,n次元ユークリッド空間の超平面は,

  ax’=c

で表すことができます.原点を通るときc=0で,その場合,原点を中心とするn次元超立方体と超平面ax’=0は必ず交わります.

 ベクトルaを超平面の法線ベクトルと呼びます.法線ベクトルはスカラー倍を除いて一意に定まります.aをその長さ‖a‖で割ったベクトルa/‖a‖を考えると,これは長さ1の単位法線ベクトルとなります.

 また,aが単位法線ベクトル,すなわち,

  a1^2+a2^2+・・・+an^2=1

が成り立つとき,cは原点から超平面へ引いた垂線の(符号のついた)長さとなります.

 n=1なら方程式はax=bですから,超平面は点にほかなりません.n=2ならax+by=cとなり,超平面は直線,n=3ならax+by+cz=dですから,超平面は平面を表します.3次元空間内の超平面が普通の平面だし,2次元空間内の超平面は直線ですから,n次元空間の場合,n−1次元の線形多様体を超平面というのです.

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[2]ボールの定理

 原点を通り,aに直交する超平面がH(a)なのですが,aの成分は,

  0≦a1≦a2≦・・・≦an, a1^2+a2^2+・・・+an^2=1

を満たすものとしても一般性を失われません.もし,akが負ならば,xk軸の向きを逆にすることにより,akは正となるからです.

 このとき,H(a)によるn次元単位立方体の切り口の体積は

  Vn(a)=1/π∫(-∞,∞)Πsinc(akx)dx

と表されます(ボールの定理,1986年).この定理の証明は紹介しませんが,主として一様分布の確率論的議論によって証明されます.

 また,同じく,ボールによって

  1≦Vn(a)≦√2

であることも証明されています(ボールの不等式).

  Vn(a)=√2

になるのは,

  a1=a2=・・・=an-2,an-1=an=1/√2

のとき,すなわち,n−1次元切断面が超立方体のn−2次元面を含むときです.

 ボールの不等式は「1辺の長さが1の正方形(2次元単位立方体)の切り口は単に線分になるから,その長さが最大となるのは対角線であって,最大値は√2となる.対角線とは頂点とその対角にある頂点を結ぶ線分で,正方形の原点を通るものである.また,(3次元)単位立方体の断面は,3角形・4角形・5角形・6角形などいろいろな形をとるが,立方体の中心を通り,辺とその対蹠に位置する辺を含む平面で切ったとき,断面積は最大値√2になる.」ことをもっと高次元化しても成り立つことを主張するものです.→コラム「高次元の球と立方体の断面積」

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[3]丹野の定理

 2次元平面上で辺の長さ1の正方形と直線の交わり(切り口)は単なる線分の長さになります.ここでは,0≦a1≦a2の場合を考えますから,直線はx軸とy=−xに挟まれた領域を動けることになり,正方形の上辺,下辺には交わりません.

 したがって,交わりをx軸に射影した線分の長さは1であり,n=(0,1)とa=(a1,a2)の内積を考えることによって,求める線分の長さ(体積)は

  V2(a)=1/a2

であることがわかります.

 3次元の場合は,少し複雑になるのですが,

(1)a3>a1+a2の場合は,立方体の上面には交わらないので,2次元の場合と同様にして,

  V3(a)=1/a3

(2)a3<a1+a2の場合は上面に交わるので,その分補正が必要となるのですが,{}内で()の中が正のときのみ和をとるという意味の演算記号{}_を導入して,

  V3(a)=1/a3−1/c{(a1+a2−a3)^2}_

  c=4a1a2a3

で与えられることが求められます.この式は(1)の場合も含んでいます.

 4次元の場合は,

  V4(a)=1/a4−1/c[{(a1+a2+a3−a4)^3}_−{(a2+a3−a1−a4)^3}_]

  c=24a1a2a3a4

となるのですが,これらの考察を高次元化していくことによって,次の定理が与えられます(丹野の定理,1990年).

 (定理1)

  Vn(a)=1/an−1/cΣ(-1)^(r-1)Σ_Lr^(n-1)

  c=(n−1)!2^(n-2)a1a2・・・an,r=1~n-2

 ここで,Lrは

  Lr=ak(1)+・・・+ak(n-r)−ak(n-r+1)−・・・−ak(n-1)−an

ただし,k(1)~k(n-1)は1~n-1のいずれかであって,

  Lr>0,k(1)<k(2)<・・・<k(n-r),k(n-r+1)<・・・<k(n-1)

を満たすものと定めます.

 2次元ではa1≦a2ですからL1は存在せず,3次元の場合,

  L1=a1+a2−a3

4次元の場合,

  L1=a1+a2+a3−a4

  L2=a2+a3−a1−a4

5次元の場合,L2型は4つあり,

  L1=a1+a2+a3+a4−a5

  L2=a1+a2+a3−a4−a5

  L2=a1+a2+a4−a3−a5

  L2=a1+a3+a4−a2−a5

  L2=a2+a3+a4−a1−a5

  L2=a2+a3+a4−a1−a5

  L3=a3+a4−a1−a2−a5

のようになります.以下,一般のnについて,Lrがいくつあるかを数え上げると丹野の定理が証明されます.

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[4]シンク関数の積分

 n=3の場合,ボールの定理

  V3(a)=2/πabc∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^3dx

と丹野の定理

  V3(a)=1/c-1/4abc{(a+b-c)^2}_

を組み合わせることによって,a,b,cを正の定数0<a≦b≦cとし,

(1)a+b≦cならば,

  2/π∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^3dx=ab

(2)a+b>cならば,

  2/π∫(0,∞)sin(ax)sin(bx)sin(cx)/x^3dx=ab-1/4(a+b-c)^2

が成り立つことが証明されます.

 また,とくに(2)において,a=b=cならば,

  ∫(0,∞)sin^3(ax)/x^3dx=3a^2π/8

なのですが,丹野の定理を拡張すると,正の数aと整数n≧2に対して

 (定理2)

  ∫(0,∞)sin^n(ax)/x^ndx=a^(n-1)π/2-a^(n-1)π/(m-1)!2^(n-1)Σ(-1)^(r-1)(n-1,r-1)(n-2r)^(n-1)

  (n-1,r-1)は2項係数n-1Cr-1,r=0~[(n-1)/2],[]はガウス記号

が成り立ちます.

 この定理を用いると

  ∫(0,∞)sin(ax)/xdx=π/2

  ∫(0,∞)sin^2(ax)/x^2dx=aπ/2

  ∫(0,∞)sin^3(ax)/x^3dx=3a^2π/8

  ∫(0,∞)sin^4(ax)/x^4dx=a^3π/3

  ∫(0,∞)sin^5(ax)/x^5dx=115a^4π/384

  ∫(0,∞)sin^6(ax)/x^6dx=11a^5π/40

が求められます.

 ちなみに,詳しい公式集,

  "Table of Integrals,Series and Products"

  I.S.Gradshteyn and I.M.Ryzhik,6th Edition,Academic Press

p456-457でも,この形の積分に関しては,

  ∫(0,∞)sin^6(ax)/x^6dx=11a^5π/40

までしか載っていません.

 しかし,丹野の定理2を使えば,ずっと先まで求めることができるというわけです.

  ∫(0,∞)sin^7(ax)/x^7dx=5887a^6π/23040

  ∫(0,∞)sin^8(ax)/x^8dx=151a^7π/630

  ∫(0,∞)sin^9(ax)/x^9dx=259732a^8π/1146880

  ∫(0,∞)sin^10(ax)/x^10=15619a^9π/72576

  ∫(0,∞)sin^11(ax)/x^11dx=381773117a^10π/1857945600

  ∫(0,∞)sin^12(ax)/x^12dx=655177a^11π/3326400

  ∫(0,∞)sin^13(ax)/x^13dx=20646903199a^12π/108999475200

  ∫(0,∞)sin^14(ax)/x^14dx=27085381a^13π/148262400

  ∫(0,∞)sin^15(ax)/x^15dx=467168310097a^14π/2645053931520

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【3】シンク関数の積分不等式

  1/π∫(0,∞)sin(x)/xdx=1/2<1/√2

  1/π∫(0,∞)sin^2(x)/x^2dx=1/2=1/2

  1/π∫(0,∞)sin^3(x)/x^3dx=3/8<1/√6

  1/π∫(0,∞)sin^4(x)/x^4dx=1/3<1/√8

  1/π∫(0,∞)sin^5(x)/x^5dx=115/384<1/√10

  1/π∫(0,∞)sin^6(x)/x^6dx=11/40<1/√12

  1/π∫(0,∞)sin^7(x)/x^7dx=5887/23040<1/√14

  1/π∫(0,∞)sin^8(x)/x^8dx=151/630<1/4

  1/π∫(0,∞)sin^9(x)/x^9dx=259732/1146880<1/√18

  1/π∫(0,∞)sin^10(x)/x^10=15619/72576<1/√20

  1/π∫(0,∞)sin^11(x)/x^11dx=381773117/1857945600<1/√22

  1/π∫(0,∞)sin^12(x)/x^12dx=655177/3326400<1/√24

  1/π∫(0,∞)sin^13(x)/x^13dx=20646903199/108999475200<1/√26

  1/π∫(0,∞)sin^14(x)/x^14dx=27085381/148262400<1/√28

  1/π∫(0,∞)sin^15(x)/x^15dx=467168310097/2645053931520<1/√30

 検証は阪本ひろむ氏による.しかし,検証をするだけでは物足りないので,

  ∫(0,∞)sin^k(x)/x^kdx≦1/√2k

の証明のあらすじだけ紹介すると,

  sinx/x=1-x^2/6+x^4/120-・・・<1-x^2/6+x^4/120

  exp(-x^2/6)=1-x^2/6+x^4/72-x^6/1296+・・・>1-x^2/6+x^4/72-x^6/1296

  exp(-x^2/6)-sinx/x=x^4/72-x^6/1296-x^4/120>=0  (x^2≦36/5<π^2のとき)

などの不等式を利用すると証明することができる.

  0≦sinx/x≦exp(-x^2/6)  (x^2≦36/5<π^2のとき)

より

  ∫(0,∞)sin^k(x)/x^kdx≦∫(0,∞)exp(-kx^2/6)dx1/√2k=1/2√(6/πk)≦1/√2k

[補]シンク関数の積分不等式

  ∫(0,∞)sin^k(x)/x^kdx≦1/√2k  (等号はk=2のときに限る)

は,kを正の整数に限ると数学的帰納法を利用して証明する方が簡単そうに思える.

[1]k=1のとき

  1/π∫(0,∞)sin(x)/xdx=1/2

したがって,シンク関数の積分不等式は成立する.

[2]kのとき

  ∫(0,∞)(sin(x)/x)^kdx≦1/√2k

が成立すると仮定すれば

  ∫(0,∞)(sin(x)/x)^kdx-∫(0,∞)(sin(x)/x)^k+1dx

  =∫(0,∞){(sin(x)/x)^k-(sin(x)/x)^k+1}dx

  =∫(0,∞)(sin(x)/x)^k{1-(sin(x)/x)}dx

 しかし,ここで粗い上界M=max{1-(sin(x)/x)}<5/4を設定して

  ∫(0,∞)(sin(x)/x)^k{1-(sin(x)/x)}dx<5/4∫(0,∞)(sin(x)/x)^kdx≦5/4・1/√2k

  ∫(0,∞)(sin(x)/x)^k+1dx≧-1/4・1/√2k

としたのでは何も得られない.

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