■直角三角形とピタゴラスの定理

 正多面体はピタゴラス学派には神秘的完全性の象徴のように見え,ギリシャの自然哲学者はこれらを5元素と対応させています.天文学者のケプラーはその著書「宇宙の神秘」において,幾何学の2つの至宝と称してピタゴラスの定理と黄金比をあげています.ピタゴラスの定理からは立方体,正四面体,正八面体,黄金比からは正十二面体と正二十面体が作られると考えてそのように述べているのです.

 ところで,最近出版されたばかりの

  [参]小林吹代「ピタゴラス数を生み出す行列のはなし」ベレ出版

にピタゴラス三角形ばかりを生成し,しかもすべて網羅する行列

    [−1,−2,2]

  P=[−2,−1,2]

    [−2,−2,3]

が紹介されています.驚くべきことに行列Pが発見されたのは50年くらい前のことなのだそうです.

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【1】ピタゴラス三角形

 直角三角形では,斜辺をc,他の二辺をa,bとすると,ピタゴラスの定理「a^2+b^2=c^2」が成り立つことはよく知られています.特に,三辺の長さが整数である直角三角形をピタゴラス三角形といいます.3元2次の不定方程式a^2+b^2=c^2の整数解を求める問題をピタゴラスの問題といいますが,(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17),・・・などがその解です.

 4000年も前の紀元前二千年頃に,エジプトでは(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17)などのピタゴラス三角形が知られていたことがパピルスに記録されています.また,同じ頃のバビロニアの粘土板プリンプトン322にはピタゴラスの定理が成り立つような3数の組が15組刻まれているのですが,その中のきわめつけが(12709,13500,18541)です.この数値は試行錯誤で得られるような代物ではなく,バビロニア人たちはすでに一般的なピタゴラスの定理を知っていたのではないかと想像されます.

 ピタゴラス三角形は無限にあり,その一般形にはいくつかの変形がありますが,m,nを整数,kを相似係数として

  a=k(m^2−n^2),b=2kmn,c=k(m^2+n^2)

が形も簡単で広く用いられています.

  {(n^2−1)/2}^2+n^2={(n^2+1)/2}^2

  (n^2−1)^2+(2n)^2=(n^2+1)^2

のように文字を一つだけ使ったのでは,ピタゴラス三角形全部をもれなく表す公式は作れませんが,二つの文字を使った公式

  (m^2−n^2)^2+(2mn)^2=(m^2+n^2)^2

では全部を表すことができます.逆に,この式から4より大きい平方数は常に2つの自然数の平方の差として表されることがわかります.

[補](a,b,c)=(m^2−n^2,mn,m^2+n^2)において,

  t=n/m,x=(1−t^2)/(1+t^2),y=2t/(1+t^2)

とおくと,ピタゴラス数は方程式x^2+y^2=1に有理数解があるかどうかを考える問題に対応します.

 原点を中心とする半径1の円:x^2+y^2=1の円周上のひとつの有理点が(−1,0)です.この点を通る直線y=t(x+1)と単位円との交点は,代入して因数分解すれば

  x^2+t^2(x+1)^2=1

  (t^2+1)x^2+2t^2x+t^2−1=0

より

  x=(1−t^2)/(1+t^2)

  y=t(x+1)=(2t)/(1+t^2)

と表すことができます.これによって,円周上の点(x,y)が有理点であるためには,tが有理数であることが必要十分条件であることがわかります.すなわち,単位円上のすべての有理点はtの関数

  x=(1−t^2)/(1+t^2),y=±(2t)/(1+t^2)

で表すことができます.

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【2】ピタゴラス三角形の生成行列

    [−1,−2,2]

  P=[−2,−1,2]

    [−2,−2,3]

とします.この行列の逆行列P^-1はP自身で,

  P^-1=P,|P|=−1

になっています.

 ここでaを奇数,bを偶数,cを奇数と約束し,(a,b,c)=(4,3,5)ではなく,(3,4,5)を選ぶことにします.そして(a,b,c)=(3,4,5)’を第1象限上のベクトルとみると,A=(−3,4,5)’は第2象限,B=(−3,−4,5)’は第3象限,C=(3,−4,5)’は第4象限上のベクトルとみなすことができます.このとき,

  PA=(5,12,13)’

  PB=(21,20,29)’

  PC=(15,8,17)’

はすべてピタゴラス三角形になります.

 変換後のピタゴラス三角形は変換前より大きくなりますから,最小の既約ピタゴラス三角形として(a,b,c)=(3,4,5)を選ぶとすべての既約ピタゴラス三角形をもれなくつくり,しかも既約ピタゴラス三角形以外はつくらない変換になっていることが証明されます.

 なお,この変換の裏には

  [m’]=[1,−2][m]

  [n’] [0,−1][n]

が潜んでいます.

  R=[1,−2]

    [0,−1]

とおくと,

  R^-1=R,|R|=−1

を満たします.

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【3】アイゼンシュタイン三角形

 ピタゴラス三角形とよく似た三角形に三辺の長さが整数であって,二辺a,bのあいだの角が120°である鈍角三角形があります.一松信先生はこの三角形をアイゼンシュタイン三角形と呼んでいますが,この三角形はピタゴラスの定理の拡張である余弦定理c^2=a^2+b^2−2ab・cosCより,

  a^2+ab+b^2=c^2

を満たします.

 この一般解は

  a=k(m^2−n^2),b=k(2mn+n^2),c=k(m^2+mn+n^2)

と表現でき,(a,b,c)=(3,5,7),(7,8,13),(5,16,19),・・・など無限に存在します.

 a/c=x,b/c=yとおくと,ピタゴラス三角形は円x^2+y^2=1に,アイゼンシュタイン三角形は楕円x^2+xy+y^2=1になります.この楕円上のすべての有理点は,

  x=(1−t^2)/(1+t+t^2),y=(2t+t^2)/(1+t+t^2)

とパラメトライズされます.

 なお,ディオファントスはa^2+ab+b^2=c^2を満たすa,b,cをとり,(m,n)=(c,a),(c,b),(c,a+b)の三組からは同一面積(a+b)abcの直角三角形ができることを示しています.

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【4】アイゼンシュタイン三角形の生成行列

    [−3,−4,4]

  Q=[−4,−3,4]

    [−6,−6,7]

とし,第1象限上のベクトル(a,b,c)’に対して,第2象限上のベクトルA=(−a,a+b,c)’,B=(−a−b,a,c)’,第3象限上のベクトルC=(−b,−a,c)’,第4象限上のベクトルD=(b,−a−b,c)’,E=(a+b,−b,c)’とおくと,QA,QB,QC,QD,QEはすべてアイゼンシュタイン三角形になります.

 この行列も

  Q^-1=Q,|Q|=−1

を満たします.なお,この変換の裏にも

  [m’]=[1,−2][m]

  [n’] [0,−1][n]

が潜んでいます.

 ピタゴラス三角形の場合,先祖は(3,4,5)だけでしたが,アイゼンシュタイン三角形の先祖は(3,5,7)と(8,7,13)の2組あり,2組の先祖からアイゼンシュタイン三角形が網羅されます.

 なお,ここでは計算方法だけを紹介しましたが,これらの行列P,Qが出てくる舞台裏に隠されている数学的な本質については

  [参]小林吹代「ピタゴラス数を生み出す行列のはなし」ベレ出版

に詳細があります.この金鉱脈について知りたい方はぜひ購読(お買い上げのうえ読破)されるとよいでしょう.

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