■楕円積分の加法定理(その10)

 正弦関数の加法・減法定理は

  sin(θ1±θ2)=sinθ1cosθ2±sinθ2cosθ1

であるが,1751年,オイラーは逆正弦関数の加法定理

  G(x)+G(y)=G(x(1−y^2)^1/2+y(1−x^2)^1/2)

との類似に基づいて,レムニスケート積分に対する加法定理

  G(x)+G(y)=G((x(1−y^4)^1/2+y(1−x^4)^1/2))/(1+x^2y^2))

を構成することに成功している.

 とくに,y=1の場合,反転公式

  z→{(1−z^2)/(1+z^2)}^1/2

y=xの場合,倍角公式

  z→2z(1−z^4)^1/2/(1+z^4)

を与えるというわけである.

 今回のコラムでは,これらを拡張した結果について紹介するが,まずは円との間に認められる類似性を推し進めることにする.

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【1】円の場合

 円:x^2+y^2=1→x+ydy/dx=0

の線素は

  ds=(dx^2+dy^2)^1/2=dx/(1−x^2)^1/2

で与えられる.

 倍角公式

  x→2x(1−x^2)^1/2

はdsを2dsに変える.

 また,反転公式

  x→(1−x^2)^1/2

によりO(0,0)とP(1,0)は移り合い,弧OPは自分自身に移り弧長OPは保存される.

  y^2=F(x)=1−x^2

とおくと,

  ds=dx/y=dx/(1−x^2)^1/2.

このとき,微分方程式

  dx/(1−x^2)^1/2=dy/(1−y^2)^1/2

の一般解は

  x^2+y^2=c^2+2xy(1−c^2)^1/2

で与えられる.

 c=0の場合が自明な解x=y,c=1の場合が反転公式

  y=(1−x^2)^1/2

である.

 一般解はyに関する2次方程式

  y^2−2yx(1−c^2)^1/2+x^2−c^2=0

を解いて,

  y=x(1−c^2)^1/2±c(1−x^2)^1/2

ここで,適宜変数を置き換えると,加法・減法公式

  z=x(1−y^2)^1/2±y(1−x^2)^1/2

が得られる.

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【2】レムニスケートの場合

 ベルヌーイのレムニスケートの方程式は

  (x^2+y^2)^2=x^2−y^2

である.第1象限にある部分だけを考えることにして,この弧は原点O(0,0)を始点,P(1,0)を終点としてパラメータz(0≦z≦1)を用いれば,

  x^2=1/2(z^2+z^4),y^2=1/2(z^2−z^4)

と表せる.(x,y)を楕円関数でパラメトライズしたというわけである.

 この線素は

  ds=(dx^2+dy^2)^1/2=dz/(1−z^4)^1/2

で与えられ,倍角公式

  z→2z(1−z^4)^1/2/(1+z^4)

はdsを2dsに変える.

 したがって,レムニスケートの2等分点を求める際,

  sl(2z)=2z(1−z^4)^1/2/(1+z^4)=1

とおいてzを求めたあと,

  x^2=1/2(z^2+z^4),y^2=1/2(z^2−z^4)

により,2等分点(x,y)を求めなければならないことになる.

 また,反転公式は

  z→{(1−z^2)/(1+z^2)}^1/2

で与えられる.

  y^2=F(x)=1−x^4

とおくと,

  ds=dx/y=dx/(1−x^4)^1/2.このとき,微分方程式

  dx/(1−x^4)^1/2=dy/(1−y^4)^1/2

の一般解は

  c^2x^2y^2+x^2+y^2=c^2+2xy(1−c^4)^1/2

で与えられる.

 c=0の場合が自明な解x=y.c=1の場合,すなわち,

  x^2y^2+x^2+y^2−1=0

  y^2=(1−x^2)/(1+x^2)

が反転公式である.

 一般解はyに関する2次方程式

  y^2(1+c^2x^2)−2yx(1−c^4)^1/2x+x^2−c^2=0

を解いて,

  y={x(1−c^4)^1/2±c(1−x^4)^1/2}/(1+c^2x^2)

ここで,適宜変数を置き換えると,加法・減法公式

  z={x(1−y^4)^1/2±y(1−x^4)^1/2}/(1+x^2y^2)

が得られる.

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【3】y^2=F(x)=1+mx^2+nx^4の場合

 このとき,微分方程式

  dx/(1+mx^2+nx^4)^1/2=dy/(1+my^2+ny^4)

の一般解は

  −nc^2x^2y^2+x^2+y^2=c^2+2xy(1+mc^2+nc^4)^1/2

で与えられる.

 yに関する2次方程式

  y^2(1−c^2x^2)−2yx(1+mc^2+nc^4)^1/2x+x^2−c^2=0

を解いて,

  y={x(1+mc^2+nc^4)^1/2±c(1+mx^2+nx^4)^1/2}/(1−nc^2x^2)

 c=0の場合が自明な解x=y.1+mc^2+nc^4=0の場合,

  y=c(1+mx^2+nx^4)^1/2/(1−nc^2x^2)

が反転公式である.

 ここで,適宜変数を置き換えると,加法・減法公式

  x’={x(1+my^2+ny^4)^1/2±y(1+mx^2+nx^4)^1/2}/(1−nx^2y^2)

が得られる.レムニスケートではm=0,n=−1より,加法・減法公式は

  x’={x(1−y^4)^1/2±y(1−x^4)^1/2}/(1+x^2y^2)

 楕円曲線y^2=1+mx^2+nx^4において,A(0,1),B(a,b)にとれば,b^2=1+ma^2+na^4となるが,このとき,加法・減法公式は

  x’=(bx±ay)/(1−na^2x^2)

と表すことができる.さらに加法公式においてx=yとおけば,

  x’=2xy/(1−nx^4)=2x(1+mx^2+nx^4)^1/2/(1−nx^4)

となって,倍角公式を得ることができる.

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【4】雑感

  ds=dx/(1−x^4)^1/2

において,第1種楕円積分∫dsはレムニスケートの求長問題であるが,y^2=1−x^4の有理数解,したがって,フェルマー方程式z^4=x^4−y^4の整数解を求める問題とほとんど同一の問題である.

 それに対して,円錐曲線y^2=ax^2+bの場合,この曲線はa<0のとき楕円,a>0のとき双曲線であるが,ydy/dx=axであるからその線素は

  ds=dx((1+qx^2)/(1+px^2))^1/2

  p=a/b,q=(a+a^2)/b

で与えられる.円ではa=−1,b=1,p=−1,q=0より

  ds=dx/(1−x^2)^1/2

となる.

 楕円や双曲線の求長問題∫dsは第2種楕円積分の典型例となっていて,楕円積分にある種の味わいを添えるものである.たとえば,単振り子の振動周期や楕円の弧長を求める問題を考える場合,k[0,1]をパラメータとする不完全積分

  f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

  f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)

  F(z)=∫(0,z)f(x)dx

が絡んでくる.

 楕円積分

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

sn^(-1)(x,k)=∫(0,x)f(x)dx

はヤコビの楕円関数の1種であるエスエヌ関数の逆関数である.また,

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

K(k)=∫(0,1)f(x)dx

を第1種完全楕円積分,

f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)

E(k)=∫(0,1)f(x)dx

を第2種完全楕円積分と呼ぶ.

 第1種楕円積分は特に重要であるが,第1種楕円積分

  K(k)=∫(0,1)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)dx (ヤコビの標準形)

で,x=sinθと変換すると

  K(k)=∫(0,π/2)dθ/(1-k^2sin^2θ)^(1/2)  (ルジャンドルの標準形)

また,x=sin^2θ,λ=k^2とおけば

  K(k)=∫(0,1)dz/{(z(1-z)(1-λz)}^(1/2)   (リーマンの標準形)

が成立する.

 これらの不定積分は初等関数では表せないが,たとえば,第1種完全楕円積分は

  K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}

とベキ級数展開できる.

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【補】ヤコビの楕円関数

 ヤコビは第1種不完全楕円積分

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

ω=F(z)=∫(0-Z)f(x)dx

に対して,正弦関数をまねてF-1(ω)をsnω=F-1(ω)と定義し,

sn-1z=∫(0-Z)f(x)dx

を得ました.また,三角関数にならって

cnω=√(1-sn^2ω),dnω=√(1-k^2sn^2ω)

と定義しました.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数です.また,ヤコビは指数関数に対応するテータ関数(周期関数)で,ヤコビの楕円関数を表すことにも成功しています.

 第1種不完全楕円積分において,k→0とすると,

K(0)=∫(0-Z)f(x)dx=sin-1z

k→1とすると,

K(1)=∫(0-Z)f(x)dx=tanh-1z

ですから,snωはsinωとtanhωの中間に位置していることがわかります.実際にベキ級数展開を求めると,

snω=ω-(1+k^2)/6ω^3-(3+2k^2+3k^4)/40ω^5+・・・

が得られます.

 また,完全楕円積分を用いると,

楕円:x^2/a^2+y^2/b^2=1の全周は4aE(b/a)

レムニスケート:(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2-y^2)の全周は√(8)aK(1/√(2))

糸の長さlの単振り子の周期はT=4√(l/g)K(k)

したがって,振幅が小さいときT〜2π√(l/g)と表すことができます.

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