■変形するデルタ20面体に対する疑義

 面の形は変わらずに二面角が変わる連続的な運動を「多面体の折り曲げ」という.1813年,コーシーはどんな凸多面体でも折り曲げ不可能なことを証明した(剛性定理).1897年,ブリカールは折り曲げ可能な閉多面体が存在することを証明し,とくに折り曲げ可能8面体については3型に分類されることを述べている.

 形状が変わる凹多面体をはじめてみつけたのはブリカールだが,その多面体では面同士が互いに貫通した自己交差をもつものであった.そのため,面を取り除き,辺を針金細工にしなければ実際に作ることはできなかった.

 形状の変わる性質を保ったまま面同士が貫通しないもの(すなわち3次元空間に埋め込まれたもの)を見つけたのは1970年代のコネリーで,1978年にはシュテッフェンにより9つの頂点と14の三角形面からなる最も単純な折り曲げ可能多面体が考案されている(それでもなおシュテッフェン多面体の体積に対する多項式をパソコンで求めることはできないという).

 コラム「変形する多面体とふいご予想」に掲げたデルタ20面体の写真を最掲する.2個の重五角錐が直角に交わったようなデルタ20面体は,一方の重五角錐を押しつぶすともう一方の重五角錐が膨らむ「変形するデルタ多面体」と書いたところ,A-11さんより疑義のメールを頂いた.

 今回のコラムではA-11さんの結果を追試してみることにするが,結論を先にいうと,変形するデルタ20面体は面の形を変えずに連続的に変形するという多面体ではなくて,3つの安定した形状をとるという多面体という意味であって,安定した形状から別の安定した形状への移行中には面は微かに曲がらなければならないというのが正しい理解のようである.

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【1】重五角錐の高さ

 ここでは,1辺の長さを1とする重五角錐の高さhを求めてみることにする.ピタゴラスの定理を使えば中高生でも簡単に確かめることができると思われるが,

  1/(3−h^2)^(1/2)=tan36°=(5−2√5)^(1/2)

より

  h=1.05146

となった.

 ところで,正四面体の二面角は

  cosθ=1/3 → θ=70.5288°<72°

であるから,同じ大きさの正四面体を互いに1つの稜の周りに集めるとき,最大5個の正四面体を集めることができる.このことからも,h>1となることが予測できる.もしデルタ20面体が連続的に変形可能な多面体であるならば,h>1より一方の重五角錐を完全に押しつぶすことができることもわかるだろう.

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【2】重五角錐の開口関数

 重五角錐に1本の切れ込みを入れると,口の開いた重五角錐が得られる.以下の写真は,その高さを減らすように押しつぶすと口の部分が開くというモデルであり,口の開いた重五角錐を2つ作り,両者を口の部分で直角に繋げたものが冒頭の写真である.

 一方の開口重五角錐の高さhから開口の大きさwを求める.式はピタゴラスの定理から簡単に求められ,

  w=f(h)=(4−h^2)^1/2sin(5arctan(3−h^2)^-1/2)

 これは他方の開口重五角錐の高さとなるから,

  h=g(w)=(4−w^2)^1/2sin(5arctan(3−w^2)^-1/2)

 ここで,2つの開口重五角錐が歪みなしに接合できるための条件は

  h=g(f(h))   h:0〜1.05146

である.畏友・阪本ひろむ氏にg(f(h))のテイラー級数を計算してもらったところ,

  g(f(h))=.1283+1.74809h^2−1.41097h^4+.488935h^6+.000309535h^8−.248239h^10+.305329h^12−.287315h^14+・・・

となった.

 y=x,y=g(f(x))のグラフを描いてみると,交点が3箇所あることがわかる.大雑把に数値計算してみると,

  x=0.1424,x=0.6545,x=0.9847

が近似解となる.

 これらは不連続であるから体積が連続した値を取りながら変わっていくことはないし,連続的に変えていくには面を曲げたり歪めたりする必要があることを意味している.

 同じ長さの辺をもつ体積の異なる多面体の例として,屋根(あるいは床)付きのダンボール箱があげられる.出っ張った屋根を中に押し込めば辺の長さは変わらないのに体積はかなり小さくなる.これは2つの安定した形状をとる多面体の例として日常的によく見られるものである.

 それに対して,デルタ20面体は3つの安定した形状をとる多面体となっている.すなわち,A-11さんの主張はまったく正しく「変形するデルタ20多面体」は「折り曲げ可能多面体」ではないのである.

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【3】ふいご予想の証明

 すべての面を三角形であるとして,辺の長さによる体積公式が存在することが証明されています.それらは公式というよりはある代数方程式の根として得られます.

 多項式はいくつかの異なる解をもちますから,ひとつの解からもう一つの解へと一瞬に体積をかえることができますが,折り曲げに際して多面体は連続的に変形されるので,体積もまた変形のパラメータの連続関数にならなければなりません.しかし,有限個の値しか取らない連続関数は定数でなければならず,体積がいきなり別の値になることはないのです.

 かくして,ふいご予想すなわち折り曲げ可能多面体が面の形を変えずに変形しても体積は変わらないことが証明されています(1997年,コネリー,ワルツ,サビトフ).形状の変わる折り曲げ可能多面体では体積は変化しないのでふいごは風を送れない,ふいごとして使えないという定理が成り立つというわけです.

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【4】雑感

 Mathematica関連書籍

  ワゴン「Mathematicaによる現代数学探究」基礎編,p22

に載っている記事で,

  Sin[x]+ArcSin[x] = 2x

というのがある.この式はむろん正しくないのだが,−0.8から0.8までプロットすると本当に直線のように見える(−1から1までプロットすれば直線でないことはわかるのだが・・・).

  Sin[x]+ArcSin[x]の0周りのテイラー級数(マクローリン級数)を調べると

  2x+x^5/12+2x^7/45+5513x^9/181440+2537x^11/113400+4156001x^13/239500800+・・・

すなわち,3次の項が偶然の相殺され,関数が直線に近いものになっていることが判明した.5次以降の項は係数が小さいことから[−0.8,0.8]の区間では非常に小さいものとなる.グラフを描画しているときに,たまたま上記の式が成り立つようなグラフが得られたそうだ.

 「変形するデルタ20面体」を初めて模型にしたのはマイケル・ゴールドバーグで,この多面体が3つの安定した形状をとることは既に知られていたようである.彼がこの多面体を発見したのは偶然ではないと思われるが,私はいまたまたま彼の他の論文を読んでいる.この論文もまた非常に面白いものである.別の機会に紹介したいと思う.

 なお,ブリカールは単純な多面体の辺同士を次々と繋げ,その接合部が動く鎖を考え出した.偶数個の正四面体を対辺で繋げると,6個のときは僅かしか動けないが8個以上になると連続して回転できるようになる.22個以上なら結び目を作ることさえできる.→コラム「連続回転する多面体の輪」参照

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