■ある有名な数論の定理(その4)

 今回のコラムでは2元n次形式の判別式,不変式とn元2次形式の最小値に関する話題を集めてみました.

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【1】2元2次形式

  P=ax^2+2bxy+cy^2   (D=b^2−ac)

を線形変換

  [x]=[α,β][x’]

  [y]=[γ,δ][y’]

すると

  P’=a’x’^2+2b’x’y’+c’y’^2   (D’=b’^2−a’c’)

  D’=r^2D,r=αδ−βγ

となる.ここで,判別式Dは特別な仕方で変化する量(D’=r^2D)であって,もしr^2=1ならば変化しない不変式である.

 x^2+y^2は4n+1型素数をすべて表現し,どの4n+3型素数も表現しない.2平方和定理は「4で割ると1余る素数ならば,p=x^2+y^2となる自然数が存在する」であるが,フェルマーはまた,

  「pが8で割ると1または3余る素数ならば,p=x^2+2y^2」

  「pが8で割ると1または7余る素数ならば,p=x^2−2y^2」

  「pが3で割ると1余る素数ならば,p=x^2+3y^2」

となる自然数x,yが存在することを発見した.p=x^2+y^2,p=x^2+2y^2,p=x^2−2y^2,p=x^2+3y^2,・・・などの発見は,類体論の序曲をなすものといえる.

 一般に

  N=x^2±Dy^2

によって表現される数Nの約数pは,同一の判別式Dをもつ

  p=ax^2+2bxy+cy^2   (D=b^2−ac)

によって表現されることから,x^2±Dy^2を主形式と呼ぶ.

[補]方程式x^2+y^2=nの整数解の個数は,nの4ν+1型の約数の個数と4ν+3型の約数の個数との差の4倍に等しい.方程式x^2+2y^2=nの整数解の個数は,nの8ν+1型または8ν+3型の約数の個数と8ν+5型または8ν+7型の約数の個数との差の2倍に等しい

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【2】2元n次形式

  P=ax^3+3bx^2y+3cxy^2+dy^3

の最も簡単な不変式は

  F=3b^2c^2+6abcd−4b^3d−4ac^3−a^2d^2

であるが,これはヘシアン

  H=[∂^2P/∂^2x,∂^2P/∂x∂y]

    [∂^2P/∂y∂x,∂^2P/∂^2y]

に定数倍を除いて等しい.

 ヘッセは2元n次形式に対して,2階偏微分行列式(ヘシアン)が不変式となることを示した.

 また,

  P=ax^4+4bx^3y+6cx^2y^2+4cxy^3+ey^4

の判別式は

  D=g2^3−27g3^2

  g2=ae−4bd+3c^2

     [a,b,c]

  g3=[b,c,d]

     [c,d,e]

で与えられる.

 2元n次形式の不変式について書き下すことができるのはせいぜい7次元くらいまでである.

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【3】正定値n元2次形式の最小値の上界

 ガウスは正定値2元2次形式

  P=ax^2+2bxy+cy^2   (x,yは整数)

に座標軸のなす角の余弦がb/√acのとき,ある点Pと原点との距離の2乗であるという幾何学的解釈を与えている.これにより全平面は平行四辺形の格子に分割され,D=|b^2−ac|は基本平行四辺形の面積の2乗に等しくなる.3元2次形式の場合は,平行四辺形は平行六面体に置き換えられる.

  P=Σaijxixj   (aji=aij)

    [a11,a12,・・・,a1n]

  D=[a21,a22,・・・,a2n]

    [・・・・・・・・・・・・]

    [an1,an2,・・・,ann]

 与えられた判別式Dをもつ正定値n元2次形式Pにおいて,係数を連続的に変化させると最小値もまた連続的に変化する.エルミートは正定値n元2次形式の最小値の上界が(4/3)^(n-1)/2D^1/nであることを示し,さらに2(D/(n+1))^1/nで置き換えられるであろうと予想した.

 コルキンとゾロタレフはこれよりも最小上界に近い他の上界を得ている.

  n=2 → (4D/3)^1/2

  n=3 → (2D)^1/3

  n=4 → (4D)^1/4

  n=5 → (8D)^1/5

その後,ブリヒフェルトが

  n=6 → (3D/64)^1/6

  n=7 → (64D)^1/7

  n=5 → (2D)^1/8

を証明した.

[補]極大格子

n   ルート   最小距離             球充填密度

1         1                1

2   A2    4√(4/3)  =1.075    0.906

3   A3    6√2      =1.122    0.740

4   D4    8√4      =1.189    0.619

5   D5    10√8     =1.231    0.465

6   E6    12√(64/3)=1.290    0.373

7   E7    14√64    =1.346    0.295

8   E8    √2      =1.414    0.254

[補]最密球充填

n   ルート  球充填密度

2   A2   π/2√3=0.906(ラグランジュ1773,ガウス1831)

3   A3   π/3√2=0.740(ガウス1831)

4   D4   π^2/16=0.617(Korkine,Zolotareff,1872)

5   D5   π^2/15√2=0.465(Korkine,Zolotareff,1877)

6   E6   π^3/48√3=0.373(Blichfeldt,1925)

7   E7   π^3/105=0.295(Blichfeldt,1926)

8   E8   π^4/384=0.254(Blichfeldt,1934)

[補]最疎球被覆

n   ルート  球被覆密度

2   A2~   2π/√27=1.209(Kershner,1939)

3   A3~   5√5π/24=1.464(Bambah,1954)

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【4】数の幾何学とミンコフスキーの格子点定理

 ミンコフスキーはアインシュタインの先生として有名で,相対論における基本概念はミンコフスキーにその起源をたどることができます.また,彼はn元2次形式を考え,与えられた判別式をもつn元2次形式の最小値に対する上界Mが

  M<AnD^1/n   (An=4(Γ(n/2+1))^2/n/π)

で与えられることを証明しました.この結果はエルミートのものより精密です.ガンマ関数の漸近表示を用いれば

  M<2n√nπe^1/3n/πe・D^1/n〜0.234n√nπe^1/3n・D^1/n

 このように,2次形式の理論が発展していく段階ではミンコフスキーが非常に大きな貢献をしています.彼は数論家として出発しましたが,研究を進めるにしたがって次第に幾何学に興味を惹かれるようになり,幾何学的方法を用いて数論を研究する「数の幾何学」と呼ばれる新しい数学分野を打ち立てました.格子点定理が数の幾何学の基礎となっているのですが,格子点定理は次のように述べることができます.

  「平面(n次元空間)上の任意の単位格子において,1つの格子点を中心として1辺の長さが2の正方形(面積4の平行四辺形,面積2^nの中心対称な凸体)を任意の向きにおいてみると,内部あるいは境界上にもうひとつの格子点が必ず存在する.」

 この定理は非常に単純であるにもかかわらず,他の方法では解決することのできなかった数論における多くの問題を解明したのですが,格子点定理を用いると,初等的な定理,たとえば,

  「4k+1の形の素数はx^2^+y^2の形に書ける」

  「6k+1の形の素数はx^2^+3y^2の形に書ける」

  「8k+1の形の素数はx^2^+2y^2の形に書ける」

なども証明することができます.格子点の幾何学はミンコフスキーの「数の幾何学」に端を発するのです.

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【5】ディリクレ・ボロノイ領域

 最後に,2次元・3次元格子状配置のディリクレ領域と結晶の対称性の群についても触れておこう.1次元格子は直線上に等間隔に並んだ点の集合であり,すべての1次元格子は点の間隔が違うだけで,本質的には同じものである.しかし,2次元格子には基本的な種類が2つある.ひとつは等間隔に並んだ横列の各点の真上に他の横列の点があるもので,もうひとつは横列の点を水平方向にずらしたものである.すなわち,2次元格子の形は平行四辺形(正方形,長方形,菱形を含む)になるが,その格子点の各点に対して垂直二等分線を引くと,すべて合同なディリクレ領域ができる.また,どのような2次元格子であっても,そのディリクレ領域は4角形あるいは6角形になる.

 無限に多くの2次元格子があるが,その対称性を考えると,本質的な配置は,正方形,長方形,菱形,二等辺三角形あるいは正三角形を2つ貼り合わせた平行四辺形状配置の5つしかない.それに対応するディリクレ領域も,正方形,長方形,切頂菱形(ソロバン珠型),長6角形(亀甲型),正6角形の5種類に限られることになる.

 ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できる.2次元格子は5種類だったが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類ある.そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体−−しかない.

 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.平行多面体は結晶構造と深く関係していて,これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.

 3次元においては5種類の平行多面体が存在する(フェドロフの平行多面体)のであるが,ボロノイは結晶学的・幾何学的観点からでなく,数論の問題として正定値2次形式の格子点に最も近い空間の点の集合を対応づけ,平行多面体を構成するアルゴリズムを与えた.

 与えられたnに対して,平行多面体は有限個しか存在しないことになるが,4次元では3次元の5種類から52種類へと急増する.5次元格子では膨大な数になるのでリストアップはいまでも完成していない.

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