■フェルマーの最終定理と有限体(その2)

  y^2=x^3+ax+b   (4a^3+27b^2≠0)

を楕円曲線と定義することにする.4a^3+27b^2≠0は重根をもたないための条件である.y^2=x^3やy^2=x^2(x+1)は重根をもつから楕円曲線ではないが,

  y^2=x^3−x=x(x+1)(x−1)

は重根にはならないから楕円曲線である.

 楕円曲線にはアーベル群の構造がはいる.そして,y^2=x^3−xの有理点は点(0,0)(±1,0)のみである.実は,命題「x^4+y^4=z^4をみたす自然数は存在しない」は命題「y^2=x^3−xの有理数解は(x,y)=(0,0),(±1,0)のみである」に帰着できる.x^4=z^4−y^4の両辺にz^2/y^6をかければ

  (x^2z/y^3)^2=(z^2/y^2)^3−(z^2/y^2)

したがって,x^4+y^4=z^4をみたす自然数は存在しないのである.

 今回のコラムでは,

  [参]結城浩「数学ガール(フェルマーの最終定理)」ソフトバンク

にしたがって,mod pの世界すなわち有限体

  Fp={0,1,,・・・,p−2,p−1}

を考え,楕円曲線

  y^2=x^3−x=x(x+1)(x−1)

に限定して,

  y^2=x^3−x  (mod p)

を満たす整数点(x,y)を探し出すことにする.有限体の位数は有限であるが,素数pは無数にあるからFpは無数にあることになる.

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【1】有限体上の因数分解

  x^2+3x+2=(x+1)(x+2)

は整数係数のおなじみの因数分解の問題であるが,足して3,掛けて2となる2数を見つければよい.1と2がこれを満たすわけであるから,答えは右辺のようになる.

 それでは,以下の例はどうであろうか?

  x^2+4=(x+1)(x+4)

  x^2+2x+2=(x+3)(x+4)

一見分解できなさそうに見える左辺が,右辺のように1次式の積として表されているのだから明らかな誤りと映るに違いない.ところがこれが正しいのである.

 そんな馬鹿なと思われるかもしれないが,実はこの因数分解のトリックは「有限体」にある.整数や有理数,実数や複素数の元は無限個あり,演算規則が定義されている.整数は環をなし,有理数,実数,複素数,4元数,p進数は体をなす.このことから,体の定義を思い出してほしいのだが,0以外の元が常に乗法に関する逆元をもつ数体系を「体」という.そして,有限個の元と体の構造をもつ数体系が「有限体」である.

 なお,代数学の教えるところによれば,n元の体(加減乗除の演算が定義された集合)が存在するための必要十分条件は,nが素数(のベキ乗)になっていることで,位数2,3,4=2^2,5の体は存在するが,位数6=2×3の体は存在しない.そして,位数7,8=2^3,9=3^2の体は存在して,位数10=2×5のものは存在しない.

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【2】y^2=x^3−x on F2

 F2で(x,y)の組み合わせは(0,0),(0,1),(1,0),(1,1)の4通りである.また,演算表は

  (+)          (×)      

  x\y  0  1    x\y  0  1

   0   0  1     0   0  0

   1   1  0     1   0  1

となる.

 −がはいると面倒だから,y^2+x=x^3で確かめることにすると

  (0,0)→○

  (0,1)→×

  (1,0)→○

  (1,1)→×

すなわち,F2において楕円曲線上の整数点は(0,0),(1,0)の2個である.

 ところで,F2ではx+1はx−1に置き換えられるからx^3−xはx(x−1)^2と因数分解される.重根をもつからy^2=x^3−xは楕円曲線ではない.

 重根がない場合はよい還元であるが,悪い還元(重根をもつ場合)であっても2重根の範囲にとどまるならばpで乗法的還元をもつ,3重根になるならpで加法的還元をもつという.そして,どの素数pで還元してもよい還元または乗法的還元しかもたないとき,その楕円曲線を半安定な楕円曲線と呼ぶ.すなわち,半安定な楕円曲線とはどの素数pで還元しても高々2重根どまりの楕円曲線のことである.

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【3】y^2=x^3−x on F3

 F3での演算表は

  (+)             (×)         

  x\y  0  1  2    x\y  0  1  2

   0   0  1  2     0   0  0  0

   1   1  2  0     1   0  1  2

   2   2  0  1     2   0  2  1

 9点について,y^2+x=x^3で確かめることにすると

 (0,0)→○   (0,1)→×   (0,2)→×

 (1,0)→○   (1,1)→×   (1,2)→×

 (2,0)→○   (2,1)→×   (2,2)→×

 F3において楕円曲線上の整数点は(0,0),(1,0),(2,0)の3個である.また,F3でy^2=x^3−xは楕円曲線(よい還元)である.

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【4】y^2=x^3−x on Fp

 演算表は割愛するが,F5において楕円曲線上の整数点は(0,0),(1,0),(4,0),(2,1),(3,2),(3,3),(2,4)の7個である.また,F5でy^2=x^3−xは楕円曲線(よい還元)である.

 以下,Fpでの整数点の個数をNpとすると

  p  2  3  5  7  11  13  17  19  23

  Np  2  3  7  7  11   7  15  19  23

となる.

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【5】重さ2の保型形式

 q=exp(2πiz)とおいて,関数

  F(z)=qΠ(1-q^4n)^2(1-q^8n)^2=q-2q^5-3q^9+6q^13+2q^17-q^25-10q^29+・・・

   =c(n)q^n,q=exp(2πiz)

を考えます.c(n)はF(z)のフーリエ係数です.

  n  1  5  9 13  17  25  29

  c(n) 1 −2 −3  6   2  −1 −10

 F(z)は,モジュラー

  ad-bc=1,c=0(mod 32,すなわち32の倍数)

なる任意の整数a,b,c,dに対して

  F(az+b/cz+d)=(cz+d)^2F(z)

を満たします.このとき,F(z)は重さ2の保型形式をもつといいます.とくに,

  a=1,b=1,c=0,d=1

のとき,F(z+1)=F(z)となって,実軸方向に周期1の関数になっていることがわかります.

 素数だけに注目して,Npとc(p)をひとつの表にすれば

  p  2  3  5  7  11  13  17  19  23

  Np  2  3  7  7  11   7  15  19  23

  c(p) 0  0 −2  0   0   6   2   0   0

 すなわち,

  Np+c(p)=p

という関係があることがわかります.Npは楕円曲線からの数列,c(p)は保型形式からの数列というまったく違った由来をもっているのに深いところで関連があるというわけです.このような対応がすべての楕円曲線について存在するというのが谷山予想(谷山・志村・ヴェイユ予想)です.

 こみいった話になるのですが,F(z)のフーリエ係数c(n)を使って,ディリクレ級数

  φ(s)=Σc(n)/n^s

を定義します.ディリクレ級数はリーマンのゼータ関数

  ζ(s)=Σ1/n^s

を一般化したものです.そして,楕円曲線Eに対してよい還元になる素数を使って,代数的ゼータ

  L(s;E)=Π(1-c(p)p^(-s)+p^(1-2s))^(-1)

を定義します.一方,解析的ゼータを

  L(s;F)=Σc(n)/n^s=Σc(n)q^n

で定義します.このとき,すべての素数に対して「解析的ゼータ=代数的ゼータ」が成り立つというのが谷山予想(谷山・志村・ヴェイユ予想)です.

 a^p+b^p=c^pを満たすような半安定な楕円曲線:

  y^2=x(x+a^p)(x−b^p)

が保型関数によってパラメトライズできないことの証明がフェルマーの最終定理の証明に繋がるのですが,ワイルズは「半安定」なという制限付きの谷山予想を証明することによってフェルマーの最終定理が解決しました.すなわち,楕円曲線の有理点の有無ではなく,楕円曲線そのものが存在しないことを示したというわけです.その後,谷山予想は1999年に完全に証明され,定理となりました.

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