■病理形態学外論

 諏訪紀夫「病理形態学原論」の続編を書くとしたら,どのような企画になるのか考えてみたい.わたしが次世代に遺すべき形態学における新しい構築原理として選定したいものは,次の2テーマである.

[1]平行多面体による空間分割

[2]高次元の空間分割

 端的にいうと,前者は多面体は元素でできているという構築原理,後者は多面体はDNAをもっていて,それを解析すれば空間分割構造の詳細を窺い知ることができるという構築原理である.

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【1】平行多面体による空間分割

 誰でも幼少時にレゴ・ブロックで遊んだことがあるに違いない.レゴの基本単位を次々につけ足していくと自動車になったり,飛行機になったり・・・基本単位が大きいため,少し目線を引いて遠くから眺めなければ滑らかな形には見えないが,できあがった概形は四角形にも六角形にも不定形にもなり得るのである.その意味で,レゴ・ブロックはすべての形の素と考えられる.

 自然界にもレゴ・ブロックに相当するものが存在する.自然界のレゴ・ブロックの概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(ディリクレ領域,1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(ボロノイ領域,1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われているが,それは生物・無生物を問わず存在し,生物の場合は細胞であるし,物性物理学分野ではウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.

 ところで,ロシアの結晶学者フェドロフは,3次元空間において,平行移動だけで決まる本質的なボロノイ領域は,たった5種類しかないという構築原理を発見した(1885年).この5種類のボロノイ領域は「平行多面体」と総称される.230種類ある結晶もたった5種類の平行多面体で概構成することができるのである.

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【2】フェドロフに対する疑義

 自然界のレゴ・ブロックは5種類しかないというのだが,本当に5種類なのだろうか?  もし,5種類ある平行多面体自身がひとつのブロックで構成できるなら,自然界のレゴ・ブロックは1種類ということになる.そんな都合のいい多面体が存在するかどうか,当初は半信半疑というよりはむしろ懐疑的に思われていた節があるが,そのようなブロックは実在する.

 その多面体は奇妙な形の5面体であることから,ペンタドロンと名付けられた.ペンタドロンを元素記号に模してσで表すことにすると,立方体,六角柱,菱形十二面体,長菱形十二面体,切頂八面体はそれぞれσ12,σ36,σ192,σσ384,σ48で構成されることになる.→[定理]平行多面体の元素数は「1」である(2008年)

 物質は元素(C,H,O,N,Cl,Sなど)でできている.数の世界で元素に相当するものは素数である.形の世界にも「元素」はあったのであるが,当初元素と思われていた平行多面体は元素ではなく,化合物だったというわけである.この事実の証明は非常に簡単である.実際に構成することができるからだ.しかし,ペンタドロンのもつ意味は非常に深淵である.この世の中のすべての形がたった1種類の多面体から生み出されているからだ.究極の構成原理といってもよいであろう.

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【3】ペンタドロンと相転移

 ここでは,ペンタドロンの物理化学的意義を考えてみよう.村の鍛冶屋では鉄を熱しておいてそれをハンマーでたたく,すなわち,高エネルギー下で変形を加えるのである.そのとき,ミクロの世界では何が起こるかというと,金属結晶の相転移現象が生起される.もちろん,個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないが,たとえば,金属結晶の相転移では面心立方格子から体心立方格子に状態移行する.結晶格子といえども不変骨格たり得ず,それに対応するボロノイ領域は菱形十二面体から切頂八面体に再編されなければならない.相転移という物理化学現象を数学の言葉に置き換えると,それは平行多面体同士の相互転化にほかならないが,ペンタドロンはこの相転移を説明できる神の粒子かもしれないのである.

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【4】高次元の空間分割とミンコフスキーの舗石定理

 高次元離散幾何学の視点から,平行多面体を再考してみる.切頂八面体には6組の平行な辺があり,6次元立方体と相同と考えることができる.切頂八面体の辺を点に縮めることによって,長菱形十二面体→菱形十二面体,六角柱→立方体ができる.すなわち,六角柱,菱形十二面体は4次元立方体,長菱形十二面体は5次元立方体,切頂八面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものとなっていて,空間充填図形の基本形は切頂八面体と考えることができる.

 正方形や正六角形が平面充填可能な理由はそれが3次元立方体を2次元平面に投影したものとなっているからなのであるが,平行多面体の場合もそれらが6次元までの立方体を3次元空間へ投影した形だからである.このような見方ができるのは次元を上げて初めて見えてくるものがあるからであって,次元の効用と考えられるのである.

 また,オイラーの多面体定理を使うと,2次元細胞の辺数の平均は≦6であり,すべての細胞が6辺以上の辺をもつことは不可能である,また,3次元細胞の面数の平均は≦14であり,すべての細胞が14面以上の面をもつことは不可能であることが証明される.2次元細胞の多くは6角形であり,3次元細胞の多くには14面体であることはわかったが,4次元,5次元,・・・,n次元での空間充填多面体の基本形はどうなるのだろう? どのような形になるのかを知る人は(たとえいたとしても)非常に少ないであろう.答えを先にいうと,

[1]n次元空間充填では,各頂点の周りに少なくともn+1個の多面体が集まる(ルベーグの舗石定理).

[2]n+1個のとき,ボロノイ細胞の面数は最大2(2^n−1)個で,安定な空間充填となる(ミンコフスキーの舗石定理).

 ミンコフスキーの定理は2次元の安定な充填形は六角形,3次元では14面体,4次元では30胞体になるというものである.しかしながら,30胞体に関するこれ以上の高次元情報を得ようとするとそれを攻略するための新たな道具立てが必要となる.その詳細をこの紙面で紹介することは困難なのでどうしても抽象的な言い方にならざるを得ないが.実は多面体は「遺伝子」をもっていて,その解析アルゴリズムを適用することによって(多面体を見ずして),簡単に多面体情報を計算できるようになる.たとえば,切頂八面体の遺伝子は{33}(111)で与えられるが,そのfベクトル は(v,e,f)=(24,36,14)となること.4組(8枚)の六角形面と3組(六枚)の四角形面からなる14面体であること.3次元空間を充填するとき,各頂点の周りに4個ずつ集まること.1点に4個の多面体が会すると頂点や辺だけで接している多面体がなくなり,ボロノイ分割に対して安定となること,等々.

 高次元多面体でも同様に計算可能となり,4次元30胞体{333}(1111)のfベクトルは(v,e,f,c)=(120,240,150,30)となること.5組(10個)の切頂八面体と10組(20個)の六角柱からなる30胞体となること.ケルビンの立体の4次元版で,各頂点の周りに5個ずつ集まることになること・・・といった類が解読可能となる.

 また,この道具を応用することによって高次元の空間分割(BCC,FCC,HCP結晶の高次元版)を構成することが可能となった.たとえば,6次元結晶のfベクトルは

[1]ミンコフスキー結晶:(f0,f1,f2,f3,f4,f5)=(5040,15120,16800,8400,1806,126)

[2]体心立方格子型結晶:(f0,f1,f2,f3,f4,f5)=(160,1440,2880,2160,636,76)

[3]面心立方格子型結晶:(f0,f1,f2,f3,f4,f5)=(76,576,1200,1120,1120,480,60)

[4]六方最密充填型結晶:(f0,f1,f2,f3,f4,f5)=(126,434,630,490,210,42)

と計算される.

 高次元はとっつきにくい代物である.直観は働かないし,実験対象にもならない.そのため,人類が4次元以上の空間を考えるようになってからまだ日は浅い.しかしながら,高次元の空間分割(とくに8次元,24次元)は通信理論への応用を介してすでに現代生活を担保する重要なものになっている.多面体のDNA解析が新たな実生活への応用に結びついてくれることを期待して,拙稿を閉じることにする.

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