■射影幾何学における2つの定理(その3)

 整数の問題と幾何学の問題は互いに密接に関係している.現代数学においては,幾何学に代数の構造を入れる.たとえば,楕円曲線にはアーベル群の構造が入り,その上で演算を定義して,代数の構造を手がかりに楕円曲線を研究することになる.

 そして,同値な図形が同じ値をもつ不変量を定義することによって,構造を同一視することができる.逆に,ある幾何学的対象が同値でないことの証明は,問題の図形の不変量が異なっていることを示すことにより達成される.

 3次曲線のj-不変量はそのひとつの例であり,射影変換によって互いに写り合う3次曲線は同型とみなされるのである.

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【1】群の例

 群とは集合に演算を入れたものです.6つの有理関数

  f1(x)=x,f2(x)=1−x,f3(x)=1/x,f4(x)=1/(1−x),

  f5(x)=(x−1)/x,f6(x)=x/(x−1)

を考えます(x≠0,1).2つの関数の合成,たとえば,

  f2・f3(x)=f2(f3(x))=1−1/x=(x−1)/x=f5(x)

ですから,f2・f3=f5とします.

 すると,この6つの関数は群となります.

     | f1  f2  f3  f4  f5  f6

  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  f1 | f1  f2  f3  f4  f5  f6

  f2 | f2  f1  f5  f6  f3  f4

  f3 | f3  f4  f1  f2  f6  f5

  f4 | f4  f3  f6  f5  f1  f2

  f5 | f5  f6  f2  f1  f4  f3

  f6 | f6  f5  f4  f3  f2  f1

 なお,位数がnの有限体はnが素数と素数の累乗の場合だけに限られます.すなわち,位数が2,4,8,16,32,・・・の有限体,3,9,27,81,243,・・・の有限体はあるのですが,6や15の有限体はないのです.

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【2】3次曲線の射影変換

 3次曲線は,射影変換を用いれば次のいずれかに変換されます.

  (1)y^2=x^3

  (2)y^2=x^2(x−1)

  (3)y^2=x(x−1)(x−λ)  λ≠0,1

 (1)は「く」の字型曲線で原点で尖点をもちます.(2)は「の」の字型曲線で原点を通ったところでループを描いて自分自身と交差しますから,原点が2重点となります.(3)はループと弓形曲線の2つに分離します.すなわち,(1)(2)は特異点をもち,(3)は非特異です.したがって,滑らかな非特異3次曲線は(3)の形に表せます.これらは特異点による分類といってもよいのですが,射影変換によって互いに写り合う3次曲線は同型とみなされます.

(証)3次曲線とはf(x,y)=0が2変数x,yの3次あるいは3次以下の方程式で与えられた曲線

  a1x^3+a2y^3+a3xy^2+a4x^2y+a5x^2+a6y^2+a7xy+ax8+a9y+a10=0

で,一般式の項数は10になります.

 3次以上の曲線を実数の範囲で考察するのは大変厄介であり,x,yを複素数で考察すると理論が単純化されます.そこで,変数を複素数の範囲で考えると,C上7個の関数1,f,g,f^2,fg,f^3,g^2は1次従属ですから,ある複素数の組(a0,・・・,a6)が存在して,

  a0g^2+a1f^3+a2fg+a3f^2+a4g+a5f+a6=0

を満たします.ここで,a0=1としてよく,楕円曲線はC^2上の3次曲線

  y^2+a2xy+a4y=−a1x^3−a3x2−a5x−a6

の射影化と同型です.

 これをもう少し簡単な形に変形すると

  y^2+a2xy+a4y=(y+a2x/2+a4/2)^2−a2^2x^2/4−a2a4x/2−a4^2/4

  y1=y+a2x/2+a4/2x,x1=x3√(−a1)

と1次変換すれば

  y1^2=x1^3+b1x1^2+b2x1+b3=(x1−α1)(x2−α2)(x3−α3)

 ここで,C上の2点α1,α2を0,1に変換する1次変換とy1の定数倍により,y^2=x(x−1)(x−λ)という形に変形できます.

  [参]安藤哲哉「代数曲線・代数曲面入門」数学書房

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【3】3次曲線のj-不変量

 非特異3次曲線の標準型:

  y^2=x(x−1)(x−λ)

のj-不変量は

  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2

によって定義されます.λ=−1のときj=1728,λ=−ζ6(1の6乗根)のときj=0となります.

 jー不変量はモジュラー不変量とも呼ばれ,

  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)

 =j(1−1/λ)=j(1/(1−λ))=j(λ/(1−λ))

ですから,4個の点{0,1,λ,∞}の入れ替えに依存しないinvariantで,最も単純で重要な保型関数と考えられます.

 複比を

  λ={(λ0−λ2)/(λ1−λ2)}/{(λ0−λ3)/(λ1−λ3)}

によって定義すると,λiの順序を変えるとλの値は変わります.すなわち,{λ0,λ1,λ2,λ3}からつくられる複比の値は,

  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ

の6つのどれかに移ります.{λ0,λ1,λ2,λ3}の6つの対に対して計算すればこのことは容易に確かめられます.→[1]参照

 この順序による曖昧さを消すために,λの6つの分数変換の不変式をとって,

  j=2^8(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2

とおくのです.複比は一次分数変換で不変であり,jもまた射影変換で不変です.(直線上の4点の複比は射影によって不変である)

 なお,

  j(λ)=j(1−λ)=j(1/λ)

が成り立てば,あとの等式はこの2つから導かれますから,有理関数

  (λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2

が本質的であって,係数2^8には本質的な意味はありません(係数2^8は正標数の楕円曲線を扱うためについている).

 実際,

  (x^2−x+1)^3/x^2(x−1)^2=(λ^2−λ+1)^3/λ^2(λ−1)^2

と,変数xの方程式を考えると,

λ^2(λ−1)^2(x^2−x+1)^3−(λ^2−λ+1)^3x^2(x−1)^2=0

はλ≠0,1より,6次方程式となり,

  λ,1−λ,1/(1−λ),1/λ,λ/(λ−1),(λ−1)/λ

のどれを代入しても成り立ちます.重複が生ずるのは

  λ^2−λ+1=0,λ=1/2,λ=−1,λ=2

の場合に限ります.3点0,1,λを置換する恒等写像でない変換は

  λ^2−λ+1=0,λ=1/2,λ=−1,λ=2

の場合以外には存在しません.

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【4】ワイエルシュトラスの標準形

 y=ax^3+bx^2+cx+dという方程式で定まる曲線はおなじみの3次曲線ですが,yのところがy^2に変わるとワイエルシュトラスの楕円曲線:

  y^2=ax^3+bx^2+cx+d

になります.ただし,a,b,c,dは有理数で,右辺の3次式は重根をもたないものと仮定します.楕円曲線をワイエルシュトラス形式に制限しても一般性を失いません.実際,どのような楕円曲線もワイエルシュトラス形式の楕円曲線に双有理的に同値だからです.

 また,x^2の項の係数はx’=x+b/3aと変数変換(カルダノ変換)することによって簡単に消すことができますから,

  y^2=x^3+ax+b   (4a^3+27b^2≠0)

を楕円曲線と定義しても構いません.4a^3+27b^2≠0は重根をもたないための条件です(判別式:Δ=−(4a^3+27b^2)).

 ワイエルシュトラスの標準形:

  y^2=x^3+ax+b   (2^2a^3+3^3b^2≠0)

のj-不変量を計算すると,

  j=2^8・3^3b^2/(2^2a^3+3^3b^2)

となります.jー不変量は,2つの楕円曲線が同じjー不変量をもつかどうかなど,3次曲線を分類する(見分ける)ための指標になっているのです.

 なお,jは射影変換不変量であるばかりでなく,双有理変換不変量です(サーモンの定理).

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【5】補足

[1]ワイエルシュトラスの標準形

  y^2=x(x−1)(x−λ)

はxを1次変換しyを定数倍すると

  y^2=4x^3−g2x−g3

  g2=3√4/3(λ^2−λ+1)

  g3=1/27(λ+1)(2λ^2−5λ+2)

に変形できます.

  y^2=4x^3−g2x−g3

  j=1728g2^3/(g2^3−27g3^2)

をワイエルシュトラスの標準形といいます.g2^3−27g3^2≠0は重根をもたないための条件です.

[2]ヘッセの標準形

 非特異3次曲線は9個の変曲点をもつ.そのひとつを(0,1,0)とし,そこでの接線がz=0となるように射影座標をとると,ワイエルシュトラスの標準形:

  y^2z=4x^3−g2xz^2−g3z^3

の形にできる.

 さらに,9個の変曲点が

  (−1,ω^i,0),(−1,0,ω^i),(0,−1,ω^i)

    ωは1の虚数立方根,i=0,1,2

となるような射影座標をとると,ヘッセの標準形

  x^3+y^3+z^3−3λxyz=0

に正規化することができる.

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【6】蛇足

(Q)所与の数を6とする.与えられた数を2つの有理数の和に表し,その2数の積がx^3−xになるようにせよ.

(A)y(6−y)=x^3−xが成り立つような有理数x,yを求める.点(−1,0)はこのグラフ上にあるので,x=αy−1とおくと,

  6y−y^2=α^3y^3−3α^2y^2+2αy

  y(α^3y^2−(3α^2−1)y+(2α−6))=0

 この等式の1次の項が消えるようにα=3とおくと,

  27y^3−26y^2=0 → y=26/27,x=17/9

さらにこの点で接線を引く操作を繰り返すと新しい解がいくらでも得られる.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  y(6−y)=x^3−xは変数変換w=y+3,x=−xによって,楕円曲線w^2=z^3−z+9になる.P=(z,w)=(1,3),Q=(0,3)という2つの有理点(整数点)によって,すべての有理点がmP+nQの形で与えられることがわかっている.上の手順は2P=(−17/9,−55/27)の計算に相当する.

 なお,この楕円曲線上には±(0,3),±(1,3),±(1,−3),±(9,27),±(35,207),±(37,225),±(46584,10054377)および無限遠点の計15個もの整数点が見つかるという.

  [参]志賀弘典「数学の視界」数学書房

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