■フェルマーの最終定理と有限体(その3)

 (その2)のおさらいから始めたい.位数がnの有限体はnが素数と素数の累乗の場合だけに限られる.すなわち,位数が2,4,8,16,32,・・・の有限体,3,9,27,81,243,・・・の有限体はあるが,6や15の有限体はない.

 有理変換(メビウス変換)

  z’=(az+b)/(cz+d)

は円を円に変換するが,ここでa=1,b=1,c=0,d=1とおくと

  z’=z+1

となるから,周期性とは有理変換によって不変,

  f((az+b)/(cz+d))=f(z)

の特別な場合

  f(z+1)=f(z)

にすぎないことがわかる.

 有理変換によって不変な関数は存在し「保型関数」と呼ばれている.とはいっても

  f((az+b)/(cz+d))=f(z)

では条件が厳しすぎるので,ある程度のずれは許すことにして,

  f((az+b)/(cz+d))=(cz+d)^2f(z)

を重さ2の保型形式という.

 (その2)では楕円曲線y^2=x^3−x  (mod p)の整数点の個数をNpとすると,重さ2の保型関数のq展開

  F(z)=qΠ(1-q^4n)^2(1-q^8n)^2=q-2q^5-3q^9+6q^13+2q^17-q^25-10q^29+・・・=c(n)q^n,q=exp(2πiz)

がNp+c(p)=pという関係をもつことをみた.

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【1】もうひとつの重さ2の保型形式

 デデキントのイータ関数,

  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)

において,関数

  F(z)=η(z)^2η(11z)^2

   =qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2=q-2q^2-q^3+2q^4+q^5+2q^6-2q^7+・・・

   =c(n)q^n,q=exp(2πiz)

を考える.c(n)はF(z)のフーリエ係数である.

 F(z)は,

  ad-bc=1,c=0(mod 11すなわち11の倍数)

なる任意の整数a,b,c,dに対して

  F(az+b/cz+d)=(cz+d)^2F(z)

を満たすから,F(z)は重さ2の保型関数である.

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【2】y^2±y=x^3−x^2 on Fp

 Fpでの整数点の個数Npは,

  Np=0

  for x=0 to p-1

   for y= 0 to p-1

    a=y*y+/-y-x*x*x+x*x

   if (a mod p)=0 then Np=Np+1

   next y

  next x

のようなプログラムを組むだけで簡単に求めることができて,

  p  2  3  5  7  11  13  17  19  23

  Np  4  4  4  9  10   9  19  19  24

 素数だけに注目して,Npとc(p)をひとつの表にすれば

  p  2  3  5  7  11  13  17  19  23

  Np  4  4  4  9  10   9  19  19  24

  c(p)−2 −1  1 −2  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

であるから,Np+c(p)=pという関係が成り立つようにみえる.表の残りを埋めてみよう.

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【3】q展開

  F(q)=qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

において,n=1の場合の因子をΠの前にだす.25次以上の項は省略してQ25と書くことにすると,

  F(q)=q(1-q)^2(1-q^11)^2Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

  =q(1-2q+q^2)(1-2q^11+q^22)Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

   =(q-2q^2+q^3-2q^12+4q^13-2q^14+q^23-2q^24+Q25)Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

 n=2の場合の因子をΠの前にだす.

  F(q)=(q-2q^2+q^3-2q^12+4q^13-2q^14+q^23-2q^24+Q25)(1-q^2)^2(1-q^22)^2Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

    =(q-2q^2+q^3-2q^12+4q^13-2q^14+q^23-2q^24+Q25)(1-2q^2+q^4)(1-2q^22+Q25)Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

    =(q-2q^2+q^3-2q^12+4q^13-2q^14+q^23-2q^24+Q25)(1-2q^2+q^4-2q^22+4q^24+Q25)Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

    =(q-2q^2-q^3+4q^4-q^5-2q^6+q^7-2q^12+4q^13+2q^14-8q^15+2q^16+4q^17-2q^18-q^23+2q^24+Q25)Π(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

 以下,n=3,4,5,・・・の場合の因子をΠの前にだすという根気のいる計算が続く.結局,手計算はあきらめて阪本ひろむ氏にmathematicaで計算してもらうことになった.

  F(q)=qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2

   =q-2q^2-q^3+2q^4+q^5+2q^6-2q^7-2q^9-2q^10+q^11-2q^12+4q^13+4q^14-q^15-4q^16-2q^17+4q^18+2q^20+2q^21-2q^22-q^23-4q^25-8q^26+5q^27-4q^28+2q^30+・・・

 この結果,

  p  2  3  5  7  11  13  17  19  23

  Np  4  4  4  9  10   9  19  19  24

  c(p)−2 −1  1 −2   1   4  −2   0  −1であるから,Np+c(p)=pという関係が成り立つことが確かめられた.

 F(z)のフーリエ係数c(n)を使って,ディリクレ級数

  φ(s)=Σc(n)/n^s

を定義する.ディリクレ級数はリーマンのゼータ関数

  ζ(s)=Σ1/n^s

を一般化したものである.ラマヌジャンは,このとき,

  L(s;E)=φ(s)

を予想している.

 この予想は,1954年,アイヒラーが楕円曲線:y^2±y=x^3−x^2のゼータ関数と保型形式:F(z)=qΠ(1-q^n)^2(1-q^11n)^2のゼータ関数が,すべての素数に対して一致することを示すことによって解決されたのである(アイヒラー・井草).

 アイヒラーが示したラマヌジャン予想「解析的ゼータ=代数的ゼータ」は,ゼータの統一の先駆けであったのだが,これは谷山予想(谷山・志村・ヴェイユ予想)の特別な場合に相当している.

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【4】整数点の分布と佐藤sin^2予想

 解の個数Npについては,

  p+1−2√p<Np<p+1+2√p

を満たすことが証明されています(ハッセの定理,1933年).ハッセの不等式は,有限体上の曲線に対するリーマン予想とも呼ばれるものです.解の個数の平均はNp=p+1通り,また,誤差項Mpはpに比べて小さく,|Mp|≦2√pで,Npは各素数pごとにてんでんばらばらになっておらず,そこにはある秩序が存在しているというわけです.

 また,佐藤予想とは楕円曲線Cの位数の分布に関するもので,Cが虚数乗法をもたないとき,

  cosθp=(Np−p−1)/2√p=Mp/2√p

の偏角θpが,任意に固定された0≦a≦b≦πに対して,[a,b]となる素数密度:

  #{p≦x;a<θp<b}/π(x) 〜 2/π∫(a,b)sin^2θdθ

すなわち,その角分布はsin^2θに比例するであろうというものです.

 佐藤予想には,多くの言い換えがあって,

(1)x^2+Mpx+p=0

の解を

  √p(cosθ±isinθ)

とするとき,その角分布はsin^2θに比例する

(2)Mp/2√pが√(1−x^2)に比例する

(3)ハミルトンの4元数環(フルヴィッツの整数):(a+bi+cj+dk)/2の半径pの格子点3次元球面:a^2+b^2+c^2+d^2=4pの一様分布の実軸方向への射影である

といっても同じことです.

 佐藤予想はリーマン予想に匹敵する予想であるといわれていました.ところが,驚いたことに2006年になってハーバード大学のリチャード・テイラーによって佐藤予想の楕円曲線版(佐藤・テイト予想と呼ばれる)が証明されました.佐藤・テイト予想は定理になったというわけですが,佐藤予想そのものの証明ではないにせよ,100年に一度の大発展といえるのです.→コラム「佐藤sin^2予想」参照

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