■楕円積分の加法定理(その19)

  アーベル「楕円関数論」高瀬正仁訳,朝倉書店

の序文に「楕円関数の最初のアイデアは変数分離型の微分方程式

  dx/(a+bx+cx^2+dx^3+ex^4)^1/2+dy/(a+by+cy^2+dy^3+ey^4)^1/2=0

が代数的に積分可能であることを証明する際に,オイラーによって与えられた」と記されている.今回のコラムではアーベルの「楕円関数論」から3点を抜粋して紹介することにした.

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【1】楕円関数のn等分問題

 ガウスの円周等分理論「コンパスと定規でn等分できるのは,2^2^qi+1の形をした相異なる素数piにより2^mΠpiと書かれる場合である」は円関数ばかりでなく他の超越関数,たとえば,

  u=∫(0,x)f(t)=1/(1-t^4)^(1/2)dt

にも応用できる.

 ガウスは円分方程式から2^2^n+1が素数のとき,定規とコンパスを用いて円周を2^2^n+1個に等分できることを発見した.アーベルはレムニスケート積分∫dx/√(1-x^4)から,レムニスケートの周長を2^2^n+1個に等分できることを発見,その発見に促されて一般の第1種楕円積分の研究を始め,とくに等分理論を追求している.

  α=∫(0,x)dx/{(1-c^2x^2)(1+e^2x^2)}^(1/2)

の逆関数φ(α)=xにおいて,加法定理

  φ'(α)={(1-c^2φ^2(α))(1+e^2φ^2(α))}^(1/2)

  φ(α+β)=(φ(α)φ'(β)+φ(β)φ'(α))/(1+e^2c^2φ^2(α)φ^2(β))

が成り立つ.

 楕円関数φ(u)のn等分問題,すなわちφ(nu)=yを与えてφ(u)=xを求める問題を考える.簡単のためnを奇数とするとφ(nu)=yはφ(u)=xの有理式となり,

  y=φ(nu)=Pn(x)/Qn(x)

と表される.

 ここでPn(x)はxのn^2次,Qn(x)はn^2−1次多項式であり,楕円関数φ(u)のn等分問題の解x=φ(u)は,n^2次方程式

  Pn(x)-yQn(x)=0

の根となる.

 等分方程式は,たとえばe=c(レムニスケート積分),e=c√3,xe=c(2±√3)等々のときには完全に解くことができるが,等分方程式は一般に代数的に可解ではない.

 アーベルは,等分方程式は一般に代数的に可解ではないことを発見しているのだが,このようにアーベルの関心の中心は楕円関数と代数方程式の研究にあり,その2つの分野は彼の中では密接に関連し合っていたことがわかる.

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【2】虚数乗法をもつ楕円関数

 加法・減法公式

  dy/p(y)^(1/2)=±dx/p(x)^(1/2)

で,加法公式を繰り返し適用すれば乗法公式

  dy/p(y)^(1/2)=a・dx/p(x)^(1/2)

を導くことができるが,微分方程式

  dy/{(1-c^2y^2)(1+e^2y^2)}^(1/2)=a・dx/{(1-c^2x^2)(1+e^2x^2)}^(1/2)

を満たすようなxの有理または無理代数関数yをすべて求める問題は,特別な場合として変数の倍加(等分)の問題も含んでいる.

 アーベルは異なるモジュールをもつ同じ形の積分

  dy/{(1-c1^2y^2)(1+e1^2y^2)}^(1/2)=a・dx/{(1-c^2x^2)(1+e^2x^2)}^(1/2)

に変換する方法を示すことによって,代数的に可解となるような楕円関数のあるクラスを発見することができた.これが虚数乗法をもつ楕円関数である.

 そして,アーベルは

[1]もしこの微分方程式が代数積分をもち,aが実数ならばaは必ず有理数でなければならない

[2]もしこの微分方程式が代数積分をもち,aが複素数ならばaは必ずm±i√n(m,nは有理数)の形でなければならない

ことを証明した.これは楕円関数論に虚数乗法が現れた最初の事例と考えられている.

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【3】アーベルの定理

 任意の個数の楕円積分の和は,定数(周期)の違いを除いて,有理関数と対数関数を用いて表すことができるというのが「アーベルの定理」である.楕円積分の第1種,第2種,第3種を限定すればそれに応じて関係式も規定される.第2種楕円積分では有理関数,第3種楕円積分では有理関数と対数関数を用いて関係式を表すことができると言い換えてもよいだろう.

 (その18)で示した第2種楕円積分

  Π(x)=∫F(x)dx/√P(x)

  P(x)=1+mx^2+nx^4

  F(x)=γ+βx^2

の加法公式は

  Π(z)=Π(x)+Π(x)+βxyz

で表されるが,この結果はアーベルの定理の特別な場合にほかならないのである.

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