■楕円積分の加法定理(その15)

 今回のコラムではヤコビの楕円関数の加法定理を取り上げようと思ったのだが,そのような記載は多くの成書にあり,また,単なる公式集を紹介するのではわざわざここで取り上げる意味はないだろう.そこで,これまでのシリーズを振り返って,楕円積分の標準形について補足しておくことにした.

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【1】楕円積分の標準形(その1)

 楕円積分

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

sn^(-1)(x,k)=∫(0,x)f(x)dx

はヤコビの楕円関数の1種であるエスエヌ関数の逆関数である.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数で

cnω=(1-sn^2ω)^1/2,dnω=(1-k^2sn^2ω)^1/2

 また,

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

K(k)=∫(0,1)f(x)dx

を第1種完全楕円積分,

f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)

E(k)=∫(0,1)f(x)dx

を第2種完全楕円積分と呼ぶ.

 第1種楕円積分は特に重要であるが,第1種楕円積分

  K(k)=∫(0,1)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)dx (ヤコビの標準形)

で,x=sinθと変換すると

  K(k)=∫(0,π/2)dθ/(1-k^2sin^2θ)^(1/2)  (ルジャンドルの標準形)

また,x=sin^2θ,λ=k^2とおけば

  K(k)=∫(0,1)dz/{(z(1-z)(1-λz)}^(1/2)   (リーマンの標準形)

が成立する.

 これらの不定積分は初等関数では表せないが,たとえば,第1種完全楕円積分は

  K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}

とベキ級数展開できる.

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【2】楕円積分の標準形(その2)

F(k,x)=∫(0,x)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)f(x)dx

E(k,x)=∫(0,x){(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)dx

π(k,x)=∫(0,x)1/(1+nx^2){(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)f(x)dx

をそれぞれ第1種,第2種,第3種の標準形という.

 x=sinθと変換すると

F(k,θ)=∫(0,θ)dθ/(1-k^2sin^2θ)^(1/2)

E(k,θ)=∫(0,θ)(1-k^2sin^2θ)^(1/2)dθ

π(k,θ)=∫dθ/(1+nsin^2θ)(1-k^2sin^2θ)^(1/2)

となる.

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 レムニスケート(x^2+y^2)^2=a^2(x^2−y^2)の表わし方として

  x^2+y^2=a^2cos^2φ,x^2−y^2=a^2cos^4φ

を用いれば,

  x^2=a^2cos^2φ(1−sin^2φ/2)

  y^2=a^2cos^2φsin^2φ/2

 ここで,(ds)^2=(dx)^2+(dy)^2を計算すれば,k=1/√2の第1種楕円積分

  ds=a/√2・dφ/(1−sin^2φ/2)=a/√2F(1/√2,φ)

を得ることができる.したがって,レムニスケートの全長は

  s=4a/√2K(1/√2)

 また,セレー(微分幾何のフレネー・セレーの公式で有名)にしたがって

  x=a(z+z^3)/(1+z^4),y=a(z−z^3)/(1+z^4)とパラメトライズした場合,

  x^2+y^2=2a^2z^2/(1+z^4)

  x^2−y^2=4a^2z^4/(1+z^4)^2

  (ds)^2=(dx)^2+(dy)^2=2a^2dz/(1+z^4)

より,

  ∫(z,1)dz/(1+z^4)^1/2=1/2F(1/√2,φ)

 ガウスは

  x^2=1/2(z^2+z^4),y^2=1/2(z^2−z^4)

  ds=(dx^2+dy^2)^1/2=dz/(1−z^4)^1/2

より,レムニケートの弧長を

  ∫dz/(1−z^4)^1/2

で表したが,このように∫dz/(1+z^4)^1/2によっても表すことができて,

  1/√2F(1/√2,φ)

 =∫(c,1)dz/(1−z^4)^1/2=√2∫(z,1)dz/(1+z^4)^1/2

なる関係を得ることができる.ここで,

  c=cosφ=√2z/(1+z^4)^1/2

 なお,レムニスケートは

  x=t(1+t^2)/(1+t^4 )

  y=t(1−t^2)/(1+t^4 )

のようにパラメトライズすることもできる.

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 また,中間積分(と自分勝手に呼んでいる)

  I=∫(c,1)dx/(1−x^3)^1/2

を考える.

 変換

  x=1+√3(y−1)/(y+1)

により,x=cに対するyの値を

  y1=(c−1+√3)/(−c+1+√3)

とおくと

  I=1/4√3∫(y1,1)2dy/((1−y^2)(2−√3+(2+√3)y^2)^1/2

 ここで,y^2=1−z^2,z1^2=1−y1^2とおくと第1種楕円積分

  I=1/4√3∫(0,z1)dz/((1−z^2)(1−k^2z^2)^1/2=1/4√3F(k,φ1)

となる.ただし,

  k=(√2+√6)/4,sinφ1=z1

 ちなみに,

  ∫(c,1)dx/(1−x^4)^1/2=1/√2F(k,φ1)

  k=1/√2

  φ1=arccos(c)

  レムニスケートの全長は4a/√2K(1/√2)

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【3】雑感

  ∫(0,x)xdx/(1−x^4)^1/2

を考えると

  ∫(0,x)xdx/(1−x^4)^1/2=1/2arcsinx^2

のように初等関数で表されるので,擬楕円積分と呼ばれる.

 オイラーは,弾性曲線の研究で積分

  f(x)=∫(0,x)x^2dx/(a^2−x^4)^1/2

によって与えられる弾性曲線の性質として,その原点から(x,y)までの弧長

  s(x)=∫(0,x)a^2dx/(a^2−x^4)^1/2

について

  f(a)s(a)=πa^2/4

であることを発見した.

 この関係は第1種楕円積分s(x)と第2種楕円積分f(x)の周期の間に成り立つルジャンドルの関係式をレムニスケートの場合に特殊化したものに他ならない.

 第1種楕円積分からヤコビの楕円関数が導かれる.第2種,第3種楕円積分はヤコビの楕円関数の積分として表すことができる.したがって,第1種楕円積分はとくに重要である.逆に,ヤコビの楕円関数は第1種楕円積分から出発するのであるが,第2種,第3種楕円積分から出発することも出来なくはないのだろうが,第1種楕円積分から出発するのが最も簡単なのである.

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