■離散幾何学における2つの定理

 今回のコラムでは,急速な発展を遂げた離散幾何から2つの見せ場を簡単に案内する.

===================================

【1】ミンコフスキーの数の幾何学(格子点定理)

 ミンコフスキーはアインシュタインの先生として有名で,相対論における基本概念はミンコフスキーにその起源をたどることができます.彼は数論家として出発しましたが,研究を進めるにしたがって次第に幾何学に興味を惹かれるようになり,幾何学的方法を用いて数論を研究する「数の幾何学」と呼ばれる新しい数学分野を打ち立てました.

 格子点定理が数の幾何学の基礎となっているのですが,格子点定理は次のように述べることができます.

 「平面(n次元空間)上の任意の単位格子において,1つの格子点を中心として1辺の長さが2の正方形(面積4の平行四辺形,面積2^nの中心対称な凸体)を任意の向きにおいてみると,内部あるいは境界上にもうひとつの格子点が必ず存在する.」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 n本のベクトルで張られる平行2n面体の体積について述べておきます.写像:y=Axによって,単位直方体は平行2n面体に写像されるものとすると,この写像のヤコビアンはJ=|A|となります.また,グラミアン

  G=|A|^2

が成立しますから,平行2n面体のn次元体積は

  |G|^(1/2)=|A|

で与えられます.

 したがって,ミンコフスキーの定理から,

  (中心対称凸体の体積)>2^n|A|

ならば,内部あるいは境界上に格子点が必ず存在することになります.

 一般に,R^s×C^tにおいて,直方体領域

  B={|x1|≦c1,・・・,|xs|≦cs,|xs+1|^2≦cs+1,・・・,|xs+t|^2≦cs+t}

の体積は

  vol(B)=∫(-c1,c1)dx1・・・∫∫(u^2+v^2≦cs+1)dudv・・・

        =(2c1)・・・(πcs+1)・・・=2^sπ^tΠci

 また,正八面体領域

  B={|x1|+・・・+|xs|+2|xs+1|+・・・2|xs+t|≦ρ}

の体積は,n=s+2t,xs+j=rjexp(iθj)とおくと,

  dudv=rdrdθ

ですから,

  vol(B)=∫(B)dx1・・・r1dr1dθ1・・・

        =2^s(2π)^t∫r1・・・rtdx1・・・dx2dr1・・・drt

 ここで,ディリクレの積分公式

  ∫x1^(p1-1)・・・xm^(pm-1)(1−x1−・・・−xm)^(q-1)dx1・・・dxm

 =Γ(p1)・・・Γ(pm)Γ(q)/Γ(p1+・・・+pm+q)

より,

  vol(B)=2^s(π/2)^tρ^n/n!

と計算されます.

 ここでは一般的な形で与えましたが,たとえば,3次元空間において座標面と平面x+y+z=1とで囲まれた四面体Kを積分区域とすると

  S=∫∫∫(K)x^(p-1)y^(q-1)z^(r-1)(1−x−y−z)^(s-1)dxdydz

   =Γ(p)Γ(q)Γ(r)Γ(s)/Γ(p+q+r+s)

になるというわけです.

 そして,この格子点定理をn次の代数体に応用すると,ミンコフスキーの定数

  M=(4/π)^rn!/n^n√|D|

が得られます.

 Mは領域Bに含まれる格子点の個数を与えてくれる定数なのですが,これより,2次体のミンコフスキーの定数は,D>0(実2次体)の場合,n=2,r=0とおいて

  M=1/2√D

D<0(虚2次体)の場合,n=2,r=n/2とおいて

  M=2/π√-D

によって与えられます.

 この定理は非常に単純であるにもかかわらず,他の方法では解決することのできなかった数論における多くの問題を解明したのですが,格子点定理を用いると,初等的な定理,たとえば,

  「4k+1の形の素数はx^2^+y^2の形に書ける(2平方和定理)」

  「6k+1の形の素数はx^2^+3y^2の形に書ける」

  「8k+1の形の素数はx^2^+2y^2の形に書ける」

  「任意の自然数は4つ以下の平方数の和として書き表せる(ラグランジュの定理)」

なども証明することができます.2次形式の理論が発展していく段階では,ミンコフスキーが非常に大きな貢献をしていて,格子点の幾何学はミンコフスキーの「数の幾何学」に端を発するのです.

[補]ミンコフスキーの公式(1905年)をハール測度という位相群上で定義された測度でもって,1種の体積計算に持ち込むと

  vol(SL(n,R)/SL(n,Z))=Πζ(k)  (k=2~n)

で表される.

===================================

【2】四色定理

 20世紀のうちに解決された悪名高き難問に,四色問題

  「任意の平面地図は高々4色で色分けできるか?」

がある.5色で色分けできることはヒーウッドによって100年以上も前から知られていたが,四色問題が肯定的に解決されたのは1970年代後半のことで,アペルとハーケンはコンピュータを使ってこの証明を成し遂げた.

 四色問題の証明では,地図を電気回路とみなして

  4f2+3f3+2f4+f5−f7−2f8−3f9−・・・=12

の条件の下の放電(電荷の移動)に帰着させる(放電法)のであるが,この手続きは場合分けの数が膨大で,約1800通りもの場合をチェックしなければならず,コンピュータによる解析に依存せざるを得なかったのである.

 アペルとハーケンの後も放電法の改良が続けられ,1994年,ロバートソン,サンダース,シーモア,トーマスの4人が新たな1章をつけ加えた.しかし,これとて基本的にはアペル,ハーケンと同じコンピュータ路線であり,場合分けが約600通りに軽減されているものの,四色問題の証明にはどうしてもコンピュータが必要であった.

 四色定理の証明はロバートソンらによって改良されてかなり簡単になったとはいえ,いまだ手計算で証明を完成させた人はいない.コンピュータを使わない証明にはこれまでにないようなまったく新しいアイディアが必要になると思われるが,そうしたアイディアは今日もなお登場していないのである.

 ともあれ,四色問題がグラフ理論の発展に対する推進力となったことは確かである.2002年に「強理想グラフ予想」がチュドノフスキー,シーモア,ロバートソン,トーマスの4人のよって解決されたことを付記しておく.

===================================

【補】強理想グラフ予想

 Bergeは理想グラフの研究の初期に2つの予想を定式化した.

[1]グラフが理想グラフであるときに限り,補グラフは理想グラフである(弱理想グラフ予想).

[2]グラフが理想グラフであるときに限り,グラフもその補グラフも長さが5以上の奇数サイクルを含まない(強理想グラフ予想).

[1]は任意の理想グラフの補グラフも理想グラフであることを述べたもので,1972年Lovaszによって証明された.[2]が証明されたのはずっと後のことで,2002年にチュドノフスキー,シーモア,ロバートソン,トーマスの4人のよって解決された.なかでもマリア・チュドノフスキーは若くてきれいな女性だったこともあり,かなり注目を集めたとのことである.

 グラフ理論における最近の大きな成果であるが,与えられたグラフが理想グラフであるかどうかを判定する多項式時間アルゴリズムもチュドノフスキーらによって設計開発されている.

===================================

【補】ヒーウッドの公式

 面上の多角形分割で,面数F,頂点数V,辺数Eとするとき,オイラー標数

  χ=F+V−E・・・・・・・(1)

の閉曲面(向きづけられるか否かは不問)上の地図は,辺で境される国を別の色で塗るという条件下において,ヒーウッドの数

  H(χ)=[{7+√(49−24χ)}/2]  ([・]は切り捨て)

色あれば塗り分けられる(十分条件).

[注1]この公式は本来χ<0の場合にのみ有効である.ただし結果的にχ=1(射影平面)とχ=0で向きづけられる曲面(輪環面)では必要十分な正しい値(それぞれ6と7)を与える.χ=2(球面)のときには4を与えるが,これは「偶然の一致」であって四色問題の解ではない(∵上の公式を導くときχ<0という条件を本質的に使っている).

[注2]これは十分条件であって,必要条件(どうしてもそれだけの色がいる)ではない.結果的にはχ=0で向きづけられない曲面(クラインの瓶)以外の曲面ではすべて正しく必要十分な色数を与えている.クラインの瓶は唯一の例外で公式の値は7だが,実は6色で必要十分である.必要性は部分的(χの特別な値の例)には19世紀末から知られていたが,最終的にはヤングスとリンゲルとが共同研究して1968年に完全に証明された.

===================================